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十五話 リオン・エイタット・ダクルートス

 タナトスの背を睨みつけるようにして彼の後を素直について行く。

 殺気はもう感じない。その代わりに、どこか小馬鹿にしたような雰囲気を感じるけど、僕とこいつの力の差を考えると仕方のない事だし、僕自身の今までの暴走を振り返れば、同じ立場であれば僕なら声すらかけない。だから、イライラするけれど突っかかる事はしない。そこまで、子どもではないつもりだ。


 途中何人ものメイドや兵士とすれ違うけれど、みんな会釈をするのは僕だけでこいつにはしない。ああ、そっか。しないというか、本当に見えていないんだ。

 僕は一度認識しているから今も見えてる? でも、最初から見えてたと思うし。何が違うんだろう。どこか別に意識を向けてみようかとも思ったけれども、それで見えなくなれば今以上に馬鹿にされると思って、試してみるのをやめる。


「ねえ、なんでルナティナ様に祝福なんてしたの」

「だから、平和的解決だと」

「違う。そうじゃない」


 ああ、苛つく。苛つきすぎて、敵わない相手だと分かっているのに喧嘩を吹っ掛けたくなる。

 どうしてルナティナ様の誉れとなるのが僕じゃない? ルナティナ様のお側に付くのは僕であって欲しいのに。

 憎い。憎くて憎くて仕方がない。こいつなんて大嫌いだ。


「ワンコはなんでルナティナを選んだわけ? 多分、そんなに理由とか変わんないんじゃないの」

「呼び捨てにするな」


 ルナティナ様。

 僕の唯一無二。ただ一人の僕だけの王。


 迷いなくドレスを裂いた思いきりの良さに惹かれた。

 傷つく事を恐れながらも踏み出すその姿勢に心を奪われた。


 この方になら自分の全てを捧げても良い。

 そんな風に思える主に出会えた事は、とても幸福なことなんだろう。


 誰もが言う。お前は幸せ者だと。

 誰もが言う。生きる意味が見いだせて良かったなと。


 でも。本当に? 本当にそうなの? 

 主が決まっても使ってもらえなければ意味がない。お飾りの剣に存在価値なんてない。生きながら死んでるようなものだと思う。贅沢、と言われても仕方ないかもしれないけど。


 初めは、側にいることを許されただけで嬉しかった。

 必要とはしてくれなかったけど、別に良い。僕はとても使える奴だって自覚があったから。

 これからずっとお仕えするんだ。そのうち、僕を沢山使ってくれるだろうって思い込んでいた。

 気付いたのは、いつだったか。

 ルナティナ様がこの国……ヘブンバル国に行って、後を追いかけてから、だ。


 当然のように追いかけた僕をルナティナ様は困ったように笑って受け入れてくれた。

 その時はそれで良い、と納得したはずだ。

 少しずつ僕を理解していってくれさえすれば、そのうち僕を重宝してくれると信じてた。

 けれど、重宝されたのは姉様だけで、僕はそのおまけ。

 姉様には頼るのに、僕には頼らない。僕を使おうとしない。ただ僕はお側に侍るだけ。

 ああ、いつから自分だけが選ぶ側だと思い込んでいたんだろう。僕だって、選んでもらう側だったのに!


 ルナティナ様は賢い。

 賢いから、僕を決して使ったりしない。自分の内側に入れたりしない。

 僕が唯一人と定めた僕の主、僕の王はどこにでもいる、普通の女の子だった。

 平和に生きたいと願う、普通の女の子。

 ちょっと生まれが高貴で、特殊な立場だけれど、その中身は争い事を嫌う王族には向かない方。


 一カ月側にいて、何かがおかしいと首を傾げた。

 三カ月側にいて、姉様との扱いの差に愕然とした。

 五か月側にいて、有能さを示さなければと恐怖した。


 どうすれば良い?

 姉様もアザゼル様もどんどんルナティナ様の中で居場所を作っていく。

 僕はただ、そこに控えるだけ。

 何か尋ねられても困らないよう与えられたノルマ以上に勉強した。

 姉様よりも有能だと示したくて魔術も剣もがむしゃらにやった。


 一年側にいて、笑いかけてくれるようになった。

 二年側にいて、睡眠時以外側につくようになった。

 三年側にいて、まだ、護衛を頼むと命じられない。アザゼル様と出掛けるのを見送る。側につく事があっても、それはルナティナ様からの命ではない。


 どうか僕を見て。

 こんなにルナティナ様に使って欲しくて一生懸命手を伸ばすのに、その手は全然届かない。

 まだ、努力が足りない? なら何をすれば良い? 何をすれば必要としてくれる? ルナティナ様の不安はなんだ?


 ああ。そうだ。クルシュ姫と王妃様だ。

 あのお二方がいるから、ルナティナ様は僕を使わないんだ。目立った便利な力を持っていると目をつけられるから。


 それなら。

 ぜんぶ、けしちゃえばよいんだ。


 いらない。

 いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない!


 ルナティナ様を怖がらせるモノを全て切り捨ててしまえば、ルナティナ様は誉めてくれるだろうか?

 よくやったと、僕を認めてくれるだろうか。


 ルナティナ様を見送る度に、がらがらと僕の何かが壊れていく。

 僕以外の護衛に守られる姿を見る度に、何か暗いモノがそっと僕に囁く。


 そうして、どこかが壊れていく音は確かに聞こえるのに、どこが壊れているのかわからないまま時が過ぎて……こいつが現れたんだ。


 茶屋で見つけた時、怒りで体中が熱くなった。

 どす黒い何かが一瞬で僕の頭の中を駆け巡って、ルナティナ様がいなかったら僕が僕でなくなっていたと思う。広範囲の魔術とかぶっ放してたかもしれない。それでも、全部は押さえられなかった。


 ねえ、なんでそいつにルナティナ様は微笑みかけるの?

