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17:パワーレベリング

 その呼び水となったのは、イオナの言葉だった。

 さも全てを知っているかのような、そんな自然な口振りで、イオナがデキシーと言う兵士に話を振る。


「それにしても、ザウルさんじゃったかの? みんなの怪我に関係があるようじゃが、わしらに話してみる気にはならぬか?」


 しばらく下を向いて考えていたデキシーと言う兵士は、意を決したようにイオナの方を向く。

 その様子を見て、これからいったい何が話されるのかと、俺たち全員が次の言葉を待った。


「我々は、魔人を追っているのです」


 俺は魔人という言葉に、聞き覚えがあった。

 それは仲間全員も同じだったようで、俺がみんなの顔を見ようと少し視線を動かすと、俺たち全員が互いに顔を見合わせていた。


 それは村に来る途中で、ファルマと言う冒険者に聞いた話に出てきた言葉だ。

 人が人の枠を一気に超え過ぎて、人ならぬ存在に変化した状態を、たしか魔人と言ったはずだった。


「それが、さっきシャニアとか言う隊長さんとの話に出ていた、ザウルとかいう人なのか?」


 俺は治療後に起きたトラブルの最中に聞いた、デキシーと言う兵士とシャニアとか言う嫌な隊長の会話を思い出しながら、そう訊ねた。

 確か、『因縁に決着をつける』とか何とか言っていたあの時に出た名前が、ザウルだったはずだ。


「デキシー、和也の言う通りなんじゃろう?」


 イオナが俺の意見に同意してくれた。

 やはり、俺だけの思い込みじゃあないようだ。

 そしてアーニャがイオナの言葉を受けて、訊ねるように口を開いた。


「魔人って、たしかあのファルマとか言う渋い剣士が言ってた話の事よね?」


 彼女も馬車の中で交わされた、あの一連の会話を思い出したんだろう。

 だけど、それも当然だ。

 なにしろ俺たちは、あの時以外にリアルで魔人という言葉自体を聞いたことが無いのだから。


 俺はゲームの世界で聞き馴染みのあった言葉だから、魔人という言葉に違和感を覚える事は無い。

 むしろそんな大量殺戮とは程遠い、スケールの小さな争いの渦中に魔人という存在が居る事の方に、逆に違和感を覚えるくらいだった。


「アーニャの言う通り、たしかファルマは自分よりもランクが上の強い魔物を狩らないと、経験値は得られないとか言ってたよな」


「うむ、しかしじゃな、本当に真の意味で魔人であるなら皆が生きておる訳が無い」


 イオナが何故そこに疑問を持ったのか、まだこの世界の事をよく知らない俺には、理解が出来なかった。

 魔人は、同僚達が顔見知りだから手加減したって事で良いんじゃないだろうか?


「そのザウルという者は、もしかすると半魔人状態ではないじゃろうか? そうだとすると、完全体になりきれん魔人はまだ人間としての意識がほとんど残っておる可能性があるのぉ」


 イオナがデキシーと言う兵士に問いかけると、彼は暫く考えた後に頷いた。

 回りの兵士たちも、全員がカレー雑炊を食べるのを止めて、俯いている。


「奴は、シャニア隊長の野心の犠牲になったのです」


 デキシーと言う兵士は苦い物を吐き出すように、重い口調でそれだけを口にした。

 俺たちは何も言わずに、次の言葉を促すように静かに待っていた。


「シャニア隊長は自分でも言っていましたが、村長の息子というコネで上部都市サカイの役人に取り入って、いきなりターナ村警護隊の隊長になったという噂があるんです。 だから内心とても、それを気にしているんです」


「当然ですが、ターナ村警護隊には地元出身者が多いんです。 それで余計に噂を気にしているんだと思うんですけど、同年代にザウルという男が居て、そいつにだけ特に厳しく当たっていたんです」


