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27:葛藤と選択

「俺の魔力で、あんたをどれだけ元の人間に戻しておけるのかは判らない。 だから、念のために実行する時間と場所を決めないか?」


 俺は、そう切り出した。

 もし万が一にでも、ザウルが目的を達する前に魔力が切れてしまったら、元も子もないからだ。


 一度ばかりか二度までも、俺の判断ミスでザウルを失望させたくは無かったと言うのが、実のところ正直な気持ちだ。

 先程失敗をしているだけに、その可能性が低いとは思っていても、ゼロで無い限りは安心が出来なかった。


「判った、では日が暮れてサクラの仕事が終わってからにしよう」

「ああ、それじゃあサクラへの伝言は、俺に任せてくれ」


 俺はザウルと待ち合わせ場所の打ち合わせを済ませて、その場で別れた。

 時間はと言えば、この世界の人には正確に判るはずも無いので、日が暮れてサクラが冒険者ギルドを出た頃という大雑把なものだ。


 もちろん、帰り際に初心者クエストの採取植物である、ヤブリ草の根を採取する事も忘れなかったのは当然だ。

 俺とアーニャは、そのまま冒険者ギルドへ直行した。




「おめでとう! これであなたたちも、今日から初級冒険者よ」


 サクラの暖かな笑顔と心のこもった祝福を受けて、俺とアーニャは冒険者の仲間入りをした。

 しかし、俺たちが仲間内では最後だったようだ。


 俺がアーニャと二人で、彼女の精一杯の早足に合わせて戻った冒険者ギルドの入り口には、他の仲間たちが全員で待っていた。

 そう…… みんなは、俺たちよりも一足先に冒険者になっていたのだった。


「あらあら、あなたたちが一番最後になるとは思わなかったわね」


 真顔でレイナに言われたけれど、本当のことは言えない。

 さすがに、ザウルの件で時間を取られたとは言えないから、ヤブリ草が中々見つからなかったと俺は誤魔化した。


 サクラから渡された冒険者の証である金属製のプレートを、俺は鎖編みにした細い革紐で結んで手首にはめた。

 アーニャはと言えば、緩く首に吊り下げることにしたようだ。


「それじゃあ、これをギルド硬貨に。 こっちを、この国のお金に換えてもらえるかの?」


 イオナが懐から取りだした革の袋を傾けて、数枚の金貨と銀貨をカウンターの上に取りだした。

 それは聞き慣れた、硬貨同士のぶつかり合うチャリンというような固い音ではなく、どちらかと言えばコトリとかカツンと言うような音に近い。


「あら、珍しい金貨ね。 それもずいぶんと昔のデザインなのに、保存状態が良かったのかしら? あまり使用感が無いのね」


「うむ、アルメリア王国金貨と銀貨じゃが、ここで換えられるかのう?」


 そう訊ねるイオナの顔に、どこか不安そうな声が混じる。

 そりゃあイオナの予想が当たっているのなら、今から70年以上も前に使われていた金貨と銀貨という事になるし、しかもこの国の物じゃなくて余所の国の物だ。


「ふーん、ちょっと待っていてね」


 そう言って、サクラは小首を傾げながらも、奥の部屋へと金貨と銀貨を持ったまま入って行った。

 イオナはレイナと、チラリと顔を見合わせる。


「なあ、何であれだけしかお金を出さなかったんだ? どうせなら、持ってるお金を全部交換しても良いんじゃ無いか。 どうせ、このままじゃ使えないんだし」


「みすみす、わしらの全財産を冒険者ギルドに握らせる理由もなかろうて」

「そうね、もし今後冒険者ギルドに逆らった場合は、ギルド硬貨から使えるお金に換金が出来なくなる事も考えておかないとね」


「うむ、そうじゃ。 わしらは、あくまで便宜上の問題で長い旅をするのに有利じゃから冒険者になっただけの事。 万が一にも、わしらの行動を阻害する要因は減らしておくに限るのう」


