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五話

 一、二、三。

 心の中でカウントを取ってそうっとドアノブを回し、少しだけ扉を開ける。

 古い木の扉はぎいと軋んで開いたけれど、隙間から覗いて見る範囲では犯人らしき人は見当たらない。


 誰もいない、のかな。


 扉を開ける。ただそれだけの行為に緊張して、手に冷や汗をかいていた事に気付く。

 ああ、本当に私はルナティナで、ここからルナティナの今後が決まって行くんだなって思うと何故か笑ってしまう。


 おかしいなあ。少なくとも、前世での私はこんな経験はしたことはなかった。こんなの、物語の中だけだと思ったのに。


「階段は……ない、のかな。多分、地下?」


 ぱっと見ただけだから断言は出来ない。

 でも階段は見当たらないから、二階はないんだと思う。

 薄暗い廊下に、私が出た部屋以外に扉が二つ。

 一つは、居間とかに繋がってそのまま出口になるのかな? 

 とりあえず、隣の部屋を覗いてみる事にする。


 いきなり開けるのは怖いから、まずは耳をドアにくっつけてみる……けど、何も聞こえない。

 陽はすっかり暮れているし、誘拐犯達はひょっとしたら私を連れ去るように指示した人に報告をしに行っているのか、他の誘拐をしに行ってるのか……どっちもやだなあ。ああ、人間、極度の緊張状態が続くと大胆になるのかもしれない。

 抵抗できそうな武器一つ持っていないのに、将来の最悪エンドよりは今の方がまだマシだろうとだんだん大胆になっていく自分がちょっと信じられない。


「入りますよー」


 だから、こんな力の抜けるような文句と共に扉を開けた自分は、結構考えなしだと思うんだ。

 この体というか見た目というか、私はまだ五歳だし、それなりに前世では大人の部類だったけれど、精神面が子どもの体に引きずられるのか感情が上手く制御出来ない。

 んー子どもってだけで、普通に考えたら浅はかな行動も違和感とかはないのかもしれないけど。


 うん。多少抜けてたとしても、それはそれで子どもらしいはず。

 こんな状況で子どもらしさもなにもあったもんじゃないと思うけどね、お城での生活はそれなりに気をつけていたから習慣づいてしまったんだろうな。

 意識して思考をあっちこっちにやっていく。そうでもしないと、この現実に本気で蹲って泣き喚く自分の姿が容易に想像出来てしまって、一生懸命現実から目を逸らす。

 深く考えては駄目だと違う事に意識を向ける。


「あ」


 少しだけドアを開けて、そのままの状態で停止してしまう。


「えっと」


 またどくどくと早打ってきた心臓をなんとか落ちつけて、もう一度扉を開ける。

 もちろん、すぐに部屋には入らない。


 これってこんなんだったっけ?

 あーでもルナティナは主人公じゃなくって悪役だし、ルナティナ自身のでなくても、彼の幼少期のことについてだっていろいろと参考に出来るくらいまで詳しくはファンブックには載っていなかったような気がする。

 いや、彼についてはいろいろと細かく設定集とかに載っていたけれど、これについてはさらっとしか書かれていなかったんだよね。

 どれだけ濃い体験をしたとしても、攻略対象時の年齢になった時のキャラを形作る基盤の一つとしてさらっと文章に簡略化されてしまうから仕方ないんだけれど。


 今の私は、無力だ。

 ゲームでのルナティナは沢山の力を持っていた。とても優れた魔術の才能。ルナティナの助けとなる多くの有力貴族。そして、ルナティナを絶対に裏切らない唯一無二の従者。彼は隠しキャラで主人公が攻略したとしても、ルナティナが死ぬまでは決して裏切らない。


 まあ、今現在のルナティナ……つまりわたしは、五歳児であり庇護される対象で、誰かの助けがないと生きられないか弱い子どもなんだけどね。せめて私を絶対に裏切らない従者とかは側にいてほしかった。幼少期に出会うらしいけどまだ出会えていない。幼少期のいつだよ。隠しキャラって扱いなだけあって、ファンブックにそこまで情報が掲載されてなかったんだよね。ファンブックなのに。

いや、でも隠しキャラとは出会わない方がお互いの幸せのためかもしれない。ちょっとヤンデレだし、世界はルナティナを中心に回ってるみたいな考えのキャラだから、現実でそんなのに心酔されるとか、それってなんの罰ゲームだろうか。私が処刑されたら後追い自殺するようなのは重すぎる。

 心の中で盛大な溜息を吐いて、部屋の中にいる子と目が合ってしまって、私は今にでも回れ右したい気持ちを抑えて部屋の中に入った。


「あの、こんばんは。えっと……大丈夫?」


 うん。ごめんなさい。

 大丈夫じゃない子に大丈夫って一番聞いちゃいけない言葉なのにそれしか出てこない。

 部屋の中には、見目麗しい男の子が転がされていた。

 転がす、という言葉が良いのか、簀巻きにされていると言った方が良いのか、手足を雁字搦めにロープでぐるぐる巻きにされて猿ぐつわを噛まされている。

 手足のロープにはネックレスみたいな赤く細いチェーンが巻かれてる。 

 何これ。縛りでオシャレ? 新手のSMプレイ?

