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三話


「おや、今の状況を理解していらっしゃいますか? まあ、こんな幼く無知なお姫様には難しい状況かもしれませんが」


 心配そうな色を宿した柔和な微笑。

 それなのに、どうにも笑顔を張り付けた胡散臭い笑顔にしか受け取れなくて、そしてこんな状況だからか私はロズアドをぼんやりと見つめながら、というか、ぼんやりとしている風を装って頭はフル回転させる。

 出来れば誰か否定して欲しい。

 私が悪役とかなんの冗談だ。

 確かにこの先権力争いとかあるかもしれないけれど、そうそうに離脱する気だったのに。

 なのに回避出来ない方向でお先真っ暗人生が待っているとかどうすれば良いのさ。


「嘘だ。こんなの夢だよ」

「いいえ、夢ではありません。これは現実ですよ、ルナティナ姫?」

「現実……夢じゃない」


 これが本当に夢ならどんなに良いか! 

 勝手に涙ぐんでしまった目を慌ててこすりながら、泣き顔を見られるのが嫌で慌てて俯く。

 落ちつけ、落ちつけ私。

 自分の中で何度も落ちつくように繰り返し働きかけながら、でもあんまり混乱していない事に気付く。

 私はこれまでの五年間のこちらでの生活の記憶があるし、今の私はどうあがいたってルナティナだ。

 人格形成に前世の記憶に引っ張られている部分が多大にあったとしても、私はルナティナ以外の何者でもない。

 どちらかと言うと、物心ついた時には転生したんだっていう自覚はあったし、ただその前世の記憶が鮮明になっただけで私が私である事に変わりはないはず。


「えっと、ロズアド様? 助けて下さって、ありがとうございます」


 自惚れではないけれど、今のルナティナとしての私の容姿は、まあそれなりな物だ。

 肩より少しだけ長い、黒に近い灰色のゆるふわな髪に、ロズアドと同じ赤い目。

 黒はこの世界に置いて創生神の一人である夜の神の色だとかで縁起物だ。それに近い色を髪だけとはいえ宿している私は、この世界ではそれなりに重宝されていた……はず。


 世界と言うか、国でだけれど。

 ロリコンとかに嫌らしい目で見られたり、はあはあされたりする程度には見た目は整っているのだ。


 細い目……今気付いたけれど、垂れ目だ。それを少しだけ見開いてこちらを見てくるロズアドに、意識して笑顔を張り付ける。

 物心ついた時には王族だし、それなりの言葉遣いとかマナーとかの教育は始ってた。

 本格的な教育は五歳の誕生日を迎えてから専属の家庭教師がつくようになったし、やんわりと自分の周りの大人を無条件で信頼するのは危険だと教えられた。笑顔で流せるものは流してしまいなさい。何かをねだる時はよく考えるようにと。

 事実、意識して目を向けてみると、下心のない善意がどれだけ少ない物なのかよく分かる生活だった。今のところ私は王位継承一位だし……それもあとちょっとで一位ではなくなるけど、子どもの方が取り込みやすいって考えるのはどこの世界も一緒なんだろう。とにかく、まだまだ子どもな私は笑顔が最大の防御だと学んだ。


