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六話

「剣を智を冨を捧げよ。この国の貴族として、民としての誇りを貫け。幾月か幾年か。我が元へ登りつめて来る日を心待ちにしている」


 魔術によって拡張されたお父様の声が国全体に響き渡る。

 薔薇を抱えて眠るドラゴン……我が国の紋章が刺繍されたマントを羽織り、いかにもな国王の格好をしたお父様が手を上げれば、ラグーン国万歳という言葉と共に王城全体が振動したのではないかと錯覚してしまうくらいの歓声が上がった。


 待ちに待ったリオンの成人式。

 私は、この大人ばかりの……祝いの為に開かれたパーティー会場でお父様の帰りを待ちながら、王妃様とクルシュと共に魔術によって写し出された巨大スクリーンに映るお父様を見ていた。うん、この二人と一緒とか、なんの拷問だこれ。いや、王族の公務なんだけどさ。


 ラグーンでの成人式は、国を挙げての一大行事だ。

 国の行事だからこそ、街に一つは必ず建てられている多目的スペースである体育館のような会館に、今日という日を祝うために税金で立食会のお祝いの席が開かれる。その年に成人した者であれば誰だって入場可能だ。

 そして実力主義の国らしく、なんというか、貴族だろうが平民だろうが扱いは皆一緒。この日ばかりは城門を開け放って城を解放する。王の声や姿は魔道具を使用して国全体に届けられるけれども、その姿を直接見たければ王城へ来なければいけない……つまり、王城のバルコニー前には貴族や平民がごっちゃになって万歳三唱やってるってことだ。そして、お父様が出られてるってことは、そのかわりを務めなければならない……普段国民の税金で生きてる王族の務めだ。だからお父様の演説が終わるまで、今日この日のお祝に来て下さった他国の外交官の方や自国の有力貴族なんかの相手を私達がしなきゃいけないのだ。


「ルナティナ姫、そろそろよろしいかと」

「はい」


 丁度他国の大使との会話が途切れた所を見計らってシフィ先生に声をかけられる。

ちらりと会場の出入口へと目を向ければ、そう人数は多くはないけれど、何人か自国の貴族達が自分の子を迎えに行っていた。


 この会場は他国のお客様か、自国の……王の近くに仕える者達しかいない。つまり、その偉い立場の自国の貴族達が迎えに行くってことは、成人前に実力を示し、その地位を勝ち取った者達ということだ。リオンもその一人。王城の広場に集まっている者達の中に迎えに行くのもこの国独特の習わしで、まあなんというかあれだよね。これ見て悔しかったらお前も登りつめて来い的な。ついでに、コネとか持たない一般の市民だったりすると、こういう場でしか貴族に顔売れないしね。国公認の飛び込み営業可な日でもあるのだ。

 過去には、文官志望で試験自体はクリア出来ていたけれど、必ずしもなりたい部署に配属されるか分からないからって熱烈な想いを語って顔繋ぎして貰った人とか、一代で靴屋を築き上げて貴族にアタックして、王室御用達になったりとか……ちなみに、今日私が履いている靴もそのお店のだ。このお店は二代続いたけど三代目は子ではなく弟子が就任するらしい。流石実力主義。


「それでは、お父様の演説も終わった事ですし、リオンを迎えに行ってまいります」

「あ! お姉さま! 私も一緒に行きたいです! ね、お母様、よろしいでしょ?」


 するっと私の腕にからみつくようにして無邪気に笑う天使。

 くるくるだった桃色の髪は肩と腰の中間くらいまで伸びていて、今日は緩く三編みにして所々に小さな生花を散りばめている。くりりとした目も同じ桃色で……うん。真っ白フリフリのドレスもぴったり似合ってるし、流石は正統派の乙女ゲーム主人公。原作ゲームにあった性格設定のように、明るくって真っすぐな子なんだろう。王族の子がこんな公式の場で駄々をこねるなんて、いろいろと頭の心配とかされても仕方がないのだろうけれど、おおむね周囲の目線も好意的だ。これが主人公補正だったりするんだろうか……誰だってお近づきになりたくなるような、愛らしくて庇護欲を誘う可愛らしいクルシュ。だがしかし。うん、だがしかし、である。私にとっては死神的存在でしかないわけで。


「ええっと」


 言葉を濁してちらりと王妃様を見れば、なんとも言えない営業スマイルを向けられた。あまり近づきたくない私と、クルシュを近寄らせたくない王妃様とで、今この場での思いは一緒のはずだ。なのに、クルシュは空気を読まずにぎゅうっとさらに力を込めてくる。