「なにしろ、恋敵だからな」

「それを言うなら、一方的な横恋慕だろ」


 近くで俯いていた兵士の一人がシャニアという男を揶揄するように『恋敵』と言うと、別の一人が吐き捨てるように、『横恋慕』だと言い直した。

 それも、一方的な横恋慕だと…… 


「恋敵とか横恋慕って、ザウルって人とシャニアって人が誰かを巡って争ってたって意味なのか?」

「いえ、争っていると思っていたのはシャニアだけだと思いますよ」


 俺の質問に対して、デキシーと言う兵士がどこか嬉しそうに即答した。

 なんだかんだ言っても、シャニアという男の失敗談は嬉しいんだろうなと、俺は思った。


「実際は相手にもされてない、独り相撲だよな」

「ああ、普通は引くよな。 女の方がザウルと恋仲なんだから」


 カレー雑炊を再び口に入れながら、兵士の誰かがデキシーの話を補足し始めた。

 シャニアという奴は、かなり部下に嫌われているようだ。


「ザウルには、恋人が居たんですよ。 名前はサクラ、昔話に出てくる薄紅色の花の名前を付けられた、綺麗で優しい子です。 そんな子が同郷で同年代となれば、まあ年頃の仲間内では取り合いになりますよね」


「もしかしてデキシーも、この村の出身なのか?」


 サクラとは、ずいぶんと日本的な名前だ。

 だけど、話の流れからすると、昔話でしか桜を見た事が無いって事になるぞ。


 イオナの言う異世界=超未来説が本当だとすれば、いったいこの世界には何が起きて現在に至るのだろう。

 すっかり本題を忘れて、そんな疑問も俺の頭に浮かぶ。


 しかしデキシーと言う兵士の話は、まだ続いていた。


「ええ、その通りです。 私は早々にサクラの事を諦めた口ですけどね。 シャニア隊長は私を除いた他の兵士たちよりも年齢が少し上で、村長の息子だって事で皆が文句を言えないのを良いことに、昔からガキ大将をやっていたんです。 子供の頃は、よくサクラを虐めて泣かしていたんですよ。 だから元々サクラに好かれる訳が無いんです」


「そりゃそうだ」


 俺は思わず、同意した。

 そんな奴が好かれる訳が無い。


「あったり前じゃないの、そんな下種な男を好きになる訳がないわ」

「わたしも、願い下げですね」


 アーニャとメルも、それに同意した。

 女性の立場からしたら、好きなのに虐めるなんてサイテーな奴って事なんだろう。


「だけどサクラが年頃になると、急にシャニアの父親である村長がサクラを嫁に出せと言い出して、そこで発覚したんです。 サクラがザウルと好き合っていて、既に結婚の約束もしているという事が」


