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16:カレーライス

 イオナの放った言葉。

 それはまさに絶妙のタイミングで、あなたが何かを隠しているのは判っているよと言わんばかりだ。


 言いたいけど言えない、そんな時にそう声を掛けられてしまえば、俺だったら『実は…… 』と思わず話してしまいそうな、そんなタイミングだった。

 だけど、少し口を開き掛けたデキシーと言う兵士は、再び思い直したように黙ってしまう。


「ふむ、色々と抱えていなさるようじゃの。 いつの時代も何処へ行っても、責任を取らない駄目な上司に仕える部下は辛いものじゃて」


 それ以上押しても駄目そうだと判断したのか、イオナは素直に引いた。

 デキシーという兵士はイオナにそう言われた事で、逆に何かを言いたそうに少し逡巡したようにも見えた。


「すみません、自分は夜番があるので、これで…… 」


 しかしすぐに思い直したような表情を見せると、デキシーと言う兵士は自分の持ち場へと去って行った。


「ただの魔獣絡みの事件では、無さそうじゃの」


 イオナがそう言って、デキシーと言う兵士から分けて貰った薪を積み上げる。

 俺はいつものように周囲に防御結界を張ってから、薪に魔法で火を付けた。


 兵舎の敷地内という事もあって、結界は物理防御だけの簡易な物にした。

 だから結界を通して届く外の風に乗って、パチパチと弾ける焚き火の上で、鍋の中から芳ばしい良い香りが漂ってくる。


 大きめの鍋の中でほど良く煮えているのは、お子様の大好きなメニューの一つであるカレーだ。

 今日の晩ご飯は、メルとアーニャのリクエストでカレーライスになったのだった。


 それが何カレーなのかと聞かれると、元居た世界で買いだめした市販のカレールーを使っているだけに、特別にスパイスから調合した拘りの品と言う訳では無い。

 野宿で凝った料理も出来ないから、あっちの世界で買いだめしてきた市販のインスタントカレーだけど、これが向こうの世界のカレーと違うのは、肉は俺が解体した異世界産のスパイクボアを使っていると言う事だ。


