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10:偶然は必然

 イオナの計画を聞き、早めの朝食を食べた後の事だ。

 いつもの偵察飛行から戻って来たイオナの指示で、すぐに俺たちは慌ただしく出発をした。


 イオナの偵察中に準備は既に出来ていたから、それなりにバタバタしながらも、出発までに必要な時間はそれほど多くなかった。

 この世界の人達に対する擬装として、大きさだけはそれなりに見える夜営用の荷物を子供たち以外の全員が背負って、俺たちは街道を目指して歩く事になる。


 俺たちが野営した場所から近くの街道までは、小型の魔獣が時折散発的に襲ってきたけど、アッサリと片付けられて障害と呼ぶほどの事は無かった。

 だから、それほど時間が掛からずに、俺たちは目的の街道まで到着する事ができた。


 俺たちが辿り着いた街道は、あっちの世界でイオナの家があった農村の、舗装されていない土の凸凹した農道を幅広くした感じに近い。

 ここまでスムーズに到着出来たのは、昨日までの森の中と違って歩きやすい草原であるという事が、何よりも一番の理由なのだろう。


「なあイオナ、思ったより早く着いたな」

「そうじゃな、途中で面倒な敵にも遭遇せなんだで、運が良かったのかもしれぬがの」


 俺の問いかけに、イオナはそう答えた。

 確かに突っ切るのに手間の掛かった深い森の中に比べれば、草原に出てからは嘘のように楽な行程だったと感じられる。


「あの、見たことの無い小動物は何だったんだ?」

「ウサギの変異種のようじゃったが、名前はわしも知らぬ」

「綺麗な毛色だったね」

「食べられルのかナ?」


「ティグレノフは、もうお腹が空いたのか?」

「俺の故郷デは、ウサギ料理が有名なんだヨ」

「ああ、そうダったナ」


 本日一つ目の目的を達成して気が緩んだ俺たちは、思い思いに無駄話を始めた。

 そんな緩んだ気持ちを察したのか、他の理由があるのかは不明だけど、イオナから休憩の指示が出た。


「さて、まだ昼前じゃで、少し休憩をするかの」


 イオナから発せられた指示にみんなで頷くと、俺たちは街道脇の草地に腰をおろす。

 まったく疲れている自覚は無いのだけれど、地面に腰を降ろすと一気に全員の気が緩むのが判った。


「なあイオナ、今のうちに水分を摂っておく方が良いかな?」


 晩秋の頃と言っても、日が出ている間はポカポカとして暖かいから、とりあえず聞いてみた。

 現代人、と言うのも異世界で使うには変な例え方になるけれど、向こうの世界の知識からすれば、水分補給もせずに歩き続けて脱水症状で倒れるのはゴメンだ。


「それじゃあ、少しぬるめのお茶でも淹れましょうね」

「それ、わたしがやります!」


 道具を取りだしたレイナを制して、メルが元気よく手を挙げた。

 元が一国のお姫様とは思えない程に、メルは家庭的な事が好きなようだった。


「じゃあアーニャも、一緒に手伝ってちょうだいね」


 メルが声を掛けると、あのアーニャが素直に頷いて手伝いを始めた。

 メルがアイテムバッグから取りだしたマグカップを、アーニャが黙々と地面に広げたシートの上に並べている。


 そんな姿を、あの日にファミレスで嬉しそうにパフェを食べていたアーニャから想像するのは、なかなか難しい。

 無垢な見かけと年齢相応な子供っぽい姿と、そして時折見せる狡猾で冷徹な女の姿。

 いったいどっちが彼女の本質なんだろうと、俺はそれを見ながら思った。


「和也兄ちゃん、お水出してちょうだい」


 メルにそう言われて、思わず俺が腰を上げたところへ、いきなりアーニャが横から口を挟んできた。

 ニヤリと、何事かを企んでいるような笑みを浮かべている。


