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二話

 無心無心無心。

 私はお茶を楽しみにきたのだ。

 決して耳を萌え死にさせる為に来たのではない。


 普段着る服のレベルをいくつか落として、小金持ちな商人の娘、もしくは下級貴族の娘が着るような、少しだけ肌触りの悪い……それでも、一般人からすれば上級の衣に身を包み、いくつかの商店を回って最後は馴染みの茶屋でお茶をする。

 この国に来て、息抜きにと何度もアザゼルに連れ出されてもはやちょっと散歩に行くのと同義の扱いになってしまったお忍びの外出。まあ、お忍びっていっても分かる人には分かるばればれのお忍びだ。

 生ぬるく見守られつつスルーしてくれる国民ってすごいよね、うん。

 驚いた事に、アザゼルの顔は国民にオープンだった。しかも民は外をぶらぶら出歩く王族っていうのをあっさりと受け入れていたりする。

 この国のお国柄といえばそれまでなんだけれど……なんて恐ろしい。


 そもそも、何が一番恐ろしいかって、長男は国王、次男は宰相、三男であるアザゼルは宰相補佐。つまりこの国の王位継承権第二位持ち。それなのに、堂々と出歩いちゃってるんだよね、この人。それを許容する国民も国民なんだけどさ。まあ、そのお陰で私もこうして出歩けているんだけど。


「うん。やはり私の小さな姫には赤が似合うねえ。このまま成長すればどれほどの大輪の薔薇となるか本当に楽しみだよ」


 普段身につけている物と比べると、大分見劣りはするものの、それでもそれなりの値段のする可愛らしい薔薇の髪飾り。

 ガラス細工の一輪の薔薇を細く編まれた蔓が囲んでる。

 可愛らしいよりも、ちょっと品がある、つま先立ちしてチャレンジしようかなって感じのシンプルなそれ。それにそっと唇を落とされる。もちろん、髪飾りはすでに私の頭に飾られている。

 ここにたどり着くまでに着せ替え人形にされて、なんとか今日の被害というかプレゼント攻撃はこの一個に留める事が出来た……イケメンに貢がれるって精神的に本当に辛い。


 アザゼルの手が髪飾りから頬に滑り落ちて来て、そのまま私の口元を軽く拭っていく。

 きゃあと席のあちらこちらから女性陣の黄色い悲鳴が聞こえた気がしたけれど、気のせい。幻聴。 私は美味しい物を食べに来ただけ。目の前のおやつに集中! それだけを念じてイチゴ大福をひたすらほおばる。


「私の姫は本当に甘い物に目がないねえ」


 かいがいしく私を隣に座らせて、おやつやらお茶のお代わりやらの世話を焼いてくれるアザゼルにちらっとだけ視線を向けたけど、なんていうか……こう、猫とかに向ける生温かい目を向けられる事になんともやりきれない気持ちになって、私は空になったお皿に目線を固定してひたすら手に取ったイチゴ大福を咀嚼する。


 城下町にある、和菓子で有名な二階建てのお茶屋さん。

 レンガ造りのお店で、今いる席は二階のオープン席の端っこ。下を見ればいろんな商店が並んでいてそれなりに賑わっている。女性陣は綺麗に着飾っている人が多いけれど、男性陣はというと屈強っていうか、がたいの良い人が多い気がする。

 鉱石やら魔石の取れる鉱山国にして技術の国……つまり魔道具職人の国だ。土地柄なのかな。職人気質な国民性のために、喧嘩とかはそれなりに多いみたいだけど犯罪は少ないって聞くし。


「アザゼル様は……今日も食べないのですか?」

「私はこれだけで十分だよ」


 三年。

 この国で過ごした三年は、つまりそのままアザゼルと過ごした期間でもある。

 それなりに慣れた。慣れたつもりではある。それでもやっぱり、イケメンに微笑まれてイケメンボイスで話しかけられて穏やかに見つめられるとこう、いろんなところがむずむずする。

 大分マシにはなったけれど、出来る事ならベッドで抱き枕を抱いてごろごろして身悶えたいレベルのそれはもう凶器だと思う。


「ふふ。初めは借りてきた猫のようだったけれど、流石に三年もお忍びを続ければ慣れたみたいだねえ。この私がことごとく贈り物を断られる日がこようとは……姫のお陰で毎日が楽しいよ」