 じゃなくって、多分束縛系の魔道具の一種なんだろうけれど……近寄って大丈夫かな。


「あ、あの……動かないでね」


 海みたいな青い目をまんまるに見開いて驚いているであろう男の子に近づいて、とりあえず猿ぐつわだけでも外そうと試みる。

 頬にまで食い込むくらいに強く縛られていて、もみじみたいな子どもの手だと解くのに難しくて苦労する。か、固い。

 それに、さらさらの銀色の髪がところどころ食い込んでいて痛々しい。

 引っ張って抜いてしまわないように気を付けていたら、解くことは無理だったけれど、なんとかゆるめてずらす事には成功したみたいだ。


「ありがとう」


 開口一番に、お礼を言われる。

 少しガラガラで、掠れている声。

 こんな状況なのに、一番最初にお礼が言えるってすごいことだよね。

 私なら絶対泣く。絶対無理。けれど、それが出来るのが彼の良い所だ。


「あの、はじめまして」

「初めまして」


 ふわり、と、女の子顔負けの儚げな微笑を向けられる。

 ああ、見目麗しいってそれだけで武器だよね。

 将来悪女顔に育つだろう私からしたら、なんて羨ましい。

 羨ましくて眩しすぎるよ。

 というか、この状況で初めましてはないだろう、初めましては。

 でも、私は一方的に彼を知っているけれど、向こうは知らないわけだし。

 ボロを出さない為にも、自己紹介くらいはしておかないといけない。主に私の為に。


「あの、私、ルナティナです」

「……リオンだよ」


 ええ、知っています。知っていますとも。リオン・ダクルートス。

 ゲームでのルナティナが、魔力暴走で傷つけてしまう可哀そうな貴族の子ども。

 そして、主人公である妹の選択肢によってはルナティナを追い詰めることになる攻略キャラ。


 これから生まれてくる主人公がリオンを選んだ場合、私は仰向けにされて、刃を見れる体制に縛り付けられての公開ギロチン処刑か、野蛮で変態で有名の蛮族の王に嫁がされる追放エンド。そして死にたくても死ねない、幽閉エンドのどれかになる。

 ん? 幽閉エンドはリオンの父親の策略にはまってしまった場合だったかな。うん。でもどれも酷いエンドばかりだからあまり変わらないや。ああ、なんかもう泣きたくなってきた。


 彼は武術によって成り上がった貴族の嫡男。

 今まで騎士になったり、戦場で武勲を立てて成り上がって来た家に生まれて、彼自身も武で成り上がるはずだった……けれど、両足の機能を失い、車椅子での生活が余儀なくされ、生きる希望を失う。

 まあ、大人になってからは杖をつけば歩ける程度には回復するし、武は駄目でも魔術の素養はあったから、そっち方面で活躍することになるんだけれど、家は継げずに廃嫡されて、一代貴族となったはず。

 一代限りで終わる、ラグーン国では結構多い貴族。


 成り上がることは出来たけれど、やっぱり武の家に生まれたからには戦場で役立ちたい。

 でもこの体では出来ないっていう悔しさや辛さ。

 そんな心の闇を晴らして行くのが主人公。

 両足の自由を失う原因になった私を主人公と結託して追い堕として成り上がっていくんだよね。


 今は女の子です! って言っても信じちゃうくらい可愛らしい男の子だけれど、大きくなったら薄倖の美青年に成長する。

 あれだ。イケメンってほぼ攻略対象になるのかな。

 出来ればフラグをへし折って、近づきたくない。


 ああもう。

 とにかく、ここは十七禁な世界なのか十八禁な世界なのかが分からないから、たった一つのミスも許されない! 

 いや、待って。

 十七禁でそこはかとなくぼかされていたってことは、ここは現実だからぼかす必要もなく、私が経験しちゃうことなんだよね。

 いやー! ないないないない。落ちつけ、落ちつくのよ私。


 意識して笑顔を浮かべる。

 きっと私の笑顔は引き攣っているんだろう。

 気遣わしげにリオンに微笑み返された。

 あれだ。ちっさいリオンは可愛いーなー。

 ゲームでのリオンはもう成人していたし、感情の起伏があまりないキャラだったもんね。眼福だわ。


 一応リオンも攻略していたけれど、彼の狂愛エンドがどうしても好きになれなくて、一度クリアして二週目はやらなかったんだよね。

 子どもの時からのイベントがあれば、萌えーとか言っていたかもしれない。


 このままなんとか助かる事が出来れば、リオンは幸薄なイケメンにはならないはず。

 彼の人生は大きく変わって、それこそ一気に幽閉エンドはなくなるんじゃないだろうか。

 そう思うとちょっとだけ希望の光が差した気がして、私はもう一度笑顔を浮かべる。


 今度は引き攣っていない、泣き笑いな笑顔を浮かべる私が、リオンの青い瞳に映ってた。



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