13:ターナ村の怪我人
「なあイオナ。 何で俺たちは、村に入るときに咎められなかったんだろう?」
俺は、村に着いてからずっと疑問に思っていた事を訪ねてみた。
俺の持ってるゲームの世界観だと、最初に冒険者が出逢う村の入り口にはバリケードが組んであって、余所者を頑なに拒むような頑固な警護の村人なんかが居るはずだった。
もっとも、これはゲームじゃなくて現実なんだけど……
だからイオナが打ち合わせの時に、『村のほうが都会より狙い目なんじゃ』って言っていた意味が解らなかった。
行けば判るとは言われていたけど、異世界の村なんかに行っても、余所者は簡単には入れてくれない排他的なイメージが強かったんだ。
「見れば判るじゃろ。 ここは農業だけで細々と食べているような、閉じた辺境の開拓村ではないのじゃ。 人の行き来する街道沿いの宿場を兼ねた、オープンな村じゃで、お金を落とす旅人は大事なお客様なのじゃよ」
「でもなんか、こんなに簡単に入れて戸惑うっていうか、もっと苦労するのかと思ってたからさ」
「和也よ、恐らくお前が思っているような村は、主要な街道からも離れた場所にある、辺境の開拓村じゃ。 そういうところなら人の数も少ないし、滅多に訪れる者もおらぬ。 だからトラブルの元になりそうな、得体の知れぬ余所者を入れる理由も無いのじゃ」
ターナは俺のイメージとは違っていて、異世界の辺境にある開拓村と言うよりは、むしろ宿場町というものに近いのかも知れない。
村の入り口から中央部の広場へと繋がる、よく踏み固められた平らな道路沿いには、宿屋らしい看板や酒場や飲食店らしい店が並んでいた。
「だけど、これなら別に馬車を助ける計画なんか立て無くても、問題無く村に入れたんじゃないか?」
俺は、ふと心に浮かんだ疑問をイオナに投げてみた。
するとイオナは、俺の問いかけが聞こえないかのような素振りを見せる。
「さて、まずはわしらの持っている昔のお金が使えるかどうか、試さんとな」
「てか、おーい! イオナ。 いやイオ爺、俺の話聞いてねーのかよ」
俺たちの会話を横で聞いていたレイナが、クスリと笑いを漏らす。
アーニャたちは微妙な顔をして、俺とイオナの遣り取りを注視しているのが見えた。
まあ人間だもの、どこかでミスくらいしてしまうのは、俺だって判るし気にはしていない。
何というか、今回は誰も不幸になっていないんだから、一言「すまんかった、テヘペロ」くらいは有っても良かったんじゃ無いかと、そう思っただけだ。
「和也の言いたいことは判るけど、失敗が許されないような安全マージンの無い作戦よりは、例え1つ失敗しても次があるような、二段構え三段構えの緩い作戦の方が、あなたたちも安心でしょ」
レイナが、そう言ってイオナをフォローする。
まあ、確かにそうなんだけど、本当に二段構えの策だったのかは、これ以上突っ込まない方が良さそうだ。
「ふはは、まあそういう事じゃ。 念には念をいれておくのが肝心なのじゃよ、ふはははは」
イオナがレイナのフォローを受けて、それ見たことかとばかりに笑った。
俺たちはレイナを除く全員が不審そうな目で…… そう、通称ジト目でイオナを見ていた。
「これだけ旅人を相手にしている村なら、きっと他国からの旅人も多いんでしょうね。 あれから長い年月も流れているから、色々と違う事はあるとおもうけど…… 」
レイナはイオナを尚もフォローするけど、俺たちは相変わらず無言のジト目で返した。
「…… わかった、すまなんだ、わしのミスじゃ。 偵察飛行をしておった時から宿場町っぽいとは思っていたが、これほど楽にフリーパスじゃとは思わなんだ。 時代は変わっておるの」
(まあ、なんだ…… イオ爺、あんまり気にするな)
俺は心の中でそう呟いて、素直に謝罪したイオナの肩をポンポンと軽く叩く。
まあ実際のところ、何事も無く村に入れて良かったのは、皆同じ気持ちだろう。
ただ、こちらへ来てからずっと詳しい説明も無しに、イオナの判断で物事がどんどん決まって行くことに、少しだけ不満が溜まっていただけで、他意は無い。
なにしろ、この世界の経験者はイオナとレイナ、そして城の外の経験がほとんど無い、お姫様育ちのメルだけしかいない。
だから、イオナがこの世界でのリーダーになるのは当然だろう。
それは充分判っているし、納得もしている。
だけど、これから異世界でどうするかって事は、俺たち全員に関わる問題だ。