 辺りに、香ばしいスパイスの香りが漂う。

 丁度、大きめの土鍋を2つ使って焚いていた米も良い感じに、プチプチとお焦げが出来始めている音がしていた。


 あれほど吹きだしていた湯気も、そして白濁した水分も、もう出ていない。

 レイナが大きめの土鍋を火から離して、余熱だけの蒸らし仕上げに移った。


 米を炊くのは、誰もレイナには敵わない。

 米だけじゃ無くて、料理全般でレイナに敵う仲間は居ないというのが正解かもしれないけどね。


 メルとアーニャが、その手順を真剣な顔で追っていた。

 バルは俺の右隣で無関心な顔をしているけど、チラチラと目はカレーに釘付けだったりする。


 メルは俺の居た世界に来てからご飯党になったし、アーニャも日本に来てから、ご飯に目覚めたと言っていた。

 おそらく、それはヴォルコフとティグレノフも同じなのだろう。


 彼らも、いつになく真剣な顔をしてご飯が炊きあがるのを待っていた。

 もし二人に存在しないはずの尻尾があれば、きっとバタバタと忙しく左右に動いているだろう。


「和也、ご飯ばかり見ていないでカレーを良くかき混ぜてちょうだい。 カレーは粘度が高くて対流しにくいから、焦げやすいのよ」


 レイナにそう言われて、俺は慌ててカレーの鍋にシリコン製の黒いお玉を突っ込んで、ぐるぐるとかき混ぜ始める。

 どうやら、ご飯に釘付けになっていたのは、俺もそうだったようだ。


 少しでも鍋の底で焦げ付くと、カレーの風味が台無しになる事を俺は知っている。

 だから、いつもより真剣にカレーが焦げ付かないようにと、底の方を中心にかき混ぜた。


 大きめの土鍋を2つも使って米を炊いているのは、今日のメニューがカレーだからで、それ以外の理由はない。

 そう、カレーは飲み物だから、何時もよりご飯の消費量が多い事を見越しての事だ。


 別の大皿には、レイナ特製のラッキョウの甘酢漬けが大量に盛られている。

 これだけあれば他は何も要らないけど、大食漢のティグレノフ対策で付け足したスパイクボアの串焼きも、焚き火の脇で良い感じに焼き上がっていた。


 頃合いを見計らって、アウトドアショップで手に入れた軽量チタン製のスプーンが、全員に配られる。

 レイナが大きめの土鍋の蓋を開けると、とたんに真っ白な湯気が、もわっと立ち上った。


 ご飯がこびり付かないようにディンプル加工をされたプラスチック製のシャモジを使って、切るようにご飯に差し込んで、ご飯粒を極力潰さないように持ち上げる。

 何度かそれを繰り返すと、ご飯の間に空気が入ってふんわりと仕上がった。


 辺りにはカレーだけでは無く、ご飯の良い匂いも立ちこめている。

 手際よくチタンの器にレイナがご飯を盛りつけてメルに渡すと、メルがそれに手際よくカレーをかけてゆく。


 最初にリーダーのイオナに、そしてヴォルコフとティグレノフ、そして俺へとカレーの入った器が渡されてゆく。

 別段、男尊女卑というルールなど無いのだけれど、いつの間にかそういう順番になっていた。


 そしてアーニャに器が渡り、レイナもそれを受け取る。

 カレーライスが準備されている間に、アーニャが全員に俺が魔法で冷やした水の入った、これまたチタン製のアウトドア用断熱マグカップを渡してゆく。

 そして最後にメルが自分の器に、こっそりと少し多めのカレーを注ぎ入れて、全員の準備が揃った。


 ちなみに、イオナ家のカレーライスはご飯とカレーが左右に分離した形式になっている。

 そして各家庭でルールが違うのだろうけど、我が家はカレーが右でライスが左になる。


 こうすると、右からカレーをすくって最後にライスに到達する形になるので、食べやすいのだ。

 当然、異論は認める。


 全員が、無言でスプーンを口に運ぶ。

 食器とスプーンが当たる、カチャカチャという音だけが聞こえた。


 熱々のご飯は、べと付かず良い感じに炊けている。

 ご飯が熱いから、フーフーと吹きながらでないと火傷をしそうだった。


 秋の涼しい夜風も、ほてり気味の体には心地よい。


 時折、口休めに誰かがラッキョウを頬張る音が、コリコリと聞こえる。

 口から鼻に抜ける、カレー独特のスパイスの香りが食欲を加速してゆく。

 ご飯を余分に炊いたのは、間違い無く正解だ。


「むふー、日本のカレーライス最高ネ」


 ティグレノフが、真っ先にお代わりとばかりに、空になった食器を差し出す。

 それを受け取ってレイナが、山盛りにご飯を盛りつけた。

 メルが、それを受け取りカレーをたっぷりと注ぎ入れる。


「ティグレノフには串焼きモ食べさせなイと、ご飯がすぐに無くなルよ」


 ヴォルコフが、ティグレノフを牽制しつつも、空になった食器をレイナに差し出した。

 俺もハフハフとスプーンを口に運び、負けじと食べるペースを上げる。


「ちょっと、あなたたち! 遠慮ってものを知りなさいよ。 あたしだって、あと1皿は食べるんだからねっ」


 アーニャが口の端にご飯粒を付けながら、ヴォルコフとティグレノフにペースを落とせと文句を付けていた。

 そういう処は、向こうの世界では見せなかった年相応な態度で、なんだか微笑ましいと感じてしまう。


 俺の右隣にはバルが陣取って、無言でモグモグとカレーを小さな口に運んでいる。

 同じく俺の左隣にはイオナが居て、そのまた左側、つまり俺から見て一番左端にはレイナ、対面側に順に回ってその隣にはメル、そしてアーニャと並ぶ。


 つまり、アーニャが丁度俺の正面に座っている事になる。

 その隣にヴォルコフ、そして俺から見て一番右端にティグレノフという席順だ。


「ほれ、口にご飯粒付けてるぞ」


 俺は、手を伸ばしてアーニャの口元についたご飯粒を取ってやる。

 食べ物を捨てるのは抵抗があるし、そんな事をしたら汚い物みたいでアーニャにも失礼だと思ったから、俺はそれをパクりと口に入れた。