「アザゼル様は買い過ぎなんですよ! もう、衣裳部屋いっぱいなんですよ? まだ着てないお洋服とかが半分以上あるんですよ? 今日だって……お世話になるだけでも十分なのに、アザゼル様は」

「それだけ、私の小さな姫には贈り物のし甲斐があるという事だよ。衣裳部屋が狭くなったのなら増やせば良いことだよ。なんならもっと広い部屋へ引越せば良いんだしねえ」

「そうじゃなくて!」

「ふふ。分かっているよ。本当に、あまり欲のない姫だねえ」


 ふふっと、どこまでも上品に笑うアザゼルに対して、私はどこまでも子どもらしく頬を膨らませて講義をする。

 それをアザゼルは私の頭を軽く撫でることでなだめようとする……いつものやりとり。

 この国に連れて来てもらって、体調が落ちついた頃からちょくちょくアザゼルはこうして城下町に連れ出してくれるようになった


 それはもう、お誘いはいつも唐突に、アザゼルの時間が空いた時になる。

 前もって知らされたりとかしない。それでも、私の一日のスケジュールはきちんとアザゼルは把握していて、無理のない時間帯にお誘いをぶっ込んでくるので断れない。

 まあ、そのお誘いを心待ちにするようになるのに時間はかからなかったんだけどね。

 気付いたら、無意識のうちに私は微笑んでいたらしい。

 アザゼルの柔らかく細められた目に映る自分のそんな姿に気づいて、なんとなく恥ずかしくて、ぷいっと首ごと顔を背ける。

 なんとなく元に戻し辛くてそのまま商店が立ち並ぶ往来へと視線を滑らせる。


「さて、留守を預けているスティへの土産はどうする? 今食べている物と同じ物で良いかい? ああ、君の小さな騎士もそういえば今日こちらに来るんだったか」

「はい、今日の夜に、は!?」


 アザゼルが振ってくれた話に便乗して首を元に戻そうとして……あまりの事に舌を噛んでしまう。

 いやいやいやいや!? なんでいるのさ!? というか、私なんかに見つけられたら駄目でしょう!?

 次の再開って普通に十二年後! 主人公であるクルシュが十五になった時じゃなかったの!?


 あまりのあり得ない出来事に行儀悪くも音を立てて立ち上がり、私の肩程の高さのフェンスに触れてよじ登り、思いっきり下を覗き込む。

 驚いたアザゼルに慌てて体を後ろから支えられるけれども、そんなのおかまいなしに、私はこれ幸いとぐいっともっと体を前へと押し出す。

 焦ったように名を呼ばれて少々強引に抱き上げられるけれど、私の視線は固定されたまま動かない。

 違う、動かせない。


 見つけた。

 見つけてしまった。


 ありえない。

 違う。

 彼だって普通に仕事をして働いている身だ。

 職業柄、それは他国に彼がいたって普通にあり得ることだ。


「姫? どうしたんだい? 急に身を乗り出したら危ないだろう?」


 どこまでも優しくアザゼルの胸の中に抱え直されて、そのまま膝の上に座らせられる。

 いつもなら恥ずかしくて抵抗するけれど、今はそんな心のゆとりはない。


 どうしよう、どうしよう。

 なんで見つけてしまったんだろう。

 そんな思いがぐるぐる頭の中を駆け巡っていてなかなか考えがまとまらない。


 彼は気付いていた?

 気付いていない?

 ではセーフ?

 私が一方的に見つけてしまっただけ?


 希望的観測すぎて泣けてくる。

 彼を誰だと思っているの?

