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二十話

「姫様、おはようございます……あら。もう起きていらっしゃったんですね。呼んで下さればすぐに参りましたのに」


 アザゼルが言ったことや、アザゼルを統治者として優れているからこその行動だったと評したシフィ先生のこと。それからタナトスとの約束。これから先のこと。いろんなことが頭の中をぐるぐるしていて、一番の目標だったリオンの件は片付いたはずなのに……もやもやが消えなくて、なんとなく寝付けなかった。浅い眠りを繰り返しながら、腕輪やらアンクレットやらとじゃらじゃらと付けられた魔力封じの魔法具を弄んでいたら、あっという間に朝になっていたらしい。

 ごめん。入室してきたスティに気付けなかった。


「スティ! もう怪我は良いの?」

「はい。あの程度、怪我のうちに入りませんもの。ですが、あのような怪我でお休みを頂いてしまうだなんて、わたくしもまだまだ精進が足りませんでしたわ。それはそうと姫様」


 スティに駆け寄ろうとベッドから身を乗り出したら、一瞬早くスティが私の足元へと膝まづいた。

 それは、そう何度も遭遇することはないけれど、茶器の音を立てたとか、何か物を落としたとかミスをした時の侍女の謝罪のそれではなくて、リオンがしたみたいな綺麗な騎士の礼。

 リオンと信を結んだ今だから分かるそれは、最上級の礼だ。


「スティ? あの」

「本来であればリオンのように、この身を切り捨ててでも姫様の前に立つべきでした。ですがわたくしは」

「スティはしっかりと私を守ってくれたでしょう?」


 スティの言葉を遮って、ベッドから降りてスティの顔を覗き込むように座り込む。

 たぷんとした綺麗な巨乳に一瞬目が奪われたけれど、そうではないと慌てて目線をスティの目へと合わせる。

 真剣な目。

 私の目の色もルビーみたいだってよく言われている。でも、スティに出会ってからはそれ以上に深い赤色の目をしたスティの方が似合う評価だって思っていたけれど……今はそうは思えなかった。


 凪いだ赤。


 真っ赤にめらめら燃えているのに、まだまだ燃やしつくせるぞと爪を砥いでるみたいな……なんていうか、獲物を前に態勢を整える獅子の目と言うか、うん。あれだ。緊張感のある目。


 何か言わなければ。

 スティは私の言葉を待っている。

 こう、育成ゲームで努力値振りするのに、ミスったら個体選びからやり直しみたいな……上手な表現が浮かばないけれど、私の言葉一つでなにかが変わる、そう思った。


「姫様? わたくしは姫様ではなく、王妃様を一番に身を挺して庇ったのですよ? これは姫様付きの一の侍女として失格ですわ。誰にも譲るつもりはありませんでしたけれども、今後も同じような事が起きないとは限りません。ですから」

「それでも、私はスティがいいな。スティ以外は嫌だし、考えられないんだよね」


 特に深く考えずにするりとそんな言葉が出た。私自身は特に驚きもしなかったんだけれど、スティは違ったみたいで、ちょっとだけ目を見開いて……艶やかに笑った。


「あのような事態が再びあれば、わたくしはまた同じ行動を取りますわよ?」

「うん。だってそれがスティが私に出来る一番の守る方法なんでしょう?」


 あ、固まった。や、でもなんかまだ余裕そう?

 んーそんなにおかしな事を私は言ったんだろうか? や、言ってないよね。だって、あの場ではスティが出来る最善の手だったと思うし。

 うん。間違ってないはず。まあ、私は途中で意識ぷっつんだったし、あとから聞いた情報による判断であったりもするんだけどね。


「リオンが私の魔力暴走を止めてくれたけど、同じことがスティにも出来たの?」

「いいえ。わたくしは日常生活に支障がない程度の魔力しかありません。リオンが姫様を止める事が出来たのも、同等かそれ以上の魔力を持っていたからですわ。わたくしは役に立ちません」

「うん、だから、スティはスティにしか出来ない出来る事をしてくれたんでしょう?」


 そう言いきれば、今度こそスティはぽかんとなんとも言えない間抜けな顔を見せてくれた。

 ただあれだ。美人はどんな表情をしてもやっぱり美人が損なわれることはなく……うん。やっぱり美人はずるいよなあ。


 今世では、悪役顔だけど美人に育つし、胸もスティほどではないにしろ大きく育つはず。うん。前世の自分の悲しい体系をなんとなく思い出してしまって、慌てて記憶に蓋をする。

 大丈夫だ! 焦るな私! あと十数年後には素敵な大人のお姉さま確定なんだから!


