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三話

 転ばないように裾を持って、今の格好で出来る限りの全力疾走で彼が歩いて行った方向へと走る。

 出来る事なら思いっきり裾をたくし上げたいし、少しばかりヒールのある靴は走り辛いから脱ぎ捨ててしまいたい。でも、そんなことをしたらこの場にいないスティが絶叫して、それでもって顔面蒼白でこんこんと説教というかお小言を言うに違いない。そんな予想が出来てしまうから、つい躊躇ってやめてしまう。


 というか、この場にいないんだしやっても良いかな? や、駄目だよね。

 アザゼルが私には分からないように護衛の人を付けてくれているんだろうし、どっちにしろ今日の出来事は報告されるはず……無茶は出来ない。

 そもそも、今日のこれは誰まで報告されるんだろう?アザゼルで止まってると良いなあ。アザゼルの事だから、お父様とかそっち方面には告げないと思う……うん、大丈夫だよね?


 見つけられなかったらどうしよう。

 捕まえられなかったらどうしよう。


 ふとした拍子に浮かんでくるマイナスな考えを打ち消すように、取り留めのない事をうだうだと考える。


 リオンはどうだろう? なんだかんだ言って私の行動に全肯定的だし、リオンがいないところでって所があれかもしれないが大した問題にはならないはず。だってリオンだし。私が主だし。むしろ盲目的過ぎて怖い。ちょっと今後対応間違えちゃうと、ゲームでのヤンデレが盲目的なあっち系だっただけに、もともと持っていたそっちの素養を開花させちゃうかもしれない。うん。本当に今後も対応を気を配らねば。


 アザゼルは苦笑しながらもちょっとだけ苦言を言って、それで許してくれるはず。でも外出は減っちゃうかも……シフィ先生にまで話がいっちゃったら、そもそものオイタをする暇があるならって課題を増やされそうだし……あれ? おかしいな。なんかマイナスな事を考えないようにって違う事考えてるのに、どんどん落ち込んできた。


「すみま」


 これではいけないと、彼が曲がった先にある露店の人に話しかけようとして、途中でやめる。

 尋ねても無駄だ。

 私は偶然見つけたけれど、これってつまりツチノコ発見! とか言うくらいにレアなわけで……そもそも、彼は周囲に認識されているのかって話なわけだよ。


 認識、されてないよね? だって公式設定って確か常時認識阻害の魔術が展開されてなかったっけ?

 この現実世界での彼がそれをコントロール出来るようになってるかどうかは分からないけれど、警戒心の強い彼だもの。ずっと展開しっぱなしにしてる方が彼らしいはず。


「あー、詰んだ?」


 とりあえず次の分岐点まで進んで、右か左か悩んで立ち止まる。

 一瞬、絶望がちらっと心の隅っこに現れたけど、もともと博打のような賭けだったんだからと吹っ切って自分の勘を頼る事にする。

 勘っていうか、お決まりとか御約束事とかのそれ。


 人通りの少ない道、薄暗い道、裏路地に繋がっていそうな道。

 分かれ道になる度にそんな道を選んでずんずん進んでいく。

 人通りはどんどん少なくなって行って、綺麗に見えるアザゼルの国でも、やっぱりスラムみたいな所はあるんだなって変な関心をしながら薄暗い細道を歩く。


「あれ?」


 何個目なのか分からない分かれ道を今度はどっちに進もうか、と考えていたら目的人の名を呼ぶ声がした。

 彼の名前を呼ぶ。話し声からして男性の二人組。彼の知り合い?

 それって、お仲間ってことだよね!?


 ひやりと背筋に冷たい汗が流れる。

 散々走ってきて体は暑いくらいなはずなのに、何故だか今は寒気を感じた。


 仲間っていうことは協力者とかよりも同業者の可能性の方が高い。

 本当ならば、目を付けられる前に回れ右するべきだ。でも……彼らは居場所を知ってる?

 素直に居場所を尋ねたら教えてくれるだろうか? ううん。あり得ない。むしろ殺されてしまう可能性の方が高いかもしれない。


 無事に帰れたらアザゼルはこの姿を見て顔を顰めてしまうかなあ?

