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七話

 自分が前世の記憶を持っているっていう点は隠して、他は素直に告げる。

 母の見舞いの帰りに襲われて、攫われかけた所を偶然転移してきたロズアドに助けられたこと。

 でも、誘拐犯の増援にロズアドは戦うのをやめて私を売ることで自身の身を守ったこと。

 子どもらしく、思い出すままに支離滅裂に話す私に、リオンは相づちを返し、脱線しかけたら修正しながら最後まで話を聞いてくれた。でも多分、騎士道精神とかに反するんだろうね。護衛の何人かが誘拐犯の仲間だったことや、ロズアドが私を売り渡して自分の身だけを守った話の辺りで、リオンがすっごいしかめっ面をしたけれど、私の話の腰を折る事はしなかった。

 それから、気付いたら檻の中にいたけど、情けをかけられたのか鍵は開けてもらえていたと話したら、リオンはなんともいえない変な顔をしてた。


「ルナティナ嬢っておば……いや、そう言えばルナティナ嬢って何歳なのかな?」

「五歳です」


 お馬鹿。

 お馬鹿って言おうとしたよね。

 なんだか残念な子を見るような生ぬるい目で見られて、どうしようもなくいたたまれなくなる。

 どうしてだ。 

 ロズアドと出会ってからの私がした行動はどれも受け身で、ロズアドにもだけど、そこまで馬鹿にされるような行動はしてないと思うんだけど。


「僕より二つ下なんだね。あ。お互い名乗り合ったって言ったけど、まさかフルネームで名乗ったの? ルナティナ嬢の下の名前の方も」

「え、あ。うん。あはは」

「あー」


 溜息! 

 今度は溜息を吐かれたよ。

 子どもに溜息を吐かれた! 

 いやいや、見た目は五歳の小さな女の子のやらかした失敗に、年長児がちょっと呆れちゃってる場面とか微笑ましく見えるんだろうけれど。

 い、いたたまれない。

 違うんだよ。言い訳させてよ。

 本来ならそれはやっちゃ駄目なんだって知ってるよ! まっさきに家庭教師の先生に習ったよ! でもね、急に全部思い出しちゃったんだもん。そんな時にそこまでの配慮出来るわけないって。


「でも、僕には名乗らなかったよね。んーお互い名乗り合ってないんだし、それが正解なんだけれどね。僕たち貴族には、平民と違って自分の名前のあとに家の名前が来る。フルネームで名乗る時は、自分よりも位が上の人に対してのみ。まだ僕も難しくて全部をきちんと理解出来ていないかもだけど、家を背負って立つって事だよね。何かあれば、個人としてでなく一族揃って責任を負わされちゃう。こんな場でフルネームで名乗るなんて、子ども一人守れない無能な家なんだと伝えるようなものだよ。えーっと。なんだっけ、あれだ。醜聞っていうやつ。貴族の美学に反する……だったかな」

「醜聞」


 あの時、ロズアドはフルネームで名乗らなかった。

 なのに、私はご丁寧にどこの家の者か言ってしまった。

 つまり、この国の王女ですが今、誘拐されちゃってますって他国に伝えなくても良い情報を与えてしまったってことなんだよね。だからロズアドは馬鹿って言ったわけだけど……お前の国は王女にそんなことも教えないのかってニュアンスもあった気がする。


「僕がこういった外交の事とかいろいろ習い始めたのは五歳になってからだったけど……ルナティナ嬢は大事に守られていたんだね」


 がりがりと床を削って魔法陣の続きを描きながら、困ったように目線だけ向けられる。

 おおう、辛い。これ結構辛いよ。

 私って今、リオンにすっごい世間知らずなお嬢様って感じに見られてる?


「僕たち貴族が外の国の事で一番最初に習うのが、ロズアド・メレクフォレットについてだよ。きちんと彼の教科書もあるんだ。教科書のタイトルは近寄るな危険。回避出来ない災厄の対応の仕方だったかな」

「へ?」


 曰く、ラグーン国と国交のある海を渡った大陸に、ユウリュウ国がある。

 竜族の王が治める国で、国民のほとんどが竜族。

 姿形は人間と変わらないけれど、身体能力とか寿命とかが違うらしい。

 ユウリュウ国は人種差別のない国なんだけど、そんな中でずっと昔から国の中枢深くにいる、王の次に偉い人。

 それが獣人のロズアドなんだとか。

 ああ、他国のお偉いさんだったから首を突っ込まなかったってこと? 自分の国のことは自分たちで何とかして下さいねってやつ。


 んー。五歳から本格に勉強が始まるけれど、私は主に外交よりも先に礼儀作法で王族としてのふるまいに重点をおかれていた気がする。王族の言葉ってたった一つでも重たいからね。極端な話、たったの一言命じるだけで人の命が奪える。子どもの我儘だったとしても王族ってだけでいろいろと違ってくるし、まずは自分を律する所からの勉強だった。外交って言っても他国の特色を絵本で読むとかまだそんな段階だったし……うん。私は側室の子どもだし、政略結婚とかに使うつもりはあっても外交とかで働かせるって考えはないだろうな。

