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七話 タナトス

「臭い」


 赤。

 赤。

 赤。


 真っ赤な世界。


 ただの肉塊となったそれをぐちゅりと踏みつけながら、そういえばこんな風に感じるのは何年振りだろうと振り返って、眉を顰める。

 この錆びた鉄にも似た血の匂い以外を纏っていた日なんてあっただろうか?

 思い出せない。


「派手に凄惨に、だよなあ。もっと飛ばしとくか?」


 切れ味の悪くなってしまった剣を転がっている頭蓋骨に突き立てて、物言わぬ躯が持っていた獲物を拾う。

 それなりに値の張る護衛がもっていたものだけあって、あっさりと首を飛ばす事が出来た。

 転がった首を蹴りあげて、他の箇所を斬り刻む。


 機械作業のように黙々と、淡々と。

 刃毀れして使いものにならなくなれば、また獲物を変えて同じ作業を繰り返す。

 判別がつくよう首だけは壊さないように転がして、あとは元の持ち主の体型がわからないくらいにぐちゃぐちゃに。


 床も、壁も、天井すら真っ赤。

 この屋敷を掃除するであろう者達に少しばかり同情しつつも、まあこれが仕事なんだからしょうがないよなあと溜息を吐く。


「はあ。せっかく良い気分で帰ったってのに、これはないよなあ? なあ、あんたもそう思わない? 担当者が俺じゃなかったら、何人かは取りこぼしがあったかもしれないのにな」


 これでおしまい、と。

 斬り刻むのに疲れて、それなりにまだ形を残していた肉塊を踏み付けて潰し、用済みとなった獲物を放り投げる。

 ああ疲れた。

 殺して終わりが一番楽なのに、依頼が見せしめの殺しだとかついてなさすぎる。


「はは。こんなの見たら、あのお姫様なら卒倒するかな?」


 想像してみて、なんとなく面白くなくてすぐにその想像を打ち消す。

 いや、でもあのお姫様ならどうだ? 顔面蒼白でぷるぷる震えながらも、なんでこんなことするんだとか聞いてくるかもしれない。

 仕事だ、と返したらなんて言うだろうか?

 案外、否定も肯定もせずにただ暗殺者の仕事も大変だと受け入れてくれるんじゃないだろうか?


「やっぱ雇ってもらえば良かったか? でも、欲しいのは騎士なんだよなあ」


 口の端に広がる笑みに気づいて、それがおかしく声に出して笑う。

 殺して殺して殺して。

 自分の順番が回ってくるまで、ひたすら殺し続ける日常。

 なんの変哲も変化もない日々だったのに、そこにお姫様が加わると随分と違う半日に様変わりした。


 ただの観察対象者のはずだったのに。

 生まれた時から観察し続けていたから、ほんの少しだけ情が沸いていたのかもしれない。

 それでも、初めに手を差し伸べたのはアザゼル様の口添えがあったからだ。

 二度目の、今日。

 所属こそ違えど、同業者から助けたのは……完全に俺の意思。


「はい、任務完了。出来るだけ惨たらしく、凄惨に。一度見たら忘れられない悪夢のように。今回の依頼主趣味悪いよな。まあ対象者もそれだけ恨まれてたってわけなんだろうけど」

