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20:キラキラネーム

「この後は、冒険者として生きて行く為の実技指導だ。 俺は教官を呼んでくるから、そこから外に出て待っていてくれ」


 講義が終了した後にギルマスから言われたのは、入って来た方とは別のドアから出て実技指導の教官を待つようにと言う、そんな簡単な指示だった。


 実技指導と言っても、俺たちだって特訓を重ねているから、かなり戦える筈だ。

 だけど冒険者ギルドの指導教官ともなれば、それなりの実力者が出てくるのかもしれないと、心の中に期待が高まる。


 俺たちはゾロゾロと連れ立って、指示された方のドアから部屋の外へと出てみる。

 ドアを明けた外側にあったのは、表の建物に比べればだが、そこそこ広い裏庭だった。


 差し渡し15m四方くらいはあるだろうか?

 周囲を高い石組みの壁に囲まれているが屋根は無い。

 そして、外から見た冒険者ギルドの建物から想像するよりは、かなり広く感じる。


「田舎の冒険者ギルドにしては、そこそこ広いんじゃない?」


 アーニャが、他の冒険者ギルドを知りもしない癖に、知った風な事を口にした。

 実際のところ、表の見かけよりも訓練設備にお金を掛けているという部分では、この村の冒険者ギルドが真面目に運営されている事を感じられる。


「こっちを向いてくれ! お前達の実技指導をしてくれる、Bランク冒険者のシエラとカインを紹介する」


 めいめいで勝手なことを話していると、突然後ろからギルマスのしゃがれた声が聞こえた。

 後ろに居るのはさっきから判っていたけど、振り向いてみると二人の若い冒険者らしい男女を連れていた。


「うちみたいに小規模な支所は、めったに来ない入門者の為に、専門の教官を雇っておく余裕は無いんだ。 だからその都度腕の立ちそうな冒険者に臨時で教官を頼んでるって訳だ。 じゃあ後は頼むぞ!」


 それだけ言うと、早々にギルマスは室内に戻って行く。

 このターナ村支所を何人で回しているのかは知らないけれど、人手不足なのは間違いなさそうだった。


「俺は剣士のカインだ。 お前らが入ってきた時から見てたけど、実に不愉快だ。 お前達は冒険者を舐めている。 子連れで、適当に生き抜けるほど楽な世界じゃ無いって事を、俺たちが体で教えてやるぜ」


「あたしは魔法使いのシエラよ。 この中にも、身の程知らずな魔法使い志望がいるみたいだけど、魔法は努力じゃなくて才能だから、高望みは止めておきなさい。 希望を変更しておくのなら今のうちよ」


 良く見れば黒にも見えそうな、濃い焦げ茶色のローブを身にまとった高慢そうな女性のシエラは、襟元までのショートヘアをして薄い紫色の髪色をしていた。

 それに対して、いかにも剣士というような革鎧をベースに、金属製の防具を身に着けている偉そうな口調の男性であるカインは、明るいオレンジ色の髪の毛をツンツン立てている。


 初見から喧嘩腰と言うか、上から目線な二人の挑発的な自己紹介に、俺は少々カチンと来る物があった。

 だけど一応相手は臨時とは言え教官だから、俺たちも挨拶を兼ねて一人ずつ名乗って行く。


「あ?! 何だ、お前の名前。 カズヤとか妙な名前だな」

「ほんとだ、何それ! 名前を付けた奴の、センスを疑うわね」


 教官役を引き受けたという冒険者の二人は、俺の名前にケチをつけた。

 それも、思いっきり馬鹿にした態度でだ。


「なんだと!」


 俺は、思わず語気を強めて言った。

 何でこんな処で見も知らぬ相手から、親の付けてくれた俺の名前をバカにされる必要があるんだ。


 二人とも殺されて今はもう居ないけれど、親父が付けてくれた名前の事を、そして妹がいつも呼んでくれていた俺の名前を、何処の誰とも知らない奴らに馬鹿にされて、俺はかなりムカついた。

