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十二話

「あのね、友だちになったの。だからそんな警戒なんてしなくても……いや、うん、えっと、ごめんなさい」


 リオンにタナトスとの関係をどう説明して良いのか分からなくて、とりあえず過程をすっ飛ばして結果を告げてみたら、それはもうとんでもなく素敵な笑顔を向けられた。何故だろう。リオンの腕の中に背を預けるように囲われているから見えないはずなのに、分かってしまう自分が悲しい。


 あれ? 私ってこんなにリオンを怒らせてばかりだったっけ? あ、うん。怒らせてばかりだったか。ちょっとリオンを置いてアザゼルと二人でのドキドキ散策を思い出して遠い目をしてしまう。うん。置いてきぼりにして帰るたんびに私はリオンに、そしてアザゼルはアザゼルのお兄さんに怒られてた。あれはあれでとっても怖いけど、外に出ないといろいろ鬱憤が溜まってしまうから反省はもって三日くらいだ。や、今はそうではなくて。

 スティへと視線を向ければ、とりあえず現状把握に努める為か、長刀は出したまま私の側に控える。うん。出したままっていうか、振るったままの静止状態っていうか。


「良い腕だな」

「や、もうちょっとタナトスは黙ってよう。それか緊張感持つとか」

「ルナティナ様?」

「あ、はい、ごめんリオンすみません黙ります」


 スティはタナトスを見ることが出来ていないはずなのに、寸分違わぬ正確さで長刀をタナトスの首筋に突き付けたまま止まってる。

 多分、私やリオンの視線の先を予測しての行動なんだろうけど、もうちょっと穏便に出来ないものだろうか。

 そんなことをつらつらと考えていたら顔に出ていたのか、にっこりとさらにリオンが深く微笑む気配がした。あ、はい、ごめんなさい。やばい。なんかもう全面降伏したい。てか顔上げるんじゃなかった。慌てて顔を下に向けると、体に回された腕の力が強くなった気がしたけれど、きっと気の所為だろう。

 将来イケメン確定のリオンの笑顔は、水や氷の魔術が得意なだけあってぞわわっとくる壮絶な何かがある。普段は柔らかいくせに、こういう時は凪いだ海みたいで、静かすぎて本当に怖い。

 リオンを避けてずっと下を向いているのもなんだかあれで、スティの方を向いてみれば、スティは真顔でぴくりとも表情を変えない。真顔の巨乳美女とかそれはそれで怖いし、かと言ってタナトスを見ても面白そうに首に突き付けられた長刀を撫でたりしてるし……振動が伝わるんだろう。その度にスティからちょっとずつ殺気が漏れ出てるような気がするから、本当大人しくしててくれないかな!


「ああ、もう。どうしてこうなった」


 行儀悪く頭を抱えてそのままリオンに全体重を預けてもたれかかる。普段ならばこんな事は絶対にしない。というか、こういう事をするのは初めてではないだろうか。もたれかかった時にリオンの動揺が伝わってきて、なんとなく頭をぐりぐりと擦り付ける。こう、飼い猫がご主人に御機嫌窺いをするようにぐりぐりと。お願いだから機嫌治して。ただでさえ頭の痛い状況なのだ。全く。タナトスがすぐに帰っていればこんなことにはならなかったのにと、半分八つ当たりも込めてタナトスをじとっと恨みがましく睨みつける。タナトスは正しく私の心情を理解してくれているんだろう。理解したうえで、楽しそうに意地悪く笑う。

 ん? あ! 待って! あ、駄目、おいこらタナトス! 何を言うつもりだ!