「なんかありがちな展開ね、先が読める気がするわ」

 すかさず、そう言うのはアーニャだ。


「それでシャニアって人がザウルって人を目の敵にする理由は判ったけど、それだけの理由だと、ザウルって人が魔人になる理由にはならないぜ」


 俺も疑問を差し挟む。

 それだけでは、あまりに人が魔人になる理由として無理がある。


 そんな俺の疑問に、デキシーと言う兵士が答えた。


「それだけでは無く、もう一つ。 シャニアには出世して王都の国軍幹部にに取り立ててもらいたいという、過大な野心があるんです」


「それで、何をやったんだ? 魔獣狩りで点数稼ぎをするだけじゃ魔人は生まれないだろ?」


 そうだ! ファルマの話から俺が知り得た範囲では、魔人が生まれるには難易度が高く、そして必要な条件がある。

 膨大な経験値を一気に獲得する必要があるはずなのだ。


 そして、それは現実に考えると容易なことでは無い。

 第一条件として、自分よりも遙かに強い魔獣を倒して経験値を独り占めする必要があるのだ。


 普通に考えれば、自分よりも遙かに強い魔獣を倒すという条件自体が現実離れをしている事に、まず気が付くだろう。

 なにしろゲームと違って少しでも手傷を負えば、こっちの戦闘能力も攻撃力もガタ落ちするのが現実なのだ。


 ゲームなら、ヒットポイントが無くなるまで戦闘能力は落ちないから、諦めずに勝てる事だってあるかもしれない。

 だけど現実の戦いとなれば、体力も戦闘能力も優っている相手に少しばかり背伸びをしたくらいで、簡単に勝てる筈も無いのだ。


「奴は兵士の促成強化プランを上に提出して、それは危険過ぎると却下されていたんですが、どうしても実績を出して認められようと焦っていたんだと思います」


「促成強化プランって、まさか!」

「パワーレベリングと言うやつじゃな」


 俺がオンラインゲームの用語から連想して口にしようとした言葉を、イオナが途中から遮って言った。

 パワーレベリングってオンラインゲームの用語だとばかり思っていたけど、まさかイオナが知っているとは俺も思わなかった。


「そうです、冒険者ギルドでも危険だと規制されている『パワーレベリング』と言う物を、我々を使ってやったんです。 特に目の敵にされたザウルは何度も何度も駆り出されて…… 」


 驚いたことにイオナだけでは無くて、デキシーまでが普通に『パワーレベリング』と言う言葉を使っていた。

 いったい、どういう事なんだ?


 オンラインゲームの場合で言うパワーレベリングとは、強制的なレベル上げの事だ。

 それは、レベルの低い者がレベルの高い者に連れられて、自分だけでは行く事が出来ない高レベルな狩り場でサポートを得ながら狩りをする事を指す。


 俺のやっていたゲームの場合は、敵のターゲットを高レベルの仲間に取って貰い、自分は攻撃をされる危険性無しの安全な状態で、時間を掛けて確実に敵を倒すことが出来たりする。

 それに仲間からフルブーストの支援を受けて、その上で強化された属性特化武器などを貸し与えられたりもするから、通常では有り得ない程の攻撃力で経験値を独り占めする事も可能だ。


 だけどこの異世界の現実では、ゲームと違って生身の敵のヘイトを一身に集め続けることや、ターゲットを維持し続ける事はできないだろう。

 だから現実的には、とても強い敵を相手にパワーレベリングをする事が出来ないはずなのだ。

 仮にそれが出来たとしても、せいぜいが仲間の応援を受けて、自分より少しだけ強い相手を一人で倒すくらいしか思いつかない。


「だけど、自分で勝てる程度の相手なら、それほど経験値が溜まることもないんじゃないか?」


 俺は頭を過ぎった疑問を振り切って、馬車の中で聞いた魔人に関するファルマの話を思い出しながら、そう訊ねた。

 身の程を超えた膨大な経験値を1度に獲得しなければ、身体強化の枠を超えて魔人になんてならないはずだ。


 どうやったら、その膨大な経験値を一人で得る事が出来るのだろう…… 


 俺の思いつく範囲では、どうやったって1人で勝てる程度の相手であれば、それ程の実力差があるとは思えない。

 じゃあ、大勢で一匹の強敵にたいした場合はどうなのだろう?


 そんな疑問が俺の中に浮かぶ。

 俺たちの会話は、その後も夜が更けるまで続いた。


 俺は思い切って、その疑問を口に出してみることにした。

 この疑問が解決しなければ、謎が解けない気がしたんだ。


「大勢で強い一匹を袋叩きにした場合は、経験値ってどうなるのかな?」

「正確な情報など私たちが知る由も無いのですが、今までの経験上では、たいして得られませんでしたね」


 俺の質問に対して、デキシーが嫌がりもせずに答える。

 一応は、それを試したことがあるという事だろう。


「って事は、手を出した人数分に経験値は分散されるって事かな、なあイオナ」


「ふむ、わしもそっちの知識は専門では無いがの、離れて攻撃する職業も経験値の実入りが接近職に比べて少ない事は聞いたことがあるのぉ。 二つの事を考え合わせると、経験値と言うのは魔物の体内に存在する何かで…… 」