だから、一緒に異世界で生きようとしている仲間として、俺たちに相談もしてほしいし、もっと一緒に考えたかったんだ。
とりあえず、俺たちは現金を手に入れなくてはならない。
お金が無ければ宿にも泊まれないし、食事だってできないんだ。
とは言え、アイテムボックスの中には大量の食料だってあるし、野宿でも不便は無いから、別に宿に泊まれなくても困る訳では無い。
逆に、この世界の風呂やトイレ事情がどうなのか判らないだけに、俺の魔法を使った野宿の方が遙かに便利かもしれないのだ。
だけど、やっぱりこの世界で使えるお金が要らない訳じゃ無い。
何をするのにも、先々お金は必要になる事は俺にだって判る。
俺たちが到着してすぐに日は暮れて、村の通りには所々に篝火や原理の判らない照明器具が置かれていた。
だけど表を歩いている人の数は、かなり少ない。
多くの人は、宿に入り食事などをしているのだろう。
通りを全員で歩いていると、何処かからか鼻をくすぐる料理の匂いが漂って来る。
俺たちは飲食店や宿屋などの灯りを頼りに、村の出入り口付近まで来ていた。
だけど、お金の両替をやっていそうな店は見つからない。
「この村に、両替をやってくれる処はないかね?」
仕方なく、営業中の宿屋にイオナの持っている他国の貨幣を見せて聞いてみたけど、期待したような返事は帰ってこなかった。
どうやら他国の貨幣はお金の額面ではなく、原料である金や銀の含有量で価値を決められてしまうらしい。
イオナの持っている古い金貨や銀貨は、素材の純度が比較的高いらしいけど、お金としては二束三文までは行かないにしても、それなりの価値になってしまうようだった。
日本のお金で例えると一泊3千円の宿に泊まる場合、500円硬貨があれば6枚で良い。
だけど他国のお金しか無い場合は、例えそれが自国では10万円の金貨だとしても、額面ではなく素材に含まれる金の価格である5万円で物々交換するような物だ。
つまり、金属素材としての価格でしか取り扱われない事になる。
当然足下も見られるし、相手側が換金する手間賃や偽金であった場合のリスク分なども差し引かれるから、価値は更に下がる。
「両替をやるような店は聞いたことが無いな。 やってくれるとしたら冒険者ギルドじゃないか? あそこは冒険者が余所の国へ行く時には、何処の国のお金でも一旦ギルド硬貨って物に換えてくれるらしいぞ」
ようやく、3件目の居酒屋でそんな情報を得られた。
しかし、両替をしてくれるのは冒険者相手の場合だけらしい。
村の出入り口に作られた柵が、幾人かの手でゆっくりと閉められているのが見えた。
「夜は旅人も動かないでな、用心のために締め切るのじゃろう」
それを見て、イオナはそう言った。
確かに街灯もない真っ暗な夜道を歩くよりは、夜間は火を焚いて野宿をする方が比較的安全なのかもしれない。
どちらにしても、野外が危険なのは変わりが無いと思うけど、森の中でない場所なら、火がある分は襲われにくいのだろうか?
ゆっくりと閉まり行く柵を眺めながら、俺はそう思った。
出入り口が見える場所まで戻って来てしまった事が判ったので、俺たちは元来た道を村の中へと向かって引き返す事にした。
これは村の中で野宿をするか、足下を見られても手持ちのお金を使って宿を取るしか無いかなと思って居たら、出入り口の辺りが急に騒がしくなった。
「なにやら騒がしいのぉ」
イオナがすぐに、その異変に気付く。
俺たち全員が振り返ると、門の脇にある詰め所のような処から兵士が数人飛び出してくるところだった。
「イオナ、あれ何だろう?」
「うむ、行ってみるかの」
俺の問いかけに、イオナが即決した。
全員が、同意の頷きを返す。
「カズヤよ、あれは怪我人が運び込まれたようじゃな」
じっと門の方を凝視していたバルが、そう言った。
俺は暗視と遠視のスキルを使って、それが事実である事を確認する。
遠くを見る遠視スキルはともかくとして、ゲームの中では地下ダンジョンの探索くらいしか使い道が無かった暗視スキルは、現実世界では使う機会が無いと思っていた。
だけど、夜になると明かりが消えてしまうこの世界では、意外と使い勝手が良いスキルに化けていた。
俺の視界いっぱいに、太腿や腕を血で真っ赤に染めて意識を失っている、1人の男が見えた。
俺たちは、血まみれの男が運び込まれた現場へと、一斉に駆けだす。
予想通り、子供体型のアーニャが遅れる。
メルは、思ったより足が速かった。
身体能力が高い事が発覚したバルは、何故かアーニャと同じペースで走っている。
