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四話

「あ~あ、本当にひっどい顔。それでお姫様って言っても、誰も信じないんじゃない? はは、そのままこっちの世界に連れ帰っても、誰も気付かないだろうなあ。それも面白いかもな」


 タナトスが動く気配がして、逃がしてなるものかとぎゅっと抱きしめる腕に力を込める。

 力を入れた事で体に激痛が走ったけれども、そんなのは気にしていられない。

 だって、タナトスを捕まえたのだ。ここで逃がしてしまって、じゃあもう一回ねなんて言われたら死ねる。なんかもう、体力も気力も限界で、もう一回この追いかけっこをやり直したいとは思えなかった。


「逃げないよ。捕まっちゃったしな。なあ、この子をしっかり覚えて、ついでに通達しといて。多分、これ、俺のになるから」


 悲鳴を上げるひまもなく、瞬きをした間にタナトスの腕の中にいた。

 いつ抱き上げた!? 抱き上げられた感覚がなかった事に驚きつつ、口を出すべきではないだろうと静かにその場を見守る。


「ほら、分かった? 分かったらもう行って良いよ。ああ、そこで寝てる奴もきちんと回収していって。殺してないから。死んでなかったら、あとはどうとでもなるだろ?」


 タナトスの言葉に私を捕まえていた人がびくっと反応して、軽く会釈をしてから引きずるように地面に沈んでたもう一人を担ぎあげて裏路地に消えていく。

 危機が去ったのだと分かって、ほっと体の力が抜けて後ろに傾く。落ちてしまうと慌てて踏ん張ろうとしたら、いつの間にかタナトスの胸に体重を預けてた。


「へ?」


 タナトスの片腕に座るようにして抱き上げられていた私。背中に手を添えられていなかったから、当然落ちちゃうと思ったんだけれど。

 瞬きをする間の出来事。いつ手を添えられたのか分からなかった。

 何が起きたのか分からなくてまじまじとタナトスの顔を見れば、悪戯が成功したみたいに、楽しそうに猫みたいに目を細めてニヤっと笑っていた。


 どこまでも平凡な、ありきたりな顔。

 特徴という特徴はなくて……ああ、でも猫みたいな細目が特徴、なのかもしれない。

 それでも藍色の髪も目もありきたりで、雑踏に紛れ込んでしまったら見つけ出せる人は少ないだろう。


「ほら、いつまで涙やら鼻水垂れ流したままでいるの。ひっどい顔。君、本当にお姫様?」


 くすくす笑って、どこから取り出したのか手拭いでごしごしと涙やら鼻水やら拭われる。

 上手に傷口を避けて拭いてくれるそれは、スティがしてくれるみたいに温かく感じられて、私は目を細めて身を任す。どっちにしろ、稀代の暗殺者であるタナトスに抵抗なんて出来はしないのだ。


「とりあえず全身傷だらけだし、身綺麗にしないとだよな。どうしようか……自分で治癒魔術は使える? 全部は無理? 俺使えないんだよなあ。まあ、とりあえず移動するか。いつまでも小さなご主人様をそのままにしとくわけにもいかねえしなあ」


 ご主人様?

 そう言えば、さっきも俺の物的な宣言みたいなのをしてなかっただろうか?

 あれ?

 あれ?

 無事にタナトスとの命を預けたゲームは終わったようだけれども、なんだか違う方向に進んでる気がして、確認をしなくてはと口を開いたら……私の口から出たのは悲鳴だった。


「はいはい、すぐ着くからとりあえず黙っとこうか?」


 きやあああああ、の、きで口を閉じる。

 困ったように、それでいて獲物を見つけた猫のように目を細められて、従う以外の選択肢があるだろうか。いやいや、ない。持ってない。私は絶対持ち合わせてない。


「うん。やっぱりお姫様は変わってるよね、肝が据わってる。王族ってみんなそうなの? ああ、でもいいよ。舌とか噛まれたら面倒だし。ほら、いい加減口ばっか押さえてないで、落ちないようにしっかり捕まって。まあ、落とさないけど、その方がお姫様も安心でしょ?」


 いやいやいやいや、風圧がすごくて手が動かせないんですが!?