 イオナの言葉を最後まで聞く前に、俺の頭に何かが閃いた。

 オンラインゲームの経験値とは配分方法が少し違うようだけど、その基本的な特徴は似ている。


「しかも、総量が限られている?」

「そうじゃ、しかもその場に近いほど濃くて遠くでは薄くなるのかのぉ

。 それなら、遠くに居る者には影響が少ないのも解るじゃろうて」


「そして、大人数だと一人当たりの得られる量が減るのか」

「そうじゃの、まるでガスのようなものかもしれぬな」


「毒性が弱いから、沢山吸わないと影響が出ないって事か? だけど蓄積性のある毒だから、致死量まで毒が溜まると体に影響が出るとか、かな?」

「ふむ、強い魔獣ほど毒の量が多いと考えれば、辻褄は合うかのぉ」


 ヒントを得た俺たちの推論は、更に加速して行く。

 多量に取得してしまえば、体の組成をも変えてしまう程の影響力を持つのだから、毒という発想は悪くないだろう。


「だけど、少しずつ強い敵を倒してゆけば致死量になっても、死なないんだろ? それは、どう説明する?」

「毒も、少しずつなら耐性が出来ると考えれば良いじゃろう。 その耐性が身体強化の副作用を生むというのは、どうじゃ?」


 ずっと黙っていたバルが、突然口を開いた。

 その幼い外見とは不似合いな話し方に、デキシーと言う兵士を初めとする兵士達が唖然とした顔をする。


「カズヤよ、逆に考えて見てはどうじゃな?」


 バルはそんな視線を気にする事無く、表情も変えずに自説を皆に向かって話し始めた。

 毒の逆とは、どういう事なんだろう?


「わしが思うに、経験値… つまり毒の作用そのものが身体強化じゃな。体に良いからと言って薬を取り過ぎると、かえって体に良くない副作用が出るじゃろ。 となれば、人間の耐性を越えて毒を一度に取り過ぎると、体組織の急激な変化という副作用が出ると考えた方が良いのではないか?」


「それだ!」

「それじゃの!」


 俺とイオナは、同時に相づちを打った。

 他の皆を見回しても、その意見に同意のようだ。


「なるほど、そういう見方は盲点でしたね。 我々というか、シャニアも身体強化は経験値の副作用だと思っているようでした」


 デキシーと言う兵士も、その意見に同意のようだ。


 俺は、ふと思い出した。

 なんか昔見た、パラソルだったかアンブレラだったか何とか言う巨大企業が開発した兵士の強化用ウィルスが、突然変異して不死のゾンビを大量に生み出した映画の事を。


「なんか経験値の正体って、映画で見たゾンビ化ウィルスみたいじゃない? 感染すると体組織を書き換えてゾンビにしちゃう映画とかあったじゃん」


 俺の何気ない言葉に反応を見せたのは、以外にもバルだった。

 彼女は僅かに眉をひそめて、一瞬何かを考え込んでいたように見える。


「身体強化ウィルス! ――まさかあの第17研究室で? いや、あれはまだ…… 」


 いつもは何事にも動じない筈のバルが僅かに動揺して、誰にも聞こえないような小声でボソリと呟いたのを、すぐ隣に居た俺だけは聞き取っていた。

 恐らく、少し離れて座っているティグレノフさんや、他のみんなには聞こえていないだろう。


 もっとも、俺だって完全に聞き取れた訳じゃ無いから、言っている意味は良く判らない。

 後で暇を見てバルに聞いてみようと考えて、俺はその事を問い直さなかった。


「ウィ……スル? そのウィ何とかって何です? ゾンビってのは見た事は無いけど、聞いた事がありますよ。 死体を火葬処理しないで放置しておくと、動き出して人を襲い始める不死者の事ですよね」


「えっ! マジでゾンビって現実に居るのか?」


 俺はデキシーと言う兵士の意外な発言に驚いて、ウィルスをウィスルと言い間違えた件については、すっかり流してしまった。

 不死者アンデッドという衝撃的な言葉は、バルの言った経験値=ウィルスという説を、すっかり意識の外へ追いやっていた。


 だって、ゾンビだぜ! アンデッドだぜ!

 もしも、この世界にアンデッドが居るなら、俺のヒールはアンデッドに対してダメージを与えるはずだ。


 そんな風に、根拠も無いのに少しばかり俺はゲームと現実を混同していた。

 バルの発言を、少しも気にする事無く……


 そんなバルは、珍しく何事かを考え込んでいるようにも見えた。

 俺は俺で、聞き慣れたゾンビとかアンデッドという言葉にすっかり気持ちを持って行かれてしまい、兵士たちに大怪我をさせた相手がザウルという半魔人だと言う事を、すっかり忘れてしまっていた。


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