見た目は幼児体型の2人がトコトコと走っているように見えるけど、たぶんバルはアーニャが1人遅れないように守っているんだろう。
俺は一旦速度を落として、遅れた2人を待つ。
2人が俺に追い付いたところで、右手にバル、左手にアーニャを抱えて駆けだした。
「ちょっと、カズヤ! レディーを荷物みたいに扱わないでよ」
アーニャが抗議の声を上げるが、抗議は声だけで暴れたりはしない。
だから俺も、聞こえない振りをして走る。
もちろん自分にブーストを駆けていなけりゃ、こんな真似はできない。
「カズヤよ。 急がんと、ほれ置いて行かれるぞ」
バルは、さも当然というように俺に抱きかかえられている事に抵抗がないようだ。
それも当然で、向こうの世界で猫形態のバルを片手で抱きかかえて運ぶのは日常的な事だったのだ。
すぐに、俺は前を走るメルに追い付いた。
追い抜くときに、ちょっとメルが羨ましそうな顔をしたけど、きっと気のせいだと思う。
メルに追い付いて軽く追い越した後は、メルのペースに合わせて走る。
まだどんな世界なのかも判らない場所で、小さな女の子を放置して自分だけ先に行く訳には行かないと思ったのが、アーニャとバルを抱きかかえた理由だ。
見る見るうちに、怪我人がいる村の出入り口に近づく。
これは、怪我人を助けたら実は村長の息子だったとかいう、ありがちなテンプレ・フラグかなと、ちょっと俺は不謹慎な事を走りながら考えてしまった。
俺がゲームの中で使えていた魔法で唯一現世で使えないのが、消費アイテムを必要とする魔法のリザレクション、つまり蘇生の魔法だ。
だから、もし怪我人が既に死んでいたのなら、俺には為す術が無い。
俺はみんなが現場に辿り着く前に、離れた位置から目立たないように低レベルの治癒魔法を放った。
低レベルにしたのは、怪我人が何事も無かったように回復してしまえば、それはそれで騒ぎになると思ったからだ。
ぐったりとしていた男が、意識を取り戻して苦痛のうめき声を上げたのが、俺には見える。
イオナとレイナがそれに気付いて、後ろをチラリと振り返った。
これで、治療が間に合う。
俺はそう確信して、先を行くイオナたちを追った。
アーニャとバルを抱きかかえて現場に到着した時には、すでにレイナとメルが治癒魔法を開始していた。
2人とも元王女という身分の上に、この世界に居たときには治癒魔法が使える神官でもあった事を、俺は前の世界で聞いて知っている。
「どうやら、俺の出番は無さそうかな」
そんな事を軽々しく口にしたら、2人に怒られてしまった。
なんでも、他にも怪我人がいるらしいのだ。
2人が治癒魔法を使えると知った兵士が、他の怪我人も診て欲しいと依頼をしたらしい。
俺は、黙って頷いた。
「和也、判っておるじゃろうが…… 」
イオナが俺に目で合図をした。
俺は、その意図を把握して頷く。
つまりは衆人監視の中で、あっという間に治療を終えるなって事だ。
イオナの話によれば、優秀な魔法使いは国に目を付けられて、下手をすると国から出られなくなる事もあるらしいのだ。
俺は兵士の案内で、寝所へと向かう。
何も言っていないのに、バルが俺の後を着いてきた。
アーニャも少し遅れて追いかけてくる。
メルがチラリとこちらを伺うように見たけど、すぐに思い直したように怪我人に向き直って治療を続けていた。
俺はアーニャに向かって言う。
「おまえ、仲良しになったメルの近くに居なくて良いのか? 何か言いたそうだったぞ」
「だってカズヤがヘマをしないように、誰かが見てないと駄目でしょ」
さも、それが自分に与えられた役目であるかのように、したり顔でアーニャが答えた。
そんな風に嫌々来てやった風な顔をされても、全然俺は嬉しくない。
だから、俺は言ってやった。
「いや、バルがいるし」
「カズヤよ、わしは暇つぶしに着いてきただけじゃ」
俺の言葉を即否定するタイミングで、バルが興味なさ気に訂正を入れてきた。
てっきり、俺を心配して来てくれたのかと思っていただけに、その言葉に話の腰を折られた格好だ。
「俺は、暇つぶしのネタかよ!」
俺はギャグではなくて、マジで転けそうになった。
自分から勝手に着いてきた癖に、それはあまりの言いようだ。
「あー、あのぉ…… 」
俺たちを案内している兵士から遠慮がちに声が掛けられて、俺は現実に引き戻される。
そうだ、俺は怪我人の治療に向かっているのだった。
俺は気を引き締めて、兵士の案内する宿舎の中へと急いだ。