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十八話

 とん、とかふわり、とかそんな感じ。

 軽やかに、とっても丁寧に降ろされる。

 部屋から抱っこされていた私は、次に床に足を付けた時にはもうそこは赤絨毯の敷かれた廊下だった。

 突き当たりを曲がれば玉座の部屋。

 なんと言うか目的地まであっという間だった。

 私一人ではまず部屋から出た段階で一悶着起こさねばならなかっただろう。最悪、後ろに衛兵をぞろぞろと連れて玉座を目指さなければいけなかったかもしれない。

 うん。ついてる。この一言に限る。

 よし、と心の中で呟いて前に進む。後ろは振り向かない。振り向いてもタナトスはもういなくなっているだろうし、振り向いたことによって頼りなさそうとかって判断されるのも嫌だ。ここまで協力してもらえたし、あとはもう十分。これ以上のことは望めないだろう。むしろ望んだ瞬間にタナトスの中での私の微々たる高感度は打ち砕かれて地に堕ちる気がする。それは次に会った時に大変宜しくない結果になりそうだ。


 暗殺エンド。


 浮かぶのは真っ赤に染まったゲーム画面。

 スチル回収でやってはいたけれど、それはゲームだからであって現実になるなんて無理。

 絶対に回避せねば。

 

 そんな事をぐるぐると考えながら、てけてけと歩くペースは緩めずに角をあっさりと曲がる。そこを曲がれば少し先に立派な扉があって、ちょっと豪華な服を着た、衛兵の中でも階級が上の二人が自身の身長より長い斧を持って立ってる。

 うん。まさに扉の番人。なんで携帯している武器が斧なんだって思うけれど、持ち手は長刀みたいに細くて、銀や金の装飾がされていてとってもきらびやか。建国当初王の側近の一人がとても有名な斧の使い手で何度も王を救ったことから、王の部屋の守手は斧を持つってことになったんだったっけ。や、それでもなんで斧なんだって思うけど。


「開けて」


 一言そう言えば、斧をばってんにして行く手を塞ぐこともなく、あっさりと門を開けられる。あれ? 押し問答がない?? 思わず開いた扉の先の玉座へと視線を向けつつ呆けていたら、じいっと視線を感じて慌てて背筋を伸ばす。


「ありがとう」


 玉座には王であるお父様。その隣には王妃様。流石にクルシュはいない。玉座のある壇上の下には王の双剣であるシフィ先生とナルキ、そして何故かアザゼル。

 なんでアザゼルが? でも、ここにいるってことは私の今後の処置に関わってくるのかもしれない。アザゼルと繋がっているタナトスがここまで来る事に協力してくれていたんだし、出来れば味方であって欲しい。まあ現在のタナトスが今のアザゼルと繋がってるっていう確証はゲーム知識しかないんだけど。そんな風にいろいろ考えつつも、私は淑女の礼をとらずに一気にずんずんと進む。もちろん壇上の下で止まったりなんかしない。玉座へと文字通り一直線だ。それをお父様が表情を変えず、それでいて面白そうに眺めているように見えるけれど、王妃様からしたら面白くない光景だったみたいだ。


「挨拶なく上がるなど」

「良かった! 王妃様も巻き込まれて私みたいに倒れてしまったかと思いました! でも、お元気そうで良かった! 王妃様がこちらにいらっしゃるってことはクルシュ姫も無事なんですね!」


 王妃様の声に被せて子どもらしい高く大きな声でぶった切る。

 普段はそんなことをされ慣れていない王妃様が一瞬戸惑いからか口を閉ざしてしまったのをこれ幸いと一気に玉座までいき、お父様へと話しかける。


「とっても怖い思いをしました! 魔力測定を行っていたら、急に力を吸い取られたんです! 痛い思いも沢山しましたし……なにより、起きて私の侍女や騎士がいなかったことにとっても不安になりました。私の侍女や騎士はどこですか?」

