十四話
「魔力測定行きたくない。や、行きたくないけどしたくないわけじゃなくてね」
とぼとぼと歩いていたらポロっと出てしまった心の声に慌てていろいろ付け足す。
私の半歩後ろを歩いてるシフィやリオンは分かってくれているようで、なんとも同情的な目を向けてくれた。うん、それはそれでいろいろみじめだったりするんだけれど……これってあれだよね? スティだけでなくリオンも私の置かれている状況を正しく理解しているってことだよね?
王妃によく思われていない側室の娘。
そう分かってるのに私の騎士になったってことなのかな。ちょっとそこら辺詳しく尋ねたいけれど、尋ねたらなんとなく引き返せなくなりそうでやっぱりやめる事にする。知らなければ幸せな事ってあるよね、うん。リオンにはすっごく悪いけど、私はリオンと一緒にいる事でいらないフラグしか立たないんだもん。ごめんリオン。
「本日は王妃様もご同席されますものね。それだけ目をかけて頂いているのだと受け取りましょう」
にこやかにスティがフォロ―してくれる。
そう、何故か今日の魔力測定は王妃様が参加されるらしい。
もともと三歳になると義務で行われる魔力測定は、そう何度も計測をやり直したりしない。でも私の場合は魔力暴走っていうのをやらかしてしまったから、改めて計測やり直しになったらしい。
本来であれば成長と共に緩やかに増えていく魔力だけど、暴走とか一度メーターを振りきっちゃうと一気に増えることがあるらしい。本来であれば増えても抑えきれない程ではないはずなんだそうだけど、私は魔力量の多い王家の血を引いているから、押さえきれない魔力量となってしまった可能性もあるらしく。あー持っている力を正しく制御するためにはまずは自分の力を正しく把握する事。うん、間違ってない。間違ってないけど、憂鬱でしかないんだよね……はあ。まあ確かに? 大人から見たら五歳児って十分な子どもだ。そんな子どもに癇癪と同時に爆発しちゃうような爆弾持たせるのって確かに嫌だよね。分かる。分かるよ。分かるけど、感情面では全く納得できない。
三歳になると行われる魔力測定。
この国に住まうものなら、王族だろうが貴族だろうが平民だろうが、全ての住民に義務付けられている測定。それはもちろん孤児にも。
この国は本当にそこら辺がすごくって、貧民層っていうのかな。この国に住まう人全てに戸籍がある。
まあ実力主義の国って言われるだけあって、残酷なまでに分類分けされてしまうわけだけれど、それでも他国よりは住みやすい国のようで、難民なんかはこぞってこの国の住人になろうとするし、旅人とか冒険者とかが最終的に落ちつく国としても有名だ。
この国の戸籍は、魔力測定を行って魔力をこの国に登録することによって自動的に発生する。
三歳までは親に扶養される側として仮戸籍。これは出生届を出せば貰えて、ここからが素敵なんだけど三歳までは病気とか怪我をしてしまった時の治療費は無料。戸籍を持つ住人達の税金で医療費無料ってすごいよね。もちろん、この国の住人であれば自然災害とかで住む場所がなくなってしまっても、仮設住宅が一定期間貸し与えられるし、うそーんって思うけれど浮浪者がゼロだったりする。貧民層が存在しない国。それがラルーン国だ。まあかわりに存在するのは奴隷街。犯罪を犯して奴隷になった人とかが住むエリアはある。それでも、生まれてくる子どもに罪はないと考えられていて、奴隷から生まれてくる子も三歳までは治療費無料だし、所得に応じて物資が支給されるから飢える事もない。物資を貰うのは三歳までの子どもの当然の権利らしい。そして、三歳になると行われる魔力測定。そこでまず一番最初の振り分けが行われる。魔力が高ければそれに合わせた学校へ。低ければ、手に職ではないけれど、それなりの一般教養を重視する学校へ。
この国の子どもは三歳から三年間初等教育を受ける義務が発生する。
なんていうのかな、前世の言葉を使うなら幼稚園。そこで魔力の使い方とかを同学年の子達と遊びながら学ぶ。勉強を強制するのは良くないって考えだから、子ども達が勉強させられていると思わないようにいろいろ工夫されているらしい。まあ集団生活をするってだけで順番を守る事の大切さや協調性とかも養われていくんだろう。
そして六歳から六年間は中等教育。なんとこの国の識字率は百%だ。国によっては二十%以下だったりするのに、だ。ファンタジーな世界だからこそ凄いと思う。この六年間で子どもはだいたいの将来設計をする。その子の魔力量に合った学校で、将来飢えないよう教育される。
「選びとれる者であれ、常に選択する側であれ」
これが今の国の基盤を創り出した初代国王の言葉だ。もちろん、中等教育までの学費も無料。教科書なんかも支給される。
全部義務ってところが凄いよね。勉強もずっと拘束されるんじゃなくて、初等教育は朝十時から二時までの四時間。中等教育は十時から四時までの六時間。もちろん給食付き。
この義務をきちんと果たしている間はやっぱり飢える心配もなければ病気になった時の心配もない。義務教育を全て終えれば子どもは十二歳。この国の成人は十六と定められているけれど、まず十二歳で子どもは自分の人生のだいたいの方向を選ぶ。家業を継ぐ子もいれば、ギルドに冒険者として登録する子もいる。魔力が高ければさらに高等教育を三年間受けて学ぶ事も可能。ここでさらに凄いのが、高等教育も無料。ただし、義務教育ではないから一定ラインの成績に届かなければ退学。そして無事卒業して就職出来て、お給料が発生したその時から税金が発生する。一年間は通常の税金より高いらしい。まあ税金も所得に応じてそれぞれ料金が違うみたいで、払える範囲内らしいけど。