 そんな事を一瞬考えてしまったけれど、そもそも無事に帰る為にはこのゲームに勝たなければならない。なら、出来ることはやれるだけやらなくては。


 心の中でいろいろな言いわけを考えながら、それでもやっぱりスティには怒られるだろうなあと覚悟を決めて、靴を脱いでレースの靴下も脱ぐ。

 魔力を安定させる為に、魔術制御の練習がてら主に攻撃魔術や王族の秘伝術ばかりやっていたことが悔やまれる。洗濯のとか、生活魔術を学んでおけば良かった。

 誰かに傅かれる前提の服にはポケットなんてものはついていないし、鞄なんて持ってない。だからそのまま脱いだ靴下は靴の中に丸めて入れて、ひやりとした地面の感触に、裸足で外を歩くっていう今世での初体験にちょっぴり感動しつつも、気合いを入れて音を立てないように声のする方へと忍び足で。


「いやいや、お嬢ちゃん何やってんの」


 そう、忍び足で近寄ろうとして、視点が反転する。

 あっと思った時には肩と腰に鈍い痛みが走って声にならない呻き声を上げる。


 痛い! と叫んだはずなのに、実際にはいつの間にか口の中に布か何かを詰められていて押しつぶした呻き声しか出せなかった。


「ふが!?」


 起きあがろうとして、頭の中で星が飛ぶ。

 鈍痛とぐわあんと揺れた頭に吐き気が込み上がって来たけれど、詰め物の為か吐き出せずにまた胃に戻って行って、その不快な感覚に飛びかけた意識がなんとか保たれた。


 頭と腰を踏みつけられたせいで身動きが取れないでいるんだ。

 そう理解するのは一瞬だった。


「なになに? どこのギルド所属だよ、へったくそな隠密で密偵ってこいつ選抜した奴って馬鹿だろ?」

「見かけない顔だしなあ……なにお前、つけられてたわけ?」

「いや? こいつの気配見つけたのってさっきだし。あー、スリか何かにあって諦めれば良いのに、追っかけて迷い込んだとか? 手を見てみろよ、これ、お貴族様の手じゃね?」


 頭を踏みつけられて足元しか見えない。

 私の手を見ているであろう二人に、物の見事に踏みつけられている。

 痛みに泣きたくなりながら、なんだか久しぶりにピンチになったなあと呑気な事を考えている私がいて、現実逃避している場合ではないと叱咤する。


「とりあえずバラす?」

「いやいや、身ぐるみ剥いで大通りに放置で良いんじゃね? 全部バラしちまって、あとでお得意さん関係の子でした~とかだったらやばいだろ」

「それもそうだよなあ。まあ、まだ顔は見られないようにしてるし……お嬢ちゃん、ぎりぎりの所で命拾いしたなあ?」


 冷静に男達二人の会話に耳を傾けている自分に、厄介事に確実に耐性がついてきていると分かってなんだか泣きたくなる。

 出来ればこのまま大人しく身ぐるみ剥がされて、気絶でもして適切な場所に放置されたい。でも、今は事情が事情だ。


 ここで身ぐるみ剥がされるってことは、ゲーム続行不可能ってことだ。

 私が勝手に彼を見つけた瞬間からゲームを始めただけで、彼は参加していない可能性もある……あるけど、なんとなくそれはうんと確立が低いように思えて、やっぱりここからまずは脱出して逃げなくてはと頭の中で魔術構成を練る。


 自分から何か行動を起こせば、大抵は大ごとで……大抵というか全部じゃないか?

 ルナティナとしてこの世界に生を受けてしまった時点で、それはもう何かある度に今後の人生に関わる分岐点で、一つ間違えたら地獄が手ぐすね引いて待ちかまえてたりする。

 それなんて人生ハードモード。


 なんだか急に視界が滲んできたけれど、泣いてなんかいないと誰にでもなく心の中で自分に言い訳して、男達に踏みつけられながらも練っていた魔力を小さな爆発に変えて頭上に放つ。


「うお?!」

「あ!この馬鹿!」


 爆発って言っても、自分の頭上に放つものだからせいぜい小さな爆竹程度。

 それでも、完璧に油断してくれていたみたいで頭を押さえつけていた足が離れる。

 その機会を逃さずに、首が痛くなるのも無視して捻り上げて男達二人を視認!

