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二話

「出迎え御苦労。今、戻りました」

「ルナティナ姫、無事の帰国をずっとお待ちしていました」

「ありがとう……ただいま、シフィ―ジェ宰相」


 転移門をくぐって懐かしの自国へ帰れば、シフィ先生を始めとしてナルキや、貴族の何人かと多くのメイドに出迎えられる。

 一番最初に私の声に返してくれたのはシフィ先生。少し考えて宰相として呼んだけれど、それで正解だったようで鋭利な目元を細めてそっと微笑を浮かべてくれた。

 柔らかくなったシフィ先生の雰囲気に、周囲がちょっとだけざわついていたけれども、まあ、シフィ先生はしかめっ面か無表情が私以外というか……うん。身内以外にはデフォだもんなあ。つまり、仕事相手として関わる人達にとっては滅多に見れない貴重な笑みだったのか。そりゃ驚くし、美形だもん。眼福だよなあ。けれど、私には関係ないのでスルーしてそのままシフィ先生の隣に立つナルキに微笑みかける。


 柔らかく、柔らかく。


 呪文のように繰り返し頭の中で唱えて、意識を表情筋一つ一つに張り巡らせる。気を抜けば悪女らしく悪だくみの笑みだからね。私怖くないですよー。悪い事考えてないですよーってアピールは大事だよね。


「ナルキも、ありがとう」

「我が子達は、姫様のお役に立ちましたかな」

「それはもう。どちらか片方欠けることも考えられないくらいに」


 私の言葉に、再び一瞬だけ周囲の雰囲気がざわつく。それと、私の後ろに控える二人からは嬉しそうな雰囲気が。そうだよね、スティもリオンも、どちらも手放さないって宣言したんだもん。でも、もう決めたのだ。それが、公式の場ではないとはいえ、王妃様に軽く喧嘩売ったも同然だとしても。

 ちょっと早まったかなとも思ったけれど、ナルキにこれからも存分にお使い下さいと豪快に笑ってその場を収められてしまったから、私も笑うだけに留めておく。


「それはそうと、姫様はとても良い剣を手に入れたようで。それは、一番の切れ味ですかな?」

「ナルキはおかしな事を聞くのね。私の剣はリオンのみよ」

「成程、盾ですか。それは良い買い物をされましたな」


 意味が分からない。

 そんな不意をついてパンチをぶっ込まないでほしい。

 タナトスの事を揶揄られたのだろうとなんとなくわかるけれど、そもそも、タナトスは私の剣ではないし、最初の前提から間違っていて、雇ってすらいないのだ。だからそこに忠誠やら主従やらは存在しない。

と、いうかだ。やっぱりみんな見えてないのかな?

振り向いて、そこに確かにタナトスがいることを確認すると、タナトスは面倒そうに欠伸を一つこぼしてた。


「姫様?」

「ルナティナ姫、王がお待ちです」


 うん。見えてないんだろうなあ。

 ナルキとシフィ先生の言葉に頷いて、その場でスティは荷解きがあるからと別れて、リオンを左斜め後ろに。右側はタナトスで、特に会話もなく王の間へと移動する。


「ふーん。王の双剣が揃ってルナティナのお出迎えって、愛されてるじゃん」


 ぽんっと頭を撫でられて、反射で振り返ってしまいそうになるのを慌てて押さえる。

 リオンから殺気が漏れてこないのが逆に恐ろしい。

 振りほどこうにも解けずされるがままにしていれば、そっと耳元で囁かれた。


「俺を剣にしないとか、やっぱルナティナは馬鹿だよなあっと」

「失礼。羽虫かと」


 言葉の途中で頭の上をシフィ先生の腕が通過していく。

 魔法具の装飾が散りばめられた重ね着の宰相服は重そうで、実際それなりに重いだろうにそんなことは気取らせもせずに軽々と袖口をはためかせる。

 ん? てか、あれ?

 見上げたシフィ先生の顔はちょっと表情がなくて怖くて、聞こえた先程の言葉もプラスされてピシッと背筋が伸びた。

 シフィ先生は、タナトスが見えている?

 確認したかったけれど、私の名前が門を守る衛兵によって告げられ、王の間の扉が開けられる。まあ、あとで良いか。

 再び気を引き締めて、ガキン、と合わされた巨大な斧のアーチをくぐって入室する。

 そうすると、一斉に向けられる無遠慮な視線の数々に足が止まりそうになってしまって、それを助けるように再びタナトスが私の耳元に囁く。


「剣はわんこで十分だしな。ルナティナが変わらないなら、俺は別に構わないんだぜ?」

「え?」

「ルナティナ様、こういうのは使ってやる方が優しさというものです。使い潰して、駄目になったら捨てれば良いんです」

「ん?!」


 うん。それもそれでなんか違うよね!?

