18:冒険者ギルド ターナ村支所
翌朝、俺たちは早々に兵舎の修練場でもある中庭を後にした。
なにしろ、あのシャニアって奴がやってくると厄介な事になるのが目に見えていたから、それを避けたのだ。
俺たちは片付けを早々と終えて、村の中央通りへと出てきた。
中央通りと言っても、俺が勝手にそう読んでいるだけで、正式名称はまだ知らない。
この村は、メインの広い道路沿いに商売をする宿屋や居酒屋などの家屋が、道路を挟むように両側に建ち並んでいる。
夕べデキシーたちから聞いた魔人にまつわるトラブルは、彼らが自分たち自身の手で片付けたいと言っていた。
俺は仲間のみんなと一緒に歩きながら、魔人の強さ加減がわからないものの、彼らだけで解決出来るのかと心配になっていた。
魔人と言っても、身体強化もままならない時期に変身してしまったらしいから、身体強化も魔力の発現も中途半端なレベルらしい。
半魔人なら力の強さも魔力の大きさも、本当の魔人と比べれば話にならないのだろうとイオナは言うけれど、それでも彼らの手に余っているのは、あの大部屋で見た怪我の具合を思い出せば判る。
シャニアという隊長の下らないメンツもあって、ザウルのことは口外無用となっているらしい。
それに、公務員でもある警護兵側から民間業者でしかない冒険者ギルドに討伐依頼をするという事も、出来ないらしい。
それもシャニア隊長自身の下らないプライドやメンツが邪魔をしているらしく、馬鹿馬鹿しい話だと俺は思う。
どう考えたって、誰にも頼らずに自分たちだけで片を付けるというのは、力負けしているのが明白なだけに、要らぬ犠牲を増やすばかりのような気がするのだ。
異世界で活動開始して間もない時期に『面倒な事に巻き込まれるのは得策では無い』というイオナの意見で、俺たちは見て見ぬ振りをする事になった。
ここからは、冒険者登録をしたらすぐにメルの国へ向かう事になっているし、いつまでもターナ村に長居をする訳にも行かないという理由も大きい。
「早々に冒険者登録をして、次の町へ出発じゃ」
そんな訳で、気になる気持ちを切り替えさせようとしたイオナの掛け声を合図に、俺たちはデキシーに教えて貰った冒険者ギルドのターナ村支所へと向かった。
俺個人としては、いささか後ろ髪を引かれる思いではあったのだが……
元いた世界のように、夜でも道路が照明に照らされて明るかったりする訳では無いから、照明設備の完備されていない異世界では、日の出と共に旅人が動き出すようだ。
よく考えてみれば、少しでも日没前に移動距離を増やすためには、そうならざるを得ないのだろう。
全員が同じタイガーパターンの迷彩服を着ている俺たちは、どうしても好奇の目で見られ易い。
簡易な服装が多いこの世界では、道行く人達が俺たちを興味深そうにチラ見して通り過ぎて行く。
それでも簡易とは言え、色んな服装や重々しい防具を身に着けた人が目立つので、俺たちも思ったほどは目立っていないのかもしれない。
それに、こっちも辺りをチラチラどころか、キョロキョロと興味深そうに見回しているから、そっちの方が迷彩服より目立っているのかもしれない。
とにかく一番俺たちの目を惹くのは、建物とか風景よりも何よりも、異形の人が普通に道路を歩いている事だ。
普通の人間が一番多いのは当たり前なのかもしれないけど、時折獣の耳を生やした獣人や、トカゲの顔をしたリザードマンだったかな? そんな人達が普通に歩いている。
そして、そんな異形の人たちの横を、人間の姿をした人は珍しそうな顔もせずに擦れ違っていた。
異形な彼らの大半が防具や武器を身に付けている事から、きっと当たり前に良く居る冒険者と言う事なのだろう。
ここは現実の世界だというのに、俺は何だかVRMMO-RPGの世界に舞い戻ったような懐かしい錯覚を起こしていた。
なんだか、初めてVRじゃないオンラインRPGゲームにログオンしたばかりのような、あのワクワクする気持ちを抑えきれない。
「なんだ小僧! 俺の顔に何か付いてんのか?」
物珍しそうに道行く人を見ていたら、通り過ぎようとしていたリザードマンと言うのか直立歩行をしている武装したトカゲ男に、いきなり威嚇されてしまった。
だって、身長が2mはありそうな逞しいリザードマンの戦士が歩いて来るのを見たら、どうしても目が追ってしまうのは無理も無いと思うんだ。
「あ、いや、ゴメンつい」
ちょっと狼狽える俺は、かなり格好悪いと思う。
気になって仲間の様子を伺うと、みんな興味深そうに俺とリザードマンを見ていた。