 見慣れないドレス。僕に向けられた事のない素の表情。

 そして、体のあちこちにある打撲の跡を見つけて、ぷつりと何かが切れる音がした。


 殺す気で放ったそれはあっさりと防がれて、遅れて力の力量の差を悟る。力の差? そんなものじゃない。こいつに僕の力は届かない。比べるのもおこがましいほどの差。


「お前なんて嫌いだ」

「なんだ。俺とルナティナに出会ってほしくなかったとか言うわけ?」

「違う。どんな関係なのか考えたくもないけど、今の関係にならなかったら……お前、ルナティナ様を殺しただろ」

「へえ?」


 うっそりと嗤うタナトスに、背筋がぞわぞわする。気持ち悪い。

 本当は消えてほしい。こんな奴、僕のルナティナ様の側にいて欲しくない。

 それでも、こいつがいる事がルナティナ様の為になるのなら、僕はそれを受け入れないといけない。


 稀代の暗殺者を手に入れたルナティナ様は、利用価値が高いから。

 ふざけるなと思うけれど、ルナティナ様が周りに求められる分だけ、必要とされる分だけ、ルナティナ様を守ろうとする者も増える。それで良い。武力以外の戦いは、まだ僕には出来ないから。 だから、それで良いんだ。


 ああ、でも。

 それでも、やっぱり。


 面白くない。


「全部凍らせて砕いてやりたい」

「おーい。殺気駄々漏れ。隠す事を覚えろよ」

「うるさい」


 言い返しつつも、呼吸を整えて素直に殺気を引っ込める。

 いけない。ただでさえ格好悪いんだ。これ以上の格好悪い僕なんて、ルナティナ様に見せたくない。


「あ~。青春、だなあ?」

「だからうるさい。黙れよ」


 殺気を出さずに睨みつければ、軽くあしらわれて両手を上げられる。

 いつか絶対凍らせて砕いてやる。


「術のコントロールは良いのになあ。勿体ない。まあ、まだガキだしな」


 鼻で笑って、見下される。

 何が勿体ないのか、言わんとしている事が分かってやっぱりむかむかする。言われなくても自覚してる。


「ルナティナの剣になるんだろう? だったら早く大人になれ。でないと、振るって貰う前に折れるぞ?」

「うるさい……そもそも、急がなきゃいけなくしたのは誰だよ」


 睨んで吐き捨てるように言えば、俺だなとあっさりと嗤って返されて、やっぱり感情が上手く抑えられずに殺気が漏れ出てしまう。

 それでも、もうここはルナティナ様がいる庭の入口辺りで、見える位置に人はいないから見逃してもらえる。


「甘い蜜には虫が湧くしなあ。あれって死体の匂いで別のがよってくるんだったか。面倒だから見つけたら丁寧に処理しといてやるよ」

「お前……配下になったわけじゃないんだよね。お友だちなんでしょ」

「お友だちなら持ちつ持たれつ。困ってる時は手を貸さなきゃだよな」

「僕、言葉遊びとか嫌いなんだけど。なんで友だちなのさ」

「ルナティナにそう望まれたから」


 望まれた。どんな形であれ、ルナティナ様が望んだ。その事実が酷く僕を傷つける。聞こえないようにして、蓋をしめていたものがこじ開けられる。

 ああ、どうして僕はこんなにも無力なんだろう。力が欲しい。全てから守れるだけの力が!


「ルナティナ様が望まれたのなら、仕方ないよね。友だちならご飯とか一緒に食べたり出かけたりするのは普通、だよ、ね」

「そうだなあ。お友だちだからなあ」


 毒見して盾になれ。

 暗にそう告げれば、あっさりと了承が返って来てやっぱりムカつく。


 誰もが配下に加えたいと願う稀代の暗殺者。

 誰にも殺せない、確実に死を運ぶ死神なら……権力者であれば喉から手が出るほどに欲しいはず。それが、ルナティナ様を傀儡とすれば手に入れられるんだ。もしくは、ルナティナ様を害せば名が上がる。側に置くには危険な男。


 認めたくない。排除したい。消してしまいたい。

 ああ、それでも。それでも、僕は剣だから。ルナティナ様がやっと受け入れてくれたんだ。今度こそ使ってもらえる。だから、勝手には動かない。


「ああ、いたな」


 道から外れたルートで案内されて、二人を見つける。

 ルナティナ様とアザゼル様は何か話しこんでいて、これ以上近づけば会話が聞こえてしまうからここで留まるべきかと迷っていれば、アザゼル様がルナティナ様を抱き寄せた。


「な!」

「嫁に来いって言ってんのか? ルナティナってそう言う対象で見られてたっけか」

「お前がルナティナ様の付加価値に加わったからだろうが!」


 言い返せば、違いないと嗤って流される。

 止めたい! 割って入りたい! でも、それをしてはいけない。

 ああ、でも、お願いだから! ルナティナ様! どうか! どうか僕を!


 手のひらに爪が食い込む。

 口の中に広がった鉄の味にちょっとだけ冷静になるけれど、それでもやっぱり目の前で繰り広げられる光景に目の前が真っ赤になっていく。


 触るな! 触るな触るな触るな! ルナティナ様に触れて良いのは


「    」


 声は届かない。

 それでも、何度も求めて求めて、狂う程に求め続けて、やっと与えられたそれを僕が間違えるはずがない。

 ようやく振るってもらえる喜びが、心の中に広がるどす黒い何かを押さえつけて僕を冷静にさせる。


 足に魔力を纏わせて筋力を一瞬だけ上昇。

 一気にルナティナ様の元へと駆け寄った。


 ああ、もう、大丈夫。僕はもう、間違えない。




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