 だから素直に習ってないって伝えたら、リオンはだろうねって顔で苦笑いする。子どもなのに苦笑いとかおいって感じだけど、多分私が特殊なんだろうしそこは何も突っ込まないようにしよう。

 うん。何か言ったらいろいろとボロが出そうで怖いし。


「僕は会ったことはないけど、面白い事が大好きなんだって。えーっと。例え自分が損をしたとしても面白ければそれで良いと思える快楽主義者。彼に遊ばれた外交官は数知れず。彼が大事にするのは王ただ一人。王に直接害がなければ国に少々の被害があっても、それを面白いと思えば傍観に徹する。外交で腹の探り合いをすれば、痛くもない所をつつかれてるはずなのにいつの間にか窮地に立たされ、貿易で無理な金銭取引を吹っ掛ければ、貿易自体を壊滅的な状態にさせられる。魔術も天災級のをばんばん無尽蔵に打ってくるから、戦争吹っ掛けるだけ時間とお金と人材の無駄。触るな危険。彼に気にいられると遊ばれ倒される人生になるので、そうなる前に目を反らしましょう、だったかな」


 何度も繰り返し暗唱させられたのだと感じるくらいに、すらすらと読みあげるように言うリオン。

 てかなにその人。つまり、頭が切れるけど、使う方向はろくでもない事ばかりってこと?


「それでね、嘘か本当か謎なんだけど、僕のお父様もおじい様も、ひいじい様もその教本のお世話になってるんだ。でもね、獣人って僕たち人間とそんなに寿命は変わらないはずなんだよね。大人は誰もロズアドって宰相がいない時代の取引をしたことがないんだって。竜族の血は不老長寿の効果があるっていう噂もここから出てるんだろうね」


 うわー。それってやっぱりチートとか言う奴なんじゃないだろうか。

 確かに、ここは乙女ゲームを基本とした世界なのかもしれないけれど、きちんとした現実世界だ。

 だからここにはモブで名前も出てこなかった人達にも名前はあるし、それぞれの生活をして、みんな自分だけの人生を歩んでる。攻略対象であるリオンだって、その先の運命はどうであれ、ゲームではちょっとしか触れられない幼少期を生きてる。

 今を生きてるってことだよね。


 あれ? 今の時点での私は、本来のルナティナ が辿るルートからは大分外れてきたはず。だってゲームでのルナティナにはロズアドとの出会いなんてないんだから。これから先のおおまかな流れはそれでも変わらないんだろうけれど、この世界はゲームじゃない。現実だ。だからロズアドみたいなイレギュラーな出会い。台本にないことも起こる。つまりつまり! 処刑、追放、幽閉エンドも変えられるってことよね!


「ん」

「え、ちょ、なにやってるの!」

「あ、ほら。魔法陣の中に入ってきちゃ駄目だよ」


 自分の考えに夢中で制止するのに遅れる。


「これは儀式だから」


 そう言って笑うリオンの右手からは、血が流れてた。

 描き上げた魔法陣の中心に立って、自分の魔術でつけた傷口をさらに広げ、血を垂れ流す。

 血は、魔法陣に落ちていくごとに蒸発し赤い結晶となって弾けて消える。

 弾けて消えた先から淡い光が生まれ、魔法陣を照らし出し、リオンの目の前で集結して一つの形を形成していく。


「きれい」


 ゲームのスチルで見るのとは違う、本物の魔術。

 そんなに垂れ流すほど血を流して痛くないのかとか、自分で手の平をがっつり切るなんてとか。ぐるぐるいろんな思いが頭の中を占めたけど、今のリオンはなんだか幻想的で思わず見惚れてしまった。


 そうして生まれたのは、氷で作られた鷲のような鳥。額にはリオンの血の結晶なのかな。血みたいに真っ赤な宝石が埋まってた。


「僕たちの事を知らせて。お願い」


 鳥は、命じられるままに勢いよく窓を突き破って外へと飛び出す。

 おお。豪快だな。


「さあ、僕たちも逃げ出そう」


 傷つけていない方の手を差し出して、少しだけ顔色悪くリオンが微笑んだ。



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