七話
「第二王女様ならばあちらに」
クルシュを探して見苦しくない範囲できょろきょろとしていれば、リオンが先に見つけてくれてそっと教えてくれる。
声の通りの方向を見れば、民衆に囲まれるクルシュとその護衛達。いや、囲まれる、という表現は違うか。
開店前のデパートのようにお行儀よく一列に並び、一人ひとりがそれぞれの品を持ってアピールしている。
様子を眺めていると短時間でさくさくと交代していくことから、恐らく護衛についてくれた騎士がそのように割り振ってくれたんだろう。
「どうされますか」
「うーん、そう、ねえ」
王妃様にクルシュを任されていることだし、下手な対応は出来ない。ある意味自分の命の安全をかけた重大なミッションだ。だからこそ、この場の空気を読まずに許されるならばこのままパーティー会場にさくっとクルシュを回収して帰りたいけれど、あんまり早くに切り上げさせては民衆の印象が悪くなるだろう。どこから破滅フラグが立つか分からないし、危険なことはしたくない。
まあ、今の今だし、クルシュに自己アピールしている人達もリオンのやり取りを見ていただろうし、クルシュの横に参加していれば無言の圧力にはなるか。
それで撤退するようならば、この国ではのし上がれはしないだろう。
「とりあえず声をかけましょう」
斜め後ろに付き従っていたリオンの方へと振り向いて声をかければ、腰に差してある儀礼用の剣ではなく魔術で造り出した剣を手にしていた。
その意味に思考がたどり着く前に、いつの間にか目の前にイケメンがいた。
イケメン。
もはや私の立場からしてイケメンイコール鬼門である。
だって、イケメンってことはそれはつまり攻略対象者だからだ。
「あなた……は」
事実、彼も攻略対象者だった。
肩よりも短い、癖毛の桔梗色の髪に眠そうに垂れ下がった菫色の目。
無駄な肉というか、必要最低限の筋肉しかついていない体は、若草色のスータン……? という服だっただろうか……神父が着るような前をボタンで留めるワンピースみたいな服。体型が分かりやすい服ではないはずなのに、その上から見ても分かる、心配になるくらいの細さだ。
「是非この憐れな竜に貴女様の名を」
耳に心地よいテノールの声。
まだ変声期を終えていないのか、少年から青年へと変わる途中のその声はどこか不安定で……そして、その声は歓喜で震えていた。
私も心の中で震えている。勿論、絶望で。
「ルナティナ様」
「なんとも勇ましい剣をお手に取られたのですね」
動かない私に痺れを切らせたのかあえて、だろう。自身は名を呼ぶことを許されているのだと牽制も込めてリオンが私の名を呼んだ。
けれどそれに被せるように彼が口を開き、にこりと笑う。
リオンを勇ましい剣だと言って嗤う彼は多分に含みを持たせていて私の心のライフはギリギリだ。
リオンからもヒヤリとした冷気が発せられていて、リオンは味方のはずなのに気分は前門の虎、後門のなんとやら、だ。
「名は?」
知っているけれど、あえてそう尋ねた。
彼も攻略対象者の一人なのだ。隠しキャラだったし、本来のルナティナが辿るルートから大きく外れて今日まで生きてきたから、出会うことはないと思っていたけれど……出会ってしまったのなら、もう逃げられない。いや、そんなことはないはず。だってここはゲームではなく現実なのだから。
「ノアと申します」
「そう。竜族ということはユウリュウ国の方かしら。貴方にも他に良き出会いがありますように」
そう言って彼の横を通り抜ける。
躊躇いもしないし、振り向きもせず心持ち足早に歩く。
ノア。
人間の母と竜族の父を親に持つ攻略対象者。この世界では種として強い方の遺伝子が勝つから、彼は竜族だ。
年はルナティナと同い年。
物静かで常にルナティナの側に控えた……ルナティナだけの騎士だ。
本来であれば、出会いはルナティナが魔力暴走を起こして保護されてすぐ。自暴自棄に陥っていたルナティナと城の薔薇園で出会って……そこから、ルナティナが自身の騎士に無理矢理任命するんだ。
