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26:最後の願い

「それじゃあ幾つか魔法を試してみるけど、あまり期待はしないでくれよ」


 まずは『解毒魔法キュアポイズン』、ゲームで言うところの略称キュアを試してみる。

 魔力量は最初から全開にしないで加減をしているが、それでも今まで人間の治療に使った量の何十倍も入れ込んでいた。


 何故加減をするのかと言えば、俺の全力の魔力を注ぎ込んだ場合に何が起きるのか、自分でも予想がつかないからだ。

 仮にそれで効果があったとしても、相手の身体が俺の魔力を受け止めきれずに悪影響が出てしまう事も、俺は考えていた。


 それは、大量の経験値と呼ばれる何かを一度に浴びて人が魔人化をするように、俺の最大魔力が人間にどんな影響を及ぼすのか、それとも悪影響は無しで効果だけが最大となるのか、試したことが無いから判らないと言う事だ。

 だから、徐々に魔力量を増やしながら治癒魔法を試してみようと俺は考えていた。


 しかし、魔獣の森で辺り一面を広大な空き地にした量の魔力を使った『キュア』でも、特に目に見えた効果は見られない。

 これは想定内だったので、俺は次に通常の治癒魔法である『ヒール』の最高レベルを試してみる事にした。


 これは先程やって見た通りに、間違い無く効果があった。

 ザウルの全身が瞬く間に人の肌色に戻り、そして先程と同じように濃い灰色の斑点が徐々に増えながら体中に広がって行き、やがてそれは全身を覆い尽くして終わる。


 注ぎ込む魔力を更に多くしてみても結果は同じで、時間の経過と共に皮膚の色は元に戻ってしまう。

 それは、注ぎ込む魔力をどれだけ増やしてみても、同じだった。


 ザウルの顔にも、俺とアーニャの顔にも、落胆の色は隠せない。

 例えこれ以上魔力を増やしたとしても結果は同じだろうという事で、次の魔法へ移ってみた。


 あくまで『キュア』や通常の『ヒール』は、試す順番の中で念のために使ってみた程度の魔法でしかない。

 次の魔法が、俺の本命だった。


 それは、『高位治癒魔法エクストラヒール』と呼ばれるスキルだ。

 ゲームの中では、切られたり殴られたりなどで発生する怪我の治療は、傷口を塞いでダメージと体力を回復させる通常の『治癒魔法ヒール』、腕や足などの大きな部位欠損を伴う損傷の治療には最高レベル10の『治癒魔法ヒール』を使用するか、或いは『高位治癒魔法エクストラヒール』を使うしかないと言う設定がされていた。


 しかし、そのスキルを取得するための取得条件が厳しいこと、そしてスキルツリーの上位にある事などで取得難易度が高いものだった上に、レベル10の通常『ヒール』が出来れば部位欠損も再生させる事が出来るために、その治癒魔法の必要性は高く無かったと言える。

 その上、腕を切断したり足を切断したりという激しい部位欠損自体が、プレイヤーに与える精神的な影響が大きいとして、公開後すぐにVRゲームの中から取り消されたと言う経緯もあった。


 だから、そのスキルの取得者は余程の暇人か、或いは廃人と呼ばれる人種に限ると陰口を叩かれていた日の当たらないものだったのだ。

 簡単に言えば、死者蘇生・復活の魔法である『リザレクション』と治癒魔法である『ヒール』の間に存在する、欠損部位の再生までも含む高位の治癒魔法という高位な位置づけなんだけど、実際にそれを取得している者は珍しい上に、ゲームでは使い道の無いクソ魔法だって事だ。


