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一話

「―――素晴らしい。今日はここまでとしましょう。次の講義は三日後。それまでにお送りした教材に目を通し、自分なりの御考えをまとめておいて下さいね」

「は、い」

「それでは、また三日後に」


 にこりと微笑んだかと思うと、すぐにまたいつものしかめっ面になる。あれだ。心の中で私が勝手に命名している……宰相モードに戻ったシフィ先生の姿が姿見サイズの水鏡から消える。通信がきちんと途切れたことを確認して、若干引き攣っていた頬を自分の手で軽くつねってほぐす。


 うん、一応というか、ラグーン国にとっては二人しかいない王位継承者のうちの一人だし、王族ってだけで勉強が沢山必要なのは分かる。分かるけど……それでも、ねえ?


「三日間で今日のおさらいして、予習がこれだけのページ数って……なんかどんどんスパルタになってきてる気がする」


 そのまま持っていたペンを軽く机の上に投げ出してソファに深く腰掛け直せば、側で控えていたスティがさっと広げていた勉強道具を片付けて、その変わりに紅茶を差し出してくれた。

 可愛らしい野薔薇の柄のティーカップの中には、はちみつ色の甘い紅茶。その中には蓮華みたいなピンクの花が可愛らしく花開いている。

 この国……ヘブンバル国の伝統的なお茶。本当は茶道とかで使うような茶器で飲むらしいんだけれども、慣れぬ茶器よりも使い慣れた物の方が良いだろうってアザゼルの配慮で公の場でない時はこうして馴染んだ方の茶器で入れてもらってたりする。


 ヘブンバル国。

 自国のラグーン国とは砂漠を挟んだ隣国。有事の際にはと同盟を結んでいて、国交も盛んだ。

 実力者の国であるラグーン国は人材派遣が主だけれど、それ以外は緑豊かなことから花とかが特産品。それとは正反対でヘブンバル国はどちらかというと鉱山国。砂漠を挟んでとは言ったけど、ぐるりと砂漠に囲まれていたりする。あちらこちらに鉱山があって、その特産品でいろんな魔道具を作り出したり……もちろん、鉱石がたくさん取れることから武器でも有名。ヘブンバル国製の剣は刃毀れし辛いって冒険者とかには人気で、でもそれなりの値段がするから、そう言った戦う事を生業にする人達にとっては一人前になって武器を持つって言う通過門の一つでもあるらしい。


 国が違えば景色がこうも違うのかと、ラグーン国と何もかもが違い過ぎるヘブンバル国。

 巨大な鉄の塀で囲まれた城は石造りでとても頑丈。

 砲弾なんかを受けても、そうすぐにはびくともしない造りになっているようで、ドラゴンとかに突進されたとしても数回は耐えれる作りらしい。例えがよくわかんなかったけど、ダンプカーに衝突されても平気ってことなんだろうか。大げさでもなく、とっても頑丈なお城だと思う。

 石造りって時点でひやりとした無機質なイメージをもってしまうけど、城内はそんなことはない。中世ヨーロッパって感じの自国と比べると、こちらは中華? 歴史で習った鹿鳴館とかそんな感じかもしれない。

 中の方の壁とか床は木造になっていて、ペルシャ絨毯みたいなのが敷かれていて、換気目的とかの窓には朱色のオシャレな格子がはまってる。


「ん。流石スティ。甘さ丁度良いし、冷えてて喉がひんやりして気持ち良いよ。ありがとう」


 一年を通してあんまり気候は変わらなくて、どちらかというと梅雨の季節みたいなじめっとした日が多いヘブンバル国では、馴染むまでに何度も体調を崩した。

 真夏みたいな暑さなら、それなりにこまめに水分補給とか避暑地に避難とかやりようがあるだろうけれど……このじめっとした暑さはいけない。じわじわと体力を奪っていくし、喉が渇いたかなって思った時にはくらりとして脱水症状になっちゃったりとか……うん、どれだけ体力なかったんだよ私って思うけど、新しい環境に神経すり減らしてたんだよと言い訳しておく。うんうん。ワタシワルクナイ……多分。いやいや、悪いけどね。その度にスティは自分を責めるしリオンはピリピリするしアザゼルからは滋養に良いからってなま物の贈り物攻撃凄かったし……心配かけたくないし私の胃に大変宜しくないからなんとか頑張って体力付けた。


「姫様? どうかなさいましたか?」

「んー? もうこの国にお世話になってもうすぐ三年になるんだなあってふと思って」


 そう、時間が過ぎるのはあっという間だ。

 拉致されるように連れて来られて、気付いたらもう八歳だ。

 ただなんというか……それまで過ごしていた環境ががらりと変わって大変だったけれど、自国で過ごすよりも平和だった所為かのびのびと成長出来たのではと思ってる。

 肩より少し長めだった髪は腰まで伸び、背だってあとちょっとで百二十センチだ。

 幼児特有の愛らしさは減ってしまったけれど、相変わらずこの顔は整っていて、少しつり目の美少女と言っても過言ではない。将来絶対美人になるだろうと誰もが予想出来る美少女。ナルシストになるつもりはないけれど、これが私かあとふと鏡の前で頬をつねって見たり、くるくる回って見たりする回数が増えたかもしれない。

 まあ、だんだん清楚系とかフリフリなドレスが似合わなくなってきて、ぬいぐるみとか可愛い物大好きな私としては若干涙目だったりするのは内緒だ。

そして、幼少期が何歳までを示すのかはわからないけれど、自国にはまだ帰れないし、隠しキャラとの出会いはなくなった、と考えて良いだろう。


 そうそう。自国と違って胃がきりきりする回数も減ったからか、食欲も増えたんだよね。まあ……アザゼルがちょくちょく様子うかがいで来てくれた時にいろんな茶菓子を持ってくるからぷくぷくしちゃったんだろうけれど……うん。まだつるぺただし子ども体系だし、そんなに食べすぎなければセーフだよね!