 早送りのように景色がびゅんびゅん変わっていく。

 人通りはほぼないけれども、それでもきちんとした道を走っているかと思ったら、いつの間にか屋根の上を走ってて、瞬きしたら今度は壁を走ってたりする。

 おかしいよね? 前回は駆け下りるとかだったからまだ分かるけど、壁って一直線に走れたりするものだったっけ?!

 ごうごうと耳を風の音が走り抜けていく。

 こう、ジェットコースターに乗ってるみたいだ。


 タナトスって、魔術は認識阻害だけだったよね?

 慣れというものは恐ろしい物で、それなりの時間この状態が続けば、私は少しばかり心に余裕を取り戻して前世の記憶を探る。

 勿論前世の私は、タナトスもきちんと攻略しているしスチルも小話も全て回収済みだ。

 タナトスのエンドってなんだったっけ?

 影の騎士エンド、通い婚エンド、鳥籠エンド……ここまでがハッピーで、バッドは心中エンドと殺害エンド。この殺害ってのが、主人公がタナトスを殺して生き残るってわけわかめなやつだ。あとは普通に、初期段階で高感度が足りなくて、ルナティナに雇われたタナトスに殺されちゃうスチルなしの共通バッドエンドだっけ?

 まあ、私は主人公じゃないから関係ないけど。関係あるのは、タナトスルートでのルナティナだ。 主人公が女王になる為には、ルナティナは邪魔。だから、だいたいは処刑されてたはず。タナトスに薬をもられるか、逃げられないように腱を切られるかだったっけ?

 幽閉エンドでも、もう悪だくみ出来ないように香からじわじわと人格破壊されてたはず。追放エンドは確か、国を出た後に盗賊を装ったタナトスの部下に殺されたはず。

 うん。死ぬか人格破壊しかないんでないか?


「あれ? 真っ青になってるけど大丈夫? そこまで死にそうな怪我じゃなかったと思ったけど……まあ、お姫様だし痛みに耐性とかないか。早めに治療した方が良さそうだな」


 さああああっと血の気が引いていたのを上手い具合に勘違いしてくれたらしい。

 私は特に訂正することなく、辺りを見回す。


「ここは?」

「俺の隠れ家」

「ん?」


 どんな道順を辿ったかはさっぱりわからないけれど、なんていうかそれなりに大きな通りのはずなのに、誰一人として通ってない。

 レンガ作りなんだろうけれど、赤茶色の粘土でつくられたみたいなシンプルな建物がずらっと並んでる。

 出入り口にはドアなんてなくて、暖簾みたいな感じで砂ぼこりで汚れた厚手の布がかかってる。


「私に教えちゃって良いの?」

「なんで? 道順なんて覚えられなかったでしょ?」


 や、そうだけど。

 一応護衛さんだっていっぱい……いたのかな?

 や、そもそも護衛どこいった?

 アザゼルのあの口ぶりからしたら、絶対つけてたよね? てか、つけてくれてるはず!

 あんだけ痛くて死にそうな思いしたのに、実は傍から見てたら割と大丈夫そうに見えてたとか!?

 あんだけ痛かったのに!?

 もしくは、私ってばタナトスおっかけるのに必死でいつの間にか護衛振りきってた!?

 もしそうだとしたら凄いよ私! 私なんかに振りきられるって仕事しようよ護衛!


「ああ、なんか面倒そうなのがちょろちょろ着いて回ってたから、そっちはきちんと会う前に掃除しといたよ?」


 私の疑問が分かったのか、タナトスはにいっと笑ってなんてことないように口を開く。

 そういえば、タナトスを捕まえた時に嗅いだ匂い……それが今のタナトスの発言と結びついてしまって、さあっと血の気が引く。

 まだ青ざめる事が出来たの? てなくらいに今の私は真っ青だったんだろう。

 タナトスはすたすたと家の中に入ってなにやら操作をしながら、殺してないよと言ってもう一度笑った。


「今ってアザゼル様のとこにお世話になってるんでしょ? この国の宰相様の子飼いに手を出すなんてそれ、どんな自殺行為だよ。ちょっとお話して、快く眠ってもらっただけだよ。きちんと起きるから大丈夫。ほら、入って」

