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六話

「君も拐われたの?」


 泣き笑いな笑顔を浮かべた私を気遣うように、微笑まれる。

 自分の方が酷い状態なのに、それでも気遣わしげに尋ねられて、私は頷くだけしか出来ない。

 口を開いてしまえば、肯定の言葉とは違った、嗚咽というのかな。

 ただの言葉の羅列が出てしまいそうで、慌てて唇を噛み締めた。


「大丈夫だよ」

「え?」

「大丈夫。やられたら三倍返しは基本でしょう? こんな一生の不覚、記憶してる奴がいるなんて許せない。殲滅するから、安心して」

「う?」


 三倍返し? 殲滅? あれ? 


「ねえ、えーっと、ルナティナ嬢? 君は、魔力持ち? 魔力持ちだよね。だって、とても綺麗な髪だもの。神様からの祝福の色」


 そう言って、ふふ、と笑うリオン。

 ふふ、だ。何歳だこいつ。多分、七歳か八歳くらいだよね。

 なのに、そんな年齢の男の子の笑い方がふふってどれだけ女子力高いのさ。


「ねえ。お願いがあるんだ。この縄の上に巻かれてる赤い鎖を引き千切れるかな」

「え、と」

「ああ。引き千切るって言葉が難しいか。えーっと、この鎖を引っ張って欲しいんだ」


 いや、言ってる事は理解できるよ、理解出来ますとも。

 見た目は子ども。頭脳は~の某番組ではないけれど、私見た目詐欺だし。


「この鎖にね、僕の魔力を吸われちゃって、上手く魔力を使えないんだ」


 ああ、そう言えば氷と水の魔術が得意だったっけ。

 ゲームでは、ルナティナが送り出した刺客を捕えて氷攻め……というか氷漬けにして黒幕はルナティナだと吐かせる拷問シーンがあった。

 足の先から徐々に凍らせて、助けてくれと泣き叫ぶ刺客を無表情に見つめるスチル。

 無表情の中にも、大切な主人公を害そうとした者達に向ける怒りや憎悪を冷たい目の中に宿しているんだ! みたいな解釈でリオン派の方々が盛り上がっていた。


「大丈夫だよ。男の子は誰だって女の子を守る騎士なんだって。お父様が言ってた。こんな恰好で言うのも変だけど、もう、大丈夫だよ。騎士の僕が助けてあげる」


 戸惑っているのを恐怖からだとでも解釈されたのか、安心させるように笑顔を向けられる。

 いや、違うんだ。確かに誘拐犯は怖いけれど、ちょっと気になる事があってですね?


「引っ張ったら良いの? あの、千切れなかったらごめんなさい」


 とりあえず、今はここを生き延びる事を一番に考えなくちゃ。

 さっきのリオンの言葉は空耳か何かだとスル―することにして、えいっと勢いよく鎖に手を掛ける。

 鎖というよりも、ネックレスのチェーンみたいに細い。

 だからか、それはいとも簡単に千切れた。


「出来た! まって、すぐに外すから!」


 千切れた鎖を引っ張って、巻きつけられていた残骸を外したら今度は縄に手をかける。


「ありがとう、こっちは大丈夫だよ。これで自由だ」


 一瞬、ひんやりとした冷たい風を感じたなと思ったら、縄が切れた。


「え」

「空気を凍らせた刃だよ。僕の魔術。今はまだ維持出来なくてすぐ形が崩れちゃうんだけどね。」


 いやいやいや。その年でそれだけ出来れば十分だと思う。

 私の周りには、遊び相手として用意されたそれなりの血筋の令嬢達がいたけれど、魔術が使えるって子はいなかった。

 やっぱり攻略対象なだけあって、そこら辺はチートなのね。

 こうしてルナティナの立場になって改めて考えてみるけれど、私ならあの攻略対象者達に喧嘩売るなんて恐ろしくて出来やしない。


「どうしたの? あ、どこか怪我してるの?」

「あ、ちが、大丈夫」

「ほんとう? 痛い所があったらすぐに言ってね。冷やすとかしか出来ないけど、何もしないよりはマシだし」

「あ、ありがとう」


 冷やす、冷やすって凍らせるってことですか。

 まだ何もしていないのに、背中の汗が半端ない。

 おかしいな。まだリオンとの間に死亡フラグとかは立ってないはずなのに。それなのに、悪寒がする。


「じゃあ、行こうか」

「え?」

「大丈夫。僕が守るよ。だから、行こう」


 行こうって何ですか。

 まさかさっき言ってた殲滅って奴ですか。

 殲滅って、あの殲滅だよね。敵を壊滅させるとかそんな意味の。


 どこか影のある幸薄なイケメン。

 それが、ゲームでのリオンだった。

 武に生きられなかった分の思いも主人公に傾いちゃって、盲目的なまでに主人公を主と崇め奉っていたリオン。

 忠犬とか言われてたけど、そんな風には見えない。

 いや、可愛いんだ。可愛いんだよ、リオンは。今だって、本当ならこんな状況で一緒に恐怖して泣いていたりしてもおかしくないはずなのに、そんな姿を見せず、優しく笑いかけてくれてる。


