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四話

「そうそう、成人式にはルナティナ姫も王族として参加なさるでしょう? 顔を繋げる良い機会です。ダンスを踊るならば大勢と。アザゼル殿との事を前向きに考えるならば一番最初に」

「あ、いえ、あの、シフィ先生?」

「ああ、もしくは私でも良いですよ。リオンはもう無理でしょう? それにリオン自身にも」

「シフィ先生!」

「はい。なんでしょう」


 にっこりと微笑まれて思わず言葉に詰まる。

 笑顔で圧をかけられている気がするけれど、そこは頑張って無視して、しっかりとシフィ先生と目を合わせる。


「さっきの、あの、玉座が似合うってどういうことですか」

「どうもこうも、私の個人的感想ですよ。貴女は神に愛されただけあって人たらしのようですから。その甘い蜜に周囲は群がらずにはいられないのでしょう……担ぎあげられたくなくば、しっかりと自制しなさい」

「シフィ先生……はい、ありがとう、ございます。ほんと……その、ごめんなさい」

「心配するのは大人の役目ですから」


 眼鏡をくいっと直しながら、何て事ないように言って苦笑を浮かべるシフィ先生。

 でもそれは、呆れではなく心配してくれての笑みなんだって解るから、私は静かに頭を下げた。

 シフィ先生はそれに対して何も言わずに新しいお茶菓子を勧めてくれる。その優しさが暖かくて、ちょっとだけ泣きそうになったのは内緒だ。


「しかし、アザゼル殿とルナティナ姫の間にはどうも温度差を感じて仕方ないのですが……無体な事はされていませんね?」

「申し訳ないくらいに良くしてもらいました。これは、その、私の感情が問題で」

「自分だけの王子様とやらに憧れはあっても、やはり理想と現実は違うということですか。結ばれてからでも貴女の憧れる恋愛とやらは出来るでしょうが……現段階ではアザゼル殿はルナティナ姫にとって隣に立てる者ではないということでしょう。完全に庇護されてましたしね」

「あはははは」


 いつか王子様がってのは、小さい頃から王にはなりたくないよーっていう遠回しなアピールになればと思って言ってきた言葉だけれど、シフィ先生ってばしっかり覚えてたのね。

 小さな頃から言い続けていた言葉だけれど、それにアザゼルが当てはまるかと言われると難しいと思ってしまう。アザゼルは私を真綿でくるむようにとても優しく扱ってくれる。攻略対象だとか、ルナティナの本来辿るべきだった未来がだとか、そんなのがなければ恋に落ちていたかもしれない。アザゼルは優しいし素敵だし、恋愛経験のない私からすればドキドキするしかない相手なわけで。だからこそ余計に、アザゼルに好意は抱いてもそれは好きって感情にはならない。なってはいけない。


「アザゼル様はとても素敵な方ですから。だからこそ、私よりも」


 そう。アザゼルの本来の相手はクルシュだ。運命の相手とも言える。だからこそ、今はこっちに向いているアザゼルの気持ちだって成長したクルシュと出会ったら……変わってしまうかもしれない。


「貴女は頭が残念ならば心も残念だったんですか」

「えっと、あの、シフィ先生?」


 溜め息に反応して下げていた目線をシフィ先生へと戻せば、あっと声を上げる間もなく席を立って、そのまま私の隣に来て片膝を付き、目線を合わせ……そっと頭を撫でてくれる。

 シフィ先生の宰相服の袖は着物のように長くて、周囲の景色から遮断されてシフィ先生しか見れなくなる。


「ルナティナ姫はルナティナ姫でしょう」


 しかめっ面だけれど、私を見る目は優しい色をしていて、ちょっとだけ涙ぐんでしまう。何か言わなくてはと思うのに何も言葉にできなくて、私はそっと目を閉じてシフィ先生の優しさを享受した。