老いて働けなくなると自分の子どもの扶養に入って税金免除。日本でいう所の年金が貰える。ただこの年金は、審査があってクリアしないと貰えない。
身内がいなくて一人暮らしが困難であれば、老人ホームみたいな所に入所になる。
でもぶっちゃけると実力主義の国だけあって、年金の審査に入る六十の年になる国民はだいたいが成功者で生活に困らなかったりするし、成功者でなくてもそれなりに貯蓄はされていて、使用人を雇う財力を持ってたりする。この国での老人ホームは不治の病にかかった人が老後に入ってのんびり暮らす所っていう扱いだったりする。
魔力測定で魔力が低くても、この国であれば成功する道は沢山あるのだ。以上。かなり脱線しまくった気もするけれど、前世のゲーム知識じゃなくって、シフィ先生から習ったもの。あんまりこの国と違うとこに嫁いじゃうと、常識からして違ってそうでいろいろと苦労しそうだなあ。
うん。いやいや、そうじゃなくって。勿論将来は大事だけれど。でもまずは自分の事。
王族や貴族の子どもに対しては、能力さえ示せばいろいろと免除されたりする。
私やリオンの場合は初等教育の免除だろうか。
一定期間ごとに試験を受けてクリアすれば、通わなくても良いらしい。特に王族、また位の高い貴族の子は魔力量が半端ないようで、魔力制御も不十分な幼いうちから集団に放り込むのは危険らしい。主に周囲の他の子どもが。
「ふふ。姫様の目の色に合わせて赤水晶の耳飾りなんていかがでしょう?」
「それだと小ぶりになりませんか。どうせだったら腕輪とかの方がもっと大ぶりで使えるのでは?」
「あんまりじゃらじゃら付けるの嫌い」
今回の魔力測定、きちんと測定をし直して、万が一暴走しても良いように魔道具……私が一度ダウンした時にじゃらじゃらつけられてたあれだ。
ストッパーとなる魔石を見つくろう基準にもするためなんだよね。
ルナティナのスペックから言ったら、結構いい線行くと思うんだけどチートって程でもないはず。チートっていったら七歳なのに両耳に小ぶりな青いピアス二つで済んでるリオンの方が絶対チートだ。
「さあ姫様、笑顔ですわよ」
私にしか聞こえない声でスティがにこやかに囁く。
ああ、ついについてしまった。
扉の前に立つ兵士二人が敬礼の後に開けてくれる。それをもったいぶった感じで入場。
私としては開けてくれたらさっさと中に入りたいんだけど、そこはマナーとか立ち居振る舞い的にゆっくり入るべきなんだとか。うん。めんどくさい。
「王妃様、お待たせしました」
「今来た所でしたから。そんなに待っていないわ」
王妃様の腕の中には、午睡中のクルシュ姫。
んー? こう、身分のある人って乳母とか周りの人に世話をまかせるイメージなんだけど、王妃様は自分で育児をする派なのか。
少しだけ王妃様を見る目がかわってしまう。まあ、自分の子どもだもん。可愛いよね。
一礼して、王妃様の側に控えていた計測係の声に従って中央へと足を進める。スティとリオンは扉の前でそのまま待機だ。
窓がなくて、レンガで造られた床には直接大きな円の中に星やら月のマークが描かれた魔法陣がある。その中心部には、テニスボールくらいの水晶がふわふわ浮いてる。
魔力測定装置。簡単に言うと魔力計測器。
両手をかざして、出来る限りボーっと頭の中を空にしていればあっと言う間に終わるこの測定。
水晶の輝きの度合いで魔力量を計測の専門家が見極めるシステム。
前回測った時はちょっと目を開けてるのは眩しいかなーってレベルの輝きだった。
ぼんやり光るのは魔力が低くて、水晶の中が光いっぱいになるのが平均的で、水晶から溢れると魔力多しって見方だったかな? 私は光が水晶から溢れるから、十分多いはずなんだけどってなんか水晶が熱い!?
「ふみゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ルナティナ様!?」
リオンの声とクルシュ姫の悲鳴が重なる。
私はどんどん熱くなっていく水晶から手が離せなくて、ついでに言うと水晶から漏れ出る光が強すぎて目が開けられない。
というか、目を閉じているはずなのに視界が真っ白っていろいろやばいかもしれない。手を離さなくちゃ、止めなくちゃ! そう思うのに体は思ったように動いてくれなくて、体の内から無理やり引き出されていく熱に思考がどんどん持って行かれる。
熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い!
知ってる、これ魔力暴走だ。まだほんの少し残っていた冷静な自分が告げる。でも知らない。分からない。暴走に繋がる要素なんてなかったのに。
「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
無理やり頭の中を掻き回される激痛。自分が何を叫んでいるのかも分からない。生理的に流れる涙に歪んだ視界に映るのは、泣き叫ぶクルシュを抱いて笑う王妃様?
「手を離して!」
後ろから冷たい手に包まれる。でも駄目、離れない。
あ、弾ける。そう思った時には、私の止まらない絶叫と一緒にぱんっと、あっけなく、なんとも軽い音が響いて視界が真っ赤に染まった。