 俺を除いた全員が、その言葉に頷く。

 冒険者という身分に変な思い入れがあるからなのか、俺だけみんなと反応が違っていたようだ。


「えっ! ダンジョン探索とかアンデッド狩りとか、楽しみにしてたんだけど…… 」


 思わず、俺はそう口走ってしまう。

 みんなが、一斉に俺の顔を見た。


「えっ?」

「ええっ?!」

「え?」


「あ、あれ?」


 俺は、何か場違いな事を言ってしまったようだ。

 照れ隠しに、頭をポリポリと掻く真似をしながら、チラリとアーニャの方を見る。


 アーニャもチラリと俺に目配せをして、注意してみていなければ判らないような、小さな合図を返してきた。

 俺も頭を掻く動作の中に、コクリと小さな頷きを混ぜた。


 それと時を同じくして、ギギィ…… とカウンターの奥にあるドアが開き、再びサクラが俺たちの前に姿を見せる。

 両手で小さな木皿を持ち、その上に何種類かの硬貨を乗せていた。


「鑑定の結果、問題無かったのでご指定通りに両替をしました。 」


 イオナの渡したアルメリア王国製の金貨と銀貨は、2種類の金貨と銀貨と銅貨に両替されていた。

 良く見れば、片方の硬貨には冒険者ギルドの入り口に飾ってあったギルドの紋章が刻印されている。


 なるほど、これがギルド硬貨ってやつなのかと、俺は納得をした。

 そのギルド硬貨は、圧倒的にもう1種類の硬貨に比べて枚数が少ない。


 と言うか何というか、もう1種類の方の硬貨の量が、渡した物より多く感じるんだが…… 

 恐らく、あっちの世界で言うところの『為替レート』とか言う物のような何かが、アルメリア王国とは違うのだろう。


「それじゃあ明るいうちに宿でも探して、この世界の食事にありつくとしようぞ」


 イオナの発した場面転換の言葉に、みんなが迷い無く同意をして見せた。

 ようやく、この世界の宿屋とか食堂とか言う物を実体験ができるらしい。


「ちょっと、サクラに質問をしてから追い付くから、みんな先に行っていてくれ」


 イオナを先頭にしてゾロゾロと冒険者ギルドを出て行くみんなに、俺は後ろから声を掛ける。

 ほんの一瞬だけ、イオナがこちらを振り向いて考える素振りを見せた。


「ふむ、遅れるでないぞ」

「判ってる。 すぐ追い付く」


 俺とイオナの間に、短い会話が成立していた。

 みんなは、訝しそうに俺の方を振り返りながらも、イオナの後に続いて出て行った。


 最後に、アーニャがこちらを振り返りもせずに、出て行く。

 その代わりに、彼女は念話を残していった。


〈上手く、やんなさいよ〉


 みんなを見送った俺に、サクラの方から声を掛けてきた。

 とは言え、サクラに質問があると言ったのは俺の方なんだから、当たり前と言えば当たり前ではある。


「それで、質問って何かしら? この辺りにダンジョンなんて無いわよ」


 そんなジョークを混ぜ込み、素敵な笑顔で微笑みかけてくるサクラに、俺は言った。

 それがサクラにとってもザウルにとっても、残酷な結末になる事を充分に承知の上で…… 


「ザウルの伝言を預かってきた」


 俺は笑いも見せず、無愛想に短く用件だけを言う。

 すると、サッと言う擬音が現実に聞こえたような錯覚を起こすくらいに、サクラの顔色と表情が大きく変わった。


 サクラがカウンター越しに伸ばした両手で、俺は襟首を掴まれた。

 そして、意外なほどの程の強引さで、俺は彼女の方へグイッと引き寄せられる。


 その可憐な姿に似つかわしくも無い強引で乱暴な仕草に、俺は彼女が明るい笑顔の裏側でどれほどにザウルの情報を渇望していたのかと悟って、一気に気が重くなった。

 二つ返事でザウルの依頼を受けておきながら、俺はその伝言の続きをサクラに伝えることを戸惑ってさえいた。


 俺のやろうとしている事は、本当に目の前の彼女のためになるのだろうか?