アーニャなんて目を輝かせて露骨にリザードマンをガン見しているし、メルはレイナの後ろに隠れているものの、興味深そうにこっちの成り行きを伺っている。
イオナとレイナは面白そうに俺を見ているし、ティグレノフもヴォルコフも、目から鼻から好奇心が雫を垂らして溢れそうな顔つきだ。
別にリザードマン自体は怖くないけど、自分が露骨に彼をガン見した事を自覚しているだけに、力で排除するのもどうかと思う。
だから俺は、この場を争わずに済ませるにはどう対処するべきなのか、正直迷っていた。
そんな時、俺の横に居たバルがトコトコと無邪気な足取りで前に出た。
俺は意表を突かれて、一瞬あっけにとられた。
「すご~い! この筋肉ってばパンパンだよ」
金髪ロリ幼女形態のバルは、あろうことか凶悪そうな顔付きのリザードマンに当たり前のように近付いて、その頑丈そうな鱗に覆われた足をパシパシと叩いている。
普段とは違う、そのあどけない口調から、バルが猫を被っている事はすぐ判った。
強面のリザードマンが、ギロリとは虫類の無機質な金色の目で足下のバルを見下ろす。
そして、なんといきなり相好を崩した。
「おー、可愛いお嬢ちゃん、お揃いの衣装がダブダブで可愛いですねー」
俺の目の前で強面のリザードマンが、目尻を文字通り下げてしゃがみこみ、バルの前でニヤつき相好を崩していた。
バルは、目の前に凶悪な牙の沢山生えた大きな口があるというのに、平気な態度でペチペチと、リザードマンの鱗に覆われた薄緑色の顔を触っている。
「すごーい、おじちゃん強そう」
「ぬふふふ、そうか、そう見えるか? ぬふー! おじちゃんは強いんだぞー」
リザードマンの荒い鼻息で、バルの長い髪の毛がフワリと風になびくように揺れた。
何て言うか俺は、涙以外の方法で男を手玉に取る女の怖さって言うものを、たった今見た気がする。
「すみませんねぇ、みんな山の中から出てきたばかりで、見る物がみんな初めての物ばかりなんですよ」
レイナが笑顔でそう言って、数歩前に歩み出る。
そして自然な動作で、リザードマンの側にいたバルを我が子のように抱え上げた。
「そうかそうか、それじゃあ珍しそうな目で人を見るのも、仕方ないと言う事にしておこう。 いいか小僧! あんまり人のことを、変わった物を見るような目で見るんじゃないぞ!」
そう言うと、ドスドスと重い足音を立ててリザードマンは立ち去っていった。
チラリとバルの方を見ると、薄目を開けて馬鹿にしたように横目で俺を見ていた。
所謂、ジト目と言う奴だ。
そんな俺を見て、バルが言った。
「馬鹿者! カズヤよ、姿形が周囲の人からかけ離れている事を自覚しておれば、本人も気にすまいと気張って居る分、好奇の視線には切れ易くもなるというものじゃ」
普段のバルなら言いそうも無い、そんな真面目な忠告を受けて、俺は何も言えなくなった。
それは、あまりに正論過ぎる。
「そうじゃの和也。 見る者が皆珍しいのは判るが、あんまり露骨に見てはいかんのお。 ここは、動物園じゃ無いのじゃからな」
「そうね、ここはそういう世界なんだから、ありのままに早く慣れないといけないわね。 丸く収めてくれたバルに、ちゃんと感謝なさい。 それからアーニャとメル。 こういう解決方法は、もう少し大きくなってからにしなさいね」
「はい」
「 はーい」
素直に返事をしたのはメルで、アーニャは何か含みのある顔つきだった。
俺としては、レイナがバルの使った方法を否定しなかった事に、逆に驚いてしまう。
つまり、もう少し大きくなったら、そういう手もアリだとレイナは言っているのだ。
男の俺としては、男を手玉に取れる大人の女性の真似なんかは、学習して欲しくはない。
とは言え、メルはともかくとしてアーニャは、その気になればバルのような大人の技を使えるはずだと、俺は睨んでいる。
何しろ、俺たちが荷馬車に乗せて貰う切っ掛けを作ったのは、アーニャの演技だったのだから。
アーニャは、見た目よりも遙かに精神年齢が上だ。
下手をすれば俺よりも……
年相応な面が隠しきれずにポロッと子供じみた態度を出てしまう事があるけど、アーニャが基本的には大人の世界で仕事をしてきた、学習能力の高い耳年増なのは間違い無いだろう。
「バル、ありがとな。 オンラインゲームに初めてログオンしたような気になって、俺が露骨に他の人を見つめ過ぎたよ。 ここに居る人達は全員がゲームのキャラクターやアバターじゃなくって、みんな心のある別々の生き物なんだもんな」