 それで無くとも、最初から気分の悪い奴らだと言うのに、いきなり俺の名前が変っていると言うのは、どう考えても喧嘩を売っているとしか思えない。


 俺が魔法を現実に使えるようになってから、元の世界で経験した嫌なトラブルの数々は、確実に俺の心に傷を残していたようだ。

 俺の沸点は、自分で言うのもなんだけど、温和だった以前よりもだいぶ低くくなっている。


 同じようなトラブルに巻き込まれるくらいなら、こっちから相手を先にぶっ潰す。

 そんな俺の雰囲気に気付いたのか、イオナとレイナが俺を制して小声で言った。


「和也、よく考えてみぃ。 ここにおる者の中で和風な名前は、お前一人じゃぞ」

「この世界じゃ、和也みたいな名前の方が珍しいのよ」


「!!」


 それは、まったく俺の想定していなかった意見だった。

 イオナにレイナ、メルミオーレにアナスタシア、ヴォルコフとティグレノフ、そしてバル……!!

 確かに、うちの仲間の中で漢字の名前は、俺一人だった。


「なあ、イオナの仮説が正しいとしたら、ここは日本なんだよな?」


 昂ぶっていた気持ちに水を差されて少し落ち着いた俺は、イオナにそう訊ねた。

 何故かと言えば、サクラってのは別としても、目の前にいるシエラだとかカインだとか、昨日で言えばザウルにシャニアにデキシー、それからファルマだとかサイファもそうだけど、全然日本っぽく無い名前ばかりだったからだ。


「うむ、そう思っておるが、それがどうした?」


 素っ気ないイオナの返事は、俺の疑問にまったく気付いていない事を現していた。

 もっともイオナは元々こっちの世界出身だし、自分の名前だってイオナってくらいだから、疑問にも思わないんだろう。


「いや、日本の割に名前が外国っぽいなって言うか、統一性の無い色んな外国っぽい名前の寄せ集めって感じなのは、どうしてなんだろうって思わないのか?」


 ちょっと怒りが残っているせいか、俺の口調が少し乱暴になる。

 そう、こっちの世界の人と出会ってまだ二日だけど、俺の心に引っかかっていた疑問はこれだった。


 なんか出会う人の名前にアメリカ風とかギリシャ風とかの統一性も無いし、そもそも日本人ぽい雰囲気も無いってのは、何か変な気がする。

 だって、イオナの仮説通りなら、ここは遠い未来の日本のはずなのだから。


「ちょっと、カズヤ…… 」


 後ろからアーニャが俺を呼んでいる声がするけど、何を言いたいのかは凡そ想像がついている。

 だけど俺は、敢えてその忠告に対する対応を後回しにした。


「わるい、ちょっと待ってくれ」


 自分の名前を名指しでバカにされて気分の悪い俺は、異世界は日本の未来説を唱えているイオナにその答えを求めた。

 イオナは、暫く考えてから口を開く。


「和也の周りにも居たであろう。 ほれDQNネームだとかキラキラネームだとか言われている変わった名前のクラスメイトが」


「え?、なんでそういう話になるんだ? それとこれとは…… あっ! まさか、それが理由なのか?!」


 俺は、イオナの言葉に思い当たって、半信半疑ながらも合点するしか無かった。

 イオナは、俺の様子を確認してから再び口を開いた。


「そうじゃ! その、まさかじゃ。 わしらがあっちの世界へ着いた当初は、聞き馴染みの無い変な名前ばかりで戸惑ったものじゃ。 しかしのぉ、時が過ぎてゆく程に馴染みの有る名前を聞くようになってきたのじゃよ、それが世に言う…… 」


「キラキラネームか!」

「そうじゃ、DQNネームだとかキラキラネームだとか言われて、一時は話題になったであろう。 しかし、今じゃあケントだとかライラだとかエミリーだとか言う外国風の読み方をする名前も珍しくなくなっておる」


