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十一話 アザゼル・ヘルンバル

「リオンの進む道に光がありますように。一緒に歩けなくなってしまうその日まで、私は誠実を持ってこの剣を預かります」


 自分で一生懸命考えて言葉にしたんだろう。

 所々言葉足らずな部分があったが、五歳でこれだけの切り返しが出来るのならば将来有望だろう。自分がもう少し若ければ唾をつけていたかもしれない。

 そう思わせるだけの魅力があの小さな姫にはあった。


 ラグーン国唯一の尊い花。

 祝福を受けし王の小さき花。


 自国にて、そんな風に例えられているのを風の噂で耳にした時は何を大げさなと眉を潜めた。

 次に、側室との間に出来た子が黒に近い色を宿すその意味に気付き不憫に思い、まだ見ぬルナティナ姫とやらに深く同情した。正妃の子であればまた違っただろうに、彼女は黒に近い色を宿したばかりに茨の道を進むのだろうと。

 その色さえ宿さなければ、ただの政治道具として嫁に出されてそれなりに平和な暮らしが出来ただろうに……まあ、あとは正妃がどうでるかだがねえ。


 初めはただの興味。

 自身の生まれにそぐわない色を宿した可哀そうな姫。

 そんな風に思っていた。

 私はもう二十歳だし、私の下に弟はいないから特に関わることはないだろうと。

 けれど、これを運命というならば確かに運命のいたずらと言うのかもしれない。

 本当は気付かない振りをするつもりだった。

 だが、薔薇園であんなにも小さく消えてしまいそうな姿につい、声をかけてしまった。

 出来る限り何かしてやりたい。なんというか、庇護欲をそそる子だった。

 してもらうのが当たり前、姫であればそうであるはずなのにそうじゃない。

 姫らしくない姫。今まで出会った貴族の女とはまったく似ても似つかない。まあ、まだ子どもだからそう感じるのかとも思ったが……あの姫は今まで出会った貴族の子どもとも違った。

 与えられて当然、そう思っていないのだ。

 大切に、真綿にくるむように育てられているはずなのに、あの姫は自分の立ち位置をしっかりと把握している、そう感じ取れた。

 王族は中身……その血に宿る特異性から精神の成長が早いものだが、それでも年の割には聡く、また我慢することが当然という姿勢が興味をそそられた。


「めでたい事が続いたな! 正式な契約は後日にするとして、ここに一つの主従が生まれた事を祝おう。誠実を持つと答えたルナティナに。また、まだ庇護される側でありながらもダクルートスを継ぐと宣言したリオンに神の加護があらんことを!」


 国王の言葉にはっと我にかえる。

 周囲に合わせて拍手を送りながら小さな姫に目をやれば、そこには可愛らしく微笑む姿がある。ただ、それが困ったように笑っていると見えるのは私だけだろうか。うん。私だけなんだろうねえ。

 あの子は自分の置かれている立ち位置をしっかりと把握している。だからこそ、ダクルートス家の嫡子を騎士として手に入れた事に対し困惑し、出来れば逃れたがっている。

 きっとこの見方は正しい。長い付き合いではないが、あの姫はまだ幼いからか詰めが甘い。

 隠すならば完璧に隠さなくては。口さがないモノ達の餌食だろうに。

 多分今の私は、十分に哀れみを込めた眼差しを向けていたのだろう。

 私の視線に気付いたようで、小さな姫は困ったように笑い、黙礼をしてきた。

 それに答えるように頷けば、そのまま退室していく。

 どうやらこの場で簡易な主従を結んでしまった騎士もついていくらしい。嫌そうに、けれど諦めたように見えるのはきっと私だけなんだろうねえ。ああ、なんて可哀そうな姫君。この件で余計な火種を更に生み出したわけだ。まあ他国の事だし私には何の関係もないのだが。