 それから。

 それこそ、とりとめもない他愛な話に花を咲かせて、昼食もそのまま間にはさんで、お茶会の度を超すくらいの長時間をシフィ先生と過ごした。

 時折この国の……もっぱら、貴族達の派閥や私がヘブンバル国で過ごしている間に成り上がってきた新興貴族なんかも話題に織り混ぜてくれて、シフィ先生の優しさに感謝の念を向けつつも、しっかりと頭に入れ込む。そして、これ以上は宰相であるシフィ先生の時間は取れなかったんだろう。シフィ先生の部下の方が呼びに来たのか、そっとそれまで控えてひたすら存在感を消していたメイドがシフィ先生に耳打ちをして、お茶会はお開きになった。忙しいだろうに、それでも私を途中まで送ると言ってくれたシフィ先生にメイドが目を見開いたけれど、そこは見なかったことにする。シフィ先生は私を丁寧に扱うことで私がこの国で過ごしやすいよう取り計らってくれている。お礼を言おうとしたら目で制されたから、心の中でお礼を言って、笑顔でシフィ先生の優しさを受け入れた。で、薔薇園を出てスティと合流して……なんの前振りもなく、シフィ先生は私に決定事項を告げた。


「始めのダンスは私と踊りましょう」

「えっと……シフィ先生?」

「その後は多くの紳士と踊りなさい。良いですか。紳士と、ですよ? アザゼル殿と踊るなら二番目と一番最後は避けるように。ああ、他国からも多く祝いの使者がやってきます。我が国は人材の国でもありますからね……龍族の使者と踊れなくともせめて会話くらいは実りを結ぶようになさい」


 先生としての言葉に素直に頷く。けれど、急にアザゼルに対して扱いを変えてきた先生への疑問は表情に出ていたようで、シフィ先生は溜め息をついてまた、私の頭を撫でた。


「シフィ先生?!」


 ここはもう薔薇園ではないし、シフィ先生は防音も姿隠しの魔術も何も使っていない。誰が見ているかも判らない場で、この国を担う者の一人が私……つまり、王位継承者二位に親しげな姿を見せる。何故? シフィ先生の行動の意味が理解できなくて混乱していると、私の混乱も見通しているシフィ先生は溜め息混じりに言葉を紡いだ。


「貴女は今も昔も代わらない、可愛いらしい私の生徒だと気付いたので。いたいけな子羊を狼に捧げる親羊がどこにいますか。良いですか、決してアザゼル殿の思いを否定してはなりません。断るならば、素直に同じ思いを抱けていないことを伝えなさい」

「あ、はい」


 丁寧に私は見てくれだけが成長したけど、中身はまだまだお子様だと説明された。


「あれだけの情愛を向けられて、それでもなお相手の心を疑う言葉が口に出るのです。人間の男はどれだけの為政者でも感情に負け、時に愚かな行動を取ります。喰われたくないのならば素直に私の話を聞くように」


 不満顔でいた私をバカな子を見るような目で見つめて、そんな脅しめいた言葉をかけてくれるシフィ先生に、私は慌てて頷いた。

 確かに、正当な相手はクルシュだとしても、現段階では、私が好きだと言ってくれているアザゼルの言葉は、気持ちは、嘘偽りないものだ。それなのに私は、どうせ私はヒロインではないからとアザゼルの言葉を何年も無視というかきちんと受け止めず……ちょっとアザゼルの目の奥に宿る色に不穏を感じるようにもなってきた。そこは本当に申し訳ない。


「では。スティ、後は頼みましたよ」


 最後に優しくもう一撫でして、シフィ先生は執務室に戻って行った。曲がり角の辺りでちらりと従者の人の姿が見えたから、忙しいのにこんなにも時間をとってくれたんだなって感謝でいっぱいと同時に、けれどもやっぱり眉はぐぬぬと寄ってしまう。


「姫様?」

「シフィ先生が優しい」

「あら。それは良い事ではありませんか。目をかけて下さっているということでしょう?」


 わたくしも姫様付きの侍女として鼻が高いです、と言って笑うスティに、ゆるゆると首を振る。そうじゃない。そうじゃないんだよ、スティ。

 先生っていう立場として接してくれていたけれど、私は知ってる。知ってるというか、覚えてる。私の先生になる前の、宰相として接してくれるシフィ先生はひたすら優しかった。それはもう、お正月とかお盆にしか会えない姪っ子を可愛がる伯父のように。


