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19:念話のイヤリング

 サクラと言う女性は受付カウンターに入ると、テキパキと俺たちの受付業務をこなしてゆく。

 俺は、不躾だとは思ったけど、ジロジロと観察してしまった。


 背の高さは、あっちの世界に置いてきてしまった紫織よりも、ちょっと低いくらいだから、およそ160cmくらいだろうか。

 そう考えた時、最後に見た紫織の哀しそうな顔が頭に浮かんで、俺はちょっと胸が痛んだ。


 サクラの年齢は俺よりも少し上か同じくらいかな?

 上と言っても、15歳くらいにしか見えない今の俺じゃなくて、元居た世界の18歳の姿をした俺と比べての話だ。


 髪の毛は薄い緑色で、胸くらいの長さを耳の下辺りで左右に束ねていた。

 唇は少し薄くて、桜色をしている。


 小豆色の、秋用らしい少し厚手の布地で作られたロングスカートのダボッとしたワンピースに、浅黄色の長いショールを首にダボッと巻いていた。

 それが緑色の髪の毛を引き立たせて、スレンダーなサクラという女性に良く似合っている。


 サクラは、ショールを取り外してカウンターの向こう側に立ち、ギルマスと交代をした。

 それまで書類にあれこれと記入をしていたギルマスは、それで安心したのか、バトンタッチを住ませると奥の椅子にどっかりと座ってしまう。


 まあどう見ても、仕事の処理速度はサクラという女性の方が早い。


「じゃあ、魔力測定をしますね。 うちは田舎の支所なので属性親和度は簡易に代表的な物しか測れないけど、興味があったら大きな町の支店へ行けば、使える全ての属性も正確な魔力量も測れるわよ」