「そういう事なら、納得だな。 いつの間にか、そういう外国人のような名前の読み方が当たり前みたいに増えてきたからな」

「そういう事じゃ。 もっとも、それだけじゃあ日本人離れをした彫りの深い顔や、変わった髪の毛や瞳の色の説明にはならんがのぉ」




「お前ら! 初心者のくせに先輩を無視して、何を勝手に話してるんだ! 俺たちに喧嘩を売ってんのかコラ。 泣かすぞボケが」

「まーだ、ひよっこのくせに生意気じゃないのさ! あんたたち!どういうつもりなのか、ゆっくり聞かせてもらおうじゃないの」


 突然聞こえた教官二人の大声に会話を中断させられて、俺は声のした方へとゆっくり向き直った。

 そこで怒りに顔を真っ赤に染めながら仁王立ちをしていたのは、俺たちの臨時教官をギルマスに言いつかった、シエラとカインだった。


 俺は、判っていて2人を無視した部分もあるんだけれど、それに乗るイオナもイオナだろう。

 二人の様子を見るにつけ、かなりご立腹なのが良く判る。


「ほらー、だから言ったのに」


 アーニャが、ほら見ろと言わんばかりの顔で、俺を見た。

 俺とイオナに怒りの矛先が向いているのは、一目瞭然だった。


「ひょろっとした銀髪のお前と、変な名前の黒髪のお前だ! 俺たちの話なんか馬鹿らしくて聞いてられないってんなら、相当腕に自信があるんだろうなぁ。 早く前に出ろよ! 今すぐだ!」


「素人風情に、何が出来るのか見せて貰おうじゃないのさ。 言っておくけど、あたしたちは甘くないからね、覚悟しときなよ」


 俺とイオナは、互いに顔を見合わせた。

 イオナが、悪戯っぽい笑顔を俺に見せる。


 どうやら親父が付けた俺の名前を馬鹿にされて、ムカついていたのは俺だけじゃ無いらしい。

 そりゃそうだ、死んだ親父はイオナの実の孫になるのだから。

 たぶん表情からは窺えないけれど、きっとレイナも同じ想いなんだろう。


「前に出ろってけど、どうする?」

「確かに腕に自信はあるんじゃが、ここは出ない訳にもいくまいのぉ」


 俺とイオナは、怒っている教官二人を無視して会話を続ける。

 実力の有る冒険者ってのが、どれほどか知らないけれど、馬鹿にされて素直に言う事を聞く気になんてなれない。


「良いのかよ! 俺、黙ってやられる振りするのは嫌だぜ」

「わしも、痛いのは御免こうむるのじゃが…… さて、どうするかのぉ」


 どうするって言っても、目立たないように極力俺たちの力を隠すのは、森を出る際にイオナ自身から指示があった当面の方針だ。

 せめて怪我だけはしないようにと、イオナと俺に物理と魔法の防御結界を張った。


 そして、もし何かあったときに被害が及ばないようにと、レイナたちの居る場所にも設置型の両防御結界を張る。

 一連の防御結界魔法を細心の魔力制御の元に一瞬で終わらせると、俺はイオナに少し遅れて前に歩み出た。


「素直で良い心がけだ。 此処じゃ無くても、いずれ何処かで世の中の厳しさって奴を存分に味わう事になるんだ。 それを今のうちに経験できるんだから、せいぜい俺たちに感謝する事だな」


