十三話
「おはようございます、姫様」
ゆっくりと体を揺らされて、朝の光に目をこすりながら起きあがる。
起きあがる時に背中に手を添えられて援助され、たぷんと揺れる巨大なメロン。ではなく、存在感のありすぎるスティの胸に一気に頭が覚醒する。
相変わらずなんてけしから……ではなく、羨ましい胸だろう。ううん。前世の私は駄目だったけれど、今世では大丈夫。だってゲームのルナティナはナイスバディで悪女に相応しい見事なプロポーションだったもの。私もいずれは大きくなるはず。
「ふわあ」
起きあがった所で組み立て式の簡易テーブルがベッドの上に設置され、はちみつたっぷりのミルクティーが置かれる。今さらだけれど、いくら王族とはいえこんな贅沢を子どもの頃から許していたらそれはそれは我儘だったり傲慢だったりする子に育つんじゃないだろうか。いや、育つよねえ。まあこういうので腐らないのが将来の国を担っていって、腐ったらそれはそれでそれまでの器だったっていう鬼畜な教育方針なのがこの世界だ。この世界っていうか貴族社会っていうのかな。
「ありがとう」
いつものようにお礼を言って口を付ける。
目覚めのミルクティーは適度な甘さで、一口飲むごとにお腹から体がぽかぽかと温まってくる。
「スティが着替えさせてくれたの? ありがとう」
「いえ。お疲れだったのでしょう。ゆっくりと眠れましたか?」
「うん。足も痛くないし大丈夫だよ。でも今日は昨日よりもヒールが低いのが良いかな」
五歳児にヒールを履かせるなって思うけれど、こればっかりは仕方ない。
まあ高くても三センチくらいのものだしそんなに足に負担はかからないから良いんだけど、大きくなるにつれてどんどんヒールが高くなっていくのかと思うとげんなりしてしまう。
「昨日の今日ですものね。そう仰ると思いまして、今日はヒールのないものをご用意致しましたわ」
ミルクティーを飲み終えるタイミングに合わせて今日着るドレスが出される。若草色のドレスで、所々に赤薔薇の刺繍があしらわれているけれど、レースがふんだんに使われているせいで綺麗っていうよりも可愛いって表現がぴったりなドレスになってる。
「国王陛下と王妃様は本日は先に朝食を召し上がっております。姫様の朝食が済みましたら、新しい姫様尽きの従者との顔合わせ、その後に魔力測定を再度行い、ダンスの授業。昼食後は宰相様との勉強会となっておりますわ」
「従者? 魔力測定?」
ぶっちゃけいらないくらいに沢山の私付きのメイドがいたりする。今はスティがメイド長っていうメイドのリーダーになっていて、私についてくれるようになったからすごく精神的に楽になってたんだけど、従者?
うーん。実のところ、この世界での生活を五年しているけれど、前世の記憶が邪魔をして大勢の人に常に見られる生活っていうのが苦しくて仕方ない。それが部屋の中だけでもスティ一人に減って、私の精神的負担もかなり軽減されたのに……うー。あまり人見知りをする方ではないけど、従者ってことは執事みたいな感じなのかなあ。スティがいればことたりるんだけど。
「お拾いになられたでしょう? 本人は騎士として姫様のお側に付く気のようですがまだまだ子ども。従者で十分でしょう? むしろ、きちんと待てが出来ない従者など犬以下でしょう」
「う? うん? えーっと?」
なんとなくスティの微笑みが黒くってそれ以上のことが聞き辛い。
でも聞かないと後悔しそうなんだよねえ。嫌な予感しかしない。
「あのね、スティ。待てが出来ないってどういうこと?」
おずおずとスティに問いかけてみると、スティはちらりと扉に目線を向けて溜息を一つ。なんていうか、巨乳美女の溜息ってそれだけでエロく見えてしまう私の脳内はいろいろと終わってるのかもしれない。
そんな風にちょっとだけ現実逃避をして、さっさと部屋から出ることにする。もう少し部屋でゆっくりしても良いんだって引き留めてくれるスティに首を振ってドアの前に立ったら、スティは残念そうに溜息を吐いて扉を開けてくれた。
「おはよう。今日からよろしくお願いします」
ぺこんっと扉の前に立っていた人物に頭を下げれば、慌てたように駆け寄ってこられた。スティも慌てたように私の頭を上げさせようとする。うん。そういえば私の身分で軽々しく頭を下げちゃ駄目なんだった。でも、これからしばらくはお世話になるんだしこういうのって大事だと思うんだよね。
幸いなことに、私の部屋の前に立っていた衛兵さん達は少しだけ目を見開いてびっくりしていたようだけれど、それでも微笑ましそうに見守ってくれている。うん、微動だに動かないのは流石プロです。衛兵というか、私の部屋の門番さん。
部屋から一歩出たら私にプライベートなんて一切ない。正直すっごく嫌だけれど、そういうのすらなくなったら死亡エンドってことだよね。暗殺者なんて侵入し放題。そうそう入らない作りにはなっていても、それでも侵入してくるのがプロの暗殺者だ。
暗殺者。そういえば私が火傷を負わせてしまった暗殺者達はどうなったんだろうか。じわりと手に汗が浮かぶ。今まで無意識に忘れてしまおうとしていた、人を傷つけてしまった感覚。出来る事なら二度と味わいたくない。でも、きっとここでルナティナとして生きていく以上、それは避けられないんだろう。
「おはようございます、ルナティナ様」
頭を上げたら、ほっとしたように微笑まれて挨拶をされた。
なんていうか、微笑みすらも神々しく思ってしまうのはイケメンだからだろうか。前世の私だったら、まだ幼いこのリオンでの萌え―! とか叫んでいたかもしれない。もちろん、今だって脳内は叫んでいたりするんだけど、そこはほら。私も腐っても王族。表情筋を総動員して隠し通しますとも!
それに、これからは適度な友好関係を築いていかないといけないしね。リオンの一番最初のバッドフラグは折れたはずだけれど、どこでまた正規のルートに戻ってしまうかわからないし……とりあえずは主人公であるクルシュがゲーム本編と同じ年齢になるまでは周囲に気を配れば大丈夫なはず。
私は前世の記憶があるし、リオンとの誘拐事件で狂ったりしなかった。それだけでリオンやアザゼル、シフィ先生達との関係を自分から悪化させるような行動は普通に生きてたとしてもないと言いきれる、はず。全部に多分とかはずとかついちゃってる時点で駄目な気もするけれど、こればっかりはどうしようもない。石橋を叩いて渡る心づもりでいないと、どこで足をすくわれるのか分からないんだから。
そして、まだ出会っていない攻略対象者は二人。そのうちの一人は暗殺者だし、どこかできっと出会うんだろう。出来ればその出会いが最悪なものでなければ良い。
試練はまだ先……そう思っていたけれども、朝食をリオンに見つめられながら食べると言う苦行だったり、リオンとスティが姉弟だって知って驚いたり、目の前で毒舌の応酬なんてものを繰り広げられて生きた心地がしなかっただとかは、これから起こる出来事に比べたらとても平和なカテゴリーに入るんだって、この時の私は思いもしなかった。