 なんとなくだけれど、意地悪く笑うタナトスが口を開いたのを見て咄嗟に塞ごうと手を伸ばす。しまった! 自分が取ってしまった行動が間違いだったと気付いたのはすぐにだった。

 伸ばした手はそのままタナトスに掴まれて、どうやったのかあっさりとリオンの腕の中からタナトスの腕の中に浚われる。呆気に取られた様子のリオンとこんにちはして、思考が追いつかないままに右手の甲に触れる柔らかい感触。タナトスに口づけられたと理解出来たのは、リオンが激怒で表情を歪め、私とスティの名を呼んでからだった。


「え!? ちょ! スティ!?」

「なんだ。助けてほしかったんじゃないのか?」


 いつの間にか床に倒れていたスティに慌てて駆け寄ろうとするも、タナトスは私を放すつもりはないらしい。悪ふざけにも限度があるでしょう! 腕の中から抜け出そうと思いっきりタナトスの足を踏みつけるのと、倒れたはずのスティが長刀を振るうのが同時だった。


「へ?」


 かすかな風圧を感じると同時に、私はいつの間にかタナトスに抱き上げられていて、倒れていたはずのスティは起きあがり、二撃目の動作に入っている瞬間だった。その間を埋めるように周囲の気温が一気に下がったと感じると共に、三つの氷の刃がタナトスの眼前に迫る。


「お前ら姉弟、大事なご主人様が俺の腕の中だってのに、攻撃に迷いがないのな。ルナティナ、やっぱお友だちじゃなくて普通に俺雇っとくべきだったんじゃないか? とりあえず片付けるか?」

「良い加減、ルナティナ様を離せ! このっ! 凍れ!」


 ぶわっと広がる冷気に体だけでなく心の底から震えあがってしまう。キレてるキレてる! ひいいいいいいいいいい!

 リオンとは何度も魔術を使用しての手合わせをしているけれど、かつてないくらいのきれっきれの攻撃に胸中でなんとも言えない情けない悲鳴を上げる。救いといえば、元凶でもあるタナトスがなんなく避けてくれているからちょびっとだけ冷気を浴びて寒くなる程度の被害で済んでいる事だろうか。部屋の被害は……うん、突っ込んでは駄目だろう。


「ルナティナ様! すぐにお助けしますので、ちょっと障壁を張っていて下さいね!」

「そもそも当たらないんだから張る必要もないだろう」


 リオンの言葉にそれがあったとタナトス込みで障壁を張ろうとするも、あっちこっちに振りまわされて、気持ち悪くて上手く体内の魔術を練れない。

 タナトスの動きが早すぎて、それはまるで遊園地のコーヒーカップに乗ってるかのような感じで悪酔いしそうになる。食後にこれはキツイ。いや、そもそもだ。リオンの攻撃を避けるだけならなんてことないんだろうけれど、前方から刃が迫ったと思えば次は何故か真上や背後からとか、無言で攻撃をしかけてくるスティの動きが予測不可能すぎて、把握して防いでいるタナトスとは違って、何も分からない私はもうなんの構えもできないままに四方八方に振りまわされるのだ。うう、気持ち悪い。


「やっぱわんこはわんこだよなあ。しかも駄犬。まだ子犬だし修正は効くか? おいルナティナ、躾をさぼるなよ。飼うのなら責任持て。ご主人様の義務だろう?」


 ちょ! 火に油を注がないでくれないかな!

 タナトスの発言で更に部屋が冷え込む。ぶるりと寒さで体が震えたのがタナトスにばっちり伝わったらしい。ちっ、と面倒そうに舌打ちをして、触れる面積が多いように抱き抱え直される。


「も、無理」

「すぐ済ませる。むしろ、もう時間切れだ」


 おろろろろって出ちゃう! 口から乙女の尊厳が出ちゃう! ここは現実だ。キラキラ修正とか出来ない。なんとしても耐えきらねば!

 寒さ以上に襲いかかる気持ち悪さにうっぷと胃から込み上がってくる物を一生懸命飲み込んで、ぐったりとタナトスにもたれかかるのと同時に、スティとリオンのくぐもった声が部屋に響いて、それからすとんとソファの上に落とされる。あれ? 終わった?