 心の準備が出来ていない彼女に、ザウルが突然の別れを切り出すという今回の企ては、ザウルの側の自分勝手な思い込みなのではないだろうか…… 


 そんな想いが、サクラという女性を目の前にすることによって、沸き上がってくる。

 こんなにザウルの事を想い、そして心から心配をしているサクラに告げられるのは、その想いを無残に踏みにじるような一方的な別れの話なのだ。


 それも、それを告げるのが誰よりもサクラのことを想っているザウル自身というのも、大いなる皮肉だ。

 俺は、自分の行動に僅かな正義も大義も見出せないまま、次の言葉を継げなかった。


「どうしたの? ねえ、どうして黙って居るの? あなたに伝言を頼むって事は、ザウルは動けないの? 連絡が出来なかったのは、酷い怪我でもしているの? ねえ、ザウルは生きているんでしょ?」


 矢継ぎ早の質問攻めに、俺は答える術が無い。

 彼は生きているし怪我もしていないけれど、彼はもう人間の姿じゃ…… ない。 


「急に遠くへ行く事になったから、サクラの仕事が終わったら二人きりで話がしたいそうだ。 帰り道にある水車小屋で待ってるって、そう言えば判るって言われた」

「あ、ちょっと待って! 彼は、ザウルは元気なの? 遠くへ行くってどういう事なのよーっ!」


 半ば悲鳴に近いサクラの問いかけを振り切るようにして、俺は冒険者ギルドを後にした。

 胸一杯の苦い後悔を抱えたままで、俺は二人の待ち合わせ場所である水車小屋を確認してから、みんなの後を追った。


 念話のイヤリングを使えば、みんなが何処に居るのを、すぐに聞くことが出来る。

 俺が追い付いた時には、すでに通り沿いにある大きめな宿屋兼居酒屋にチェックインをしているところだった。


 異世界で初体験となる宿屋だというのに、俺は心ここにあらずという状態で、あまり印象に残っていない。

 女性部屋と男性部屋の二つを借りて部屋に入ったのすら、誰かの後ろから惰性で着いていっただけで、明確な一つ一つの記憶が無かった。


「和也兄ちゃん、どうしたの? なんか様子が変だよ」


 メルの問いかけが耳に入って、俺はハッと我に返る。

 気が付けば、俺は宿屋の一階にある居酒屋兼食堂で、下を向いて考え込んでいたようだ。


 目の前には、木皿に盛られた手つかずの肉料理があった。

 恐る恐る顔を上げてみると、みんなが食事の手を止めて俺の方を心配そうに見ている。


 そこへ、アーニャから念話が飛んで来た。

 彼女の方へ視線だけを向けると、俺に興味の無さそうな顔で肉料理を頬張っていた。


〈そんなんじゃ、何か隠してるのがバレバレじゃないのよ。 いったい、あれから何があったのよ〉


〈いや、サクラのザウルを想う気持ちに当てられて、本当にこれが正しいのかどうなのかとか、本当にサクラのためになるんだろうかとか、色々考えちゃってさ…… 〉


 俺は、サクラに伝言をした時の話を、かい摘まんでアーニャに話した。

 これはどうしたって悩む案件だろうという、そんな意味を込めて。


〈あのね、何でも『本当に』って最初に付けちゃうと、全ての結末まで知っている神様でもない限り、絶対に間違いの無い答えなんて出るわけが無いの。 あたしたち凡人は良く考えた上で、その時に正しいと信じた事を行うしかないの。 そして、その結果がどうであれ、自分自身が選んでやった事として、素直に功罪を受け入れるしかないのよ〉


