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十一話

「って怖いわ!」

「煩い」


 触り心地の良い羽毛の毛布を跳ねのけて起きあがれば、がしりと大きな手に頭を掴まれる。

 そのままわしわしと頭を撫でられるけれども、力任せにみえて絶妙な手加減で、頭の中身が揺れる事はなかった。


「あ、えっと、ごめん、おはよう」


 ごしごしと目元を擦りながらタナトスに朝の挨拶をすると、頭にあった手が目元を擦っていた私の手に移動して、ぐいっと掴まれる。

 そのまま、もう片方の手で優しく涙を拭われて、突然のタナトスの行動にあわあわするものの、ルナティナって静かに名前を呼ばれてふんわりと温かい気持ちになる。


「起こしても起きないし。かなり魘されてたみたいだけど」

「あ、うん。ちょっと怖い夢を見てて……あれ、どんな夢だったっけ?」


 へへ、と笑ってごまかす。

 これは説明できない内容だ。前世の記憶。ひょっとしたら、これから私が通るかもしれない道の一つ。

 全力でそんなフラグはへし折るし、確実な逃げ道が見つかり次第その道をダッシュするけど……それでも、やっぱりいろいろ不安はあるわけで。まだゲームの舞台の年齢まで時間はたっぷりあるけれど。でも、やっぱりいろいろ不安なんだ。

 てかさ、なんでこのタイミングでこんなブラックな夢とか見るかなあ。今回は私が主役の夢じゃなかったみたいだけど……いや、でもでも? これからの将来、バッドエンド回避だけじゃなくって、あの子の選ぶパートナーにも結構命運を左右されるような……あれ?


「ルナティナ?」

「あ! う、ううん。なんでもない。ふふ、あのね、こうやって名前を呼ばれる事って滅多にないから……お友だちって最高だなあと」

「ああ、お姫様だもんなあ。食う事に困らないかわりにしがらみが多そうで、そこら辺は同情する」


 昨日の格好そのままに違和感なくベッドに腰掛けているタナトスを眺めながら、そっと心の中で安堵のため息を吐く。うん。生きてる。生きてるよ私!


「しっかし、流石は王族に宛がわれた部屋だな。こんなに寝心地の良い寝床とか、初めてだわ。またちょくちょく宜しく」

「え」


 軽く伸びをしながら、なんてことない感じで言うタナトスにうん、と頷きかけてピタリと固まる。

 昨日は昨日で、帰るのが面倒と言うタナトスと何故か一緒のベッドで眠る事になった。

 いろいろお世話になったとはいえ、暗殺者と! しかもついさっきまで自分の首に手をかけていた相手! それも同衾ってどうなの!? てかそもそも私女子なんですけど! そんな思いの元に抗議してみたんだけど、タナトスは……うん、タナトスは、私の胸をちらっとみて鼻で笑ったあと、もう殺さないんだし、他に何か問題あるのか? と言い放ったのだ。

 一発殴りたかったけれど、力の差は歴然で……どこかで絶対この怒りの鉄拳をと誓ったあの時間はなんともいえない苦い胸中だった。

 それに、友だちなら対等だよな、との言葉と共に名前を呼ばれて……つい、お泊りを許可してしまった。


「ほらほら、いつまでアホ面晒してんの? メイドが来たみたいだし、お姫様面に戻しなよ」

「姫様? 失礼しますね」

「へ? え? あ! わ! ちょ!」


 タナトスの言葉と共に、スティの声がして扉が開けられる。

 焦る様子もなく、隠れようともしないタナトスに一人で慌てていると、どこまでも普段通りのスティが入って来た。


「あら? そんなに慌ててどうなさったのです?」

「え、いや、あの……ああ。うん。大丈夫。ちょっと夢見が悪くて」

「まあ。では今日の朝食のお茶は、リラックス出来る物に取りかえましょう」


 私の隣にいるタナトスが、堂々とあくびをしながらにやにやとした眼差しを向けてくる。

 目の前にいるスティはそんなタナトスが目に映っていないような感じで……実際、そうなんだろう。認識出来てないんだ。


 認識阻害の能力なんて私には当てはまらないみたいだから、ちょっとうっかりしてた。

 私一人でオロオロしてしまった事が恥ずかしいやら悔しいやらでタナトスを仰ぎ見れば、殴りたくなるくらいの良い笑顔を向けられた。あれ、タナトスってこんなにむかつくキャラだったっけ。


 スティが他のメイドにお茶の変更とかの指示を伝えてる間に、これまた違うメイドが今日着るドレスを出してくれる。

 今日は濃い緑色のドレスで、袖や裾の所にとても細かい薔薇の刺繍がしてある。そのまま普段通りに私の着ている夜着というかパジャマに手をかけられて……はっと睨みつけるようにタナトスを見れば、私の視線の意味を正しく理解してくれたらしい。タナトスは両手を軽く上げて笑ったあと、堂々と部屋のドアから退室していった。

 えーっと。うん。警備大丈夫か、おいってなるけど、まあこれがタナトスの能力なんだよなあ。


「ルナティナ様?」

「ううん、なんでもない。大丈夫」


 着替え終えたら隣の部屋へと移る。

 アザゼルの都合がつけば朝食を一緒にしてくれるけど、基本は隣の応接室で一人だ。

 一人で食べるご飯は味気ない……でも、私の身分だと仕方ないんだよね。これでも、おっきな食堂で長テーブルに一人ちょこんっと座って、何人もの給仕に囲まれて食べるよりは格段にましだ。