「へ?」


 閉じていた目を開ければ、何故かスティが振るっていたはずの長刀はタナトスの手にあり、その切っ先はスティの喉元。リオンはというと、床にうつ伏せで倒れていて、起きあがれないようにタナトスが力一杯踏みつけている。多分、魔術でなんとか迎撃しようとしてるんだろうけど、体内で魔力を練ろうとする度にぐりぐりと痛みを絶妙なタイミングで加えて邪魔をしてるんだ。

 さっと二人の体に目を走らせるけれど、目立った外傷はどこにも見当たらない。多分と言うか確実に無傷だ。打ち身一つないだろう。それほどまでに、二人とタナトスに力の差があるんだ。


「オトモダチがオトモダチの家に遊びに来るのは普通だろう? ついでに、ちょっと過激な遊びをして泊まらせてはもらったが」

「な!」

「リオン! スティ!」


 過激な遊び。そうか、命のやりとりはタナトスにとって遊びなのか。

 若干遠い目をしてしまった私は、もうこの現状をどうすれば収束出来るのかてんで分からなくて、それでも現実逃避するわけにもいかずに、膨れ上がった魔力をそのまま放出しようとするリオンとぞわりとした殺気を放つスティに制止の声を上げる。


「あ」


 ばたばたと扉の向こうから慌ただしい足音がする。私以外にもばっちり聞こえているのだろう。リオンはタナトスを睨みつけるように笑い、タナトスはタナトスで面倒そうに溜息をついてる。リオンが魔術を使ったことで探知系の魔道具に引っかかったんだろう。つまりこれは、武装した兵士達の足音。さああっと血の気が引いて行く私をそれはもう面倒そうにタナトスは見やって、また溜息を一つ落とす。そして、そんなに長くは関わっていないけれど、その中でも珍しいと思える表情をして私の頭を軽く撫でた。

 うん、なんというか、同情というか憤りというかなんというか、いろんなのが混ざってよく分からないけれど、出来る事ならあまり近寄りたくない感じの雰囲気の表情。もちろん、リオンをゴミでも見るかのような冷たい眼差しを向けたりしていたので、立ちあがってタナトスに駆け寄り、そっとタナトスの手を引いて視線を私に強制的に戻させる。うん。今度はそれでリオンから殺気がぶわわっと膨れ上がったけれど、感覚がもう麻痺してしまっているせいか、あまり怖くなかった。


「ご無事ですか!」


 防犯用の魔術が発動したんだろう。扉が一瞬のうちに消失して武装した兵士達が雪崩れ込んでくる。剣を手にした兵士は五人で、兵士の後ろには三人の魔術師。茶色のローブで全身をすっぽりと覆っていてその表情は伺えないけど、緊迫した雰囲気なのは分かる。ええ、だって私以上に守らなければならない人がその後ろにいるんだもの。そもそも、なんで来たの。思わず遠い目をしてしまった私は絶対悪くないと思う。


「ああ良かった。怪我はないようだねえ」


 ずくりと腰に響く甘ったるい声。

 安否確認の声をかけられるのと同時に私に防壁の魔術が施される。あれだ。誰であろうと触れたら弾かれるし攻撃を受けてもそのまま反射する優れ物。タナトスは張られる瞬間がわかっていたのか、防壁が展開された時にはすでに手を伸ばせば触れられる程度の距離に離れていた。


「くそっ!」


 タナトスの拘束が解かれた事でリオンが一矢報いろうとしたんだろう。けれど、やっぱり場数の違いからか攻撃のモーションに入る前にたったの一睨みで動きを封じられる。


「現状把握出来てるのか? この駄犬が。お前は愛玩犬のワンコか?」


 前世でのゲームで聞いていた時よりもさらにぞわりと心臓をわし掴むような底冷えした声。

 私に向けられた殺気ではないはずなのに、かたりと体が震えてしまって、それに気付いたタナトスが困ったように私を見て、そのままソファに座るようにと促される。

 私は私でタナトスに申し訳なくて、けれども体の震えを止めることも出来なくて……それでも、態度でタナトスが怖いのではないのだと伝えたくて、魔術師が張ってくれた防壁に私の魔力を流し込んで相殺させる。ちょっと周囲から非難の視線を感じたけれど気にしない。だって、殺気は怖いけれど、こういった命のやりとり的な物が怖いのであって、タナトス自体を怖がりたいわけではないのだ。