「おや。僕にお礼を言うなんて、貴方意外と馬鹿だったんですか? 今、貴方は檻の中にいるんですよ?」

「何かをしてもらったらお礼を言うって先生に習いました。多分ロズアド様が助けてくれなかったら、私は死んでしまっていたと思います。だから、ありがとうございました」


 檻の中は私が立っても頭がつかないくらいには大きくて、少し動くくらいには問題ない。

 まあ一メートルもない私からしたら大きいサイズってだけだけれど。

 つま先まで意識して、綺麗に頭を下げる。

 前世が日本人だったからかありがとうもごめんなさいも変なプライドもなく言えるし、それに本当に感謝してるからこそ素直にお礼が言える。

 私が前世でハマっていた乙女ゲームの悪役キャラと名前が一緒。偶然だと思いたいけれど偶然で済ませるには他にも一致している点がありすぎて無視できない。

 これから私は、一歩間違えれば処刑・追放・幽閉へのお先真っ暗な人生へと落ちてしまう茨道を歩まなければならない。ロズアドは多分イレギュラーな存在のはず。前世の死因は覚えていないけど、少なくとも私が生きている間はロズアドなんていうキャラはゲームには出てこなかった。私の死後に続編が出たっていう可能性もあるけれど、多分違う気がする。つまり、これは乙女ゲームによく似た世界っていうことなんじゃないかな。全てが本当にゲームのシナリオ通りにいくとは思わないけれど、何もしなければ多分その通りのルートを辿ってしまうのかもしれない。

 そんな人生絶対に嫌だ。


「へえ。馬鹿、というのは訂正します。貴方は面白い姫君ですね」


 赤い細目を一瞬だけ見開いて、にぃと笑う。

 その笑顔に何故か背筋の汗が止まらない。

 落ちつけ、落ちつけ私。


 これは確か、姉であるルナティナの性格形成の元となるイベントというか出来事だったはず。

 病気療養で王城から自身の領地へ戻っている母親の見舞いの帰りに、誘拐されるイベントだ。 


 ルナティナ視点ってのはゲームではなかったけど、ファンブックにはルナティナの生涯が処刑・追放・幽閉エンドごとに綴られていた。

 ルナティナの幼少期はなんというか、壮絶だ。

 幸せの絶頂は五歳まで。

 あとはもうどこに底があるの? っていうくらいに堕ちて堕ちて堕ちまくるの一択。

 この誘拐だって主人公が生まれるからだ。

 王妃派の過激な取り巻きの誰かが、この先の不安材料とならないように私を消そうとしたんだろう。

 私は正妃の子を脅かす存在になんてなるつもりはないし、権力争いなんてしたくありませんよって日頃から王子様って素敵なんだねとか、私にも王子様が迎えに来てくれるのかなとか、夢見る子どもを演じながら私は大きくなったらこの国から違う所に嫁ぎますよーってアピールしてたんだけどな。

 ああ、さようなら、私の幸せまったりライフ。

 こんにちは、今日から不幸がお友達だね、だ。


 とにかく、これはルナティナが悪ノ黒薔薇姫とまで言われるようになる、最初のイベント。

 誘拐されて、誘拐されたその場で馬車の業者や護衛は殺され、というか護衛の半分が誘拐犯だったりするんだけれどね。

 そこで、男たちの玩具とされるんだ。

 まだ幼いから、というか商品価値を下げない為に最後まではされなかったけれど、というかされてたら17禁じゃ納まらない。


 初めて人の悪意からくる恐怖を経験したルナティナは、人買いに引き渡されて競売にかけられる。

 もちろん、誘拐されて数日後には助けが来るんだけれど、その頃にはそれなりな調教をされてて、自尊心とかいろいろ傷つけられてた気がする。

 そしてルナティナは、魔力を暴走させるんだ。


 血筋は一番ではないけれど、それでも王の血をひいてる。

 王の血に連なるだけあって、ルナティナの魔力量は多い。

 それを一気に暴走、爆発させて、誘拐犯と他に囚われていた者たちを無差別に殺してしまう。

 男たちに弄ばれて、身も心もボロボロで、さらに手を血に染めて。

 そこでようやく入った救助隊に保護される。遅い、遅すぎる救助にルナティナは救われない。

 自分はちっぽけな存在なんだと自覚して、力がなければすぐに喰われてしまう、王の娘だったから助けられたし、罪に問われなかったのだと思って、力を求める。

 お陰で魔術師としての腕はめきめき上がっていったけれども、主人公である妹が生まれ、どんどん壊れていくんだ。


 妹がいるから、自分の居場所がなくなる、そんな風に思って堕ちていくルナティナ。

 ない。ないわ。そんな人生嫌すぎる。

 でも、私はそうはならなかった。物語の大筋は変わっていないけど、私は玩具にされなかった。目の前の獣人がいきなり現れて、みんな殺してしまったから。


 ここは乙女ゲームの世界だとしても、現実だ。

 イレギュラーなことがあってもおかしくないのかもしれない。

 というかイレギュラーが起きまくらないと、私の今後が涙なしには語れなくなってしまう。


 でも、あれ? ロズアド。ロズアド?