 つまり、それを持っている奴は言うまでも無く、ネトゲ廃人だという事になる。

 そして、全ての魔法の取得を目標にしていた俺は、当然それも取得をしていた。


 まあ、そう言う事だ。


 今までも、ここ一発は失敗出来ないと言う時に使ってきたヒールの上位互換スキルを、俺は次に使ってみようと考えていた。

 いや、むしろ『エクストラヒール』の方が、俺が考えていたスキルの本命であって、それを思いついたからこそザウルに声を掛けたと言っても良かった。


 初めから、少し多目の魔力量で『エクストラヒール』をザウルの全身に対して発動させる。

 だが、まだ様子を見るために、そのレベルは1に押さえた。


 予想通り一瞬で、皮膚の色は人間と同じ肌色になった。

 心なしか、体中に斑点が出るタイミングを過ぎているのに、まだそれは見えない。


 ここまでは、通常のレベル10『ヒール』とほぼ同じだ。

 俺は間髪入れず、『エクストラヒール』を一気にレベル10に上げて、まだ斑点が出る前のザウルに掛け直す。


 気のせいでは無く、心なしか長い角が縮み、牙や爪も短くなったように思えた。

 そして、悪魔のような顔付きも、どことなく人間ぽい雰囲気に変化したように感じる。


「おお…… 」


 ザウルが、自分の外見的変化は見えない筈なのに、何か実感があったというのだろうか、感嘆の混じったような声を上げた。

 俺とアーニャも、その変化を目にして思わず顔を見合わせる。


「普通のヒールとは、やっぱり違うよな?」

「なんか、行けそうじゃない?」


 アーニャと、そう確認し合った俺は、更に魔力を増強した『エクストラヒール』を施す。

 全身が眩く白い光に包まれて、ザウルは更に人間の姿に近くなった。


 当然のように、俺たちにもザウル自身にも、行けそうだという期待が高まって来る。

 まだまだ魔力量で言えば余裕を大量に残しながら、レベル10のエクストラヒールに注ぎ込む魔力量のイメージを先程の二倍に増量させた。


 見た目に判る程に角や牙や爪が萎縮し、悪魔じみたザウルの外見がより人間に近付いて見える。

 ザウルが期待に満ちた目で、ナイフのような黒光りしていた爪が消えた自分の両手を、黙って見つめていた。


 俺も、もしかしたらと膨らんだ期待を込めて、ザウルの様子を確認した。

 アーニャも、黙って同じようにザウルを見ている。


「ああぁ…… 」


 唐突に漏れ出たザウルの嘆き声が、結果のすべてを物語っていた。

 見れば、ザウルの全身にポツポツと濃い灰色の小さな斑点が、いくつも生まれていた。


 ギュッと俺の左手の小指と薬指を、アーニャの小さな右手が黙って握り締めていた。

 彼女も、俺と同じ落胆を味わっているのだろう。


 そして、誰よりも一番落胆を味わっているのが、ザウル自身である事は間違いが無い。

 俺は意を決して、更に『エクストラヒール』を連続して掛け続けた。


 濃い灰色の斑点は浸食を止めて消え去るけれど、俺が魔法を止めればまたポツリポツリと復活をして、ザウルの全身を残酷にゆっくりと浸食して広がってゆく。

 俺は、左手を掴んだままのアーニャの小さな右手を、優しく振り解いた。


 アーニャも、その行為に逆らう気も無いようだ。

 案外とあっけなく、その小さな手はスルリと簡単に外れてしまった。


 俺は、まだ辛うじて人間の姿を維持しているザウルに触れる距離まで、そのまま躊躇無く近付いた。

 ザウルは、自分自身に向けていた両手の平から視線を背けるように外すと、そのまま近付いてくる俺の方を見つめた。


 これ以上何をするのかと言わんばかりに俺を見つめるザウルの、その哀しそうな瞳から向けられる冷ややかな視線と、最後まで諦めずに目を逸らすまいと決心した俺の熱い視線が、二人の間で交差したように感じる。

 俺はザウルから目を逸らさないまま、無言で彼の裸の胸に右手を当てて、直接エクストラヒールを連続して掛け続けた。


 レイナやメルが治療の時にやるように、本来は直接手を当てた方が治癒魔法の効率は良いようだから、俺もそれを真似る事にしたのだった。

 今までは、溢れるほどの圧倒的な魔力量に任せて多少の効率の悪さなどは無視できたのだけれど、今は少しでも可能性のある限り長く魔力を注ぎ込みたいと思ったのだ。


 俺がエクストラヒールの魔力を注ぎ込み続ける限り、ザウルの姿は人間の物を維持する事が出来ている。

 小一時間ほど魔力を注ぎ込み続けたけれど、俺の魔力は僅かに減じたというような、そんな軽い脱力感にも似たものを感じる程度で済んでいる。


 おそらく、イオナが言っていた魔素というものが空間に満ちあふれているこの世界では、俺は自分の胎内にある魔力をあまり使わずとも、空間に存在する魔素を補う事で魔力を持続できているのだろう。

 あるいは仮にそうでないのならば、イオナに世界のバランスを崩しかねないと言われた俺の魔力量は、俺の想像を超えた規模で現実離れしている程に凄まじいものだと言う事になる。


