表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/58

二十一話 シフィージェ・ブラッディ

 リオン・ダクルートスにあてがわれた部屋までもうすぐ。

 角を曲がればすぐそこ、という段階でひやりとした魔力の流れを感じ思わず顔を顰める。違う。 実際には魔力のみでなく冷気も漏れ出ているのであろう。自身に流れる魔力をコントロールする為には、器となるべき肉体の強度も必要ではあるがそれ以上に大事なのはその魔力を操る精神力だ。


 不甲斐ない。


 未熟者。


 まだまだ尻に殻のついたひよっこに私の姫君を預けねばならぬのかと思うと胃が痛い。

 知らず溜息が出ていたようで、扉の前に立っていた衛兵二人が私を見つけ、敬礼を取った。


「宰相様。お疲れ様です。異常はありません」

「もうこちらの警護は結構。急遽すまなかったな。各自持ち場に戻ってくれ」


 もう監視の必要はないと暗に告げれば、ほっとした顔で敬礼を解く二人。異常はないと言うが、二人とも唇は青いし顔色も悪い。これくらいでは倒れはしないだろうが、この二人を派遣したであろうナルキに苦言くらいは言っても良いかもしれない。

 一応謹慎扱いになっているリオンが暴走した場合、止められるだけの力を持つ者を配置したのだろうが……こればかりは人選ミスだ。もう少し魔力耐性の強い者か、リオンとは真逆の炎の魔術に秀でた者を選べば良かったものを……あの脳筋がそこまで頭が回るとは思えぬから、こればかりは脳に刻みつけるしかないが。


 衛兵達が離れ、角を曲がって姿が見えなくなったのを確認してから扉を開ける。魔力を流し込んで手をコーティングしていなければ、冷え切ったドアノブで凍傷になっていたことだろう。扉を開けながら、さらに全身に魔力を流し込む。恐らく中は極寒の地と化しているに違いない。どうして脳筋で体力馬鹿のナルキから魔術に秀でた息子が生まれたのかそれこそ神のみぞ知るだが……まだ七つという幼い子にこの力は与えすぎであろう。


「宰相様」

「ああ、そのままで良い」


 舞踏会などで解放される客室の一室。調度品はどれも一級品でそう替えのきく品ではないものばかりだが……子の責任は親が取るべきで国ではない。凍りついてしまった調度品の弁償はナルキにしてもらうかと、軽く被害額を計算しながらとりあえず棚の上に飾ってあった花瓶に触れる。触れた瞬間に花瓶は十分に冷やされすぎたのだろう……あっさりと砕け散った。きっと椅子に腰かけても椅子が折れるだけだ。このまま立って対応するのが正解だろうとようやく視線をリオンに向けた。


「ルナティナ姫は先程、無事にゲートをくぐってヘブンバル国へ辿りついたそうだ。以後、少なくとも三年はあちらで過ごされるだろう」

「ヘブンバル……アザゼル様が御連れになったのですか」


 齢七つの子にしては子どもらしくない、地を這うかのような低い声。

 一気に部屋の温度が下がる。ぴしり、と寒さから窓に亀裂が入ったのを眺めながら私はこれ見よがしに溜息を一つ洩らす。

 言って聞き分ける馬鹿であるのならばまだ良い。しかし聞き分けの出来ない馬鹿であるのならば、徹底的に排除してやろう。そう思いながら。


「リオン。貴様はこの部屋を極寒の地に変えてどうするつもりだ。魔力が冷気に変わって駄々漏れだ。止める気が……ないのか?」

「その……申し訳ありません」


 己の非を素直に認める度量はあるらしい。

 眉を顰めながらも目を瞑り、苦言を言えばすぐに漏れ出ていた魔力を収めて見せた。まあ、それですぐに部屋の温度が元に戻ると言うわけではないのだが。


 改めてリオンという少年を見つめてみる。

 姫君を誘拐犯からすくった小さな英雄。

 姫君に忠誠を誓った小さな騎士。

 本来であれば、それなりの年数を重ねた後にナルキの跡を継ぎ、クルシュ姫に仕えていたであろう金の卵。

 ナルキのとこの、それなりに優秀な子ども。たったそれだけの認識だったが、姫君との人生にこの子どもが関わってしまったと思うと面白くなくて仕方がない。

 姫君の為には……いない方が良い。

 いればそれはそれで便利なのだろうが……扱いを間違えた場合の痛手が大きすぎる。まあ、きちんと逃げ切れなかった姫君の自己責任の部分も大いにあるだろうが。


 知らず知らずのうちにまた溜息を吐いていたらしい。

 リオンが申し訳なさそうに謝罪してきた。

 しかしあれだ。部屋については申し訳ないとは思っているようだが、此度の件に関しては反省してはいないのだろうな。むしろ、自分で出来る限りの事をしたと思っているのだろう。


