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21:イオナの実力

 魔法の詠唱とは、意味のある言葉のパッケージであると言うのが、イオナの魔法理論だ。


 グラスに注がれたコーラという例えで、イオナはそれを話してくれた。

 それは、グラス一杯に入っているコーラと言う飲み物が、結果として現れる魔法なのだそうだ。


 そして、そこに至るまでの1つ1つの詳細な工程というのが、詠唱なのだそうだ。


 つまり、グラスという結果には、材料となる素材を集め、それを精製してガラスにする長い工程があり、出来上がったガラス素材をグラスの形に仕上げる工程が含まれている。

 そしてコーラという液体にも、同様に素材集めから細かな製造工程を経てコーラという物に仕上げる長い工程が含まれているのだ。


 イオナは現代風にそれをオブジェクトと言っていたけど、コーラと言うオブジェクトをグラスというオブジェクトに注ぎ込むという手段を経て、グラスに注がれたコーラは完成する。

 一言でコーラ、そしてグラスという短い言葉で置き換えることが出来るが、その中に含まれているのは長い製造の工程であるらしい。


 『グラスにコーラを注ぐ』と唱える事が詠唱短縮であり、長々とコーラの素材からコーラが出来る工程と、ガラスの素材からグラスが出来上がる工程をつなぎ合わせて、グラスにコーラを注ぐ処まで逐一唱えるのが素の詠唱と言う事になるらしいのだ。


 そして魔法とはつまり、脳内イメージの具現化なのだとイオナは結論づけた。

 だからこそ、短い言葉に置き換えて頭にイメージを具体的に思い浮かべることが出来るなら、詠唱時間は短縮できる。


 そんなイメージの単純化の行き着く先にあるのが『詠唱破棄』であり、俺の使う『無詠唱』であるらしかった。

 もっともイオナに言わせれば『詠唱破棄』は伝説になるレベルであり、理論上可能だと言うだけで、歴史上にも出来た人は数える程しか居ないらしい。


 ましてや無詠唱に至っては、神話レベルで現実には不可能だとされているらしかった。

 だからこそ俺の無詠唱は、他人に知られては不味いのだそうだ。


 俺の場合はゲームに対するシンクロ率の高さ故に、長い事ゲームの中で使っていた魔法の結果がイメージとして脳内に固定されているらしい。

 だから俺はゲームで使っていた魔法を思い浮かべるだけで、その魔法を同時に多重展開して使える事も出来るのだと、イオナは考察していた。


 俺にとって、コーラと思い浮かべればグラスに入ったコーラが当たり前にイメージできる。

 しかし、普通の人はグラスに注がれたコーラという結果をイメージするために、製造工程から注ぎ入れる処までをつなぎ合わせて、そのイメージを具現化するために詠唱をする必要があるという事になるのだ。