 俺があっちの世界でやっていたVRゲームの世界では、レベル10の魔法は魔力を大量に消費する。

 例え魔力量に関係するINT値を最大に上げている特化キャラでも、一気に十数回の連発をすれば即ガス欠になる程に魔力を消費するものなのだ。


 それを俺は、もう今では数え切れない程に連発していた。

 ザウルに連続して流し込む魔力量は、俺が直接手を触れていることで人間の姿を維持出来るギリギリまで下げているけれど、それでも累計すれば相当な量になるはずだ。


 だけど、様子を見るために魔力を止めると、再び濃い灰色の斑点がポツリポツリとザウルの身体にいくつも現れてくる。

 それを見て再び魔力を注ぎ込むことを、俺は繰り返していた。


 俺も、ザウルも、それを離れて見ているアーニャにも、言葉は無い。

 ただ魔法の成り行きを、無言で見ているだけしか出来はしない。


 何度目かの同じ繰り返しの際に、ザウルがそっと俺の右手首を掴んで、優しそうに微笑みながら小さく顔を左右に振った。

 俺は、その哀しい笑顔の意図が解っていたけれど、解らない振りをして魔力を注ぎ込み続ける。


「ありがとう、もう充分だよ。 君はできる限りのことをやってくれたと、僕は感謝している。 何故か今は妙に清々しい気持ちなんだよ。 不思議だよね、最後の希望が打ち砕かれたって言うのにさ…… 」


「でも、まだ魔力はあるから…… 」


「これだけの魔法を連発して平然としていられる君は、相当凄い魔法使いなんだろう。 その君がやっても駄目なんだから、これはもう受け入れるしか無い現実なんだ」


 切なそうに、そんな言葉を吐き出すザウル。

 あれだけ期待を煽るような事を言っておいて、こんな情けない結末に終わってしまった事が本当に悔やまれる。


 思わず俯いてしまった俺に対して、ザウルが遠慮がちに声を掛けてきた。

 俺は顔を上げて、思わず彼の顔を見る。


「最後に、君にお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」


 そう語るザウルの身体は、魔法を止めたせいで少しずつ、そして確実に濃い灰色の斑点にジワジワと浸食されていた。

 それに伴って、消えていた角や牙や爪が微速度撮影の再生映像を見るように、ゆっくりと確実に生えてくる。


「まさか、すべてを諦めるから、この場で殺してくれなんて馬鹿な事を言うんじゃ無いでしょうね」


 アーニャが、マジマジとザウルの顔を見つめながら、そう口にした。

 俺も、同じ事を考えていただけに、ハッとして反射的にアーニャの方を見てしまう。


 もしもザウルがそう望むのならば、そうしてあげる事が俺の力で出来る最後の解決策なのかなと、半ば自嘲気味に俺は思う。

 しかしザウルの願いは、そういった自滅的な類いのものでは無かった。


「俺は、人間の姿のままサクラともう一度だけ合って、最後のお別れをしたいんだ…… 」


 ザウルが本当はそんな事を言いたくも無いのは、彼が無理矢理に胸の奥から絞り出している声と、どこか苦しそうにそれを告げる様子からも想像ができる。

 そして『最後のお別れ』をしたいと願う彼の言葉は、俺自身も紫織という女性に対して常に抱いていた心残りにも似た気持ちがあるだけに、とても共感が出来た。


 自分自身でケジメをつけられず、自分自身の意思に反した事の成り行きで大好きな人と逢えなくなってしまうという事は、とても耐えがたく辛い事だ。

 そして、最後に自分の意思でケジメをつけられなかったからこそ、その後もずっと気持ちを引き摺ってしまうのかもしれない


 ザウルは、続けて言った。

 サクラへの強い想いを込めて…… 


「彼女が俺の事をいつまでも引き摺って幸せを逃すことが無いように、そして俺自身が自分の気持ちにケジメをつけられるように、そうしなければならないと思うんだ。 だから君にはその時だけで良いから、僕が人間の姿で居られるように協力をして欲しい」


 俺は一も二も無く、ザウルの願いを叶えることに同意した。

 自分では無い他の誰かが、自分の一番好きな人を幸せにするという残酷な未来を、彼は自分から引き寄せようと言うのだ。


 人によっては自分に酔っているだけだと、ザウルの言葉を冷たく切って捨てるかもしれないけれど、俺はそう思えなかった。

 あっちの世界のドサクサの中で、大好きだった紫織とケジメをつけること無く不本意な別れ方をしてしまった俺は、目の前の悲壮な覚悟を決めているザウルに対して、必要以上の感情移入をしていたのかもしれない。


「判った。 残酷な期待をさせてしまった事への罪滅ぼしと言う意味も込めて、全面的に協力させてもらおう」


 俺は、ろくに考える事無く即答をした。

 いつの間にか俺の隣に立っていたアーニャが、俺の迷彩服の上着の裾を白く小さな手でギュッと掴んでいた。


〈あたしも協力するわよ、カズヤ〉


 そんな念話の呟きを聞いて、チラリとアーニャの方へ視線を動かす。

 小さな金髪巻き毛の美少女は、俺に向かってコクリと小さく頷いた。


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