「それでも、ついなんとかしてやりたくなるのは何故だろうね」

「ん、何がですかな?」


 隣にいたナルキ殿の質問に、笑ってごまかす。

 武人同士こういった腹の探り合い的なモノは軽くで済むからありがたい。

 簡単な挨拶を済ませて会場を後にする。

 料理も会場の装飾も全てが自国に比べて華美だと感じるこの国の花はとても小さい。王妃ですら可憐な見た目にそぐわぬ毒花だと言うのに。


「ああ、ここまでで良いよ。流石に王城内だ。心配はいらないよ」


 小さく囁いて影の護衛を下げさせる。

 だが、兄……王から付けられている護衛はこっそりついて来ているのだろう。

 私も良い大人だというのに、それでも心配性な兄につい苦笑してしまう。

 私が気配で探れない護衛をつける。それは本来であれば監視の意味もあるのだろうが、事前に知らされていればそれはただの過保護だ。


「自国に戻ったら、こんなに美しい薔薇園はそうそうお目にかかれないだろうからね……少し散策したら戻るよ」


 お疲れ様、と誰に言うでもなく呟けば、感じていた気配が少しずつ離れていく。

 地位ある身では完全に一人になることは難しいが、一人になっている気分は味わえる。

 ああ、ここで小さな姫を見つけたんだったな。少し前の事を思い出して知らないうちに微笑んでいた。


「私がもう少し若ければ違ったんだろうが……ああ、そうそう。ねえタナトス。君くらいの年齢だと許容範囲内だったかもしれないねえ」

「俺の年齢知ってて言ってる? 十五歳と五歳って俺、少女性愛者ではないんだけど。むしろ少女っていうよりも幼女? いろいろ無理だね」


 思考が霞がかってしまいそうな甘い匂いに眉を顰めつつ、背中に感じる鋭利な気配に振り返る。

 この香りの正体が思い浮かんで、溜息を吐いてしまった。

 振り返った先にいたのは、藍色の短髪と目の、どこにでもいそうな平凡な少年。

 宵闇色のマントに身を包んだ少年は、少し意識を逸らしただけで夜の庭園に溶け込んでしまいそうな程に存在感が感じられない。

 そう、こうして対面していても存在感をあまり感じないのだ。

 すれ違っても意識しない存在。

 別れたらすぐに忘れてしまいそうな顔立ち。

 暗殺者として彼以上に優秀な暗殺者はいないだろう。


「仕事の斡旋かい? ああ、護衛達は当然無傷だろうね?」

「もちろん。依頼以外の殺しをするなんて三流以下だからね。馴染みの顔もいたから、少し丁寧にしてきただけだよ」

「彼らは……何人つけられているのかは分からないが、王から預かっている大切な護衛だからね。無傷で返さなければ、ね」

「余計な仕事はしないってば。大丈夫。今日はたまたまアザゼル様を見かけたからご挨拶をと……そして忠告に」


 国政に携わるという事は、国の闇の部分も担うと言う事。綺麗なだけでは政治は出来ない。表に出してはいけない部分と言うものは必ず存在する。

 それなりに地位のある者であればお抱えの騎士団や護衛はいるだろうし、見せないだけで暗黙の了解で暗殺者なんていうモノも雇っていたりもする。それが国規模。王族でとなると表には出せない護衛なんていうのもあったりする。

 そういうのは大体暗殺ギルドから斡旋を受けるのだが…国公認の暗殺ギルドというのは実はかなりある。金でのやりとりの、それ以上も以下もないシンプルな関係。

 それなのに、暗殺ギルドの長が私に忠告?

 暗殺者の中の暗殺者と謳われる彼が、仕事ではなく親切心で?


「仕事以外での殺しは面倒だよ。けどそう思わないギルドもあるって話。まあ雇い主が雇い主なら雇われる方も雇われる方っていうことなんだろうけど。なるべく早く国に帰った方が良いよ。滅多に執着しないあんたが惹かれるなんて、これ以上気に入られても面倒だし」

「おや。良いのかい?」

「別に。うちが依頼を受けたわけではないしね。今の段階なら引き受けても良いかもしれないけど、天秤にかけちゃうよね。アザゼル様との仕事の方がよっぽど大きい」

「そうか。火の子が降りかかったとしてもそちらに巻くような真似はしないでおこう」

「うん、そうして。今回は違うし、面倒事はごめんだよ。右、左、まっすぐからの右。次は左で真っ赤な薔薇の下をくぐって右。そこから左上。きっとアザゼル様なら辿りつけるよ。あまり長くは持たないから」

「忠告すると言いつつも、している事はただのお節介のようだが?」


 方向的にタナトスが示すのは王城の居城エリアだろうか。

 この場合は多分、あの姫がいる位置……だろうか。


「これは、あれかい? 最後の別れをしろとでも?」


 自分で思っていたよりも低い声が出たらしい。

 少しだけ目を見開いたタナトスを見て、自身の変化に心の中だけで驚く。


「だから、暗殺の依頼は受けていないって。ただ、まあ……うん。気まぐれかな。そんな気分だったんだ。ちょっとだけ申し訳ない事をあのお姫様にはしちゃったからね。俺なりの勝手な償い? うん。押しつけの親切って奴かな?」

「それを言うなら押し売りだよ。ああ、君の所の者だったのか」


 姫君の誘拐事件は、表向きは偶然人身売買の組織が活動するエリアに入ってしまったあの姫が、身分に気付かれないうちに誘拐されたとされているが……さて、真相はどうだろうねえ。

 賊は全て捉えたと聞いてはいたが……ふむ。これはタナトスとの付き合いを見直すべきか?


「ああ、もっと調べてもらえれば分かると思うけど、俺のギルドから派生したどうしようもない出来そこないの集まりだよ。俺のギルドでは水準に達しない脱落者の集まり。勿論、俺の管轄外。」

「では、私の目に止まれば処分して構わないね?」

「見つかるようならそれまでなんでしょ。ほら、良いの? 薄れてきた」


 鼻孔をくすぐる甘い匂いにを思い出して眉を顰める。少しばかり香りが薄らいできてはいるが、それでも長く嗅いでいて気分の良い物ではない。

 タナトスの目線を無意識のうちに追い、タナトスが示した方向から彼自身がいた方へと視線を戻せば、もうそこには誰もいなかった。

現れるのも突然なら、消えるのも突然。

 どうせしばらくしたらタナトスの存在は覚えていても、どんな顔立ちをしていたか等は忘れてしまうのだろう。忘れている事にすら違和感を覚えない程、不気味なほどに。

 けれど確かに存在していたのだと、甘い匂いだけが残っている。

 私に耐性があるということは、眠りか麻痺かその辺りの効果がある香りだろうが……ああ、離れているから効かないという可能性もあるのか。


「さて、どうしようかねえ。とりあえず右だったかな」


 護衛には悪い事を今から行う。その自覚はあるが、自国に帰ればあまり自由には動けなくなる。

 この時ばかりは立場を煩わしく思うけれど、その立場の恩恵を今まで享受していたのだから文句は言えないだろうねえ。

 私はタナトスを追うことなく、恐らく眠ってしまったのだろう護衛達を置いて足を進めた。

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