 私の思いは多分、タナトスに伝わったんだろう。気にするなと言うように頭を撫でてくれたタナトスに、ほっと息を吐く。


「とりあえず私は、私の姫君を保護したら良いのかな?」


 場違いなくらいに柔らかい声がタナトスの殺気で支配されていたその場を奪い返す。

 まるで庭でも散歩するかのような気軽さで前へと進み出たアザゼルに、兵士や魔術師の人達の制止の声が響くけど、それを片手を上げるだけで制して、にっこりと微笑む。

 アザゼルは保護、の部分で床に伏すリオンに苦笑を向ける。 リオンはようやく冷静になったのか、タナトスに向けていた刺々しい態度はなりを潜めて……いや、むしろ顔色悪いよね? え? 大丈夫?

 思わず反射的にリオンに駆け寄ろうとして、伸ばした手をタナトスにやんわりと掴まれた。


「死神は、ルナティナ・シュバルティア・ラグーンを殺さない」


 瞬間に広がる、治まったはずのタナトスの殺気。

 ざわりと広がる動揺の中、いつでも攻撃に移れるよう構えていた人達の目に動揺が浮かんで、どういうことなのかとタナトスに首を傾げる。


「タナトス?」


 前を向いていたはずの私の首は、タナトスを見上げるように両手で掴まれ、それでもってなんとも言えない台詞に戸惑って名前を呼ぶ。

 タナトスはタナトスで、殺気はそのままに微笑む。

 イケメンではなくフツメンのタナトスだけれど、その微笑はこう、やっぱりイケメンの他の攻略対象者達と張るだけあって背中をぞわわわっと走らせる何かがあった。いやいや、むしろ殺気だだ漏れの微笑とか何それ怖い。ちょ、ひっこめてくれないかな!


「ラグーン国第二王位継承者に死神の祝福を」


 タナトスの顔が迫って来て反射で目を閉じる。するとすぐにおでこにやわらかい感触を感じてびくりと体が震えて、それからまた目を開ける頃にはなんとも言えない悲痛な叫び声で名前を呼ばれてリオンの腕の中に強引に引き寄せられた。


「ああああ! ルナティナ様! 申し訳ございません!」

「うあ! 痛い! 痛い痛い!」


 ごしごしと装飾のついた袖口でおでこを擦られて、消毒~! と悲痛な叫び声を上げるリオンをなんとか引き剥がし、よろけた所をスティに支えられながら周囲を見渡せば、真面目な顔を作ろうとして失敗し、なんともいえない微妙な表情を浮かべる兵士と魔術師の人達と……思わず目を逸らしてしまうくらいに同情的な眼差しを向けていたアザゼルと目が合った。

 ばっと思わず逸らしてしまって、ちょっと今の態度はいけなかったと慌てて目線を戻せば、今度は苦笑された。そうして、改めてこの現状を見て胃がきりりと痛みを訴え出す。ああ、どうしてこうなった。


「まあ、こうなっては仕方ないよねえ。ルナティナ姫? とりあえず、力を手に入れたんだ。おめでとう」

「はい……ありがとうございます。それと、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」


 力? アザゼルの言葉に思わず聞き返しそうになるけれども、ああ、またやらかしてしまったのだと思いいたってそっと胃を撫でる。うう、本当に胃が痛い。トイレ籠りたい。私の平和ライフどこ行った。


「リオンも……とりあえず落ちつこうか」


 スティから一歩離れて、丁寧に腰を折る。

 王族である私が他国の王族に謝罪をする。この意味を正しく理解したんだろう。リオンが息を飲む気配を感じたけれど、もうこうなってしまってはどうしようもない。すうっと息を吐いて姿勢を戻せば、やっぱりというかタナトスは見当たらない。恐らく、あの宣言と同時に姿を消したんだろう。

ああ、胃だけでなく頭も痛い。


「朝食はもう済んでいるんだね。どうだろう。ちょっと午前のお茶の時間には早いかもしれないが、気分転換に庭ででも」

「はい。ありがとうございます」


 事情聴取ですね、わかります。

 ひくりと引き攣ってしまった頬を隠すようににっこりと口角を上げて、私はしっかりと返事を返した。





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