 イオナと俺は、顔を見合わせた。

 一番警戒していたのが魔力の測定だけど、ラッキーな事に田舎過ぎて正確な計測は出来ないらしい。


〈和也、訓練通りに魔力漏れを極力抑えるのじゃぞ〉

〈判ってる。 この日の為に訓練したようなものだからな〉


「じゃあ、順番に名前を言ってから、これを右手で軽く握って下さい」


 サクラは、カウンタ-の下から、野球のボール程の大きさに磨かれた水晶玉のような物を取り出して、俺たちに見せる。

 俺たちは、イオナ、レイナ、ヴォルコフ、ティグレノフ、メル、アーニャ、そして俺、の順番で並んだ。


 検査の結果、イオナの属性親和度は雷属性が最適と判定された。

 そして魔力量は小、ギリギリ魔法使い合格らしい。


 当然だけどイオナが魔力量小だなんて、実力を知っているだけに笑える。

 相当魔力を絞ったんだろうけど、小で押さえる辺りがイオナらしい。


 レイナは聖属性で、魔力量は特大。

 特に魔力制限はしていなかったらしい。


 治癒能力者は希少なのに、何故剣士志望なのかと、何度もサクラに訊ねられていた。

 剣が好きだからと、素っ気なく答えるレイナは少し格好良かった。


 ヴォルコフは風属性で中、ティグレノフは雷属性で大、メルもレイナと同じく聖属性で魔力量は大だ。

 アーニャは氷属性で中、希少な混合属性だと驚かれていた。


 そして、バルは属性親和度計測不能、魔力量は極大と出た。

 魔力量極大と聞いて、一瞬ギルド内がざわつく。


 バルは無表情に見えるけど、良く見ると渋そうな顔をしていた。

〈これでも極力絞ったんじゃが、幼児形態のままでは、どうしても溢れ出てしまうようじゃ〉


 そんな、ぼやきとも自慢とも取れるような呟きが、念話で聞こえてきた。


「あくまで簡易計測だから、気になるようなら町の冒険者ギルドでちゃんと調べて貰った方が良いかもしれないわね」


 そんな事をサクラが言うと、ギルマスが口を挟んできた。

 たぶんギルマスは、バルがガッカリしていると勘違いをしている…… 


「なあおチビさん、小さい頃は魔力は不安定なものだと聞くから、もう少し大きくなってから再計測した方が良さそうだな」


 俺が子供の頃に拾ってきて、バルと名付けた白金色の子猫は、魔素の充満しているこっちの世界に来て、美しい少女に変身した。

 幼女の形態は魔素の消費を抑えるため仮の形態で、彼女本来の姿は17歳くらいの見かけをしている。


 見かけよりも遙かに歳を取っているらしい彼女が、何をどれだけ俺たちに隠しているのかは、判らない。

 けれど、こいつの底力も計り知れないものがあるようだ。


 そして俺の番が来た。

 順番を最後にしたのは、心を落ち着かせる時間が欲しかったからだ。


「和也、あなたの番よ」


 レイナが、目を瞑って動かない俺に声を掛けた。

 俺は、半分眠っているくらいの低い心拍数にまで、心と体を落ち着けていた。


 薄目を開けて、そっとカウンターに近付き、魔力計測用の球を静かに握った。

 イメージとしては6mmBB弾よりも遙かに小さい、1mm以下の顆粒一粒くらいだ。


「えーっと、あなたも属性親和度が計測不能だわ、でも魔力量は残念ながら小ね」


〈ようやった、和也。 訓練の成果が出たのぉ〉

〈カズヤが魔力量小とか、どんなイカサマなのよ〉

〈和兄ぃ、良かったね〉


 イオナを切っ掛けに仲間からの念話を次々に受け取って、俺は安堵の溜息を吐く。

 メルが俺の前に現れた日に、メルの転移石を割ってしまった時のように、とんでもない結果になってしまったらという不安もあった。


 だけど、頑張った甲斐のある結果が出て、良かったと思う。


 ここは、魔力計測球をパリン!と派手に割って、受付のお姉さんを慌てさせ、冒険者ギルド全体がどよめきに包まれるという展開も心の底では有りだと思う。

 でも、色々としがらみのある現実では、そういう訳には行かないのも事実だ。


 だって前の世界のように、俺の能力を知られて国家規模の組織に狙われたりするのはもう嫌だし、俺を捕らえるために仲間が犠牲になってしまうのも、絶対に嫌だ。

 だから、これで良いと思う。


 別に俺が凄い力を持っている事は、不特定多数に誇示したいとも思わないし、周りが俺の力に驚いて敬意を払ってくれなくても全然構わない。

 たぶんそれが、現実的リアルな選択ってものなんだと思う。


 俺には大事な家族や仲間が居るし、俺に力が無いと離れてしまうような薄っぺらい関係じゃ無いと思っているから、ここで無意味に目立つ必要なんて無い。


 俺が、本来の力を振るうべきなのは、仲間に何かがあったときだけで良い。

 俺はこの仲間を大切にしたいと、そう思っている。


「あなたが希望している支援職は、今のところ少し厳しそうね。 でも、頑張って修行を積めば身体強化に伴って魔力も増えて行くから、諦めないで頑張ってね」


 サクラという受付嬢は、そう言って俺を慰めてくれた。

〈ありがとう。 そして嘘をついてゴメンな、サクラたん〉


 俺は心の中で、そう呟いた。


〈カズヤよ、何がゴメンなんじゃ?〉

〈嘘をついてゴメンな、か? 格好いいのぉ,和也〉

〈サクラたん、って何よ、サクラたんってのは!〉

〈和也兄ちゃん、サクラさんは、ザウルさんって人が…… 〉

〈オレは支持するヨ、カズヤ〉

〈オレモだ、カズヤ〉


〈だぁぁぁぁ! しまった!〉


〈さっきから、心の声がダダ漏れよ、和也〉


 念話のイヤリング、こいつは慣れないと危険過ぎる。

 イオナと会話をした時のままで、俺は意識を切り替えていなかった。


 これじゃレイナの言う通り、俺の意識はずっとみんなにダダ漏れだったようだ。


 そんな辱めを俺が受けたその後、別室に移動する事となった。

 そこで俺たちは、ギルマスから冒険者ギルドについて約1時間ほどの講義を受ける事になる。


「俺がターナ村の冒険者ギルドでギルドマスターをやっている、ヴィクトルだ。 諸君の選択を歓迎する」


 ここで、初めてギルマスの名前が判明した。

 講習を受けるのは、俺たち8人だけらしい。


 一通り冒険者ギルドのルールとか、組織の体系とかの話を聞いて、最後に質疑応答の時間になった。

 始まる前は眠くなるかなと思ったけど、ゲームのチュートリアルを聞いているようで、あっという間に終わった感がある。


 誰も質問をしない中、バルが突然質問の声を上げた。

 みんなの視線が、バルに集まる。


「なんで冒険者ギルドなのじゃ? 話を聞く限りでは仕事の内容は便利屋とか狩人の方が適切であろう」


 それを聞いて、正直『え、そんな事が疑問なの?』と思ったけど、よく考えてみれば、バルの言う通りだ。

 何故俺は冒険者ギルドという呼び名を、当たり前だと思って疑問に思わないでいたのだろう?