〈お前、本当に13歳なのかよ!〉


 俺はそんな真面目な彼女のアドバイスを素直に受け取れず、どこか茶化すような突っ込みで返す事しか出来なかった。

 しかし、その指摘はあまりに正し過ぎて、俺は何も言い返すことが出来なかったと言うことでもある。


 世の中には、理屈で判ってはいても心が納得を出来ない事って沢山あると思う。

 特に俺のような、もう子供でもないし、かと言ってまだ大人でもない年代にとって、大人の言う正論は耳が痛い事が多いし、反発を覚えることもある。


 それを自分より年下からズバリと言われるのだから、別にアーニャを普段から見下しているつもりは無いのに、俺は言葉の上で素直に受け入れる事に抵抗があった。

 だけど自分の内心では、アーニャの言わんとしている事は良く解る。


〈カズヤの葛藤は解らない訳じゃないけど、一生この村でザウルが人間で居られるように魔力を捧げ続ける覚悟があるのなら良いけど、その覚悟が無いのなら軽々しく協力するなんてザウルに言わない事ね〉


〈それは無理だって判ってるけど、なんとかしてやりたいじゃん〉


〈出来るの? あなたにそれが出来るの? あたしだって、どうにか出来るのならしてやりたいわよ。 でも、どうにも出来なかったでしょ〉


〈…… 〉


〈カズヤの優しい気持ちは判るけど、結局二人の事は二人にしか解決できないのよ。  彼は望んでサクラを傷つけたい訳じゃ無いけど、自分が人でなくなった以上は、自分の手でサクラを幸せにする道はもう無いと決断したんだから、それを尊重するしかないわ〉


 俺は考える、どこかにサクラが傷つかずに済む道は無いのかと。

 そして、ザウルも不幸にならない方法は無いのかと…… 


「なあレイナ、もしイオナが突然別れようって言ったらどうする?」


 俺の突拍子も無い問いかけに、俺の前に座っていたイオナが口にしていた料理を勢いよく吹きだした。

 突然『見切り』が発動した事で、俺はそれに気付き遮蔽結界をイオナの前に張った。


 俺の目の前にある遮蔽結界にイオナの食べていた物が張り付き、そして結界をすぐさま解除すると、そのままテーブルに落ちた。

 俺の左隣のバルは、そんな事があったのにもかかわらず、平然として料理を食べている。


 みんなの視線が、俺とイオナを交互に行き来していた。

 他のテーブルから寄せられる視線が、ちょっと痛い。


「そうねえ、もしもそんな事があったら、うっかり殺しちゃうかもしれないわね」


 レイナは、アイテムバッグから取りだしたタオルでテーブルの汚れを拭きながらも、軽く笑いを見せて怖いことを言う。

 まあ、そんな答えが返ってくることを予想して聞いたんだけれど、二人の間にはそれだけの強い想いも絆もあると言う事だ。


 それは勝手に片方だけが切ろうとしても、勝手には切ることが出来ないほどに強いものなのだろう。

 それだけの覚悟を持って互いを選び、そして長い年月を一緒に暮らしているのだから…… 


「でもね、片方だけに気持ちがあっても、恋人とか夫婦は成立しないのよ。 だから、もしイオナに気持ちが無くなっちゃったら、一緒に居る理由の大半は成立しなくなっちゃうわね」


