四話
「あ……本当に開いてる」
ぎい、とそれなりに大きな音がして開いた檻の扉に、思わずバレなかったか周囲を窺ってしまう。
しばらく息を潜めてみて、物音がしないかどうかを確認する。
うん。大丈夫そう……だよね。
誰もこの部屋に向かってくる気配がないことに安堵のため息を一つ吐いて、捕えられていた檻から抜け出した。
「えっと……これからどうしよう」
小学校とかにある飼育小屋。
そんな感じの檻から出てみたけれど、部屋の広さはなんて言ったら良いんだろう。布団が三つ敷けるくらいかなあ。
古い木造の家、というかあばら屋。
窓は一つだけあって鉄格子も何も掛かっていないから、この小さな体なら抜け出せそう。
でも窓から見る限り陽は暮れているし、どこかの村とかではなく森の中の隠れ家的なそんな感じ。
このまま抜け出して救助が来るまで待つのも良いけれど、見つかってしまった場合、逃走劇をやりきれる自信もなければ、森の中で一人生き延びる自信もない。うん。遭難する自信しかない。
確かファンブックの設定集では、救助は誘拐されて三日後とかそんな感じだったはず。
三日。
三日って、飲まず食わずで生き延びることが出来るんだったっけ?
んー水がなかったらアウトな気がする。
漫画みたいに魔術で水を生み出そうにも、まだ習ってないから分からない。
第一に、この世界の文字は日本語だったとか、文字自体は違ってもチートのお陰で読めるとかそんな素敵な事は起きなかった。
普通に私が話している言語はこの世界、スウェンティオールの言語で、文字は人間語。簡単な読み書きは習っているけれど魔術の専門書を読めるレベルまで達していない。
それに魔術の練習は六歳からって法律で決まっているからそっち関係の魔道具とか何も触らせてもらえていない。転生だって自覚した時は、魔法とかがあるファンタジーな世界に胸いっぱいになったけれど、そうそう思い通りにはいかないんだよね。
これが小説とか漫画だったら、お約束展開で主人公が魔術をばばんと格好良く使って悪者をやっつけてってなるんだろうけれど、こればっかりは仕方ないよね。
だって残念ながら私、主人公じゃないもの。
今回の事件で、ゲームのルナティナはいろんな辛い経験がきっかけになって魔力暴走をやらかす。
いろんな事に絶望して、そこから堕ちて行くんだ。
それが分かっているだけに、足踏みしてしまう。
「うー」
この部屋から出るのが怖い。
見張りがいないのは、気配でなんとなく分かる。
というか、いたら檻から出た段階でこの部屋に入ってきそうだし。
「あー。そうだ。無事にお城に戻れたとしても、もういろいろ安全じゃないのか」
髪の色の事もあって私はとても大切にされていたけれど、やっぱり正妃と側室って言葉は悪いけれど正妻と愛人なわけで。
そんな二人が仲良く出来るわけもなく、お母様はどんどん体調を崩して行った。
それに、やっぱり出産間近に愛人の子どもが目の前をちょろちょろしてたら、いろいろと暗い方に考えちゃう人もいるよね。
一応王妃様も私も両方の事を気遣ってお互い程よい距離を取ったらどうだろうって今回のお母様の見舞いに行く事が出来たんだけれど……お母様のお見舞いって、安全な城から私を出す良い口実だよね。
いっそこのまま逃亡したらどうなるんだろう。
衝動的に窓によじ登ろうとして、ふと思い出す。
そういえばこの事件って攻略キャラの一人がいなかったっけ、と。
「あ」
自分が犯しそうになっていたミスに気づいてさあっと血の気が引いて行く。
そうだ! そうだよ! 駄目じゃん私!
ここで一人助かったら死亡フラグ一直線じゃん!
勝手に叫びそうになった口を慌てて両手で抑え込んでしゃがみこむ。
落ちつけ、大丈夫、大丈夫。
どくどくと早打つ心臓をなんとか落ちつけようと深呼吸するのに、体が震えて上手く出来ない。記憶を思い出したのはさっきだ。そんなにすぐに受け入れて納得出来るはずはない。ないけれど私は受け入れなくちゃいけない。
何度も何度も言い聞かせて、震えが納まるのを静かに蹲って待つ。
全てが処刑・追放・幽閉のバッドエンドのルナティナの人生だけれど、バッドエンドは終着点がおおまかにこの三つになるだけで、そこに至るまでのルートは多種多様。一個だけ無理心中があったけれど、それは主人公が隠しキャラのルートを選んだ時に開かれるバッドエンドだから関係ないはず。隠しキャラは、五人の攻略対象者全員をクリアしないと攻略出来ないはずだったから……それについては考えないで良いよね。ここはゲームじゃないから、ひょっとしたらひょっとして、とかも考えない。だって怖いもの! 考え出したらきりがない!
今、私が当面してるこの誘拐事件! まずはこれをどうにかしなければ!
何故なら、この解決方法によって私の歩む道もまた、一つ嫌な方に近づいてしまうのだから。
ここには、私以外にも捕まってる子ども達がいるのだ。ルナティナが魔力暴走したばっかりに、傷つけてしまったり、殺してしまうことになる子ども達。傷つけてしまう子ども達の中に、有力貴族の子どもがいたはず。
貴族っていうのは仮面夫婦で、跡取りの子どもだけ作ったらあとは自由。
愛人の一人や二人は当たり前、ではなく、なんと我が国では恋愛結婚が主流だったりするのだ。
ラグーン国は実力主義の国だ。
力のある者がのし上がる。
力こそ正義の国。
貴族だって例外じゃない。
成人である十六までにそれなりの力を示す事が出来なければ、貴族の子どもは平民となるし、跡取りのいない家は当然取り潰し。
農民だろうが奴隷だろうが、力があれば貴族にだってなれる。
だから貴族は、子どもが生まれたらそれは大事に大事に育てる。
誰だって自分たちの家の血を残したいし、好んで断絶されたい人なんていない。
自分の代で終わらないように、育児もスパルタだ。
私が傷つけてしまう子の父親は、とてもその子を愛してた。
愛してたから、魔力暴走という不可抗力の事故でも、納得できなかった。許すことが出来なかった。
だから妹側に属したし、私を落とそうといろんな策略を巡らせ、幽閉に追い込んだ。
もちろんただの幽閉じゃない。
寿命が尽きるまで死ねない幽閉。
同人の方では、その貴族の父親に責め抜かれ、壊れる度に回復魔術をかけられて、永遠の責め苦を味わう物や、ちょっと人外物とかあったと思う。
あれだ。男性向けの方向で。
また確かファンブックの方では、父である王に仕えつつも家庭教師を兼業してくれてた。もちろん、全てを失ったルナティナが幽閉されるその瞬間まで家庭教師としてつき従っていたとかいうのも書かれてた。
幽閉されるその時に、私は貴方の従者であった時は一時たりともなかった。私が支持する主は貴方ではないと突き放されるのだ。
「ない、ないわ。辛すぎる」
いろいろとこれからの人生辛すぎて諦めたくなるけれど、待ちかまえている先が分かっているだけに、どうしてもそれは受け入れられない。
「違う。私は絶対に魔力暴走なんて起こさない。フラグなんて叩き折って……は無理でも、回避くらいはしなきゃ!」
まずは、私以外に捕まっている子どもを助けなくちゃ。
震える足に爪を立てて、ゆっくりと立ち上がる。迷ってる暇はない。もう、イベントはこうして起きているのだから。私は、覚悟を決めて部屋のドアに手を伸ばした。