 それは、初めからコーラという飲み物を知っている俺と、コーラと言う物知らずに諸処の文献から内容を読み取って1からイメージする違いに等しいのだと、イオナは言う。

 目の前に出現する自分の魔法を見ているのにもかかわらず、普通は詠唱をしないと魔法を具体的にイメージできない。

 その理由は、魔法は詠唱を必要とするという固定イメージや先入観から人は逃れられないからだそうだ。


 かつてイオナがやってみせた『詠唱短縮』や『詠唱破棄』というのは、長い製造工程を別の短い言葉に置き換えて短縮すると言う事だ。

 だけど、それにはデメリットもあって、最初の工程から順に詠唱をする事で、魔力のロスを防ぐ事が出来るらしい。


 早い話が、『詠唱短縮』や『詠唱破棄』は完全なる詠唱に比べると、結果を早く導き出すことが出来る代わりに魔法の威力が劣るのだそうだ。

 だけど俺の『無詠唱』の場合だけは特別だそうで、ゲームの中で魔法のイメージが固定化され過ぎていて、恐らく魔力のロスは無いに等しいのでは無いかと言っていた。


 そして、詠唱短縮には色んなレベルがあって、訓練と才能次第では個々人のイメージ出来る範囲内で詠唱時間を短くできるそうだ。

 恐らくシエラがやっていたのは、彼女のレベル内で出来る詠唱短縮だったのだと思う。


 本来は、もっと威力が有ったのかも知れないけど、イオナの挑発に乗ってイメージの具現化が阻害されたのかもしれない。

 あるいは、本来もっと詠唱が早いのかもしれないけれど、イオナの挑発に乗って威力を高めようとする余り、長めに詠唱をしてしまったのかもしれなかった。


 戦いの決着は、シエラがイオナの挑発に乗ったところで着いていたのかもしれない。

 俺はイオナの鮮やかな手際を、感心しながら振り返っていた。


「くっ、魔力が小さいくせに小賢しい真似を…… 」


 シエラが、悔しそうに吐き捨てる。

 それを聞いてイオナが、諭すように言った。


「では見せてやろう。 魔力量の差が、対人戦では決定的な戦力の差にはならない事をな」


 何て言うか、とてもシリアスなセリフだけど、俺にはイオナが余裕で遊んでいる事が判る。

 イオナの思惑通りに、目の前に居るシエラの怒りは更にヒートアップしていた。


「小癪な銀髪野郎が、あたしを舐めるな!」


 半ば叫ぶような勢いで罵声を飛ばし、そのまま詠唱に入ったシエラの左膝が突然ガクリと折れ曲がり、修練場の地面に片膝を着く形になった。

 続いて海老反りのように背中が大きく反り返り、左手に持っていたロッドが反射的に手から離れ、カランと乾いた音を立てて地面に転がる。


「おのれ! あたしの体に、いったい何をした?!」


 シエラが苦しそうに、イオナに首だけ向けて叫ぶ。

 その様子を後ろで見ているカインは、今何が起きているのか判らず、呆けたような顔で絶句していた。


 俺には判る、イオナが何をやったのか。

 イオナは『詠唱破棄』で、短時間に何発か微弱な電気をシエラの身体に流したのだ。


 電気の刺激で筋肉が急激に収縮をする事を、前の世界で生活していた俺は知っている。

 こっちの世界の人は、そんな事なんか知らないんだろう。


「言うたであろう、魔力の差が戦力の決定的な差では無いとのぉ」


 ホッホッホと爺臭い笑いをしている若い姿のイオナは、いかにも得意満面だった。

 俺は、中身が実は老練な魔法使いであるイオナに子供扱いされているシエラが、少しだけ可哀想になった。

 だけどそれは、誤解の無いように言えば、ほんの少しだけだ。


 イオナの正体が90年近く生きている老練な魔法使いである事と、魔力量が小だなんて嘘っぱちだと言う事を、俺は何だか無性にバラしたくなった。

 要するに、シエラは絡んだ相手が不味かったと言う事だ。


 見かけは若いけど、この爺さんのやることは嫌らしい。

 その気になればダイクーアの地下神殿でやったように、詠唱妨害だってやれると言うのに、敢えて魔法を撃たせてから弾きやがった。


 あれだって、小さな雷による急激な空気の熱膨張を知らなければ、出来ない技だ。

 伊達に70年近くも暮らしていた日本で得た、普通の科学知識を無駄にしていない処が、実にイオナらしい。


 恐らく、どんな説明をしたって科学知識の無い彼らには、何が起きたのかを理解する事は出来ないだろう。

 出来るのは、せいぜい魔法の使い方とその結果を無条件に受け入れる事くらいだと思う。


 シエラが、悔しそうにガクリと頭を垂れて、勝負は着いた。

 次は俺の番だけど、イオナの戦い方を見る限り、派手な事をしなければ勝っても良いんだよな?