「わ、はい。タナトス様、ありがとうございます!」


 いくつか肉塊を引きずったり蹴飛ばしたりしてそれなりに財を築いていたであろう豪華な屋敷を隅々まで血で彩らせて、外に控えさせていた部下に終了を告げる。

 てかさ、俺、ちゃんと真正面から話しかけたでしょ? なんで驚くかなあ。まあ、話しかけるまで俺が見えてなかったんだろうけどさあ。


「お前もさ、いい加減慣れたら? 俺、真正面から来たでしょ」


 呆れ顔でそう言えば、申し訳ありませんと素直に謝罪される。

 うん。謝罪が欲しいわけじゃないんだけどね。

 でもこれが普通。しっかり意識しないと、存在感皆無になっちゃうんだから俺ってば本当にこの世に存在してるのかとたまに分からなくなる時がある。

 ああ、でも。

 今日だけは例外だ。

 俺はここにいる、そう実感出来たから。


「なあ、雑踏に混じった俺って発見出来る?」

「は? タナトス様を? 新しい訓練ですか? でもそれ難易度高すぎですよ」


 その難易度高すぎってのを八歳の子どもがやり遂げたって言ったらどんな顔するんだろうか。

 この世界に年齢は関係ない。

 才能と運に恵まれた奴だけが生き残って、そこから順番に運が尽きた奴から死んでいく。

 そういえば、今のお姫様と同じ年齢の時にこいつを拾ってから五年、こいつもよく生きてるよなあとなんとなく感心してしまう。

 それなりに才能はあるからあちこち勉強がてら連れまわして、今では面倒な依頼人とのやりとりなんかを一任してる。ふむ?


「お前、このまま俺の跡継いどくか」

「はい!?」

「やあ、面白そうなお姫様がいてさ。飼ってもらえたらそれなりに人生面白可笑しくなりそうなんだけど……騎士なら欲しいけど暗殺者はいらないって言うんだよ。だから、しょうがないよなあ」

「いえいえいえいえいえ! しょうがなくないでしょう! なんですかその贅沢者は! そもそも、暗殺者が騎士に転職って……冗談ですよね?」

「いや? 割と本気。騎士は無理でも護衛ならアリだろ。まあ面白くなくなったら帰ってくるから、後よろしくな」


 返事を聞く前に夜の闇に溶け込む。

 背後から絶叫が聞こえた気がしたけど、まあ気のせいだろ。



 

 今日の偶然を振り返る。

 ラルーン国よりも、アザゼル様のとこの城の方が潜り込むのは面倒くさい。

 だから忍び込むことはしなかったし、まあたまにアザゼル様と城下町をお茶してる所を見るくらいで割と満足してた。

 見つけられるとは、思ってなかった。


 その日はただの買い出しの帰りで、認識阻害は普通に発動してたはず。

 どうせ見つかりっこないと思って普通に歩いてたら……視線を感じて焦った。

 けれどそれはすぐに驚きに変わる。

 だってあり得ないだろ。なんでお姫様が一人で追いかけてくんだよ。

 それ、本当に隠れる気あんの? とか突っ込みどころ満載な護衛ぞろぞろ引き連れて追いかけてきたのには笑っちまったけど。


 本当に俺の事を見つけられていたのか、信じたいけどでも信じられなくて、とりあえず裏路地なんかに入ったりして。

 そしたら、やっぱり追いかけてきてたんだよなあ。


 誰かに追いかけられるって体験が生まれてこのかた十八年、なかった。ありえないはずの出来事。

 初体験かあ。

 普段追ってばかりの俺からするとすごい新鮮。追いかけられるって、いじくりまわしたくなるんだな。初めて知ったよ。


 右に左に、最初だけ姿を見せて後は分かりにくい道をずんずん進む。

 ちょっと後半は本気になってしまって、慌ててルートを変えて引き返してみたけど……そこでもまた驚いた。分岐点になる度に、少しだけ逡巡するも、俺が通った道を一個も間違えることなくお姫様は選び取ってた。

 俺が生まれつき認識阻害の能力を持ってたみたいに、お姫様も何か特別な力を持ってるのか? でも、その割にはあのお姫様、いろいろと世渡り下手だよなあ。


 お姫様につけられた護衛は十人。

 普通であれば二~三人程で十分なはずがこの数。

 これはこれで、大事にされていると受け取るべきか、手を出すなという威嚇として取るべきか。

 それでも、ぞろぞろついてこられては面倒だと、お姫様が俺が通ったルートを追いかけて来ている間にと綺麗に片づける。

 勿論、仕事ではないから殺さない。

 面倒と言えば面倒だが、殺してしまった方が後々面倒になる。

 背後に回って睡眠薬をかがして昏倒させていき、護衛のリーダーっぽいのを選んで、そいつだけ麻痺に留める。撤退命令出して貰わないといけないし、昏倒させた奴らの回収役としても働いてもらわないとな。全身に痺れが一気に回って、無様に地面に倒れつつも、目だけはしっかりと俺に向ける。流石アザゼル様の子飼いだと笑いながら、ここでそんなに時間を使うわけにはいかないと踵を返す。