 私が見つけれて、彼がそうでないわけがないじゃないか。


「あのあの、アザゼル様、お散歩に行きたいです。えっと、出来れば後で誰かにお迎えに来てもらえると嬉しいです」

「散歩? ふうん、迎え、ねえ?」


 ひやり、と空気が変わった。

 それまでの優しい、純粋に私を心配してくれていた顔からすっと宰相補佐としての怖い顔になる。

 うん、あれですよね。

 いくら毎回こうして身ばれはしていても、お忍びと分かるように目立たないよう服装を変えてみんな知ってるけど知らないフリしてくれるお忍びをしているといっても、それはアザゼルと一緒の前提だし、もっと言えば私が認識出来ない範囲で護衛の方達がわんさかいるはず。

 私は他国から預かっている大事な賓客だし、それがいくら王妃にうとまれている側室の子だとしても王族に違いはないし……一人で城下町を出歩かせて欲しいなんて無理だよね。


「あーあの、はい。ごめんなさい……我儘言いました。でも」


 でも、ここで無視した場合って私の死亡フラグが立っちゃうんです。

 恐怖の死神さんがやってきちゃう。

 まだ死にたくない。

 でも、無理やり死亡フラグを折ったとしても、これまで築いてきたアザゼルとの信頼関係を崩すのも宜しくない。


 では、アザゼルを連れて追いかける?

 それはそれで、彼は絶対に姿を見せてくれないだろう。

 私と彼の二人だけの約束というか、二人のゲームなのだ。

 ゲームと言う割には、失敗したら、お代は私の命っていうなんともごめんこうむりたいゲームだけれど。それでも、あの時は私の命を賭けるしかなかった。それだけしか、私がきれるカードがなかった。


 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。

 ぐるぐる、ぐるぐる。


 無い頭の中身をフル稼働させて最善の道を模索する。

 それでも、これからのベストな行動の取り方が分からなくて半泣きになっていたら、ぽんっと、上から溜息が振って来て頭を軽く撫でられた。


「出来る事なら希望は全て叶えてあげたいけれどねえ。でも、理由もなくただの我儘というわけでもないんだろう? 困ったねえ。まあ、あの小さな騎士がいればきゃんきゃんと小さな牙を剥いて吠えてくるのだろうけれど……あまり無茶はしないように」

「へ?」


 あれ?

 なんか許可出た?


 何かの聞き間違いかと思って慌ててアザゼルの顔を見つめたけれど、アザゼルは困ったように笑いながら私の頭を撫でるだけで、空耳かと思ってじいっと見つめ続けていたら、これまたどこまでも色っぽく溜息を吐かれた。


「私の可愛い小さな姫? ここは素直に甘えておきなさい。ふふ、今度はこの髪飾りに合う服を見に行こう」


 どこか困ったように笑う微笑に合わせて、ふんわりとアザゼルの香りが鼻孔を刺激する。

 ぽおっと頭の中がお花畑になりかけつつも、ああ、これは知っているんだなって理解出来た。

 

 彼がゲームの内容を伝えるとは思えない。

 でも、アザゼルはきっとあの玉座での場にどうやって私が現れたのか、どんな交渉カードを切ったのか知ってるんだ。だから、こうして行かせてくれる。

 私がこのまま彼を追いかけても、何食わぬ顔で見送って、それでもってこっそり護衛をつけてくれるんだろう。うん。優しすぎだし出来過ぎだよ。これだけ甘やかされて落ちないなんて難しい。私がまだ子どもで良かった……いや、子どもだからこうしてアザゼルは庇護の対象として見てくれてるんだろうけど。


 ゲームのようなルナティナの人生を送りたくなくて、私なりにいろいろ足掻いていたつもり。

 それでも……何かを変えようと動いたからだとしても、私はいろいろと恵まれている。

 ゲームでのルナティナもそうだったんじゃないだろうか。ちょっと視点を変えてみれば、ちょっと自分自身を見つめ直していれば、あんな酷い結末ばかりの人生ではなかったのではないのかな。

 まあ、ゲームのシナリオにもしもなんてのを言っても仕方がないのだけれど。


「行ってらっしゃい、きちんと私の元へ帰ってくるんだよ?」

 

 もう一度頭を優しく撫でられて、かけられた言葉になんでか無性に泣きたくなった。

 それでも、本当に泣くわけにはいかないから必死に我慢して……ちょっとくしゃくしゃになって不細工な笑顔になってたかもしれないけれど、私はお礼を言ってアザゼルに背を向けた。


 絶対に、捕まえてまた帰ってきます。


 心の中で呟いて、一気に走った。









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