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九話

 爆発。

 攻撃を受けた。

 そう理解するまでに少しの時間がかかる。

 気付いたら目も耳も痛くて、リオンが私に覆いかぶさるようにして一緒に地面に転がっていた。


「怪我は!?」


 すぐに私の上からリオンが退いたから、重くて苦しい思いはしなかった。

 大丈夫だよとお礼を言おうとして、周囲が所々燃えている状況に思わず悲鳴を上げてリオンにしがみ付いてしまう。そうしてしがみついた先に感じる、ぬめりとしたそれ。


 何本かの木が折れて燃え、飛び火が周囲を明るく照らす。

 まるで、RPGゲームでお馴染みの火の玉。

 ファイアーボールを打ったらこうなりますよ的な状況に震えが起きる。

 何より恐ろしかったのは、リオンの右肩が赤く染まっていた事。


「リオン! あの」

「大丈夫です! ここは危ないから、ちょっとあの木の後ろに隠れてて。すぐに助けが来るから」


 ぎごちない笑顔で引っ張り起こされて、そのまま近くの木の後ろに連れて行かれる。

 口を開いたら、静かにするようにとジェスチャーで止められた。

 慌てて口を閉ざせば、がやがやと数人の男たちの野太い声が聞こえてくる。


「絶対に動かないで」


 リオンの顔が歪む。

 違う。私が恐怖で涙ぐんでしまったんだ。

 怖い! 怖い怖い怖い! 行かないで! 

 そう縋りつきたいのに、勝手に震える体は言う事を聞かなくて、そのままリオンを見送ってしまう。


 それから数拍して、野太い男の雄たけびや悲鳴、そして爆発が起こった。

 リオンが戦っているんだ!


 私は、どこかでうぬぼれていたのだろうか。

 ここはゲームに似た現実世界。

 この先に起きる事を知ってるから、それを回避すればなんとでもなる。

 そう楽観的に考え過ぎていたのかもしれない。


 でもここは現実だ。

 子どもに出来る事は限りなくゼロに近い残酷な世界。

 それが現実であるということ。なのに、リオンは立ち向かう。

 それが武に生まれた貴族としての教えだから? だから戦えるの? 

 ここは現実で、ゲームみたいに死んじゃったらやり直せないのに。

 ここで出会ったリオンは、魔術師として大成していない普通の子ども。

 ちょっと魔術が得意な普通の子どものはずだ。

 私の方が年上なのに。中身は私の方が年上で、私が守らないといけないのに! 


「えい!」


 ばちん、と震える両手で思い切りよく頬を叩く。

 じーんと広がる痛みに、少しだけ震えが治まった気がした。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫」


 近くにあった手頃な木の棒を拾って立ち上がり、木の陰からリオンが向かった方向を窺う。

 そうっと近づこう。助けは来る。だから大丈夫。

 そうっと近づいて、もしリオンに何かがあったらこれで攻撃して、走って逃げよう。


 本当は行きたくない。このままリオンを置いて逃げてしまいたい。

 でも、そんなことをしたら絶対に後悔する。

 震える足を叱咤して前に出る。

 なるべく音を立てないように意識しながらリオンの向かった方向へ近づく。

 勿論、本当は走って行って戦いに参加したい。

 でも私はリオンみたいに魔術が使えないし、そんな私が普通に戦闘に参加しても足手まといになるだけだ。だから、私に出来る事があったらそれに全力を注ごう!