 さて、これからどうしたものか。どこで捕まってやろうか。そんな事を考えながらお姫様の元へと戻れば……なんていうか、せっかく外で遊ぼうと身支度済ませて扉を開けたら土砂降りでした、みたいな残念感。


 なんで、俺以外と遊んでるのさ。


 あれだけ似合ってたドレスはボロボロで、髪もわしゃわしゃ。

 お姫様の肌は煤けて……そして所々真っ赤。しかも、なんで靴履いてないわけ?

 遊び相手を見てみれば、俺のお仲間さん。俺が顔を知らないってことは、それなりに早く順番が回ってくる奴らなんだろう。もしくは、仕事の補助側……のわりには、下っ端感満載だけど。


 面白くないけど、これがあいつらの仕事なんだとしたら横やりは宜しくないよなあと様子を見守る。

 見ててすっげえ苛つくけど、横やりを入れて仕事を干されたら、俺は構わなくても部下達が困る。


「ホントさあ、お姫様、なにやってんの」


 どちらかと言うと争い事は苦手で、戦って得る物もあるだろうに、回避することばっかに心身砕いちゃってる残念なお姫様。

 力がないわけじゃない。確実に殺れるタイミングだってあったはずなのに……逃げる事を選択したばかりに、余計に自分の首を絞めてる。


 誰だって、殺されかけたら無我夢中になるもんじゃないの?

 死にたくないって気持ちはどこまでも無様で意地汚いもの。そんなのばっかり見てたせいか、いつの間にか口の端が上がった事にすぐ気付けなかった。


 踏みつけられて動きを封じられても、決して諦めずに立ち向かうのはなんで?

 魔術で一発でかいのぶちかませばおしまい。それは分かってるだろうに、あくまで逃げに徹するのはなんで?

 そんだけボロボロで立ってるのもやっとで……なんで諦めないの?


「ぶっ殺す!」


 男の一人が刃物を振りあげる。

 気づいたら、体が動いてた。


 最初に思ったのは、ああ、やらかした。

 でも、最後まで諦めなかったお姫様を見てたら、まあ仕方ないかって思えた。

 だって、なあ?


「捕まえた!」


 ありがとうでも、自分の身の無事を喜ぶでもなく。

 第一声のそれに酷く毒気を抜かれて、勝手に厄介事に足を突っ込んでたんだろうけど、もっと早く助けてやれば良かったかなって少しだけ悪く思ってしまったのは、まあ、仕方ないよな。


「とりあえず全身傷だらけだし、身綺麗にしないとだよね。どうしようか……自分で治癒魔術は使える? 全部は無理? 俺使えないんだよなあ。まあ、とりあえず移動するか。いつまでも小さなご主人様をそのままにしとくわけにもいかねえしなあ」


 俺を捕まえた事に満足して、さらりと聞き逃した言葉に慌てて問い詰めようとしてくるから、わざと急かして隠れ家に連れていく。

 仕事以外で誰かをいれるなんてそう言えば初めてだったっけ?

 なんだか変な感じだと思いつつ、今はこの汚れまくったお姫様を優先しないとなあと風呂に突っ込めば……悪い。そういやお姫様ってくくりで見てたけど、一応オンナノコ、なんだよなあ。

 何? 王族って一人で体洗えんの? メイドとかに傅かれて上から下まで全部世話になってるもんじゃないわけ?