 リオンの言葉にひくりと口元が震えたけれど、なんとか張りつけた王女の仮面を保つ。

 シフィ先生もナルキも、絶対このやりとり聞こえてるよね!? いや、聞こえてないのか? あ、でもちょっとナルキの方が震えてる。おい。やっぱり聞こえてるじゃん!


 うがーっと叫びたくなるけれど、それは後だと無理やり気持ちを切り替える。

 RPGによくある王の間みたいに、敷いてある真っ赤な絨毯をふんわりと気品ある笑みとやらを意識して張りつけて進む。ああ、両方の壁側にずらっと並ぶ貴族達の視線がうるさくて仕方がない。視界の端で、これ見よがしに何か囁き合っていたりして、言いたい事があるなら直接言えよと胸倉をつかみたくなってしまう。


「ルナティナ・シュバルティア・ラグーン。ただ今戻りました」


 シフィ先生とナルキがお父様の元へ移動し終えたのを見届けて、ドレスをつまんで礼をし口上を述べる。

 一番高い壇上の上には王の椅子に腰かけるお父様。

 その下に王妃様が……うん。年はとってるのかなって疑問に思ってしまうくらいにかわらない。変わらなさすぎて逆に怖い王妃様とその娘……ゲーム主人公のクルシュがいた。


 王妃様は流石にラメ入りのピンクとかは卒業したのかな。美人だけど可愛い系の王妃様によく似合う若草色に金糸の刺繍で複雑な紋様が描かれたドレスだ。対するクルシュは、なんていうか可憐の一言に尽きる。本当に可愛い。色鮮やかな生花を桜色の髪に編み込んで、ドレスはレースの重ね合わせでお人形さんのよう。正統派アイドルみたい。私の容姿では逆立ちしたって似合わないだろう。


「我が愛しい娘よ。かわりないか」

「はい。ヘブンバル国はとても良くしてくれました」


 支配することになれた圧のあるお父様の言葉に、にっこりと笑顔で返す。

 本当に良くしてもらった。むしろ、アザゼルには良くして貰いすぎたと思う。

 ここ数年はアザゼルにドレスを贈られまくったせいで、自国から贈られてくるドレスに袖を通していない。

 着ることはないだろうと悟りを開いてからは、スティを通して自国から送ってもらうのをやめた。税金の無駄遣い良くない。


「そのようだな。そなたの在り方がそうさせたのだろう。なあ、王妃よ」

「はい。ええ、それはとても。本当に」


 あれ。あれー?

 お父様は誉めているんだろうけど、王妃様は苦々しげというか、これ、あれだよね。

 他国でも王族の誇りを忘れず、さりとて傲らずにいたんだねっていうお父様のお褒めの言葉に対して、他国に媚びを売るのがお上手ねとか、そんな感じの意味で返したよね、絶対。


「それもあちらの国からの贈り物よね? とても素敵なドレスね」

「はい。とくにアザゼル様にはとても良くして頂きました」


 今着ているドレスは、袖口や裾部分は金のレースで、そしてドレスの色は宵闇色。黒に限りなく近くて、そして光の加減できらきらとドレスに縫い付けられた小さな宝飾が輝く。

 黒が最上とされるこの世界において、間違いなく王族が着るに相応しい一品だろう。

 それを他国の姫に贈ったのだ。アザゼルの本気度が窺えてちょっと怖い。


「流石は、ルナティナ姫ね」


 流石は、側室の子ね。

 そう、聞こえた。なんだこれ。私の被害妄想かな? でも、真っすぐに向けられる王妃様の眼差しはちっとも温かみがなくて、素直に受け取れない。

 別に側室の子ってのは事実だし、私自身を貶されても別に? って感じだ。でも、私がそうだと、私に仕えたいって言ってくれた二人に申し訳ないから、私は私自身で頑張らないといけない。

 それでも、王妃様と喧嘩したいわけではないから、さてどうしようかととりあえず笑みを深めてみれば、へんに間を開けてしまった私に何かを思ったのか、後ろにいたはずのタナトスが隣に並んできた。


「神に愛された気高い王の花は、周りを魅了してやまないのでしょう。ヘブンバル国しかり、または俺のように」

「ほう。そなたが死神、か」


 自分に向けられたわけではないのに、それでも感じてしまった殺気に鳥肌が立つ。

 タナトスが自身を認識させるために殺気を周囲に放ったのだと遅れて理解して、さっと周囲に視線を走らせる。


 壁側にいた貴族達は、流石に王の間に入ることを許された者達だけあって、顔色を悪くしつつもタナトスから視線を外さない。王妃様はクルシュを背後に隠し、顔色は悪いけれど笑みを張り付けたままなのは流石だと思う。