これはゲーム本編とは関係ないことだから、ノアの攻略途中でさらっと過去が語られるだけだし、クルシュが主人公としてノアに出会った時にはすでにノアの忠誠と親愛は全てルナティナに向かっていたから、ばんばんに敵視されるし殺されかけるしで、選択一つミスればバッドエンドが待ち受ける、滅茶苦茶過激なルートばかりが待ち受けていて、まさに最後に攻略すべき隠しキャラだ。
そして、ゲームで唯一私……じゃなくって、ゲームでのルナティナと心中してくれるキャラでもある。
というか、ノアの攻略成功=ルナティナの死だ。
ルナティナが死んでからじゃないとノアはクルシュに心を向けないし、全て正解のルートを辿らないと後追いしちゃう。
どんだけルナティナに尽くしてんだよと言いたいけれど、それがノアなのだ。
ルナティナを心の底から愛し、自身の感情を殺して、最後までルナティナの唯一の騎士として有り続ける。
彼との恋愛は寄り添う愛で、ゆっくりと育んでいくものだ。
盲愛という言葉でオブラートに包めば良いのか……ストーカーのように二十四時間三百六十五日ルナティナに尽くす! みたいなかなり病んでる人のメンタルケアっていうか……Mっ気がないと心折れる涙なしには語れない物語だ。
「姉様!」
近寄れば、クルシュの方からこちらに駆け寄ってくる。
まだ十分な人数はさばけていなかったはずだけれど……誰が見ても困ってますという表情を浮かべ、しかし口元にはきちんと笑みを作っておく。
「もう良かったのですか」
「ええ! 私にはむずかしい事は分かりませんもの!」
「そう、ですか」
クルシュの言葉にこれといった言葉は返さず、ただ微笑を浮かべておく。
聞きようによっては、傀儡にされています宣言でもあるわけだけれど、まだデビュタント前。未成年だ。
今後の成長に期待ということで、諌めもしないし肯定もしない。私は成人と共に表舞台からドロップアウトするのだ。前世を思い出した当時に思い描いた未来……つまり現在なわけだけど、ちょっと……いや、かなり想定と違ってしまったけれども、ドロップアウトするといったらするのだ。
この際、最悪の場合アザゼルとの婚姻でこの国を去っても良いのだ。まあ、アザゼルは攻略対象者だし、クルシュとどう転ぶかわからないからなんともいえない最悪の選択だったりするけれど。
うん。やっぱなしだな、なし。
クルシュがアザゼルを攻略対象外と見るまで待たないといけないし、そうすると私はすでにこの世界の基準で言えば嫁ぎ遅れだ。そこからアザゼルが相手にしてくれるか分からないし、おばさん扱いされる年齢でお相手探しとなってもどこかの家の後妻とか……? ない。流石にない。
「姉様?」
「あ、いえ……それでは、王妃様の所へ戻りましょうか」
慌てて思考を切り変えて歩きだす。
勿論、クルシュと並んで歩いているように見せて、半歩程後ろを歩く。
これによって、見る者が見れば、私がクルシュを自身より上として見ているのだと判断してくれるはずだ。
王位継承権に固執せず、王妃の子を正統として見ていると見てもらえれば良いのだ。
こういった些細な事の積み重ねが、いつか花咲くと信じて続けている。
それと、クルシュに群がった人達を捌いてくれた騎士にも軽くお礼を言っておくのは忘れない。軽々しく話しかけすぎるのも為政者としては考えものだけれど、私は親近感ある王女を目指しているのだ。
何かあった時の為に……というか、何かしかないこの人生だ。少しでも私に対する周囲の負の感情は減らしておきたいものね。
「それでは、私は先に戻ります」
ノアが追ってくるかもしれないと警戒していたけれども、そんなことはなく。
無事クルシュを王妃様の元へ送り届けた私は、自分に課された任務は果たしたとばかりに笑顔で退室の挨拶を王妃様にする。
本来であれば、王族としてもてなす側に回らなければならないけれど、お父様は戻ってこられたし、あまり他国に売り込んで欲しくない王妃様と、王妃様とクルシュと一緒にいたくない私とで利害は一致している。