 何が起きたのか分からないアホ顔に笑ってしまいたくなる。

 薬湯に突っ込んで布切れと化したそれを取っ払ってやれば、青くなるやら赤くなるやら。

 やっぱり、見てて飽きないよなあ。

 流石に体まで洗ってやるのは可哀想だと思って席を外す。

 着替えを用意していろいろ手伝ってやれば、なんかいろいろ悟りでも開いた様な顔してたけど、それはそれで面白かったから良いか、とさらに世話を焼けば、心配するのはドレスの入手経路。

いろいろズレすぎだろ。


 争い事が嫌いなくせに世渡り下手。

 びっくり箱みたいにいつも突飛な事をする世間知らずのお姫様。

 かと言えば、つい手を貸してやりたくなるくらいの強情さ。

 こんなのがご主人様だったら、それなりに色のない殺しの日々も楽しいものに変わるんじゃ?


 だから、割と本気で提案してみた。

 契約してる間は、きちんと仕事するし。

 なにより、今のお姫様に正当報酬額が払えないとしても、それ以外の事で支払ってもらえば良いと思ったから。

 でも。

 まさか、だ。


「いらない。暗殺者のタナトスは、いらない」


 言われた言葉を理解するまでに数瞬、時間がかかった。

 暗殺者の俺はいらない? 

 初めて言われた。むしろ、暗殺者以外の俺なんて、誰も欲しがらないのに。


 欲のないお姫様。

 手を伸ばせば使える力は選り取り見取りで、あいつらだって使われたがってるだろうに。

 それでも、気づいてるのか気づいてないのか……気づいてないんだろうな。

 気づいても、選べるけど選ばないって選択をするんだろう。

 本当に面白い、お姫様らしくないお姫様。


 お姫様だけの騎士。


 それはなんて甘い響きのある言葉なんだろう。

 きっと、退屈なんてしないに違いない。

 殺して殺して殺される順番を待つ。

 そんな殺伐とした世界から見る景色とは、随分と違って色鮮やかなんだろう。

 でも、残念。

 そっちに行くには、もう俺はこの世界にどっぷりと浸かりきってる。


「さてと……お姫様の部屋はこっちだっけ?」


 要塞とでも呼べる城に侵入するのは随分と骨が折れる。

 まあ、誰も俺を認識出来ないし、罠にさえ気を付けてれば業者にくっついて侵入も容易いが。


 ヘブンバル国は魔道具職人の国と呼ばれるだけあって、城の包囲網をくぐっての侵入は割高の仕事以外、本当にやりたくないくらい面倒だ。

 警備兵は最小限。あとは魔道具。

 人間の目はごまかせても、種類豊富な魔道具相手だととても骨が折れる。

 数えるのが面倒なくらいに多種多様な魔道具の数々。当然解除方法もみんな別。

 こんな時程自分の能力に感謝する。

 とりあえず、人間に見つからなければ良いのだ。

 武器に反応するなら、持ちこまなければ良い。

 普通に、使用人と同じように入って、何食わぬ顔でお姫様の所に向かう。

 途中、何人かのメイドとすれ違うも、誰も俺を認識しない。


 流石にこんな夜更けだし、もう寝てるだろうか?

 もし寝てたとしても、きっとあの時みたいに起きて俺を捕まえるんだろう。

 さて、なんて声をかけようか?

 暗殺者でなく、自分だけの騎士が欲しいと言ったお姫様。

 でも俺は騎士にはなれない。

 お姫様が嫌いなのはなんだ? 人殺し?


「タナトス?」


 ああ、やっぱり良い。

 扉を開ける音には気づかないくせに、目の前に立つと驚いたように名前を呼ぶ。

 普段見るどの赤よりも綺麗なその目で、しっかりと俺を見る。

 当たり前のようで、それは誰にも出来ない特別な事だって知ってる?


「お姫様がさあ、暗殺者は嫌だからって言うから辞めてきちゃった。なあ、無職になっちまったし、俺を雇ってよ」


 口をぽかんと開けて、限界まで目を見開いて。

 やっぱり、尊い血筋のやんごとなきお姫様のくせして、俺が知るどのお偉いさん方よりもらしくなくて、俺は声に出して笑った。







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