 不意を打たれて、アーニャの動きが止まった。

 見る見るうちに、その顔が赤く染まってゆく。


「ちょ、ちょっ、ちょっとカズヤ! あ、あなた!いきなり何してんのよ、人を子供扱いしないで欲しいわ」

「なんだよ、誰が見ても子供じゃん」


 俺は、何言ってんだとばかりに、当たり前の反応を返す。

 黙って居れば可憐な金髪美少女だと言っても、俺から見ればどうみても子供なんだから、子供と言って文句を言われる筋合いは無いはずだ。


「誰が子供なのよ、こっちへ来たら少しだけ若返っただけじゃないのよ」

「いや、向こうの世界でも充分子供だったと思うんだけどなー」


 アーニャの反応が面白くて、ついつい突っ込みたくなる。

 これは、俺の悪い癖かも知れない。


 だけど向こうの世界では、たっぷりとアーニャに上から目線で話をされたからな。

 これで、おあいこってものだ。


「あの、お代わりを…… 」


 ヴォルコフさんが差し出したままだった、空の食器を申し訳無さそうに再び持ち上げた。

 レイナが、慌ててそれを受け取る。


「ごめんなさいね。 ちょっと和也たちに気を取られてしまって」


 そう言ってご飯を盛りつけるレイナの横で、メルが自分の口元にご飯粒をわざと付けたのを俺は見た。

 俺はどう対応するべきなのか、気が付かない振りをして必死で考える。


「あらあらメルちゃん、ご飯粒が付いているわよ」


 レイナがスッと手を伸ばしてメルの口元についたご飯つぶを取り、自然な動作で口に入れた。

 そして、俺の方を咎めるようにチラリと見る。


 俺が何故レイナに咎められるのか判らずに困惑していると、バルがボソリと呟いた。


「どうやら、すっかりと囲まれておるようじゃぞ」

「そうじゃの。 わしとした事が、うっかりとしておったわい」


 バルの警告に、真っ先に反応したのはイオナだった。

 俺たちは、一斉に首を巡らして辺りを見回す。


 兵舎の敷地内だからと、ついついカレーライスに集中して周囲の警戒を怠っていたけど、俺たちはいつの間にか大勢の人影に囲まれていた。

 しかし、まだ俺の危険察知スキルは反応をしていない。


 フラフラと、その中の数人が前に出てきた。

 見るからにボロボロで、くたびれて部分的に血で染まったその姿に、俺は見覚えがあった。


「あんまり良い匂いがするから、お腹が減って…… 」


 その中の一人が、そう言って俺たちの食べているカレーを指差した。

 そこに居たのは、俺たちが治療した兵士達だった。


 彼らの怪我は、俺の広範囲治癒魔法で既に全快している。

 苦痛から解放され、眠りから覚めてカレーの良い匂いがするとなれば、怪我のせいで食事も満足に摂っていないだろう彼らが、匂いに釣られて出てくるのも無理は無い。


「ふむ、いきなりスパイクボアの肉では胃に負担が掛かるでな。 レイナよ、カレー雑炊でも作ってやるのじゃ。 和也、準備をせい」


 俺はイオナに言われて、こっそりとアイテムバッグから大型の寸胴鍋とアルファ米のレトルトパックを大量に取りだす。

 そして深い寸胴鍋にパックの中身を、ザザッと全部入れた。


 みんなから見えないように、深い寸胴鍋の中へと右手を突っ込む。

 そのまま指先から熱湯を出して、乾燥したアルファ米を炊きあがった米へと復元させた。


 それをレイナに渡すと火に掛けて、鍋の中にコンソメの顆粒を放り込んで味を調えて行く。

 最後に余っていたインスタントのカレールーを、ブロックのままではなく、細かく刻んでから寸胴鍋に入れてかき混ぜ始めた。


 メルが素早く串焼きの肉を薄く小さく切り刻んで、それを寸胴鍋の中へと投入してゆく。

 俺も、遅ればせながらアイテムバッグからフリーズドライの野菜を取り出して、それをカレー雑炊の中へとバサッと投入した。


 僅かな時間で、大量の即席カレー雑炊が目の前に出来上っていた。


 アルファ米を使ったのは、レイナが炊いたご飯だけでは必要な人数分に足りないと思ったからで、決して俺がまだ美味しいご飯でカレーライスを食べたかったからじゃあ無い。

 きっとヴォルコフもティグレノフも俺の気持ちを判ってくれると思う。


 これは決してセコい理由じゃ無いんだ!


「すまんが、食器は自分で持って来てくれんかの。 さすがに全員分は無いでな」


 イオナがそう言うと、俺たちを取り囲んでいた兵士たちは互いの顔を見合わせてから、慌ててどこかへと消えて行った。

 俺は、その隙に周囲に張った結界を解いておく。


 もちろん不測の事態が起きても対処出来るように、仲間全員には防御結界を纏わせてある。


 やがて彼らが戻ってきた時には、全員が深めの木皿と木のスプーンを持っていた。

 やせ衰えたゾンビの群れに囲まれている錯覚に陥りそうになるけど、全員が病み上がりの兵士たちである事に間違いは無い。


「んー美味い! なんだこの味は! 俺は今までこんな美味しいものを食べたことが無いぞ」

「うーん凄い! この香りと味は空きっ腹に染みるなあ」

「美味すぎて、腹にいくらでも入る感じだぞ」


 たっぷりと出来上がったカレー雑炊をガツガツと口に入れ、メルの淹れた美味しいお茶を飲んで兵士たちの口が軽くなったとしても、誰にも咎められる事は無いだろう。

 当然ここに居ない、あのシャニアという隊長を除けばだが。


「おいおい、何の騒ぎだ? 夜番詰め所まで騒ぎが聞こえてきたぞ」


 そのうちに、騒ぎを聞きつけたデキシーと言う兵士もやってきた。

 まだ訳が判っていない彼にも食器を用意させて、即席のカレー雑炊を振る舞う。


 そこで俺たちは、兵士たちの怪我にまつわる哀しい話を聞くことになった。


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