「なっ! ルナティ」


 私に喰ってかかって来た王妃様をお父様が片手を上げるだけで制する。

 私は王妃様の方を振り向かず、じっとお父様から視線を逸らさずに言葉を待つ。

 この場での絶対の権力者はお父様だ。誰もお父様の言葉を覆せない。だからこそ、私は最善の言葉を引き出さなくてはならない。


「ルナティナよ、侍女は王妃を庇って怪我を負い、今は大事をとって休んでいる。騎士は王族を傷つけた為に謹慎……部屋で反省を促している。あとでなんらかの罰が下されるだろう」

「それは不思議な事をおっしゃるのね、お父様。どうして反省なの? リオンは褒められる事をしたのでしょう? お礼を言わなくちゃ」


 ざわり、と背中に冷や汗物の視線を食らうが、そこは気付かないフリだ。うん! 全力で気付かないフリ一択! それでもって子どもらしく不思議そうな表情を浮かべてお父様をじっと見つめる。お父様は何も言わないから、それを話してみなさいっていう意味だと勝手に解釈して、心の中でスティに詫びながら言葉を続ける。


「リオンは私の魔力からみんなを守るために力を尽くしたんだもの。リオンは一生懸命止めてくれたわ。リオンは私の騎士。騎士が自分の主を守るのは当然なのでしょう? リオンが全部悪いなんておかしいわ。じゃあ、王妃様を庇った私の侍女は? 庇うだけで守れなかったのでしょう? 私も怪我をしたわ。部屋を守っていた衛兵の方は? 私の魔力測定を担当してくれた方は? みんな罰を受けるの? みんな受けるのなら、王妃様も?」

「何故王妃も含まれるのだ?」

「だって、おかしいんだもの。ねえお父様。あの場で一番守られなくてはならないのはだあれ?」

「それは…王位継承権を持つお前とクルシュだろう? シフィージェから学びはしなかったか?」


 血統から考えてクルシュだと断言されなかったことに、お父様の愛情を感じて思わず胸の内が熱くなる。大丈夫。私が選択を間違わなければお父様は私の味方だ。そう、確信できた。


「シフィ先生からそう習いました。それならやっぱりリオン一人が罰を受けるのはおかしいです。それとも、私が知らないだけでみんな罰を受けるの?」

「リオン・ダルクートス以外に罰を受けるとしたら、そもそもの根源であるお前でしょう! 王よ、ルナティナ姫はまだ不安定なのですわ。あんな事件に巻き込まれたのです。心が落ちついていないのならば、暴走してしまうのも仕方ないかと。魔法具を外すのが早すぎたのですわ。また次があるとも限りません。次があっては遅いですわ!」


 割って入って来た王妃様の言葉に、思わず口元に笑みを浮かべそうになって慌てて俯く。笑ってしまいそうになったのをこらえたせいか、ちょっとだけ震えてしまったかもしれない。それをぐっと押しこんで、私は王妃様へと向き直る。


「それならば、なおさら私にはリオンが必要です。二回。二回です。リオンは私の暴走を食い止めてくれました。二回目は大人達もいたのに、あの場でそれを行えたのはリオンだけ。つまり、リオン以外何も出来なかった。もちろん、一番悪いのは自分の力を押さえられなかった私です。お叱りを一番に受けなくてはならないのは私のはず……でも、私の力はそんなに強いの?」

「何を言っているのです。強いというのではなく未熟であるから制御出来ないのです。しかるべき処置として魔法具を身につけ、制御出来るようになるまでは公務も控えるべきですわ。むしろこのような大事な話しはきちんとしかるべき場で決めるべきです!」