「あの……姫様? 私は何度も申し上げますが、王妃様を庇ったのですよ? 姫様をではなく、王妃様をです」

「うん。お陰で助かったよ。ありがとう! ああ、褒美とか? そうだよね。二人にはすごく迷惑かけちゃったし、私に出来る範囲でならいっぱい褒めてもらわないとだよね……ああ、でもこういうのってシフィ先生に」

「いえ、そうではなくて」


 スティが私の言葉を遮る。

 不敬と言えばそう言える行為だけれど、私はそのことについてでなくって、違う事についカチンとして頬を膨らませてしまった。

 こればっかりは肉体年齢にひっぱられているからだと言い訳したい。うん。五歳児がぶーたれるとか普通だよね、うん。これって、気付くの遅かったけど……あれだよねえ? 


「この件で悪いのは私。スティは一個も悪い所なんてないの! それ、自分でもそう思ってるでしょう? その通りだと思うし、同じような事があったらまたそうして頂戴。だってそれが、私を守ることに繋がるんでしょう? むしろ、怪我させちゃってごめんなさいって私がいっぱい謝らないといけないと思うの! ごめんね、スティ」


 こればっかりはスティに対してちょっとムカついてしまったけれど、王族ってだけで甘やかされて、それでもってやっかいな立場の私の所為で怪我したんだもん。

 それが、スティが自分の職務を全うした結果だとしても、やっぱり感情は別だよね。

 巻き込んでしまったことは本当に申し訳ないと思ったから、ぺこりと頭を下げた。

 一歩部屋から出てしまえば、スティ以外の目があるから無理。本当は、この部屋にだって何かしらの目があるかもしれないけれど……ありがとうとごめんなさいを言葉だけじゃなくて、態度でも示さないと私の気が済まなかった。


「姫様!? そんな! どうかお顔を御上げ下さい!」

「スティに怪我をさせたのは悪いことだもん。悪いことはきちんと謝らないとでしょう?」


 申し訳なさそうにそう言ったら、今度はあわあわとスティは口をぱくぱくさせて……笑った。うん。それはもう、なんていうかくすくすと上品にだったんだけど、だんだんぷるぷるしてきて、しまいにはお腹押さえて蹲ってる。そのままつついたら転がって行くんじゃないかな。


「姫様は、怒ったりしないんですのね」


 涙目になった目を上品にふき取りながらそう言ったスティに、そこまで分からず屋ではないともう一段階頬を膨らませたら、笑いながら申し訳ありませんって頬を潰された。


 おおう。

 なんか、こういう風に触れあってのコミュニケーションって私の身分からしたらなかなか難しくて貴重というか……美人にこんな事をされたせいか、かああっと頬が一気に赤くなるのを感じて慌てて離れてしまった。

 うう、残念。もうちょっと触れあいタイムをしたかったかもしれない。


「ふふふ。失礼いたしました。姫様は曇りのない目をお持ちですのね」


 ひとしきり上品に笑ったあと、ふっと真面目な表情に変わったことに目を奪われていたら、スティに合わせて座り込んでいた足元に……というか、むき出しの私の足にそっと唇が……って唇か!?


「あ、あの!? スティ!?」


 ビックリし過ぎて声はひっくり返るし、体は固まってしまって動かないし……それでも、ふにっとした感触が一瞬あったことにますますカチコチと体どころか頭の中まで固まってしまって、まじまじとゆっくりと顔を上げて満足そうに笑うスティを見つめる事しか出来なかった。


「わたくし、女に生まれて良かったですわ。最後まで姫様にお供出来るんですもの。これ以上の幸せはありませんわね。姫様、誠心誠意お仕えさせて頂きますわ」


 そう言って笑うスティはどこまでも綺麗で、何も言えなかった。

 そこから先は、スティは嬉しそうに笑うだけで私を立ち上がらせて、それはもう何もなかったかのように私の着替えだとか身の周りの世話を始め出す。


「あれ? 今日はリオンのお見舞いに行こうと思ってるんだけれど」


 スティが取りだしたのは、真っ赤な薔薇がところどころに散りばめられた濃いグレーのドレス。

 遠目には黒に見えるんだけど、光の加減で濃い紫だったりにも見えるかなり高価と思われるドレスだ。

 主に国の誕生祭でとか、特別な時くらいにしか着ない色なんだけど。


 黒はこの世界にとってとても貴重な色で、神の色だってされてる。だからこそ、王族のみが着ることを許されてるみたいな風潮があるにはあるけど、今日は特別な謁見でもあったんだろうか。


 はて、と首を傾げつつもされるがままにしていたら、そっと遠慮勝ちにノックされた音が聞こえて、スティがそちらへと対応に向かう。普段であれば自室である寝室でのんびりと待つんだけど、一拍遅れてなんとなくスティのあとをついて行った。