「いた!」


 近づくにつれて、所々火が燃え広がっていって熱気が辛い。


「すご……い」


 炎に照らされた中心にリオンがいた。

 二人。

 倒す事に成功したのか、手足を氷漬けにされた男が転がってる。

 それでもまだ3人のボロ布を纏った男たちがいる。

 手には剣や槍や鎌やらで、武器の統一性はない。


「ちい、糞餓鬼が。手間かけさせやがって。大人しくしてりゃ、今頃はご主人様に可愛がってもらえてただろうによお」

「違いねえ。折角見目が良いのにもったいない。なあ、本当に殺さねえといけないのか?」

「そういう取引に変わったんだから仕方ないだろう。長い物には巻かれろってなっと。おらあああ」


 圧倒的な手数による攻撃。

 囲まれて、武器もそれぞれならタイミングもそれぞれに切りつけられる。 

 絶対絶命な状況。なのにリオンは諦めない。目を逸らさない。

 避けれるものは避けて、難しいものには氷の飛礫を飛ばして敵の攻撃そのものを防御へと変えさせる。大人相手に堂々と戦えてる。


「すごい、すごい! これなら救助が来る前にっがあ!」

「そうなってしまうと困るんですよね」


 背中に衝撃を感じて、顔から地面に突っ込む。

 起きあがろうとしたらまた背中に衝撃を受けて息が一瞬止まった。

 伏兵。

 踏みつけられたのだ、とこの状況を理解した時には私は男に身動きを封じられていた。


「あなた、は」


 両の掌や擦りつけた頬がじくじくと痛いのを無視して振り向けるだけ振り向く。

 所々赤黒く染まった茶色のローブに身を包んだ男。会った事がある。この人は確か……?


「暗殺者!」

「正解。本当は顔を見られた時点で始末しなくてはなんですが、貴方は別だ。自分の生まれに感謝するんですね」


 ゲームでよく出てきた暗殺者。

 顔は知らないけれど、茶色のローブに身を包んで、ミイラみたいに目だけ残してあとは包帯を巻いて顔を隠してる。

 主に主人公に向けてルナティナが暗殺者を差し向けるスチルでよく目にしていた暗殺者の定番の格好。

 攻略キャラ共通のスチルだからね、何度も目にしたものだ。


「ああしかし、随分とぼろぼろな格好ですね。ドレスももはや、機能を果たしていないでしょう」

「ああ!」


 私を踏みつける足はそのままに、体重をかけてしゃがまれて私のふとももを撫でられる。

 気持ち悪い。ぞわぞわとした感覚が触られた先から這い上がって来て、全身に鳥肌が立つ。


「貴方には高値が付いていますからね。ですが本当に珍しい色だ。幼い分を差し引いても美しい。少しくらい味見をしても罰は当たらないでしょうかねえ」


 ロリだ! ロリコンだ! 変態だ!

 ごつごつした手で撫でられて、気持ち悪さしか感じない。

 でも、本来であれば私は最初にこの思いを味わっていたんだろう。

 誘拐されて味見され、いろいろ遊ばれるのだ。


 知識としては知ってる。あまり思い出せないけれど、前世の私も経験はあったんだろう。なかったらそれはそれで悲しいが。でも、ルナティナとしては初めてだ。初めてがこんな状況だなんて嫌すぎる。

 というか、子どもに手を出すなよ!


「あつっ!」


 ちりっとした痛みを感じた瞬間に、それは熱さにかわって炎に包まれたのだと気付く。

 踏みつけられて動けないなりに手足をばたつかせて、なんとか太ももに着火した火を消そうと暴れた。


「やめろ!」

「おっと」


 リオンが氷を放ったのか、冷たい風が流れて背中の圧迫感がなくなる。それと同時に私は急いで起きあがって、声がした方。リオンへと駆けだそうとして目を見開く。


「リオン!」


 私の声に伝えたい事を察知してくれたのか、後ろを振り向くリオン。でも、一瞬遅れた。

 背後から振りあげられた刀にそのまま切りつけられる。


「いや。や、や、いやあああああああああああああああ」


 広がるのは赤。錆びた鉄の匂い。

 自分の声じゃないような悲鳴が上がって止まらない。リオンの所に駆け付けたいのに、思うように体が動かず、そのまま暗殺者に捕まって引き寄せられる。


「さあ、早くそのままトドメを! そして首を切るのです」


 煩いですよと口を塞がれて、私は目を見開くことしか出来ない。

 嫌だ! 嫌だ嫌だ!

 これは何かの夢だと頭の中で叫ぶのに、冷静な私が現実だと小さく告げる。嫌だ! 認めたくない! こんなの嫌すぎる!


「ちい、この、大人しくしろ!」


 暗殺者の手に噛みつけば、そのまま殴られて吹き飛ぶ。でもすぐに起きあがる。頭を打ったのか、目がちかちかした。けれど、そんなこと気にしていられなくて、すぐにリオンに視線を戻す。駄目! やめて!