 そう言って、レイナは汚れたタオルを俺に差し出した。

 俺はそれを受け取る振りをして、タオルに浄化魔法の『クレンリネス』をかけてから、レイナに返す。


「お互いが納得した上で別れられるのならそれが一番じゃが、それを消化するには時間がかかるじゃろうのお」

「受け入れるのにも、きっと気持ちを育てた時以上の時間は必要よね」


「まあ、お互いが違う人間である以上は、どうやっても完全に互いの気持ちは本質的には理解できぬじゃろうな」

「どうしても、自分の気持ちという余計な力(バイアス)が掛かりますからね」


 イオナとレイナは、そんな事を口にしていた。

 そこへ、俺の隣にいたバルが口を出す。


「理解したつもりが、自分の都合のよい解釈で理解したつもりになっていると言うのは、よくある事じゃな」


 バルはそれだけを言うと、再びスローペースな食事に戻る。

 メルも、話題が話題だけに興味がありそうな顔で、こちらを見ていた。


 アーニャは、あれきり興味なさそうな顔で、食事を続けている。

 ヴォルコフとティグレノフは、こっちの世界の濁った赤茶色のお酒を飲んで、すっかり良い気分になっているようだった。


 結局いくら考えても、誰もが傷つかないような、そんなに都合の良いアイデアは無いのだと俺は気付いた。

 お互いが違う人間である以上、その考えも求める物も異なるのだ。


 自分に出来るのは、余計な事を考えずにザウルとの約束を実行する事なのだと、俺は理解した。

 そう決めて、目の前にある料理に手を付ける。


 俺の木皿に盛られた肉は、余計な事を考えている間にかなり冷えかけている。

 ちなみに、味は単純で旨味が足りない気がするから、俺はこっそりアイテムバッグから塩麹を取りだして、少しだけ肉にかけた。




「それじゃあ、明日の出発までは自由行動としようかの。 何かあれば念話で知らせるのじゃ」

「共同浴場が、村の外れにあるそうよ」


「えー、あたしはカズヤの作ったお風呂が良いなー」

「わたしも、その方が良いな」

「わしもカズヤの風呂が良いぞ」


 レイナが振った共同浴場という案は、ロリ三名から即座に却下された。

 見ず知らずの人間に裸を晒すのには、抵抗があるのだろう。


「このような人里では、場所を取る風呂は無理があるのお、みんな諦めて共同浴場にせい」


 しかし、ロリ三名の意見はイオナに却下された。

 たしかに、それなりに場所を取る風呂を村の中に作るのは無理がある。


「じゃが、トイレは場所を取るまい。 あれをこっそりと宿のトイレ脇に作ってくれぬか?」


 イオナの我が儘な提案は、俺も賛成だった。

 さすがにこっちの世界のトイレの臭いだけは、宿について早々に懲りていたようだ。


「じゃあ、俺は村をちょっと散歩してくるから、遅くなっても心配しないでくれ」


 俺はトイレを作って結界で隠した後で、みんなにそう告げた。

 レイナはロリたちと風呂へ行くついでに村の散歩をしてくるらしい。


 ヴォルコフとティグレノフは、まだ居酒屋で粘っている。

 イオナも、風呂の後でそこへ合流するらしかった。


「カズヤに手を出せる者など、この村にはおるまい。 誰も心配などせぬわ」


 バルがそう言って、トコトコと小走りでレイナに着いていった。

 もっと何か言われるかと思っていたけど、案外とアッサリしたものだ。


 俺は、一人で冒険者ギルドへと向かう事にした。

 宿からはそう遠く無いから、時間も掛からない。


 そこへ、小走りでアーニャが戻ってきた。

 少し息を荒くしているから、急いで戻ってきたのだろう。


「忘れ物したって言って、戻って来ちゃった。 お風呂はカズヤを連れて後から来いって、レイナが言ってたわ」


「ああ、少し時間が掛かるかもしれないけどな。 じゃあ行くぞ」

「うん」


 俺とアーニャは、二人並んで冒険者ギルドへと向かった。

 それはサクラが、まだ冒険者ギルド内に居る事を確認する為だ。


 アーニャが見つからないようにサクラの後を追い、俺はその間にザウルを迎えに行く。

 そして、ザウルを人の姿に戻してから村へ入ると言う、そんな手はずになっていた。


 日が暮れかけて、すこし薄暗くなった村の通りを歩いていると、すぐに冒険者ギルドの灯りが見えた。

 たぶん魔法を使った照明なのだろうか、入り口の脇に吊り下げてある照明器具に炎は見えない。