「姉様は、リオン・ダクルートスから騎士の誓いをされるのでしょう? 私もそれを見たいです! ね、母様良いでしょう? 邪魔はしません!」

「ええっと」


 私では決める事が出来なくて王妃様へと視線を移せば、あちらもあちらで諦めたように笑っていた。うん、私の事を嫌っている王妃様だけれど、クリュシュに対しては愛情を持って接するお母さんなんだなあと思うと、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。

 けれど、もやもやとしたそれに蓋をして、私は笑顔を浮かべる。


「では一緒に迎えに行ってまいります」

「ええ。クリュシュを宜しくね」

「はい」


 会釈をしてその場を離れるけれど、何故か離される気配のないクルシュの手に心の中で盛大な溜息をついて、とりあえずスル―する。

 ここで無理に離しては周囲の印象もあるだろう。すれ違いざまにお客様達に笑顔を振りまいておくのも忘れない。


「そこの貴方、広場へ向かいます。クルシュ様の護衛をお願いしても良いかしら?」


 会館を出た所で、出入り口を警備していた騎士に声をかける。

 クルシュは不満そうだったけれども、流石に儀式がすぐに済むとはいえ、その間クルシュを一人にしておくことは出来ない。王妃様から託されたのだ。万が一があっては困る。


「姉様、別に私は」

「いけません。今日は広場に集まる者たちにとっては自身を売り込む絶好の日なのです……取り囲まれて、一人で対処出来ますか?」


 私の質問に、クルシュは困ったように笑う。言い返してこないことを納得したと受け取って、私はそのまま広場に向かって歩き出す。途中でついてきていた騎士の他に、もう一人増えていた。きっと、これから向かう先は人が多いから、剣よりも魔術に秀でた者も必要だと判断されたんだろう。私の予想を裏付けるように、ふわりと温かな風に全身が包まれる。防壁だ。私の腕にくっついたまま歩くクルシュを見降ろしてみるけれど、クルシュは気付いた様子はない。魔力が一切ないから、こういうのも気付けないんだろう。

 目線だけを送って、そのままニコリと微笑む。すると、礼服だろう、国旗の刺繍された神官のような式服に身を包んだ魔術師が嬉しそうに頭を下げた。


 広場への出入口を守っている近衛兵が私達の登場を告げて門を開ける。

 途端に割れるように響く万歳三唱に一瞬固まってしまったけれども、なんとか表情を取り繕って歩を進める。クルシュが慌ててついてくるけれども、私はそっとクルシュの腕を外して背後に控える護衛達に目でクルシュを頼む。


「姉様!」

「きちんと背筋を伸ばして。貴方も、良い出会いがありますように」


 広場の熱気に尻ごみするクルシュを少しだけ可哀そうに思いながらも、さっさと背を向けてリオンを探すことにする。もちろん、人ごみをかきわけて、なんて事はしなくて済むように、あらかじめ会場から迎えに来る者達の通路は確保されている。通路は分かりやすく赤絨毯が敷かれていて、許可されないと踏む事は出来ない……許可なく踏めば、それは極刑だ。いくら祭事とはいえ、そのまま牢屋送りとなる。


「リオン・ダクルートス。私に剣を捧げなさい」


 少し歩けば、リオンの方が早く私に気付いて近づいてくれていたようで、すぐに見つけることが出来た。 そのまま、私は立ち止まって王女の顔を作って厳かに名前を呼ぶ。

 それは、特に声を張り上げたわけではないけれど、しっかりと周囲に凛と響いたようで、いくつもの視線が向けられる。そして、王女だ、というざわめきの中から、リオンが現れて私の前に跪いた。


「終生、我が剣をルナティナ様に。二心を抱かず、リオン・ダクルートスとしての全てを我が王に」


 王、というリオンの言葉にそっと様子を見守っていた周囲が再びざわざわと賑やかになる。国ではなく、私個人に仕えると言うリオンの宣誓に、私への注目が強まった事を感じた。

 心臓はどくどくとすごい音を立てているけれど、流石に二回目ともなれば少しだけ余裕も出ると言うもの。一度目は、リオンに申し訳ない事をしてしまったから。だから、私はもう悲しい思いをさせないようにとしっかりと私に捧げられた剣を手に取った。