事実、王妃様は否定しなかった。
ここで他国の使者としっかり顔繋ぎをして将来の私の王子様……への橋渡しとかに繋がるよう動きたい気持ちもあるけれど、王妃様の監視の元だと動き辛いしね。
「ルナティナ様?」
「あ、ううん! なんでもないわよ? さあ、行きましょう」
なんとなくリオンから黒い気配を察知して、慌てて動き出す。
姉であるスティの方が怒らせたら何倍も怖いけれど、それとは違う怖さがリオンにあるのだ。
婚活をするってことは、この国に所属するリオンを置いて行くことになる。まあ、もうリオンが私から離れない限り手放す気はないから、リオンが心配する事ではないんだけどな。
ひょっとしてリオンは、私に玉座について欲しいのかな。
我が王、と宣誓の場でもリオンは口にしていた。
お世話になっているリオンの願いはなるべく叶えたいけれど、スケールが違い過ぎる。
王妃様や、ヒロインであるクルシュと争うだなんて、バッドエンドフラグでしかない。
私は死にたくないのだ。
「ルナティナ様、お帰りなさいませ。お疲れでしょう。どれも用意は整っております。どうなさいますか?」
部屋に戻れば、温かい笑みでスティが迎えてくれる。
先触れでもあったのか、着替えや湯あみ、それに一息つけるよう紅茶の用意もしてあるんだろう。
「いつもありがとう……疲れたから少し横になりたいわ」
「それでは、また後ほど」
最後の言葉をリオンに向ければ、心得たとばかりに一礼をして退室していく。
後ほど、の部分がなんとなく引っかかったけれども、きっと恒例の寝る前の夜のお茶会の事だろう。
スティや他のメイド達に手伝って貰ってドレスを脱ぐ。
ゆったりとした朱色のスレンダーライン。レースで作られた物に着替えると心持ち解放感を感じる。
部屋着に着替えた事で、知らないうちにしていた緊張感が解けたのかな。
「少し休みます。夕餉の時間になったら声をかけて」
「お部屋にお茶を用意しております」
「ありがとう」
礼を言って寝室に入る。
ドアを閉めると同時に、ぽいっと履き替えた室内履きをお行儀悪く脱ぎ捨ててベッドにダイブ。
ごろんっと真ん中に移動して枕を抱き寄せると……ぎしり、とベッドが沈んだ。
「馬鹿だ馬鹿だと思ったけど、ねえ、なにやってんの?」
少しだけ甘い果樹の香りに混ざる、錆びた鉄の匂い。
ここ数年、一日のうち一緒にいる時間が随分長くなったと言うのに、かすかに混ざるそれはいつも変わらずで。
本来の姿を見せないでくれている優しい暗殺者に、私はなんの心構えもなく振りかえって……ぴしり、と固まってしまった。
「えっと……あの……タナトス?」
いつものように小馬鹿に笑って、なんだかんだで我儘を聞いてくれる神出鬼没な暗殺者。
どういうわけか、私の護衛なんかをしてくれている優しい彼は……冷たい目で笑っていた。
それは、この人生ではなく、前世で何度もお目にした……ヤンデレルートで愛を囁く時の冷たい笑みで。
声色は普段と変わらないのに、冷めた目の奥にかすかに揺れる怒りの色に安易に振り向いてしまったことを激しく後悔する。
「もうさ、いろいろと面倒だし……あれだろ? ルナティナはアザゼル様やワンコみたいに面倒な奴ホイホイ引っかけてくる割には自分の危機管理能力皆無だし。馬鹿なんだよな。馬鹿だから仕方ないんだよな……もうさ、とりあえず、俺に攫われとけよ」
「へ?」
しっかりと聞こえているはずなのに、その意味を理解することを頭が拒否していて。
何がなんだかわからない、というか、状況把握に努める前にぐいっと抱き寄せられて錆びた鉄の匂いがほんの少しだけ強くなる。
あ、っと思った時にはすでにタナトスに囚われていて、え、ってなった時にはタナトスの言葉通り、攫われていた。
つまり、いつかの部屋脱出と同じように。
なんの心構えもなく、窓からダイブしていた。