 王妃様の言葉に、本当に間に合ったのだという安堵が広がる。もちろん、これで安心してはいけないのだけれど、今のこの場は公平な場だと確信できた。

 玉座の間ではあるけれど、いるのはお父様と王妃様。そしてお父様の直属の部下であるシフィ先生とナルキ。わからないのはアザゼルだけど、王妃様派ではないはず。これが次の日で他の貴族達も呼んでのきちんとした会議であれば、私個人の意思を貫き通すことは砂漠に落ちたお米を探すくらいに……不可能だ。むしろこの王妃様だ。私の体調がまだ落ちついていないとか理由をつけて軟禁して、事後通達とかやりそう。なんとなく、私の部屋の外に控えてた人達も、王妃様の息の根がかかっていた可能性が高い。アザゼルがいなかったらここに辿りつける可能性すらなかったかもしれない。そう思うと、今さらになって背筋がぞっとしてきた。


「失礼。王よ、発言を許可して頂いても?」


 相変わらず、どんなに緊張していてもそれとは関係なしに腰にくる甘い美声。

 その声に、可愛らしい顔を歪めていた王妃様も少しだけ顔を赤らめて、視線をアザゼルへと移す。お父様は、特に反応せずにそっと頷いただけだった。


「今回、議題として正式に会議に回す前にとの集りでしたが……私がこの場に呼ばれたということは、魔力装置の不備を第一にお疑いではないかと思いまして。我がヘルンバル国は技術の国。世界にある魔力装置や魔法具のほとんどは我が国が輸出したもの。友好国であるこちらでも、我が国の物を愛用していただけていると思います。そこで尋ねたいのです。王よ。ルナティナ姫の魔力は膨大なのでしょうか?」

「シフィージェ」

「は。結論から申しましてあり得ません。前回の魔力測定から魔力が上がっていたとしても、装置自体を破壊する程の量ではありません」

「では考えられるのは二つ。一つは実際に使用されていた測定器が劣化していた、もしくは不具合があった。ですがこれは当然使用前に確認を行うはずです。では二つめ。あの場にいた誰かの魔力に共鳴した……例えば、増幅させる能力のある者がいて、無意識のうちにその者と相性が偶然にもとても合い、爆発させてしまった、など考えられます」


 あの場でどんな力を秘めているのかまだ確認できていないのは、そういえばクルシュ姫でしたね。


 そう囁くようにうっとりとした声音が耳に溶け込んできて、王妃様は器用にも顔を赤くさせたり青くさせたりと顔芸に忙しくなる。

 それを眺めつつも、それはないと私は心の中で首を振った。クルシュには魔力がない。それが確認されるのはこれから先の事だけれど……アザゼルはどうしたいんだろうか。


 王妃様としてはこの件で将来私の力になるであろうリオンを引き離して、あわよくば私を監督付きで離宮とか離れに閉じ込めるつもり……だったりしたのかな。完全にコントロール出来るようになるまでは危険だとか言って公の舞台から排除。その後私につけるのは王妃様の息のかかった人達で、その人達が大丈夫だと認めない限り指定区域から出さないようにすれば……私を排除したも当然だもの。でも、流れ的にうまくは行かなくなりはじめている。私がこの場に来てしまったことで、王妃様にとっては望まない展開になり始めている。


 みんな、誰かが装置に細工をしたとは考えないんだろうか。いや、考えとしては浮かぶはず。でもそれを口には出来ない。どれだけ角度を変えた見方をしたとしても、王妃様がしたという見方しか出来ないもの。もちろん、王妃派の貴族が独断で行ったのではっていうのもアリかもしれないけれど、そうそう簡単に口にして良いものでもない。絶対の証拠がない。だからこれは、一番可能性があっても採用はされない案。


「共鳴したと考えるならば、話しは早い。人はそれぞれ魔力があり、またその性質もそれぞれ違う。装置は一人しか測定できません。二人同時では無理です。ですが、違う性質の物が混ざってしまっては破裂して砕け散ったとしても可能性としてはありえるでしょう」


 つまり、あの魔力測定器の水晶玉には、あらかじめ別の人の魔力を入れておいて、私の魔力を注ぎ込むと同時に容量オーバーというか、混ぜるな危険ってやつに変化させて破裂させたと。