「あれはね、スティ……子ども扱いなんだよ。つまり、まだまだお子様だから仕方ない、大人の私の庇護下に入って大人しく良い子にしてなさいっていう」

「まあ」


 アザゼルの話からそうなったのだと説明すれば、スティはころころと笑った。鈴が転がるように軽やかに笑うとか、なんて高度な技を使いこなしているんだ。私もそれをマスターしたいけれど、悪女顔な所為で嘲笑とか含み笑いとかになるんだよね……すっごく表情筋を使わないと無理な技だわ。


「姫様はアザゼル様に向き合わずにいつも逃げてばがりでしたからねえ」

「だって……アザゼル様には私以外がいるって思ってたんだもの」


 拗ねたようにそう言えば、なら仕方ないですねえと言ってスティはさらに笑う。でもそれは馬鹿な子を見て、ではなくて、やっぱり幼い子を見る生ぬるい笑みだ。


「姫様はどんな将来の伴侶をお求めで?」


 どんな、というスティの言葉に返そうとして言葉に詰まる。私はそういう事を真剣に考えた事がないと気付いたからだ。

 この国の王位を継がなくて良いだとか、権力から離れられる毒にも薬にもならない相手だとか、でもそれって全部自分の事で、本来のルナティナが辿るバッドエンドから逃れる事しか考えてなかった。


「えっと、優しくて包容力があって」

「アザゼル様は、お優しいですし包容力もありますわねえ。姫様を優しい世界で守って下さっていたでしょう」

「う……えっと、他、他は……駄目だ。なんか、誰かの隣にいる自分ってのが想像できない」

「姫様は今を生きるのに精いっぱいなのですわ。育てる思いというものもありますし。ふふ。良いではありませんか。宰相様は急いで大人にならなくても良いと判断なされたのでしょう? ゆっくりご自身のお心を育んでゆけば良いのですわ」

「ゆっくり……育む?」

「ええ。姫様のお立場ですと成就は難しいかもしれません。ですが、恋を知らねば女にはなれません」

「スティは……大人の女なの?」


 スティは誰かに恋をしたのかと尋ねたら、にっこりと笑顔で黙殺された。

 この国の貴族は政略結婚もあるにはあるが、実力主義なだけあってほとんどが恋愛結婚……欲しいなら、欲しい相手の身分に釣り合う自身となれってやつだ。

 スティは貴族の子女だ。それもこの国のトップとも言われるダクルートス家の長女。その身分からも引く手あまただろうに、私のメイドでいてくれる。それは、つまり?


「姫様?」

「あ、はい。なんでもないです」

「わたくしは、わたくしよりも強い殿方が好みなのです」

「あ、うん。そっかー」


 知らない事の方が幸せって、あるよね。安全大事。冒険良くない。

 数年ぶりの自室に戻ってスティや他のメイドに着替えを手伝ってもらう。

 着替えついでにあっちこっち体のサイズを測られて、今後の予定なんかを告げられる。成人式には王族の公務として参加で、あとは毎日午前中にシフィ先生の授業。その後はだいたい自由時間で、茶会なんかを開いたらどうかと勧められた。それはあれか。成人式で顔繋ぎした貴族の中から自分の派閥を作ってしっかり茶会で友好を深めろとか、そんなやつだろうか。


「スティ、調べてほしい物があるの」


 まずは成人式を無事に済まさなければ。

 シフィ先生とのお茶会で話題にあげられた貴族の名前をつらつらと告げて行けば、スティはにっこり笑って他のメイドに指示を出す。しばらくして届けられたのは、名前や身分、家族構成や趣味に、上げた功績やらがまとめられた紙の束。


「ええっと?」

「わたくしは姫様付きですから」


 これくらい出来なくてどうします?

 そんな風に聞こえたスティの笑顔を苦笑いで受け取る。

 スティは優秀だ。とても出来た私のメイド。主人に忠実で、献身的。けして私の歩く道を事前に整えるなんてことはしない。


「スティは優秀だよねえ……私にはもったいないくらいだよ」

「ふふ。姫様でしたら、わたくしをきちんと使って下さると信じておりますから」

「良い主ってのはよく分からないけれど、誇れる主でありたいとは思うよ」


 向けられる眼差しには、敬愛の色。

 真っすぐにスティを見返して、私は笑ってお礼を言った。




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