「ねぇカズヤ、いっそお湯を出してくれないかしら。 それも適温だと、こっちの冷ます手間が省けるわ」


 やっぱり、こいつはアーニャだった……

 感心した俺が、まだまだ甘かったようだ。


「ふむ、魔力調整の訓練にも良さそうじゃな。 和也よ、ちとやってみせい」


 アーニャの言い分をイオナが賛成したので、どうやら水を熱して出すという二属性の合成を、この場でやらざるを得なくなってしまったようだ。

 とは言え、すでにお湯を出すなんて事は風呂の湯を入れる事で出来るのが当たり前になってはいるんだけど、まあ今更そんなに勿体ぶる事でもないだろう。


 どうやって、ゲームに無かった魔法スキルを使うのかと言えば、それは具体的なイメージを脳内に構築するという事に尽きる。

 だから俺はお湯を作る時に、水を効率よく熱するシステムを頭の中で構築している。


 例えて言うならば、炎の中を水が螺旋状になって通り抜けるという単純なイメージだ。

 たぶん火に触れる螺旋の長さで、お湯の温度調整が出来るだろうと俺は考えた。


 使う魔力量のイメージはほんの僅か、例えるなら砂粒1つくらいだろうか?

 炎が渦を巻いて長いパイプを作っているイメージの中に、水を同じように螺旋状でパイプの中を通してみるシーンを頭に思い浮かべる。


 シュワワワワっと、熱せられたヤカンの口から水が沸騰しながら吹き出すように、俺の右手の少し先の空間から、たちまちお湯が噴き出した。

 あっという間に、湯沸かしポットの中が適量のお湯で満ちる。


 思わず、俺は空いている左手で小さくガッツポーズを作った。

 そして、このイメージに自己流の名前を付けていた。


 次からは名前を思い浮かべる事で、名前に関連づけられた一連の手順がイメージされるはずだ。

 それがイオナ流の、魔法オブジェクト指向理論ってやつだ。


「ほぉ…… カズヤも、中々やるものじゃな」


 バルが幼女体型のまま、俺の右の肩に体をくっつけて、右手の先からお湯が出ているのを覗き込んでいた。

 それを横目でチラリと見たアーニャが、俺の出したお湯に文句をつけてきた。


「ちょっとカズヤ! 熱ければ良いって物じゃないのよ。 お茶には適温ってものがあるんだから」

「和也兄ちゃんも、意外と気が利かないんですねっ!」


 なんだか今日のアーニャは俺に優しくない気がするけど、それは気のせいなんだろうと思う事にした。

 あれあれ? メルもそんなに乱暴に道具を扱うなんて、らしくないぞ!。


「まあ、魔法制御に慣れておらぬ割には、上等上等」

「メルちゃんは、お茶を入れるのが上手になったわね」


「本当ですか! 嬉しいです。 アーニャが手伝ってくれたから、助かったわ」

「ま、まあ、わたしの手にかかれば、お茶ぐらいチョロいものよ」


 イオナの取りなしにレイナのフォローもあって、一瞬殺伐としかけた場が和む。

 バルが何食わぬ顔で湯飲みを取って、何事も無かったかのようにお茶を口にした。


「それで、この後はどうすんだ? 夕べの話通りにやるとするなら、もう少し先に行ってなくて良いのか?」


 こんな処でノンビリしていて良いのかと思って、俺がイオナに訊ねる。

 その質問にヴォルコフさんとティグレノフさんも同意して、頷いてくれた。


「どの辺りまで進むんだイ」

「ここカら村まで、まだ二日くらイあるとか言ってイたよな」


「急ぐこともあるまい。 時が来るまでゆっくり行けば良いじゃろう。 ここまでは夕べ話した通り、予定通りじゃ」


 イオナは呟くようにそう言って、ニヤリと笑った。

 見た目だけは30代中盤くらいの銀髪イケメンになっちゃったイオナだけど、その中には90年以上も生きている老獪なジジイの悪巧みが詰まっているとは、きっと誰も思わないだろう。