 他の仲間の顔を見回すと、俺と同じ想いなのだろうか? みんなポカンとした顔をしていた。

 そして暫くの間があってから全員がハッとした顔になり、一斉にギルマスの方を向いた。


「子供の頃から冒険者ギルドは冒険者ギルドじゃったからのぉ、まったく疑問に思わなんだが、言われてみれば活動実体とは似ても似つかわしくない名前じゃの」


「私もそうだわ。 昔から冒険者ギルドは冒険者ギルドだったから、名前に疑問なんて抱かなかったわね」


 イオナとレイナが共にそう呟いて、お互いに顔を見合わせた。

 俺だって、そうだ。


 RPGゲームを始めた頃からダンジョンに潜って宝物を手に入れたり、人々を苦しめる魔獣を狩ったりドラゴンを倒したりするのは、決まって冒険者という名前だった。

 そんな冒険者をとりまとめる組織が、『冒険者ギルド』と言う名前だったから、それが当たり前だと思っていたのは事実だ。


 こっちの世界に来て、ここはゲームの世界じゃなくて現実の世界だと言うのに、やっぱり冒険者ギルドって名前の組織がある。

 おれはそれが当たり前だと思っていて、その事を何の疑問にも思っていなかった。


「私たちもカズヤのバックグラウンドを調べる際に、オンラインゲームの事も知っておくべき知識の1つとして丸暗記していたから、そう言うものだと思っていたの。 だけど、言葉その物の意味を考えると、実体とは違うのね…… 」


 アーニャが、ヴォルコフとティグレノフの方を向いて頷き合ってから、こちらを向いて言った。


 言葉や名前には付けられた背景や意味があるから、あえて冒険者と呼ぶからにはそれなりの理由があるに違い無いと、俺は思う。

 俺は、ギルマスの回答に耳を澄ませた。


「それはな、冒険者ギルド成立前夜まで遡る、神話にも近い古い言い伝えに行き着く話なんだ」


 ギルマスは俺たちに向かって、冒険者ギルドの歴史について重々しく語り始める。

 それは、さっきまでの講義でサラリと簡単に触れられていた、冒険者ギルド成立に関わる、伝説じみた話だった。


 ギルマス曰く、神話でしか知る事の出来ない遙か昔には、世界は混沌に満ちあふれていて、人々はいつ滅亡してもおかしくない程に追い詰められていたらしい。


 神々の争いの余波を避けて辛うじて生き延びた僅か一握りの人々は、かつての知恵も財産も失い、ひたすら世界に満ちあふれていた魔獣の驚異から逃れるために、肩を寄せ合って暮らしていたそうだ。


 このままでは人類が滅びてしまうと言う寸前に、光の羽を輝かせて天から現れた神の使いに導かれて、武器を手に人々を魔獣から救い、人々が平和に暮らせる新天地を切り開くために新世界に飛び出して、命がけの冒険の旅に出る勇者が各地に生まれたと言う。


 そんな各地の、勇者であり冒険者でもある強き者達を組織して、人々の治安を守り生活を守るために作られたのが、冒険者ギルドの前身だという。

 だから、国家の成立以前に出来上がった冒険者のネットワークは、現在でも国境を越えて国家に支配されない組織として成り立っているのだそうだ。


〈イオナ、実際どうなんだよ? 元国家の中枢に居た立場として、今の話は〉


〈そうじゃのぉ、確かに冒険者ギルドが国家成立以前から存在しているという話は、事実かもしれぬな。 わしの立場でも詳しくは判らぬが、冒険者ギルドと言うのは実体の知れぬ巨大組織として、ずっとアンタッチャブルな扱いを受けておったな〉


〈わたしはイオナと駆け落ちするまで王族の立場だったけれど、王とその第一王位継承者には代々冒険者ギルドとの間に波風を立てないようにという、そんな申し送りはあったようね。 兄が、そんな事を漏らしていたのを、今の話で思い出したわ〉


〈わしは筆頭とは言え宮仕えの身じゃったからな、そういう雰囲気はあったと思うが事実は知らぬ。 波風は立てないように気を遣うが、根本の処では強大になり過ぎた冒険者ギルドは、国家運営をする者に取っては疎ましい存在でもあったな。 魔法使いの才能が有る者などは、冒険者ギルドと王立魔法協会で、密かに取り合いになったものじゃ〉


〈イオナが我が王家に取り立てられたのも、それが理由ですものね〉


〈うむ、我が生家は貧しかった故にな、わしは身分と自由になる金が一刻も早く欲しかったのじゃ。 そして、わしは金よりも身分よりも大事なものを手に入れることが出来たのじゃ〉


〈わたしも、堅苦しい王族の身分よりも、贅沢な暮らしよりも大事な物を手に入れましたわ〉


 じっと見つめ合うイオナとレイナの二人。

 俺たちの念話が聞こえないから、イオナとレイナを不思議そうにギルマスのヴィクトルが眺めていた。


〈あー二人とも、もしもし…… 〉


 俺は、ダダ漏れの惚気話に終止符を打とうと、甘い2人に声を掛ける。

 ハッと我に返り、お互いに顔を背け合うイオナとレイナを見て、やはり念話のイヤリングは危険だと俺は思った。


 イオナとレイナは、俺たち全員からジト目で生温かく見守られている。

 唯一この状況を把握出来ずに、ただ俺たちをキョロキョロと見回しているのは、仕事に没頭しているサクラを除けば念話の聞こえないギルマス1人だけだった。


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