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 1:異世界の朝

 ここはお祭りの縁日?


 安っぽい灯りと猥雑な人混み、そしてヤキソバやタコ焼きだろうか、ソースの強い香りが漂っている。

 この手の中にある不安定な重さの正体は、露店で親父に買って貰った水風船のようだ。


 俺は連日の魔法力制御と、武器や素手を使った戦闘の訓練に明け暮れる毎日で疲れ果て、夕食を済ませて早々に部屋に戻ってそのまま眠ってしまったはずだった。


 なのに俺の意識はいつの間にか、親父に妹と一緒に連れて行ってもらった伊勢海神社の縁日に紛れ込んでしまったようだ。

 子供の頃に縁日で買って来た水風船を大きく膨らませて、家に帰ってからもゴムが伸びきった風船に庭で水を入れて遊んでいた、あの夏の日に家族で過ごした懐かしい想い出……


 風船と言っても、目一杯空気を入れたような張り詰めた堅い感触は無い。

 例えるならゴムの伸びた緩めの風船に後から水を中途半端に入れたような、柔らかいような張りのあるような、ぷにぷにとした感触が思い出される。


 風船特有の吹き込み口の結び目が、コリッとした感触と供に俺の親指と人差し指に摘ままれていた。


 一緒にキャー!キャー!と言ってはしゃいでいた妹の美緒の幼い顔が、何故か突然苦しそうに変化した。

 突然の変化に驚いて、何も出来ずに苦しむ美緒を見つめる事しか出来ない俺。


 美緒は、華奢なその首から何かを振り解こうとするように、必死で藻掻いている。

 その苦しそうな顔で何かを訴えるかのように、幼い美緒は涙の浮かんだ大きな瞳だけを見開いて、無言で俺を見つめていた。


 必死で助けようとするのに、何とかして助けたいのに、何故か俺の体は硬直したように固まってしまい、その場から動く事が出来ない。

 そうだ、親父が縁側に居たはず! ――と思い出して、無意識に後ろを振り返る。


 あれほど動かす事の出来なかった体が、何故かその時は動かせた。


 不思議と、振り向くことだけが自然に出来た俺は、当然のように後ろにいるはずの親父を探す。

 しかし庭に面した縁側には、全身包帯だらけで辛うじて人の原型を留めている謎の男が座っていた。

 それが事故死した俺の親父だという事は、顔も判別出来ないのに、直感ですぐに判った。


 その男は包帯の隙間から垣間見える暗い目だけを見せて、無言で俺をジッと見つめている。

 その姿は、俺の得た魔力を狙う奴らの陰謀で事故に見せかけて殺された、あの日に病院で対面した親父の姿だった事を、俺は唐突に思い出していた。


 そして妹の美緒も、もうこの世に居ない事を俺は思い出した。


「……はっ!」


 目を開けると俺は自宅の庭では無く、質素な木製の固いベッドに敷かれた布団の上で、胎児のように手足を丸めて横向きに寝て居た。

 俺が寝ている布団は、向こうの世界から持って来た柔らかな物だ。


「夢だったのか?、しかしこの水風船のやわ重い感触は妙にリアルに…… 」

「なんじゃ、朝から血迷ったかカズヤよ」


 すぐ目の前から聞き覚えのある若い女性の声が聞こえて、半覚醒状態だった俺は瞬時に全覚醒した。

 状況を把握した俺は、全身の毛穴が一気に広がる程に驚いた。


 俺の目の前に広がる、精緻な絹糸のようなプラチナブロンドでストレートロングの髪の毛と、甘く心を掻き乱すようなこの香り。


「だあぁぁぁぁぁ! バ、バル?! バルさん! どうして此処に?」


 俺は掛けていた布団で、自分の体の前を慌てて隠してベッドの隅に逃げた。

 そのせいで、必然的にバルに掛けられていた掛け布団は引き剥がされる事になる。


 ベッドの上には、正確に言うと俺だけの部屋の俺だけのベッドの上に、17歳くらいの姿に戻ったバルが全裸で、背中を俺に見せる姿勢で寝ていたのだ。

 背中越しだが、細くくびれた腰から張りのあるヒップにかけてのラインが艶めかしい…… って、そうじゃない!


 これが驚かずにいられようか、いやいや、驚かない訳が無い。

 って言うか、なんで俺が布団で自分の体を隠す必要があったのか、その点についての論理的な説明は出来ない。


 正直言うと、バルが俺のベッドに潜り込んでくるのは、異世界こっちに来てから数えても、これが初めてではない。

 バルは空間魔素が濃いこの世界でも俺の腹の上が落ち着くらしく、転移前あっちの世界に居るときからの定位置に、異世界に来てからも小猫の姿で潜り込もうとしてくるのだ。


 転移前あっちの世界と異世界こっちが大きく違うのは、異世界こっちの方がイオナの言う『魔素』と言う物が大気中に充満していると言う事らしい。

 そのため、バルも魔素消費の少ないと言う小猫の形態を取っていられないらしいのだ。


 だからバルは気を緩めてしまうと魔素消費の大きな人の姿に、それも17歳ぐらいの美少女に戻ってしまう。

 毎度毎度こいつには驚かされるというか、これは俺にとっては心臓に悪い事この上ない。


「布団を持って行かれると、寒いのじゃが…… 」


 裸の背中を見せていたバルが、こちらを向こうとして寝返りを打とうとしたのを見て取った俺は、すかさず抱え込んでいた布団をバルに向かって投げた。

 そりゃあもう、慌てているから何故なのかはうまく説明が出来ないが、とにかく俺は半分パニクっていたと思う。


「ちょっと待て! 待て待て待て待て、待ってくれ! 頼むから待ってくれ! その布団から出るな!お願いだから振り向かないでくれ!」


 俺は、自分がTシャツにボクサーパンツだけの下着姿だと言う事も忘れて、バルにお願いした。

 こんな処をメルやアーニャに見つかったら、何と言われてなじられるかは火を見るより明らかだろう。


 俺は生憎と、美少女に罵倒され蔑まれて悦に入る変態性癖は無い、誓ってノーマルな筈なのだ。

 実際にアブノーマルな経験は無いが、そうだと信じている。


「カズヤ、いったいどうしたって言うの? 朝から何かあったの?」

「和也兄ちゃん、大きな声出してどうしたの?」


 ドアの外からノックの音と供に、今一番聞きたくないアーニャとメルの声が聞こえた。


 万事休す、である。

 あえて「万事窮す」と誤用したいくらいにヤバイ!


「バル!、頼む早く小さくなってくれ猫のすが… 」


 俺の哀願を全部聞く前にバルは擬態化して小さくなった。

 それも裸の幼女サイズに……


「ふむ、若いのはせっかちでいかんのぉ… 」

「違うでしょ、それ違うから! 幼女はもっと誤解されるでしょ、幼女ダメ絶対!」


 もう焦りすぎて俺は、日本語までおかしくなっていた。

 ある意味で裸の17歳の少女よりも、裸の幼女と同衾している方が世間的にはとても不味い。


「せっかちじゃのぉ、魔素が濃いから猫擬態は逆に面倒なのじゃ」


 バルは幼い声には不似合いな老婆じみた話し方でそう言うと、小さな金猫に戻る。

 そうして、チラリとドアの方を見てから俺の胡座の上に飛び乗って、そこで丸くなった。


「ちょっ、そんな場所でわざわざ丸くなるとか、お前絶対に判ってやってるだろ!」


 俺が異世界で迎える何度目かの朝は、こうして騒々しくも始まった。


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