 のんびりとお茶を飲み終わり、時計を確認したイオナの指示で、俺たちは街道を再び歩き始めた。

 人だけでは無く馬車も通ると思われるのは、路面に轍を見れば想像がつく。

 あっちの世界の乗用車が擦れ違えそうな幅広い未舗装の街道は、ほぼ真っ直ぐに続く轍を避けるように所々に短い草が生えている。


 街道の幅は約7m~8mといった処だろうか、あっちの世界で言うところの二車線道路くらいはありそうだ。

 俺たちはそんな土の街道を、ゆっくりと村のある方向へと進んでいた。


 村への進行方向に向かって街道の左側には、俺たちが出てきた広い草原が見渡す限り広がっていた。

 逆に進行方向の右側は傾斜地になっていて、別の森に隣接している。

 それを見れば、森を背負った傾斜地の平坦な縁に沿うように、この街道が造られている事が判る。


 先頭を行くのはヴォルコフとティグレノフの二人、後に続くのはレイナ、その後ろにメルとアーニャが並び、バルは好きな位置を取る。

 その後ろにイオナが来て、最後尾は森を出るときと同じく俺だ。



「そろそろじゃな、少しペースをおとせ」


 時折時計を確認していたイオナの指示で、俺たちは歩くペースを少しだけ落とした。

 どうやら、イオナが朝の打ち合わせで目印だと言っていた、大きな木が見えたらしい。


 そうこうしているうちに街道の後方から、ガラガラと何かが近付いてくる小さな音が聞こえてきた。

 それを耳にして、イオナがニヤリと笑みを漏らした。


「来たな、ほぼ読み通りじゃ」


 イオナのそんな言葉に全員が頷き、一斉に緊張が走る。

 夕べ聞かされたイオナの話とは、こんな内容だった。


「身分証も無いわしらが村に入るのは、容易ではない。 よって身分の確かな馬車に乗せてもらい、村へと入るのじゃ」


「いったい、どうやって? そうそう都合良く馬車とか通りかからないだろうし、そう易々と御都合主義的に、何処の誰とも判らない俺たちなんか乗せてなんかくれないだろ」


「それが乗せてくれるのじゃ」

「何故?」


「わしらが魔物に襲われた馬車を助けるからじゃ」

「なにそれ、そんな都合よく襲われている馬車に出くわすとか無いから」


 俺は思わず、イオナのプランを否定する。

 だってそのプランは、あまりに自分たちに都合が良過ぎないだろうか?


「それが、あるのじゃ」

「なんだか、運良く町の実力者が乗ってたり、金持ちで恩義を感じやすい善意溢れる商人が乗ってたりしそうだな」


 イオナが俺の突っ込みにも動じないで自慢気に答えるから、あまりに御都合主義的な話だと茶化したくなる。

 そんなに都合のよい話なんて、そうそう有る訳がない。


「茶化すでない。 わしがここに着いてからずっと、朝早く偵察飛行をしておった事はみなも知っておるじゃろう」

「ああ、時々俺も練習で着いてく奴だろ」


「うむ、わしはそれで街道の近くの山に亜人の巣を見つけたのじゃ。 たぶんトロールかの、あの醜い鼻は」

「そのトロールと、馬車を助けて乗せて貰う話にどういう関係が?」


 俺の知っているゲームの知識では、ゴブリンとかトロールのような亜人は、数を倒してアイテムドロップを狙うだけの相手でしかない。

 ちなみに俺のやっていたゲームでは、彼らは妖精ではなく亜人として分類されていた。


「わしは、毎日その巣を空から軽く攻撃したんじゃ、奴等を少しずつ街道の方へと追い出すようにな。 そして待っておったのじゃ、近くの町から街道へと向かう馬車をな」


「マジ?」

「まさか…… 」


 俺とメルが、同じような感想を返す。

 意外なことにアーニャを含めた他の全員が、この作戦に異を唱えていなかった。


「そして、ついに遠く離れた町からこの街道へと向かう馬車をみつけたのじゃ。 それがわしらの出発する日の事じゃった」


「それで、あんなに急いで出発したのか…… 」


 俺はようやく、あの日急に出発の指示が出た意味を理解した。

 馬車に間に合うように森を強引に突っ切り、計画とのズレを予定より早目の夜営で埋めて、そうして最後の微調整があのお茶タイムだったのだと。


「その馬車がこの街道を通る前にと思って、急遽森を出たのじゃ。 そして馬車の速度から逆算すれば、じきここを通る頃じゃ。 そして、この先にはトロールの巣がある。 今朝もわしが街道の近くまで追い込んでおいたからの、今頃は相当苛ついておるじゃろうて」


 黒い、黒すぎるぜイオナ…… 

 日本で、当たり前の平和と他人の善意に慣れきっていた俺は、その計画の腹黒さに絶句した。


 レイナとバルは驚きもせずに平然とお茶を飲んでいたが、アーニャたち三人も特別に驚いているようには見えない。

 仲間内でその計画に驚いているのが、俺とメルの二人だけだとは…… 。


「偶然を頼っておっても幸運など捕まりはせんよ。 それを必然にするのが、この世界で生き残る道じゃの」


 そう言ってイオナは、ニヤリと笑う。

 この作戦に驚きもせず納得すらしているらしいレイナとアーニャたちを余所に、俺とメルは思わず顔を見合わせた。


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