 勝手に出てくる涙に滲んでしまってリオンが掠れる。傷だらけのリオン。必死に抵抗して、起きあがろうとする所を踏みつけられて、そのまま怪我をしている右肩に刀を突き刺される。獣みたいなリオンの悲鳴。男たちの下品な笑い声。


 ぐるぐる。ぐるぐる。聞きたくないもの。見たくないものばかりがぐるぐる回って、気が狂いそうになる。


「あ、あ、あああああああああああ」


私の視界が、真っ赤に染まった。


 赤。赤。赤。

 頭の中も、目に映る光景も、全部が赤。

 リオンを助けなくちゃって思うのに、赤一色で気が狂いそうになる。


「あああああああああああああああああああああ!!」


 獣の慟哭みたいな声。

 体の中から何か熱いものが湧きだしてきて駆け廻る。


 熱い! 熱い熱い!


 ひゅうっと喉がなって、自分がきちんと立てているのかすら分からない。 

 息苦しい。

 辛い。

 誰でも良いから助けて欲しい。

 救いを求めて手を伸ばし、何かを捕まえた。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 支えが欲しくて掴まったのに、それはすぐにボロリと形を失う。

 じゅうっという音と焦げた肉の臭い。

 何かが呻きながら足元を転がりまわっているけれど、それが何なのか思考が霞がかって正確に理解することが出来ない。


「ひぃ、こいつ、魔力持ちだ! 暴走させやがった」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ」

「うわああ、炎が暴走してやがる! 焼き殺されるぞ!」


 ただ助けて欲しい一心で、声がした方へ視線を向ける。

 痛くて辛くて苦しい。

 まるで自分の体にガソリンをかけられて火を付けられたみたいに、熱くて苦しくてどうにかして欲しくて手を伸ばす。

 手を伸ばした先にリオンがいた。


「ああ、リオ、リオン!」


 肩を押さえて蹲るリオン。

 リオンの肩に刀を突き刺したまま手を離し、背を向けた男に対して心の中でどす黒い何かが生まれて燃え上がる。


「あああああああああああああ!」


 ただ、憎いそれらに目を向けて叫ぶだけで赤が広がる。

 自分の声ではないような動物みたいな叫び声をあげると、どんどん焦げた臭いが広がって、視界も赤々と輝きだす。


「待って! 落ちついて! 殺してしまっては駄目だよ!」


 一瞬、本当にぎりぎり感じ取れるくらいの一瞬、冷たい風に包まれる。

 でもすぐにまた熱くなって、苦しくて辛くて涙が止まらない。


「落ちついて! 僕は大丈夫! 大丈夫だから! 僕の魔力が分かる!? そのまま受け入れて!」


 何かが焦げる不快な臭い。

 決して大きくはないけれど、私を包むようにして抱きしめてくれるそれに、私は思いっきり抱きしめ返した。

 抱きしめ返すと一層焦げた臭いが強くなってきたけど、それと同時に体の中に冷たい何かが流れ込んでくる。

 冷たい何かは、私の中で荒れ狂う熱いものと混ざりあって、少しだけ苦しいのが緩和される。

 そうして、どれくらいそうしていたんだろう。

 真っ赤だった視界も赤以外の色が認識できるようになって、少しだけ落ちついた心が冷静さを取り戻させてくれる。

 そうして気付く、たくさんの馬の蹄の音。


「ああもう、今頃だなんて遅すぎるよ」

「リオン! リオン!」

「大丈夫。ルナティナ様は助かるから」


 一生懸命名前を呼ぶ。

 リオンに抱きしめられている。

 そう理解すると同時にずしりと体が鉛のように重たくなって力が抜けていった。


「わっと!」


 自分で立つ事が困難で、リオンに体重を預けるように倒れたら、そのまま二人して転んでしまった。

 リオンに乗るようにして倒れたからか、とくとくと小さく弱い心臓の音を耳にする。まだ僅かばかり残る冷静な私が、手当をと頭の中で叫ぶ。でも、もう無理。指一本だって、重たくて動かせない。


「目を瞑って。そうすれば悪夢は終わるから。僕も疲れちゃった。ね、一緒に眠ろう」


 リオンの言葉を子守唄に、深く深く意識が沈んでいく。

 最後に見たのは、真っ赤に燃え広がる木と地面。

 そして地面に所々落ちている、よく分からない黒ずんだ物体。

 それが何か思いだそうとして、でもリオンに強く抱きしめられてそこで私の思考は終わった。


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