「王族を傷つけることはどんなことであれ、許されはしない」

「はい。存じ上げております」


 存じ上げております。

 七つであれば、まあそれなりに口のきき方も教育されているであろう。

 だがしかし、やはり可愛くない。

 もう一度吐きそうになった溜息をぐっと堪えて、ゆっくりとリオンを見つめる。


 報告を受けた時、内心でかしたと思った。

 完全に防ぐことは出来なかったようだが、姫君の魔力暴走というよりも、リオンの過剰な防衛によって行使された魔術の方に注目を集めたからだ。

 集まる視線の位置がかわる。つまり落とし所も変わるというものだ。

 もしリオンが過剰なまでの防衛をしなければ、姫君は魔力をコントロール出来るようになるまでという名目の元、幽閉されてしまっていただろう。それをこの子どもは論点をずらし、自身に目を向けさせた。もっとやりようはいかようにもあったはずだろうが、七つの子どもが咄嗟の判断で行ったことであれば、十分に及第点だ。

 つまり、姫君の側に置く価値はある。

 今の段階では、だが。


「次、同じことがあればどうする」

「次ですか? 勿論上手くやります! 未然に防げるのが一番ですが、今度はもっと上手に殺ります!」


 やりますという言葉がなぜか殺すと聞こえた気がしたが、あえてその部分には目を瞑る。

 また同じような事が起こっても、今回以上に上手く処理するのだろう。これで七つとは……脳筋のナルキと比べてしまうせいか、少々末恐ろしさを感じてしまうが……実力主義であるこの国の、純粋なる血を受け継ぐ貴族の子ども。それも代々主を自身で決めてきた家系の子どもだ。これくらいの狂気は受け継いだ血の所為もあって仕方がないのかもしれない。


「自分が今回の件で騎士の任を解かれるとは思わないのか」

「解かれてしまったのですか!? ルナティナ様が僕を不要だと?」


 眉を寄せて睨みつければ、慌てて再び漏れ出た魔力を制御しようとするが動揺しているのかいまいち上手く制御出来ていない。

 これ以上放置しては調度品が……この場ではここで留めておくべきか。


「解かれてはいない。傷が癒え次第お前もヘブンバル国へ行くのだ。まあお前の場合は手続きがいろいろとあるだろうから……二か月程かかるだろうか?」


 そう言って亜空間にしまっていた書類や教材をずらりと、リオンを素通りして本人が横になっていたベッドに並べる。

 机に置いて、重みで崩れ去ってはいけないからな。

 書類や教材が凍ってしまうやもと一瞬考えたが、それで困るのは私ではない。リオンはというと、理解が追いつかなかったのか付抜けた顔をしていたが……中等教育の教材を見て理解したらしい。

 苦虫を噛み潰したような表情で教材を見つめていて、なんとなく胸の内がすかっとする。


「知っての通りこの国の決まりで中等教育は義務だ。他国で学ぶという事も考えられたが、我が国は識字率百パーセントの国だ。当然……いくら友好国のヘブンバル国であれといえども、我が国と同じように学べるとは思っていないだろうな?」


 無言。

 流石にここで駄々をこねる程愚かではないか。


「貴族や王族は免除されるが、それは学ぶ事をではなく、学校に通わずに自宅で学ぶ事が許されるというだけだ。まあお前の家の事だしそれなりに先に進めているのだろう? 中等教育は六年だ。六年全てを修めろとはいわん。半分の三年分を修めたら姫君の後を追うことを許可する」


 リオンは現在七歳。つまり中等教育を二年分は済ませているはず……残り一年分。二か月は少し難題すぎたかもしれないが、それくらい出来なければ姫君の側には置きたくない。

 姫君が何か選択を間違えてしまった時にこいつがいては、余計な面倒にしかならない。荷物にしかならない奴は最初からいらない。


「二カ月後に中等教育三年分までの試験をする。九割で合格だ。では、まずは体を休めるように。ナルキが……お前の父親の仕事が終わり次第迎えに来るようだからそれまではこの部屋で休み、後は自宅で養生するように」


 要件だけ告げると、あとは見向きもせずに部屋をあとにする。

 実際、忙しいのだ。子ども一人に割く時間があるほど私は暇ではない。それでも、使いをやらずに自分の足で来た。姫君の騎士というこの小さな子どもをなんとなく、しっかり見てみようと思ったから。


 可愛い可愛い小さな姫君。

 神に愛されし色を御髪に宿しつつも、それゆえに茨の道を歩まねばらなない哀れな姫。

 せめて王族でなければ。

 ただの貴族の姫であれば、今以上に真綿に包まれ大事に育てられただろうに……王族であるが故に流されるだけでは許されない。

 血筋だけは変えられない。

 私に出来ることは知恵を与え、それとなく道を整えてやることのみ。


「姫君の歩む道に、足を引っ張る者はいらん」


 部屋を出た後に、ぽつりと心の声が漏れたが誰もそれを耳にするものはいなかった。

 後日、私はたかが七つの子と侮ったことを少しばかり後悔することになる。

 もう、リオンを子どもと称することはないだろう。

 二週間でリオンは課題を終え、そのままヘブンバル国へと旅だったのだから。

 しかしあれだ……やはり面白くない。

 子どもと侮りはしないが、糞餓鬼と胸中で罵るくらいは許されるだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