バルは何事も無かったかのように、いつもの我関せずと言う顔をしている。
話題を変える切っ掛けが掴めずに居た俺を見て、イオナが誰に言うとも無く、こう切り出した。
「ふむ、それじゃあ行こうかのぉ」
イオナの言葉を切っ掛けにして、再び全員が歩き出す。
俺の横を歩くバルは、もういつものバルだった。
トン、と俺の肩をヴォルコフが軽く叩いてきた。
「ドンマイね、カズヤ」
「オレモ、露骨にアイツを見ちまったヨ」
こっちの世界に来てから、一緒に厳しい訓練を繰り返す中で次第に仲良くなったヴォルコフとティグレノフに、俺は笑顔で感謝の意を伝える。
ここがゲームや空想の世界では無く、リアルな現実の世界だという事を、俺は見事に再認識させられた。
俺は二人に、握った右手の親指を立てて見せた。
サムズアップって奴だ。
二人も、同じ動作を返してくる。
(うん、俺たちは居場所を見つけるために異世界へ来た仲間なんだ)
些細な事だけど、そんな気持ちが少し強くなった気がした。
俺たちが目指していた冒険者ギルドは、村の中央部にある広場に面した場所にあった。
そこは村に着いてすぐに荷馬車を停めておいた、あの場所だ。
円形の広場に面した木造二階建ての建物から、両開きのドアを開けて防具や武器を身に付けた人間や獣人たちが出て行くのが見えた。
俺たちもイオナを先頭にして、開け放たれたその入り口から中へと入る。
俺は、入り口の上に金属のプレートが張り付けてあり『Adventures Guild』とそこに浮き彫りで描かれているのを見つけた。
いかにもそれっぽい、盾と武器をモチーフにした紋章も、扉の上に飾られている。
俺は異世界で見る、初めての英文字を見つけて、イオナの仮説を思い出していた。
ここは、俺の居た世界と同じ時間軸上にある、遠い未来ではないかという、向こうの世界で聞いたあの仮説だ。
冒険者ギルドの室内は、入り口を入って正面に受け付けのカウンターらしき物が置かれていて、中年小太りの男が1人だけ向こう側に立っていた。
冒険者ギルドの受付と言えばエルフ娘か猫耳の受付嬢だろうと、少しばかりガッカリした俺は、心の中でそんな突っ込みを入れる。
そう言えば、この村に来てからエルフを見たのは、ファルマの仲間だという弓矢使いの一人だけだ。
町を歩いてた様々な種族っぽい人達の中に、エルフは見かけられなかった。
だけど俺は既に別のエルフを見ている。
それもレアなダークエルフと、あの夜明け前の戦いの時に遭遇しているのだ。
だから、この世界にはきっとエルフ族も居るはずだし、他にもまだまだ俺の見たことの無いファンタジーな種族が居るに違いない。
俺は何故か、そう確信していた。
根拠なんて、何にも無いけど。
「すまんが、冒険者登録をしたいんじゃ。 頼めるかのぉ」
イオナが受付の中年男性にそう言って、俺たちの方を見回す。
少し髪の毛が不自由そうなその男に対して、俺たちは示し合わせたかのように、一斉に会釈をした。
「そっちの、おチビちゃんたちもかい?」
中年男が、一応念のため聞いておくかとでも言うような感じで、そう訪ねて来る。
イオナは、その問いに即答で答えた。
「そうじゃ、一人残らず全員で頼む。 年齢は足りておる」
向こうから聞かれる前に『年齢は足りている』と言うイオナの言葉で、俺は冒険者ギルドに年齢制限があるのだと言う事に気付いた。
どう背伸びをして贔屓目にみても、バルはせいぜい10歳くらいにしか見えないけど、冒険者登録をするのに必要な年齢制限は何歳からなんだろう。
「えーと、全部で8人かな。 その一番小さなお嬢ちゃん、お前さんは何歳だい? 10歳以上じゃないと登録できないぞ」
「わしは10歳じゃ」
受付の男からの質問に、バルが即答した。
そうか、バルさん10歳なのか…… ってそんな訳ねーし。
だってバルは、日本に来てから俺に拾われるまで、500年くらいとか言っていたはずだ。
日本に来る前に何処に居たのかは、誰も知らないけけど、少なくとも500歳は超えているのは間違い無い。
全員がバルに騙されているので無ければ、ではあるけれど……
「ほぉ、ずいぶんと年寄りじみた話し方をする10歳だな。 まあ良いか、年齢確認は形式だけで、要は自己責任だからな」
その中年の男の人は、カウンターの下から8枚の紙を数えながら取りだした。
どうやらバルは、ここでは猫を被るつもりが無いらしい。
まあババア言葉を使っていても、バルの幼い見かけから考えれば、この受付の男の人が考えているのは、せいぜい2つくらい歳を上に誤魔化している程度なんだろう。