 今度はロケット花火をイメージして二人の胴体に思いっきり、この短時間で出来るだけの個数を作りあげて打ちつける。


 確認はしない。

 肉の焦げる嫌な匂いや目に染みる煙から逃げるように起きあがり走り出す。

 走りながら口に詰められた物をなんとか吐き出して、掠れる声を張り上げてもう一度、今度はきちんと詠唱しようとして、星が飛んだ。


「え?」


 がんっと壁に打ち付けられる。

 今度こそ胃の中身が飛び出したけれど、お腹や背中、頭。いろんな所を走る激痛にぐわんぐわん頭の中が揺れて焦点が定まらない。

 それでも逃げなければ、応戦しなければっていう思いがなんとか残っていて、痛みにぽろぽろ生理的な涙を流しながらも拭わずに真っすぐ相手を見ようとして、感じた殺気に慌てて転がるようにして横へと移動する。


「ああ!!」


 それでも、痛む体では十分な距離は稼げなくて、相手が放って壊れた壁の瓦礫が背中に直撃する。

 やばい、やばいやばいやばいやばい!


 滲む視界に映るのは、薄黒く焦げた麻布の外套に身を包む中年の男二人。

 一人は眉間から血を流して、もう一人は、私の方にだらだらと血の流れる腕を向けながら呪文を詠唱してる。


 チャンスはあった。

 でも、そのチャンスは逃げる為のチャンスとして使った。

 それが間違いだった?


 殺す、べきだった?


 一番最初に魔力暴走を起こってしまった時、誰も何も言わなかったけれども、きっとそこで私は人殺しをしてしまってる。

 今だってあの時と同じ緊急事態だ。

 わが身を守るために、自分に降り注いだ脅威を取り除こうとして何が悪い?

 少々自分の背中に火傷を負う覚悟で、顔面狙ってぶっぱなせばよかったんじゃないの?

 例え殺せなくても、爆風で視力を奪うとか出来たかもしれない。


 でも。

 それでも。

 こんな状況になってでさえ。


「怖いものは、怖いんだもんねえ」


 震える腕をなんとか持ちあげて相手に向ける。

 同時にぶわっと風が広がって鋭利な礫が私の方へ飛んできたのを確認して、思いっきり魔力を練り上げる。


「爆ぜろ!」


 飛んできた礫にぶつけるように熱風を起こして、そのまま背を向けて走り出す。

 ふらふらで、気を抜くと転んでしまいそうになる。

 それでも、後ろは確認せずに前だけを見続けた。


「こんの、糞餓鬼がああああああ!」

「い、ああああ!」


 それでも、やっぱり逃げ切れなくてぐんっと腕を引かれて後ろにのけぞる。

 背中から羽交い締めにされてなんとか逃げようと必死に手足をばたつかせたら、鋭利な刃物が視界に映った。


「ぶっ殺す!」


 咄嗟の事に上手く魔力を練れなくて、なんでか私は刃物を振りあげた男の顔を見上げて、それで、そのままその男が崩れ落ちるのをどこか映画でも見てるみたいに、他人事のように眺めていた。


 私に突き刺さるはずだった刃物が、そのまま男と一緒に地面に突き刺さる。

 そこまでぼんやりと眺めて、助かったっていう思いを実感するよりも先に、無表情に崩れ落ちた男を見降ろす彼を見て、痛いだとか辛いだとかの諸々の感情が全て吹き飛んでしまった。


「捕まえた!」


 それで、気付いたら自分の怪我とかこの状況とか何もかもを後回しにして、緩んだ拘束を思いっきり振り払って、力一杯目の前に現れた彼に抱きついていた。


「つ、捕まえたあああああ! 捕まえたからね!」

「うわー。涙はともかく鼻水ってどうなの、一応女の子でしょ。しかも状況分かって言ってる? 必死になりすぎ」


 鼻水をむしろ相手に擦り付ける勢いでさらにぎゅうっと抱きつく腕に力を込めれば、ふわりと錆びた鉄のような匂いがして、この匂いはなんだろう、とかつて嗅いだ事のある記憶を辿ったら一気に現実に引き戻された。


「タ、タナトス様!」


 悲鳴にも近い声で男が彼を呼ぶ。

 彼、タナトスは面倒くさそうに私を引き離し、それでも持っていたらしい手拭いで顔を拭いてくれて、相手の悲痛とも取れる声は無視したままで、にいっと獲物を見つけた猫みたいに目を細めて私に笑いかけた。



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