 測定する時の担当者さん、ひょっとしたら関係なかったかもしれないけれど、かなりの確率で王妃様の息のかかった人だったのかもしれない。顔、忘れないようにしなきゃ。


「同じ血をひく者であれば、魔力の流れをお互い感じやすいですし同調もしやすい。まだお二人の姫は幼いですからね……どちらか一方の感情の起伏にもう片方が引きずられたとしてもおかしくはないでしょう。まあ、整備不良でこのようなことが起こったという可能性も捨てきれませんがね」


 誰かが細工したのでは?


 そんな副声音が聞こえたのは絶対に私だけじゃないはずだ。

 甘ったるい笑みなのに、ぞくりと背筋が震えた。嫌な圧力を感じたのは私だけではなかったようで、それでも王妃様は頬を引き攣らせつつも公務用の微笑を保ち、そっとお父様へと視線を流す。お父様はお父様で相変わらず何も読みとらせない表情で、そっと告げる。


「砕け散った欠片全てを調べたが、外的な理由で砕けたのではなく、内側から魔力を取り込んで砕けたのだと報告を受けている。ルナティナの魔力を取り込みきれずにそうなったのだと」

「では一番考えられるのは、先程述べた共鳴ですね。ふむ、それはつまり」

「クルシュ姫はまだ幼く、魔力を扱えませんわ! ですがまだ赤子であるクルシュ姫に感情の起伏を押さえよと言っても無駄でしょう!」


 やばい。

 そう思った私とは反対に、王妃様は情に訴えかけるかのように目元をうるませて、お父様に詰めよる。

 アザゼルはどうしたいの? なんとか流れを変えなくちゃ! このままでは、リオンを救う以前に私自身も軽く幽閉とかしゃれにならない未来が迫って来ている。

 本来であれば、ここは子供らしい理屈を並べ立てて、どうせ詳しく調べられて困るのはあちらなのだ。だからそこら辺は大人の事情にまかせてうやむやにしつつ、リオンは誰も動けなかった中、わが身を顧みず一人で守りきろうとしたのだと、私を止められるのはリオンしかおらず、リオン以外ありえないのだと訴えようと思っていたのに! アザゼルの所為で……なんともうらみがましくアザゼルに視線を向けて、固まってしまう。魂が抜ける。言葉としては知っている表現。それを何故か今、このタイミングで体験してしまった。


 この状況で、奴は微笑んでいた。

 それはもう、腰が砕けそうなとかそんな表現じゃ生ぬるい。美形とは凶器になるのだと恐怖すら覚えてしまう程の綺麗な微笑み。

 アザゼルは微笑み、それこそ良い事を思いついたとばかりにその美声で脳を刺激してこねくりまわすように、言葉を紡いだ。


「それならば、我が国でお預かりいたしましょう。我が国であれば魔法具で溢れておりますから、魔力遮断区域も多い……というよりも、王城自体が魔力を遮断されておりますから、クルシュ姫の能力が本物であったと仮定しての影響ですが、その影響を受けることは皆無です。こちらの国で塔か何かを用意してどちらかの姫を隔離するよりもよほど建設的でしょう」


 一歩、前に進んで絵に描いた様な綺麗な礼を取る。

 何を言っているの? ただでさえ甘ったるい声がさらに甘ったるく聞こえて、耳から脳に言葉の意味が正確に把握出来ない。伝達出来ないでいる。


「また我が国が創り出した物でこのような事件があっては申し訳ないのです。良い案ではありませんか? 遊学と考えていただければと。ルナティナ姫が戻られる頃には、二人の姫も自身の力を制御できるようになっているでしょう」


 トドメとばかりに笑みを更に深くしたアザゼルの目は、優しく細められていて……それでいて、その奥は鋭利な刃物みたいに光っているように私には見えた。

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