 これも、アザゼルの配慮なんだよね。うう、お世話になりっぱなしだなあ。


 席に座れば、スティが紅茶を用意してくれて、それを飲んでる間にスープだのサラダだのパンだのが出てくる。基本この世界は洋食だ。お米もあるにはあるけれど高級品で、夜会とか何かしらのパーティーとかでしか今のところお目にかかったことはない。


「御馳走様でした」


 ぼそりと口の中で呟いて、給仕のメイドに視線を送る。そうすると静かに会釈をされて食器が下げられて、食後のお茶が出てくる。

 音を立てないように茶器を手にとって……うん。ふと前を見ると退室したはずのタナトスがいたけど気にしない。

 髪が湿っているけど、朝風呂でもしてきたんだろうか。


「ああ、やっぱきっちり見えてるんだよなあ」


 うっかりタナトスの問いに返事をしかけたけれど、慌てて口を閉じる。

 誰にも認識されていないのに、ここで私が返事をしようものならそれは私の大きな独り言になってしまう。それはちょっと避けたい。


 タナトスは返事を返すに返せない私をちょっとだけ意地悪そうに見て笑って、紅茶を手にする私の右側に移動してきて、背もたれに圧し掛かるようにして立つ。

 私はついタナトスの方へ目線をやってしまいそうになるのを意識して気を付けながら、スティの話に耳を傾ける。

 午前中は何も用事はないらしいから、シフィ先生からの課題を片付けよう。昼食はアザゼルが一緒に取ってくれるようだし、その後は魔術の練習だ。


 私の今の扱いは遊学だ。まあ、ていの良い厄介払い。もしくは隔離。

 王族としての教育はクルシュのスペアとして必要だから継続されているけれど、公務自体はないに等しい。だってここ、自国じゃないし。

 だからアザゼルが気を使っていろんな所に連れ出してくれてる……でも、夜会とか茶会とか、この国の貴族や他国の使者達と接点が持てそうな場には連れ出してはもらえない。まあ、当然といえば当然だよね。


「いたい」

「姫様?」

「ううん、なんでもないの」


 私の髪の色が珍しいんだろう。一房取ってくるくると勝手に持て遊ぶタナトスに心の中で盛大に文句を言いつつ、睨むわけにも、振り払うわけにもいかない私は自然とついてしまいそうになる溜息を飲み込んで口角を上げる。

 王族だから仕方ないとは言え、表情取り繕うのが上手くなったなあ。


「ルナティナ様、リオンです」

「入って」


 ナイスタイミング!

 これを機会に椅子から立ち上がってタナトスの手を振り払ってやろうと腰を上げかけて、一気に真正面からひやりと広がってきた冷気に体が固まる。


「リオ……ン?」


 ぎぎ、と壊れた機会人形のように、立ち上がるために下げた首をゆっくりと上げれば、そこには普段は穏やかな海色の目をしたリオンの目が、こぼれ落ちんばかりに驚愕に見開かれていて、そこに確かにタナトスが映っているのを見つけて背中に汗が流れる。


 あれ? 見えてる? え? ばっちり認識しちゃってる?

 思わず周囲の目なんて気にする余裕もなくて、ばっと勢いよくタナトスを仰ぎみれば、そこは面白そうにリオンを見つめて笑うタナトスがいた。あ、あれ? やっぱり見えてる?


「ルナティナ様」


 リオンの目線は私を素通りして、真っすぐとタナトスに向けられている。

 なのに、そのかつてないくらいの冷ややかな声に私の目線はリオンに戻されて固定されてしまって、何か言わなくてはいけないのに喉が渇いて声が出ない。

 違う。音にならない声は出るけれど、なんて言葉を掛けて良いのか分からなくて、ただ嵐が過ぎ去るのを待つかのようにぎゅっと身を縮めてリオンを見つめ続ける。

 そんな中で、ぺこりと綺麗な礼を取って退室していくメイド達に気付いて、心の中で涙を流す。 ただならぬリオンの空気を察知して、スティが気を聞かせてくれたんだろう。いや、いつもリオンとスティしか常時側に置いてなかったし、基本大人数に傅かれるのは好きではなかったから、必要最低限のみにしてた日頃の私の所為でもあるのだろうけれど。今だけは! そう、今だけは、ちょっと置いて行って欲しくなかった。


「失礼します」

「わ、あ、はい」


 了承よりも先に肩に目の前に来ていたリオンの手が触れて、そのままぐいっと勢い良くリオンの腕に囲われる。

 リオンにしてはちょっと強引な対応に目を白黒させてしまうけれど、うん、なんかこれ、捕獲って感じだ。リオンはタナトスから目を離さない。対してタナトスは、ここで事を起こす事の面倒さを正しく理解してくれているんだろう。にやにや笑いつつも、軽く両手を上げて攻撃の意思がないことをリオンに伝えてくれている。


「リオン?」


 スティが訝しげにリオンを呼ぶけれど、その手にはどこから取り出したのか組み立て式の長刀が握られていて、思わずぎょっとする。


「スティ、ちょ、なにを」

「何をって、不審者を警戒するのは当然でしょう。ああ、姉様には見えていないんですね。はあ。ルナティナ様こそ何をなさっているやら……説明、して頂けますよね?」


 あ。これ、お説教パターンだ。

 ちーんと頭の中で物悲しい音が鳴り響いて、私はがくっと項垂れた。


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