「そうよぉー。 指導してあげるんだから、感謝はされても恨まれる筋合いなんて無いんだからね!」

「そうそう、これは先輩から新米へ向けた親身の指導って奴だからな」


 二人は胸を張り、顔を上向き加減に傾けて、見下すように俺たちを見ている。

 そして示し合わせたように二人で顔を見合わせると、ニヤリと嫌な感じの笑いを漏らした。


 なんとなくだけど、この二人は実技指導の代行というものを、今回初めてやるのでは無い感じがする。

 それはギルマスに指導手順を確認する様子も無かった事もあるし、自分たちが何をやれば良いのかという事に、迷いがあるように見えないからだ。


 もしかすると、朝から何をするでも無くテーブルに座って俺たちを興味深そうに見ていた事からも、いじめ甲斐のありそうな新人を待っていたのではないかとすら思えてしまう。

 とは言え、こんな田舎の冒険者ギルドに入門者がそうそう来るとも思えないから、きっと俺の思い過ごしなのだろう。


 俺とイオナのどちらが先にやるか、それとも2人同時ってのもあるのかなと、俺はイオナの様子を伺う。

 それを受けてイオナが、いかにも仕方ないという風に小さく溜息を吐くと、一歩前に出た。


「わしらは先を急いで居るでな、さっさと終わらせてくれんかの」

〈お前を先に出すと何をしでかすか判らぬでな、わしをお手本にせい〉


 火に油を注ぐような挑発的な事を言ったかと思えば、すぐにイオナの念話が飛んでくる。

 いやいや、どう考えても口に出している言葉と、心で考えている事が矛盾してるんですけど…… 


「お前は貧弱な魔力の癖に、身の程知らずにも魔法使い志望の方だったな。 良い度胸だ。 シエラ、死なせると後処理が面倒だから、手加減だけはしとけよ」


 楽しそうにそう言って、カインという剣士は一歩後ろへ下がった。

 逆にシエラという女は、紅い唇を思ったよりも細くて長い舌でズルリと嫌らしく舐め上げながら、好戦的な眼差しで一歩前に出る。


「で、魔法について、いったいワシに何を教えて貰えるのかの?」


 先に口を開いたのは、イオナだった。

 元宮廷魔法使い筆頭のイオナに対して、魔法についての講義が出来る奴が居るとは思えないけど、それは今バレたら不味いんじゃないか?


「ふん…… 大層自信満々のご様子だけど、何か自信の裏付けがあるのかしら? それとも素人すぎて何にも判ってないのかもしれないけど、魔法は才能が全てよ。 あんたに何が出来るのか、この場で見せてごらんなさい」


「ほう…… 才能が必要不可欠な事に異論は無いが、魔法という物が才能だけでやっていけるほど甘いものじゃったとは、これは勉強になるのぉ。 一つ、才能がすべてという魔法を後学のために、わしに見せてくれるかの」


「あんた若そうな見かけの癖に、爺ぃみたいな口を聞くね。 魔力が桁外れに強い者は寿命が長いって言うけど、魔力調査の結果を見る限り、あんたは只のカスだ。 あたしは、そんなハッタリには騙されないよ!」


 どう考えても、イオナは自重しているようには見えない。

 俺はレイナの様子を伺おうとして、後ろを振り向いた。


 レイナは平然としている。

 それを、イオナへの信頼とみるべきか、それとも呆れて諦めているのか、俺には判断がつかなかった。


〈良いのかよ?〉

 俺は、レイナにだけ念話を飛ばした。


〈魔法に関してだけは妥協を許さない人だから、ああいう相手には黙ってられないんだと思うの。 これはもう黙って見ているしかないわね〉


〈えー! 俺には自重しろと言っておいて、自分はアレかよ〉


〈イオナが、この世界では桁外れの力を持っていたとしても、そのレベルは過去の歴史上に先例が無かった訳じゃないわ。 あの人と私の身元がバレるのは不味いけど、彼はそこまで馬鹿じゃないわよ〉


〈じゃあ、バレない程度なら俺も魔法を使っても良いって事か?〉


〈イオナが言っていた言葉だけど、イオナは凄いと言っても一つの戦況をひっくり返す程度の戦術級、だけど和也は一国の戦局を一気に塗り替える戦略級の力をも軽々と超える力を持っているの。 そもそも、全ての属性をフルに使える事が常識外だし、魔力量一つ取っても桁外れに常識外過ぎるのよ〉


 いつも言われている事だけど、それは俺にとっては実感が無い比喩だった。

 せっかく魔法が自由に使える世界に転移してきたと言うのに、制限付きってのは不自由だ。


 大騒ぎになって以前居た世界のように、俺を取り込むために家族に危害を加えられるのは勘弁して欲しいし、国とか変な組織とかに付け狙われるのも、まっぴらゴメンだ。

 俺は、『見ていろ』と言ったイオナが何をするのか、大人しく成り行きを待つ事にした。


「たしか、あんたの使える代表的な属性は雷だったね。 と言う事は才能しだいでは風と水も使えると言う事だ、ただし、あんたに才能があるならね。 それにあんたの髪の毛の色は銀だ。 たいした魔力も無いくせに生意気だよ」


「ふむ、あんたの髪の毛は紫じゃな、それもどちらかと言えば赤紫に近い。 しかし惜しいことに純色では無くやや濁っておる。 扱えるのは火か水か、恐らくは1番使い手の多い火じゃろうな」


「ふん、知識だけは多少あるようだね。 だけど講釈だけは立派でも実践がダメダメなのは、頭でっかちに有りがちな弱点だよ! それに、お前の魔力量は小だったけど、あたしは大なんだよ!」