 ナルキは帯剣していた剣を抜いていたし、シフィ先生はあい変わらずの無表情だけれどいつの間にか、どこかから取り出した鷲を象った杖を手にしていた。みんな、臨戦態勢だ。


 そんな中でお父様だけが変わらない。

 悠然と、支配者の貫禄というのか、顔色一つ変えずにまっすぐにタナトスを見据える。

 タナトスは王妃様から視線を外すと、しっかりとお父様の眼差しを受け止めて、私の前に出た。

 そのまま、膝をつく事もなく真っすぐとお父様と対面する。

 王に対してあまりにも無礼なそれに王妃様の眉がつり上がったけれど、よい、とお父様が一言で黙らせる。


「我が娘が世話になっているようだな」


 私の方からはタナトスの背中しか見えないから、どういう表情をしているのか分からないけれど、なんとなく不敵に笑っている気がした。


「死神は、我が娘に祝福を与えたと聞いたが?」


 タナトスは何一つお父様に言葉を返さずに、そっと私の方へと向き直る。


「タナトス?」


 浮かべられた表情は、清々しいまでの悪戯っ子のそれで。

 ひくりと口の端が震えた。


「タナトス?」


 もう一度、タナトスの名前を今度はしっかりと呼ぶ。

 タナトスは返事の変わりに、にいっと笑みを深めて私の前に跪いた。


 ざわつく周囲に、いろんな所から飛んでくる殺気。

 もう、どうにでもなあーれーの私。


 ひどい。酷すぎる。

 タナトス、帰ったら1発殴る。


 私は動かず姿勢良く立ったまま、静かにタナトスを見下ろす。

 タナトスは私のドレスの裾に、そのまま更に姿勢を低く、土下座のような形で口付けた。


 ざわついていた周囲が一瞬でしんと静まり返る。

 みんな、タナトスと私の一挙一動を漏らすまいと見守っているんだ。ほんとやめて欲しい。王妃様とか怖くて見れないもん。

 目立ちたくないー!


「許す」


 言いたくない。

 でもこれ、騎士の誓いとはまた別の契約儀式みたいなやつだよね。

 ああ! もう! 許すってなんなのよ私。てか、友だち枠じゃなかったの。

 心の中でぶちまけた、盛大な文句の嵐が聞こえたみたいに、タイミング良くタナトスが顔を上げてまた笑う。悪戯が成功した、清々しい笑みだ。

 そして、ふっとその場を支配していた殺気が消えた。再びざわつき出した周囲に、ああ、タナトスが殺気を納めたのだと理解する。

 そのままタナトスは立ち上がって、なんともいえないくらい憎たらしい笑みを浮かべて部屋を後にしていった。

 待って! 説明プリーズ! 丸投げ良くない!


 軽く心の中で絶望しつつも、腐っても王族。

 このままでは良くないと、私はふわりとお父様に向き直って笑みを浮かべ頭を下げる。


「良い。もともと誰にも膝を折らぬらしいではないか。ルナティナ……よくやった」

「ありがとうございます」


 タナトスはタナトスで考えがあるんだろう。そして、それが私を思ってのことだってのも分かるつもりだ。この場での態度だって、私以外には従わないって意思表示だったんだろうし。うん、それを国王であるお父様相手にやるって、やり過ぎ感がすごいけど、それでも、私の価値を上げることで私の居場所を作りやすくしてくれたんだろう。


「ふむ……死神に初めて膝を折らせるか。なあ宰相よ。これではヘブンバル国の三男にやるのは惜しいなあ?」

「あちらは、婿でも良いそうですよ」

「婿、と」


 ん?

 なんだ? なんか急に話が飛んだ??

 ヘブンバル国三男って、え?


「ルナティナ、そなたにアザゼル・ヘブンバルより縁談の申込みがあった」


 勇者よ、そなたに魔王討伐を頼みたいのだ


 それは、そんな感じのオープニングで始まるRPGゲームの王様のように、お父様は獅子のような精悍な顔立ちをしかめて、一つ、爆弾をその場に落とした。


 タナトス、1発入れるのはやっぱりなしで。

 死神ゲットっていう付属がなかったら、打診の段階から私参加出来なかったわ。


 あくまで姫は王族である、と。まあ、なら仕方ないよねえ。


 そう言って笑ったアザゼルの顔が頭に浮かんで、胃がキリリと痛んだ。


いつも読んで下さりありがとうございます。

書籍化にともない、一章に登場していたウサギの獣人スピネルをキャラ変更しています。

スピネル→ロズアド・メレクフォレット。

白い鳥頭に赤い目。真っ白な翼の鳥の獣人。

また彼を登場させる時に一言添えようと思います。混乱させてしまいましたら申し訳ありません。

これからも薔薇姫を宜しくお願いします。

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