「文字は書けるかな? もっとも書けなくたってこっちで書くから気にしなくて良いぞ」
「あーすまんが、お願い出来るかのぉ。 長い事文字を書いておらぬで、忘れてしもうたわい」
「え!? イオナ、何言って、痛ててっ!」
カウンターを覗き込んでいた俺は、いきなり辺りの様子がスローモーションになった事に驚いていると、思い切りイオナに足を踏まれていた。
俺は、言いかけていた言葉を飲み込んでいた。
「すまんのぉ、うっかりしておったわ。 〈 ヨケイナコトヲ イウデナイ…… 〉 」
俺が作って全員に配っておいた念話のイヤリングから、突然イオナの声で『余計な事を言うな』と、指示が入った。
そして恐らく全員に、この指示は聞こえているはずだ。
俺は、黙って頷く。
イオナは、それを確認してカウンターに笑顔で向き直った。
腹の中で何を思っていたとしても、この笑顔が出来るから、大人は今ひとつ信用が出来ない。
これは、さっきの女の怖さにも通じるものがあると、俺は思う。
「ちょっと、いつもの受付の子が遅れていてな、俺がやると時間が掛かるが我慢してくれ」
そう言うと受付の中年男性は、イオナから順に聞き取りをしてゆき、それを紙に書き写して行く。
内容は基本的にイオナが代表して答えて、それぞれが聞かれた事に答えたり、内容に間違いが無いと返事を返す事で、順調に登録は進んでいった。
俺は退屈しのぎに、冒険者ギルドの室内を見回す。
デキシーが言っていた通り、冒険者ギルドだと言っても田舎の支所だという事で、想像した程は広く無かった。
受付のカウンターは男が3人も並べば横幅一杯だろうし、カウンターの右側にあるフロアは10畳くらいしか無い。
そのフロアの壁には掲示板が取り付けられていて、そこに何枚かの紙が貼り付けてあった。
たぶんそれが、あのゲームで言う処のクエスト掲示板なのだろう。
そこに張り付けてある枚数の少なさが、この村の規模を現しているのかもしれない。
カウンターの左側にはドアがあって、何かの部屋があるらしい。
ゲームの世界のように食堂とか休憩所が無いのは、ここが村の支所だからなのか、元からそんなものは無いのか、俺にはまだ判らない。
クエストらしき物が貼られている掲示板の前には、4~5人の冒険者らしき人達がいて、腕組みをしながら掲示板を睨んで居る。
その後ろにある10人掛けくらいの大きなテーブルには、魔女風のローブを身に着けた黄緑色の髪の毛をした20代っぽい女性と、同年代だと思われる鎧を着けた剣士風の男が座っていた。
そして、二人は馬鹿にしたような顔で、俺たちの方を見ている。
古参が新参者を見る優越感に溢れた目なんて、ゲームでも良くある事だし、どこでもそんなものだろう。
それ自体は、さほど気にはならなかった。
暇を持て余していた俺は、ひょいとカウンターの上に顔を覗かせる。
そこには、様々な項目を埋められた登録用紙だと思われる紙が置いてあった。
「イオナ、これって平仮名じゃ……」
俺は言葉を途中で飲み込んで、念話でイオナに話しかけた。
だって、そこに書かれていたのは、平仮名と片仮名だけだったのだ。
〈イオナ、これって漢字が使われて無いぞ!〉
〈うむ、後で説明するでな、今は何も言うな〉
俺は、黙って引き下がった。
きっとイオナが言うんだから、漢字が使われていない登録用紙には、何か理由があるのだろう。
そんな時、バタバタと慌てて入り口から走り込んでくる足音が聞こえた。
俺だけで無く室内に居た全員が、一斉に入り口の方を振り向く。
「マスター! ごめんなさい、ちょっと義母の具合が悪くなって」
その、冴えない中年のオッサンが『マスター』と呼ばれた事に、俺たちの全員が念話で驚きの声を上げた。
この何とも冴えない、そして頭の少し薄くなったオッサンが、このターナ村の冒険者ギルドで一番偉いはずのギルドマスターだという事が、全員一致で信じられなかったのだ。
その女性は、俺たちの横を通り過ぎてカウンターの中へと入って行く。
何というか一言で言うなら、凄い綺麗な女性だった。
「おぉ、サクラ! 遅かったから、心配したぞ。 義理のお母さんは、まだ具合が悪いのか?」
「ええ、ザウルが行方不明になってから、ずっと塞ぎ込んでしまって…… 」
俺たちは、全員が顔を見合わせた。
サクラという名の綺麗な女性と、行方不明だと言うザウルという人物の名前を、俺たちは昨夜聞いたばかりだった。
それにしても、ギルドマスター本人が受付の仕事をしているなんて、人手不足っていうレベルじゃ無いぞ。