 サクラが居るかどうかを確かめるために入り口から覗き込もうとした瞬間、凄い勢いで飛び出してきた人影と擦れ違う。

 その人は、とても良い匂いがした。


「カズヤ、あれってサクラじゃない?」


 アーニャの指摘を受けて、走り去ろうとする人影に暗視スキルを働かせてみると、それは間違い無くサクラだった。

 どう見ても、仕事が終わって家に帰るという風情では無い。


「アーニャ、彼女を追ってくれ。 状況は念話で!」


〈判った、追いかけるから速度をちょうだい〉


 俺はアーニャに速度上昇スキルをかける。

 念のために、防御結界と隠遁結界もかけておいた。


 これなら、村人の誰かに見咎められる事も無いと判断したのだ。

 何よりも、まずはサクラが居ない事にはザウルと引き合わせることも出来ないから、俺は急いでアーニャを送り出した。


 俺の掛けた隠遁結界だから、俺からはアーニャの走る姿が見えるけれど、俺から同じスキルを掛けられた者以外には、彼女の姿は見えない。

 俺は、予定より早いけれど、ザウルとの待ち合わせ場所である村外れの森へと向かった。


 完全に暗くなって村の門が閉まる前に、俺たちは村へ入らなくてはならない。

 俺は物陰に入って、待ち合わせ場所へとテレポートした。


 すでに待ち合わせ場所にはザウルが居て、突然現れた俺を見て驚いている。

 俺は構わずザウルに近付いて背中に手を触れると『エクストラヒール』をかけ続けた。


「君は、いったい何者なんだ? こんなに無尽蔵な魔力もそうだけど、あんな風に突然姿を現す事が出来る魔法使いなんて、僕は今まで見た事も聞いたことも無い…… 」


 人の姿に戻ったザウルが、俺に問いかけてくる。

 これから人の姿に戻って、ようやくサクラと逢う事が出来るという気持ちの高ぶりからなのか、緊張を隠すために饒舌になっているのかどうかは判らないけれど、俺の事を詮索するだけの余裕が出てきているのは間違いが無いだろう。


 俺は裸同然の格好をしているザウルに向けて、問われた事には答えずに黒いポンチョを差し出した。

 さすがにそんな格好で恋人と逢うなんて、経験の少ない俺が考えても有り得ない。


 軍用の頑丈なポンチョだけど、裸で居るよりはマシだろう。

 そこへ、アーニャから念話が入った。


〈カズヤ! サクラが襲われてる。 早く来て!〉


 俺は、アーニャから場所を聞き出す。

 そして、ザウルに告げた。


「状況が変わった! サクラが誰かに襲われているらしいから、そこへすぐに移動する。 何があっても俺から離れるなよ」


「なんだと! どういう事だ! 彼女に何が起きている? 判るように説明しろっ!」


 突然発生した想定外の出来事で、ザウルは異様に興奮をしていた。

 俺の『エクストラヒール』で消えていたはずの斑点が身体に現れ、俺がそれをスキルに注ぎ込む魔力を上げて押さえ込む。


 それは、あたかも明滅するかのように現れては消え、現れては消えを繰り返していた。


「落ち着けっ!」


 俺は、ザウルの身体に電撃を走らせる。

 普通の人間なら、恐らく昏倒する程の電撃だが、ザウルは耐えた。


 もちろん、半魔人化したザウルなら耐えられると踏んでの電撃だ。

 それでも、その衝撃でザウルはガクリと膝を崩して座り込む。


「落ち着け、魔人の姿でサクラの前に現れたいのか? それとも人間の姿で現れたいのか、よく考えろ! 俺の仲間が監視してるから、サクラはまだ大丈夫だ」


 俺は必死でザウルを説得した。

 大丈夫だと言ってはいるけれど、元々公衆浴場に行く為にアイテムバッグや武装品を俺に預けているから、アーニャは武器を持っていない。

 だから、本当は時間に余裕がある訳では無かった。


 俺は正気に戻ったザウルに黒いポンチョを着させると、自分自身に隠遁結界を纏わせてすぐにテレポートをした。

 目指す場所は、村はずれにある水車小屋の近くにある空き家の裏だ。


 水車小屋は下見でテレポート場所の登録をしているから、問題は無い。

 ザウルを連れて転移した俺は、アーニャに言われた空き家へと二人で向かう。

 そして、それはすぐ近くにあった。


〈アーニャ、どうなってる? 今の状況を説明してくれ〉


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