 俺はチラリと、戻って来るイオナの表情を窺う。

 とは言えイオナの老練な手際に当てられて、俺のやる気はすっかり下がっていた。




 数分後、剣を取り落とし、荒い息を吐いて地面に膝を突くカインが、俺の目の前に居た。

 俺は当たり前だけど、息一つ乱していない。


 そりゃそうだ。 

 カインの全力の攻撃を、俺は全て『見切り』スキルを使って躱していただけなんだから、当たり前すぎて自慢にもならない。


 ハッキリ言って、カインはティグレノフやヴォルコフよりも数段弱かった。

 それはつまり、既にティグレノフやヴォルコフが現役のBランク以上の力を持っているという事にもなる。


 俺たちは、こっちの世界へ来てからずっとイオナの策略に乗せられていて、知らないうちに特訓と称するパワーレベリングでの促成強化をされていたという事だ。

 やはり、この見かけだけはイケメンな若者に見える銀髪のイオナは、年相応に老練だと言う事だろう。


 俺はカインがBランクという情報だけしか知らないから、彼がBの中でどの程度のレベルなのかは判らない。

 だけど、イオナが俺たちに課した特訓の成果を客観的な基準で比べる事が出来ただけでも、この実技指導の時間は意味があったと思う。


 とは言え、魔人の話を知った後で俺たちの急成長の理由を考えると、かなり危ない橋を渡ってきたのだと言う事も今なら判る。

 その人間で居られるギリギリの成長すらもイオナの計算ずくだとすれば、自分の身内ながらイオナという人が怖くなる。


 何にしても、イオナが身内で良かったという事だけは、確かだ。




 悔しそうな表情を隠す気も無いカインとシエラを残して、俺たちは冒険者ギルドの室内へと戻った。

 何故かと言うと、カインとシエラが実習を放棄してしまったからで、それ以上の実技講習の続行が不可能になっていたのだ。


 カウンターの奥に座っていたギルマスのヴィクトルに訳を話すと、驚いて中庭の修練場へと駆けていった。

 これで実技講習は終わりかと思ったら、戻ってきたギルマスが別の冒険者を呼んできた。


 結果は同じで、レイナに叩きのめされた冒険者は茫然自失、ヴォルコフとティグレノフを相手にした冒険者も、最後は涙目になって無言で帰って行った。

 可哀想なのは、朝からの仕事を終えて戻ってきていた冒険者たちだった。


 彼らは自信を失って何も言わずに去って行ったベテラン冒険者たちの代わりに、半ば強制的にメルたちの教官にさせられてしまったからだ。

 そこで何が起きたのかは、言わなくても判るだろう。


 メルにやられ、アーニャに自尊心を叩き潰され、バルに触れることもできず、全員が今まで築き上げてきたキャリアに対する自信を失い、全員が廃人のように燃え尽きていた。

 そんな訳で俺たちへの実技指導は、臨時教官全員の精神的なダメージが大きすぎて、ヴィクトルが頭を抱えるほどの結果に終わった。


「あなたたちは、ターナ村の冒険者ギルドを壊滅させるつもりなの?」


 サクラが、実技指導から戻ってきた俺たちに掛けた、最初の言葉がそれだった。

 俺たちにしてみれば、あまりと言えばあまりな言葉だ。


 だけどターナ村の冒険者ギルドとしてみれば、それは当然と言えば当然の感想だったかもしれない。

 何故なら、当面の間は使い物にならない冒険者が、僅かな時間で続出してしまったのだからだ。


「少なくとも、あなたたちはBランク並みの実力があるようだけど、規則は規則だから、指定クエストから初めて貰うわよ」


 そして、俺たちにサクラから指定クエストと言う物が言い渡された。

 指定クエストというのは冒険者として最も最初に受けるクエストで、ギルドが内容を決めることになっていると、座学の講義で言っていた。


 規則を守れるかだとか。基本的な事を試すクエストなので、簡単な採取作業が主な任務になるらしい。

 ただし気になるのは、指定クエストは1人ずつ受けなければならないと言う点だ。


 初めてのお使いのような物で、特別な理由が無い限り上級者のサポートが有っては駄目らしい。


 特別な理由と言うのは俺たちの場合、メルたち低年齢の冒険者を差すらしい。

 Cランク以上の職業冒険者によるサポートは出来ないけれど、同じ初級者同士や一般人のサポートは1名に限り許されていると言う話だった。


 俺たちの場合は、メルとアーニャとバルが低年齢に相当する。

 バルが低年齢なのかと言えば、内情を知っている者から異論が噴出するだろうけど、見た目は誰よりも幼女なので問題は無い。


 そうなれば後は、誰と誰が組むのかという話になる。

 だけど、これは冒険者ギルドの受付嬢であるサクラが決める事らしくて、俺たちの口を出す余地は無かった。


 メルはイオナが、バルはレイナが受け持つことになった。

 まあ、内情を知っている俺が考えても、これは順当な選択だと思う。


 レイナは、元居た世界で子猫だったバルの面倒を見ていた関係なのか、バルは素直に言う事を聞くようだった。

 イオナに関しては、レイナの連れ合いだからなのか、イオナの魔法知識に敬意を表しているのか判らないけれど、少なくとも同格だとは認めているらしかった。


 そうなると、余っている子供はアーニャだけになる。

 もっともアーニャを見かけ通りの子供だと思っているのは、この世界の人だけだ。


 そして、アーニャは俺とペアになった。

 サクラの説明によれば、カインに剣を掠らせもしなかった事が、俺をアーニャとペアにさせた理由らしかった。


 同じように実力を見せつけたイオナとレイナが、メルとバルの保護者に選ばれたのは無理も無い。

 そういう意味ではヴォルコフとティグレノフだって実力を見せつけたのだけれど、サクラによる判定はイオナとレイナだったというだけだ。


 サクラは、パッと見おっとりした美人に見える。

 だけど、案外切れ者なのかもしれないなと、俺は思った。


 サクラから、俺とアーニャ、メルとイオナ、バルとレイナにそれぞれ2つずつ、そしてヴォルコフに1つ、ティグレノフに1つのクエストが言い渡される。

 結局、ペアと言っても別々に1つずつ違うクエストが言い渡されて居るから、楽は出来ない仕様だ。


 俺とアーニャには、それぞれ違う植物採集が割り当てられた。

 他の仲間も、同様のクエストが割り当てられている。


 俺たちはサクラのアドバイスを受けて、クエストの採集物について調べる為に、別室に向かった。

 そして、調べ終わった者やペアから、バラバラに冒険者ギルドを出発する。


 俺とアーニャの採集物は、それぞれ異なる薬草だ。

 群生場所は少し離れているけれど、本当に危険なエリアからは離れているらしい。


「じゃあ、面倒だけどサクラの指定だから、カズヤに付き合ってあげるわ」


 何故かアーニャは、不服そうに俺にそう言った。

 こいつは向こうの世界に居た時と、まったく変わっていないな。


 俺は、心の中でそう思った。


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