 どこかで聞いたことがある気がして、やっぱりゲームのキャラだったんだろうかと首をかしげる。

 んー思い出せない。違う。ゲームではなくてこっちに生まれてから聞いたような気がする。

 この人、やっぱりどこかの国のお偉いさん?


「わっ」


 檻の外から手を伸ばされて、ぽんぽんっと頭を撫でられる。

 咄嗟の事に驚いてしまったけれど、誰かに頭を撫でられる経験って身分の所為であんまりされたことがなくて、こんな状況なのにちょっとだけ嬉しくて撫でられるままに身を任せた。


「何をどう勘違いされているのかは知りませんが、僕はただの通りすがりの神官ですよ。いやあ、転移ってご存知です? 自国に戻る所を座標を誤ってしまいまして、偶然あの場に転移してしまったのですが。まあ、この国の悪はこの国の者で方をつけて下さい。他国の僕がしゃしゃりでてしまうと、面白おかしく掻き回すだけでなく、これからの楽しい芽を潰してしまいそうですしね。ふふ。ああ、難しい事を言いました。助けるのはあの偶然の一回だけです。ここからは自分で頑張って下さいね」


 あれ、なんかいろいろとフォローになっていないような。

 そのまま、ロズアドは人の悪い笑顔というか、笑みを浮かべてさらに私を売った、とかのたまいやがった。いけない。ちょっと口が悪くなってしまった。

 多分というか、絶対、この獣人の実力なら増援に駆け付けた誘拐犯の一味ともう一戦交えたとしても圧勝出来ただろうし、私を城に送り届けるくらいお茶の子さいさいなはず。


「僕、こう見えてそれなりに大きな国に属していましてね、貴方がそれなりに成長したのなら、またお会いする機会もあるかもしれません」


 確かに他国の者が今回の事に手を出したら、逆に私を誘拐したとか難癖を付けられて罪を擦り付けられてしまうかもしれない。

 今回の黒幕は、正妃派だけあって国の中枢深くに根付いている実力のある貴族の一人だろうし、深く追求される前に消せるものは消してしまって罪そのものを別の人、今回でいうとロズアドになすりつけてしまったほうが疑いの目もあまり向けられないとか考えるのかな。

 政治的な取引とかそこらへんはまだよく分からないけど、いろいろとあるんだろうし、下手に手を出さない方がそのまま自国の安全に繋がるのも分かる。

 私の身分が身分だし、国同士の戦争とかに発展したらシャレにならない。


 そんな事をつらつらと考えていたら、あ、鍵は開いていますので、とか言ってあっさりとロズアドの姿が瞬きをした瞬間に消える。


「えーっと」


 そういえば転移って瞬間移動だよね?

 獣人って人間よりも魔力では劣る種族のはずで、そもそも転移って魔術装置とか魔石の力を借りて大掛かりな仕掛けを使って初めて使用できるものじゃなかったっけ。

 個人で勝手に転移とか仕える人初めてみた。むしろ、翼があるんだし飛んで移動とかじゃないのか。これが……うん。チートって言葉が浮かんだけれど、出来れば私も欲しかった。

 まあ、あったらあったでいろいろと巻きこまれて大変なんだろう……うん。過ぎたる力は毒になるって言葉があったよね。前世だか今世だかよく覚えていないけど。


 これは乙女ゲームの世界だけれども、イレギュラーも起きる現実の世界。 話しの大筋は決められているんだろうけれど、その中でどう動くかは自由なんじゃないだろうか。少しだけ、希望が見えてきた……かもしれない。

 まあ、同人とかの18禁であへーな顔でピースとか人間やめちゃったエンドとか存在しない事を願うばかりだけれど。とにかくやれることをやろう。


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