 シエラは、イオナに扱える属性を言い当てられたのが悔しいのか、忌々しそうな顔で睨みつける。

 イオナは、それを平然と受け流して立っていた。


「魔力量は魔法使いにとって大事な要素じゃが、一対一の魔法勝負の場合、決め手は魔力量の差だけでは無いと判らぬか。 いや、まだそこまで至っておらぬのか…… 」


「若い癖に、ずいぶんと上から目線でお言いだねえ。 詠唱時間の事を言っているんだろうけど、あたしは詠唱時間の短さにも自信があるのさ。 残念だったね」


 シエラは長い舌を見せて、ペロリと自分の紅い唇をなめ回した。

 その顔は、かなり嗜虐的な顔付きになっていた。


「ほう、見せて貰おうか。 おぬし自慢の詠唱時間と言うものを…… 」


 ちょっ! そのセリフの言い回し、何処かで聞いた事があるぞ。

 イオナの見せる余裕に対して、その挑発に乗ってしまったシエラという女は明らかに苛ついていて、その怒りを隠そうともしていなかった。


〈和也よ、しかと見ておけ。 相手を怒らせるというのも、冷静な対処をさせない為の重要な戦術の一つじゃ〉


 緊迫した局面だと言うのに、イオナから念話が入った。

 なるほど、シエラが確実に冷静さを失っているのが、俺からも見て取れる。


 と、俺にバルから念話が飛んで来た。

〈カズヤよ、相手とイオナの射線上に立つでないぞ。 イオナの取れる戦法が制限されるでな〉


 俺は、慌てて脇に避ける。

 バルに言われるまで、俺はイオナの斜め後ろに立って居た。


〈良い判断じゃ、和也〉


 今度は、イオナから念話が飛んで来た。

 シエラは、既に魔法の詠唱に入っているようで、何やら唱えながらイオナを睨みつけている。


「ずいぶんと念入りに詠唱をしておるようじゃが、それでは対人戦の経験が豊富とは言えぬのぉ」


 イオナがそう言って、再び相手を挑発した。

 だけど、挑発する言葉を発すると言う事は、イオナがまだ詠唱をしていないという事を意味するんじゃないか?


「シエラ、冷静になれ! お前、偉そうに言ってる割に、すっかり相手の作戦に乗っちまってるじゃねーか」


 カインがシエラに向けて、的確なアドバイスを送った。

 イオナの作戦は、冷静に傍から見ていれば判りやすい物なのだろう。


 シエラが詠唱を止めずに、コクリと頷く。

 そして、手にしたロッドをイオナに向けて振るった。


『ファイアーボール!』


 ボッと宙空に出現したソフトボールくらいの大きさの火球が一つ、イオナに向けて発射された。

 イオナは短く何かを呟くと、迎え撃つように俺の作ったチタン製のロッドを振るう。


 迫り来る火球の脇を、宙空から放たれた一筋の小さなスパークが、地面に向けて走った。

 途端に、何かに弾かれたように火球の軌道が逸れた。


 イオナに向かっていた火球は、その脇を擦り抜けて、俺が元居た場所を通り抜ける。

 イオナは何事も無かったかのように、微動だにしない。


 火球は背後にある石の壁にぶつかって激しく燃え上がると、すぐに消滅した。

 石の壁には、焼け焦げた跡が残る。


 良く見れば、周囲を囲んでいる石の壁には、同じような焦げ跡がいくつも残っていた。

 なるほど、周囲が頑丈そうな石の壁で出来ている理由が、これで判った。


 イオナが無言で一歩前に出る。

 シエラが無意識だとは思うけど、それに威圧されたかのように一歩下がった。


「詠唱というものはのぉ、長ければ長い程に術者の持つ本来の最大威力に近くなる。 そして逆に短ければ短いほど、その威力は少しばかり落ちるものじゃ」


「そんな初歩的な事、お前に言われなくとも魔法を扱う者なら、誰もが知っている事よ!」


 誰に言うとも無くイオナが放った言葉に、シエラが素早く反応して返した。

 それは魔法パッケージ論として、俺が紀州の実家でイオナに教わった、魔法講義の最初の言葉だった事を、俺は思い出していた。


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