「うわっち!? あつ!?」


 一瞬体が浮いたと思ったら、すぐに熱いお湯に受け止められて軽いパニックになる。

 溺れたのかと手足をばたつかせれば、タナトスに肩を押されてざぶりと全身が沈む。


「ぷはっ! ちょ、タナトス!? あれ?」


 思ったよりも喉から声がすんなり出た事にちょっとだけ冷静になる。

 自業自得だけれども、爆撃で焼けてひりひりしていた喉が回復していた。

 うん。落ちついてぐるりと周囲を見回してみる。

 冷静になれば、そんなに深くなかったらしい。座った状態で、お湯は私の肩くらいの深さしかなかった。


「これは……薬湯?」


 つんと消毒液のような、なんとも言えない匂いのする緑色のお湯。

 もう一度ぐるりと見回せば、布でぐるりと囲まれたこの部屋は、排水溝と格子のついた窓が一つあって、お風呂場だと分かった。


「あー、やっぱり血は止まったみたいだけど、完全回復まではいかないか。ほら、もう一回頭まで浸かって。服なんてもう布切れ状態じゃん。脱ぐより切った方が早いよな? ほら、このナイフ使って」


 問答無用でもう一度沈められて、息継ぎが出来たかと思えば右手にナイフを渡される。

 どうしたら良いか分からなくてぽかんとしていたら、しょうがないなあって感じの溜息を吐いて、ざっくりと、なんの迷いもなく、タナトスは、ドレスを切り裂いた。


 は? 


 え? 


 えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?


「ちょ、あの、え? え?」

「ほらほら、暴れない。どうせ裂けるわ煤けてるわのボロ切れじゃん。脱ぐの大変だし、もう着れる状態じゃないんだから切ってしまった方が楽だって。ほら、後ろ向いて。うわー。大分回復してるけどまだ青あざあるじゃん。しっかり浸かって。はい、今度は肩までで良いから」

「はい? え、いやあの」

「なんか着れる物調達してくるよ。それまでしっかり浸かっとけよ?」


 ぽんっと頭に手を乗せて、くしゃって無造作に撫でてからタナトスは部屋を出て行った。

 私は何が何だか分からなくて、取りあえず体育座りのままぶくぶくと顔をお湯に沈めてみる。


 今、何が起きた……?


 緑色だった薬湯は、私の血やら汚れやらでなんとも言えない色になってる。

 とても濃い色合いだから、見えたりはしない。うん、いやいやいや、そうじゃなくてですね!?


 私裸だよ!?


 うぎゃあーと叫びたいのをなんとか堪えて、湯船の隣に無残に切り刻まれて投げ捨てられたままのドレスをちらりと見る。

 アザゼルが私の為にと選んでくれたドレス。

 うん、ドレスの原形を留めてないよ。ごめんアザゼル。


 あれ?

 そういえば私って八歳だった。八歳って子どもだよね? 幼女じゃなくて少女。

 なんとなく丸みをおびた体つきになったけれど、それでもまだまだカテゴリーは子どものはず。

 タナトスって何歳だ? ルナティナと何歳差だったっけ? 十くらい?

 うん、全然女としては見れないよね。いやいやいや、見てもらっても困るんだけど。


 分かってる。

 タナトスに悪気はない。

 怪我してたし、ドレスはボロボロだったし、タナトスに正しい手順でごてごてなドレスを脱がせられるとは思えない。湯に浸かった状態で裸になったほうが風邪とかもひかないだろうし、私の状態を見て早く治療した方が良いって、こうなったんだよね。

 うん、分かる。分かるよ。大丈夫。それでも。


「全部見られた」


 ぼそっと口から出た言葉は、最後まで音にならなくてぶくぶくと泡になって消えていく。

 うん。命は助かったけれど……タナトスとのゲームには勝てたけれども……泣いても良いだろうか。

 私はそっと目から出た汗を拭うのすら面倒で、ぶくぶくと消えてしまいたい気持ちでいっぱいのまま、とりあえずもう一度薬湯の中に沈んでみた。

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