「さあ、行こう」


 そう言って差し伸べられた手を取る以外に、私に選択肢があるだろうか。

 答えは、あるわけがない、だ。そっとその手を取る。リオンが更に笑った気がしたけれど、そこは見ないフリを決め込んだ。


 差し出された手を取って、立ち上がる。

 私より少しだけ大きい手。

 同じ子どもの手なのに、ふにふにの私の手とは違う。

 少しだけ固くて、剣ダコがある。

 気付いたらじっと見つめてしまっていたようで、クスリとリオンが笑った。


「この手が珍しい? これでも僕は、武で成り上がった家の者なんだ。ルナティナ嬢は良いね。守られる者の手だ。こういう可愛い主が持てたら、幸せなんだろうね」


 今度はふわりと花が綻ぶように微笑まれて、思わず顔が熱くなって下を向く。

 うわー! うわーうわーうわー! 

 こんなに近い距離でこれはやばい。

 私はそこまでリオン派ではなかったけれど、それでもリオンは全ルートクリアしてる。


 とにかくリオンのイラストスチルは綺麗な物が多かった。

 リオンのルートはあんまり健全じゃないというか、トゥルーエンドでは切なくって、ベストエンドはちょっと怖い。他にも狂愛エンドに盲愛エンドとかいろいろあって、人それぞれの幸せの捉え方っていうのかな。うん。私には受け入れられないエンドだったとだけ言っておこう。

 ああ、でも全てのルートはエロかった。リオンのルートはっていうか、これは全ての攻略キャラに言える事だけれど、落ちてしまったらいろいろと駄目人間になりそうで怖い。


「そういえば、どうしてルナティナ嬢はここに来れたの?」

「え?」

「多分、僕たち以外に捕まってる子はいないよ。奴隷商だったかな。昨日残りの子達は全員連れていかれちゃったから。僕は、ちょっと暴れ過ぎちゃって置いて行かれたけれどね」

「ひっ」


 爽やかな笑顔と同時に、ひんやりとした冷気を感じて慌てて手を離して距離を取る。 

 リオンの手には、魔術で創り出したのか、氷柱みたいな小さな氷の刃が握られていた。


 暴れたってあれですか。得意な氷の魔術でって意味ですよね。よくよく見てみると、貴族の子どもが着るフリルがちょっとだけついた濃い青色のスーツには、赤黒い染みが点々としてる。


「うん。ちょっと魔法陣を描くから、もう少しだけ離れてくれると描きやすいかな」

「魔法陣?」

「まだ、僕はきちんと魔術を扱いきれないから。大きな魔術を使おうと思ったら、こうやって精霊が来てくれやすいようにいろんな手順を踏んで助けを借りないとコントロール出来ないんだ」


 そう言って、床に直接がりがりと氷の刃で削って魔法陣を描いて行く。丸を描いて、その中に複雑な呪文と星と月のマーク。


「本当なら、誘拐犯が出払っている今のうちにここを出て、ルナティナ嬢を保護してくれる所まで逃げ切れたら格好良いんだけど、もう外は暗いから。僕の力じゃ、次善策を用意しておかないとね」

「あれ? じゃあ、他の子がその……連れて行かれる前に私も連れて来られていたんだよね。私が攫われて、一日は過ぎてるの?」

「気を失ってたから気付かなかったんじゃないかな。ルナティナ嬢だけは、別の部屋に連れていかれていたから。ごめんね。本当の王子様だったら、君が眠っている間に全てを解決出来ていたんだろうね。でも、よく抜け出せたよね」

「ああ、それはロズアドが檻の鍵を開けてくれたから」

「ロズアド?」

「あ」

「それって、ロズアド・メレクフォレット?白い翼持ちの獣人?」

「う、うん」


 顔は笑顔なのに、何故か感じる冷気。

 反射的に一歩下がろうとして、目線を合わせられて固まってしまう。

 別に肩を掴まれるとか、特になにをされたわけでもないのに。

 無駄にイケメンだと、笑顔ですら恐怖の対象になるんですね。

 そして笑顔で動きを制してしまうんですね。

 イケメン怖い。もう、無事脱出出来たら近寄りたくない。


 てか私、何をミスった? これって何のフラグが立ったの? 

 ゲームではロズアドってキャラは出てこなかった。

 でも、続編とかではどうなったのかは分からないし、リオンとの繋がりも覚えてない。なかったはず……と信じたいけど。


「ちょっとその話、詳しく聞きたいな」


 ニコニコと、解けてしまった氷の刃をまた再編成しながら笑顔で尋ねてくるリオン。素直に言う以外の選択肢は、私にはない。


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