 私が与えられている部屋は、衣裳部屋、寝室、応接室と続いている三部屋で、外との出入りは応接室からのみ。

こんな時間帯に来客っていうのは考えられなくて、朝食でも持って来てくれたのかと思ったのだけれど……そうではなかったようで、思わぬ来客に応接室の扉を開いたまま固まってしまった。


「おはよう。うん。素敵なドレスだね。小さな姫君だからこそよく似合う」


 驚いていたのは私だけで、スティは困ったように笑いつつも来訪者を止めることはせず、私は私で近づいてくる彼を見上げる事しか出来なかった。


「さあ、それでは行こうか」


 見上げていたら、いつの間にか見降ろしていた。

 うん。何を言っているか分からないだろうけど大丈夫。私も分かっていないから。


 普段は腰まであるチョコレート色の髪を三つ編みにしているけれど、今日は無造作に朱色の紐で後ろに軽くひとまとめているのみだ。

 急に抱き上げられているこの状況についていけないながらも、どこにも手を置かないのも重たいだろうとそっと両肩に手を置いてみた。

 おお、鍛えているイメージはまったくないけれども、触った感じ固くて肩幅も広い。男の人って感じだ。

 お国柄というか、彼の格好は和洋ごちゃまぜで、藍色の着物の下にもっと濃い藍色のズボンを履いていて、その上にマントの代わりのように藤によく似た花が刺繍された淡い青の衣をまとっている。これって、正装っていうか彼の国の基本系っていうか……はて?


「驚いている顔も可愛らしいけれど、良い加減帰っておいで。まあ連れていくことに変わりはないから、ついてからまだびっくりしてもらうのも楽しいかもしれないけどねえ」

「えーっと……アザゼル様?」


 なんとかやっとこさで働き出した頭をぺしぺしとさらにフル回転させながら、説明を求めて名前を呼んでみる。

 うん。なんでアザゼルがいるのかな?

 そういえば今日は滞在最終日だったはずだし、自国の格好をしていてもおかしくともなんともない。朝一番にお父様とかに挨拶を済ませて、身軽に着替えたのかもしれないし……私には、別れの挨拶に来てくれたんだろうか?

 でも、なんとなくそれも違うような気がして首をかしげる。

 かしげている間に、アザゼルは私を抱き上げたまますたすたと部屋を出ようとして、そこでようやく私にも無理やり降りるとか暴れるって選択肢が頭の中に現れた。うん。もっと早く出ようよその選択肢!


「あの! アザゼル様!? とりあえずどちらに」


 かといって、文字通り暴れるわけにもいかないから思いっきり意識して困惑顔を作って尋ねてみる。スティはというと、三歩後ろを困ったように笑いながらついてきてくれていて、スティが一緒っていうだけで変なことはないだろうとそれなりには安心するんだけど早く説明プリーズなのですよ!


「もう! アザゼル様!」


 ちょっと流石の温厚な私もいらっとしてしまって、語彙をきつめに名前を呼んでみる。

 うう、本来であれば耳とかひっぱってやりたいけれど、身分だとか立ち場だとかが邪魔をする。くそう。でも、アザゼルは私が怒ってもなんてことないように、それはもう楽しそうに笑って降ろしてくれない。それどころか、落ちては大変だと言わんばかりにぎゅっとさらに強く抱きしめられた。


「アザゼル様!」


 もう一度、強く名前を呼んできっと睨みつける。

 アザゼルは何が楽しいのかずっとにこにこしてて、いい加減堪忍袋の緒が切れかけたその瞬間を見計らったかのように爆弾を投下した。


「どこにって、私の国にだよ。昨日お誘いしただろう? 大丈夫。不自由はさせないよ。スティだったかな。護衛はこちらの陣営で足りるから、諸々の用を済ませて来るように。君も来るのだろう?」


 言葉の意味が理解出来ない。

 私が話す言語と同じはずなのに宇宙語みたいで理解するのに時間がかかる。というか、理解するのを頭が拒否している感じだ。

 それでも、びっくりした衝撃が去ってどういうことだともう一度アザゼルを問い質そうとした頃には時すでに遅く。

 気付けばスティを含むメイドさんと兵士さん達に頭を下げられていて。廊下を歩いていたはずだけど、いつの間にか王城地下の転移門の前にいて。ちょっと待ってと叫ぼうとしたらアザゼルの笑顔に阻止されて。

 光に包まれたと思ったら、私はアザゼルの国に拉致されてた。


 状況についていけず混乱する頭で一つ思ったことは、リオンごめん、だった。









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