 リオンの魔術によって作られた剣は氷で出来ていて、儀礼用としてだからだろう。レイピアのように細くて、柄の部分には薔薇を抱える鷲の姿が刻まれていた。

 リオンの魔力で作られているから、触れてもまったく冷たさを感じない。むしろ、私を守るように手の平から魔力がふんわりと私の体を包んできて、じんわりと笑みが広がる。

 刃先をリオンの首に向け、軽く、右肩に置く。


「許します。今この時より、お前は私、ルナティナ・シュバルティア・ラグーンだけの剣です」


 宣誓後、刃先をリオンの眼前に突き付ける。それをリオンは、頬を赤らめてとろけるような笑みで手を添えて口づけを落とす。そうすると、リオンが口づけた先から氷が溶けるように刃先から溶け出して、剣を持っていた私の利き手……右腕を蔦が伝うように覆っていく。


「しかと、受け取りました」


 溶けたそれが空気に混ざるように消えれば、後に残るのは氷の鷲と薔薇がモチーフのブレスレット。リオンの魔力を凝縮して作られたそれは硝子細工のように繊細な作りで、そして止め具は存在しない。

 リオンの魔力を凝縮して創り出されたこれは、そのままリオンの命だ。このブレスレットを通してリオンの魔力……つまり、本来の私では適性がないため使えない氷と水の魔術を使う事が出来る。しかも、私自身はなんの代償もなく、だ。そしてこのブレスレットが消え去る時はリオンの死を意味する。


 ブレスレットを目にすることが出来る最前列のやじうまからざわめきがどんどん広がっていって、熱気となっていく。

 そろそろリオンを連れて中に引っ込もうと口を開こうとして、それは音とならずに小さな呼吸音に近い悲鳴に変わった。

 リオンが、私のドレスの裾に口づけたのだ。


「リ、リオン?」


 本来ならば足のつま先にでも口づけたかったのだろう。つま先であってほしいと願う。間違っても足の甲ではないと信じたい。けれど私の願いは、リオンによってあっさりと砕かれる。


「ありがとうございます。この身全て余すことなく、僕はルナティナ様の物です」


 あ、これ駄目な奴だ。

 寒色でまとめられた軍服を身にまとった薄倖そうなイケメンが、頬を上気させて、蕩けた潤んだ目で私を一身に見つめる。

 つま先のキスは崇拝。足の甲は……隷属。

 言葉通り、リオンは全てを私に捧げたのだ。

 周囲の視線が痛い。引きこもりたい。リアルイケメンイベント怖い。


「わ、私も! どうか私も貴方様の側近くに! 私は」

「触れるな」


 ざわざわとざわめく人ごみをかきわけるようにして一人の男性の声がする。声、としか言えないのは多分男性の声だろうと思ったからだ。

 私が声のした方へ視線を向けるよりもはやく、リオンがそれを阻んだ。

 床に敷かれた絨毯を境として氷の壁が私と声の主を阻む。本来であればそれは透明で、硝子のように向こうを見ることが出来るんだろう。けれど、わざと氷の中に空気を取り込んで、たくさんの気泡を作ることで私からは歪んだ世界しか見えない。


「側に侍りたくば、力ある者でしか認めない」


 リオンの背に隠されるようにして立たれてしまったせいで、どちらの表情も見る事が出来ないけれど……しん、と千を超えるであろう人の集まった場が静まり返って大注目されていることだけはしっかりと分かる。

なんだこれ。本当になんの罰ゲームだ。


「ルナティナ様」


 ちょっと遠くを見つめていたら、笑顔を浮かべるリオンがこちらを振りかえる。ぶんぶんとはちきれんばかりに揺れる犬の尻尾が見えた気がしたけれど、きっと疲れてるからだろう。

 それよりも。


「炎よ」


 魔術の能力は向上したけれど、リオンみたいに無詠唱で大きな力を使える程私は優秀ではない。というか、攻略対象者に並ぶ、もしくはそれ以上の使い手なんてこの世界には存在しないだろう。


 リオンが創り出した氷の壁が、あっさりと私の炎に包まれて溶けていく。リオンが抵抗しなかったから、時間にしてほんの数秒で跡形もなくなり、蒸気が辺りに立ち込める。


「怪我はない?」


 恐れ、驚き、値踏み。いろんな色を宿す人々の目をしっかりと見やりながら、私は王族らしい、支配者の顔で微笑む。


「私の剣が驚かせて悪かったわ。私の持ちモノは私が決めます……この中の誰かも、いずれ縁があれば、その時に名を聞かせて頂戴。リオン」

「は」


 勝手な行動を咎める意味も込めて冷たい目線を送れば、それすら笑顔で受け止められてしまって、心の中で盛大な溜息を吐く。

 まあ良い。

 クルシュを迎えに行って、さっさと王妃様に返してしまおう。

 全部終わったらスティに紅茶を淹れてもらうんだ。そう決めて、私は踵を返した。


皆様のお陰で書籍化しました!

ありがとうございます!

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