「ヘブンバル国の方々には、アザゼル様のご配慮もありとても良くして頂いておりますものね。姫様が健やかに過ごされているようで、わたくしも安心ですわ。まあ……リオンはまだ子どもだからか、そこら辺りの配慮を気付けていないようですが……愚弟ですわね。本当に申し訳ない限りです」

「あはは。でも、スティやリオンが側にいてくれるから私は私でいられるんだと思うよ。んー自国にいるよりはとても自由だしね。それがリオンからしたら不安なんだろうけれど」

「姫様、随分と奔放になられましたもの。警護の点で考えれば不安にもなるでしょう」

「あーあははは」


 ファンブックに載っていたルナティナの生涯では、ヘブンバル国に遊学なんてなかった。

 リオンを傷つけた後、公的な公務以外は引きこもりで、がむしゃらに自分の腕を磨いて……どんどん歪んでいくんだ。

 公務の度に大切に大切にされ、陽のあたる温かい所にいるクルシュを見せつけられて壊れていく。

 この時にはもう、ルナティナの周りにいるのは野心を抱いた貴族ばかりだったはず。

 それを考えたら……今の私はとても幸せだ。

 全てを回避できたわけではないけれど、変えようと行動したからこその結果が未だ。


「リオンが戻ってくるのは今日だっけ?」

「はい。予定では夕餉の時間までには戻るようになっておりますが」

「それよりも早く戻ってきそうだね」

「そうですわね。リオンの居場所は、姫様の元と決まっておりますから、姫様のいらっしゃらない自国は色あせて見えるのでしょう。家では母が、寝に帰っているだけだと苦笑いしておりましたから」


 なんとリオンまでこの国について来てくれちゃったんだよね。

 あの時は本当にびっくりした。

 二週間、だったかな? 新しい国での生活になんとなく慣れてきた頃に、長らくお側を外れてしまい申し訳ありませんでしたって朝ご飯の時間に、さも当然のように控えていたんだよね。

 当時リオンは七歳で、流石に親元を離れてまではついてこないだろうって諦めてこの国についたその日の夜に手紙を書いたんだけど……返事が返ってこなかったから、怒らせちゃったかなって落ち込んだりしてしまったのも今となっては良い思い出だ。うん。ルナティナ様が僕を捨てるまで、ルナティナ様にとって僕が役立たずの価値なしにならない限りはお側に置かせて下さいって懇願されたのはもう笑い話だよね……背筋がぞっとする方向での、深く考えてはいけないやつで。


 ラグーン国では、国民全てに義務教育がある。それは王族だろうが貴族だろうが免除されることはない。学校に通わない変わりに家庭教師を自邸に招いて学ぶとか、それなりの特別扱いはあるけれど……だから、私やリオンは勉強をしなくてはいけない義務がある。

 私の場合はシフィ先生が三日に一度、今日のように水鏡を使っての通信授業を行ってくれる。リオンも一緒に受けれたら良いんだけれど、王族と貴族では学ぶ内容が異なるとかで、リオンの場合は二カ月のうち一週間ほどラグーン国に戻って授業っていうか試験を受けてる。

 すごいなって思うのは、二か月分の宿題をもらって、自主学習でまかなっているところ。私の場合は勉強って名目で水鏡の許可が取れているけれど、リオンは私の従者扱いだからか水鏡みたいな通信道具の使用許可は下りていない。まあ、疑われているわけではないけれど、どんな情報を持ち帰られるかわからないし、リオンにそのつもりはなくても外交の切り札にされてしまうような出来事に発展するかもしれない。いくら同盟国とはいえ、それは仕方ないと理解出来る。うん、だからこそリオンを尊敬する。

 ほぼ独学で二ヶ月間学んで、定期試験を受けに帰国。もちろん、この三年間全部試験をパスし続けてる。しかも剣や魔術の稽古とかは、私が起きる前の早朝にこの国の兵士さん達に混ざって習っているらしいし……そこまでして仕えてくれる対象が私っていうのは、なんというかむず痒い。

 うん、だからこそ、リオンに相応しい主でいられるように努力しようって思えるようにもなったんだけどね。


 年頃になったら、適当に平和そうな臣下の貴族か他国の王族を見つけて嫁ごうって考えは変わってない。でも、それまでは、とても優秀な姫に仕えていたのだとリオンの誉れとなるように立派な王女を勤めようって思う。平和な道のりではないけれど……うん。将来、クルシュとリオンがくっつくならそれも応援するし祝福する。この三年で、リオンは私にとって幸せになって欲しい人にまでなっていた。


「姫様、アザゼル様ですわ」


 スティの言葉にふと現実に思考が戻る。

 ここ三年それなりに平和だったせいか、ついついいろいろ思い出しては考え深げにトリップしちゃうんだよね。


 私は飲みかけのティーカップをそっと元に戻して笑みを浮かべて立ち上がった。

 あまり意識しなくても、アザゼルに対してにこにこしてしまう。懐いてしまったんだなあ。出来ればこのままの優しい関係を維持したいと、少し打算的な事を考えつつも、アザゼルを出迎える為にスティの後に続いた。

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