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十話 リオン・エイタット・ダクルートス

 ルナティナ様の気配が扉から離れない。

 僕が離れるのを待っているのだと理解して下げていた頭を上げる。

 もう少し上手くいくかと思ったけれど、結果はこれだ。全然嬉しくない。いや、仮でもなんでも一応はルナティナ様のお側に仕える事が出来たわけだけれど! でも! だって! ああもう!

ルナティナ様の騎士になれたけど、完璧にはなれてない。僕は代替え品扱いだ! 僕はルナティナ様だけの騎士が良いのに!

 頭の中でルナティナ様の言葉が何度もぐるぐる回る。

 僕は今日この日を絶対忘れない。


「預かります」


 そう言って困ったような気配と一緒に僕の肩に剣を置いたルナティナ様。

 そうっと、優しく。剣とか普段握っていないんだなって分かる、不器用なくらいの慎重さで。

 断れない状況に持って行ったってのは分かってる。どうしたら断られずに済むんだろうっていっぱい考えたから。絶対に失敗しない方法を選んだ。もしここでルナティナ様が断るようだったら、それだけの人だったんだって諦めもつく。天狗になるわけではないけれど、有力貴族や他国の人達が集まる場で僕の一生に一度の大勝負。

 僕がっていうよりも、ダクルートス家を背負う者が行ったってなるのがすっごく悔しいけど、使えるモノは使わなくちゃ。持ってるモノ全部含めて自分の力。その力に振りまわされなければ良いんだから。


「リオンの進む道に光がありますように。一緒に歩けなくなってしまうその日まで、私は誠実を持ってこの剣を預かります」


 思い出されるのはルナティナ様の言葉。

 騎士になりたいって子達が憧れるそれとはぜんぜん違う宣誓の言葉。

 僕が欲しかった言葉はそんなモノではなかったのに。

 でも、それと同時にルナティナ様はやっぱり素敵な人なんだって分かった。

 僕が……というか、ルナティナ様の立場とダクルートス両方が傷つかないように切り返したんだから。受け取ると言われなかった。しかも主従解消が前提みたいな言い方をされた……と思う。僕はまだ子どもで、貴族独特の含みを持たせた言い回しとかはまだ完璧じゃないけど。でも、きちんとそれに気付けるように教育されてる。ああもう! 正直、そんな風に切り返してきたルナティナ様を素敵だと思っちゃう僕がいるんだからどうしようもないかもしれない。


「僕、それなりに利用価値はあると思うんだけどなあ」

 

 気付いたら溜息をついてた。そんな自分がなんだかいつもの自分じゃなくって、もやもやした思いに気付かないフリをして来た道を戻る。


 ダクルートス家は王の剣だ。

 数多くの優秀な武人を輩出してきた名家で、その地位はそうそう崩されない。

 そう教わってきた。

 僕はそんな家の跡取り候補。姉様はダクルートスの姓を名乗っているけれど、後は継がないって宣言してる。つまり残る跡取りは僕だけ。

 僕がよっぱど使えない人間でない限りは僕が次代当主。

 まだ子どもで家に守られている僕は、なんだっけ。カモがネギをしょってる……だったかな? いくらこの国が実力主義の国だとしても、僕を手に入れて楽にのし上がりたい人は沢山いるらしい。むしろ僕とお近づきになりたいって人がわんさかいるんだとか。

 だいたいはお父様達が僕と対面しないようにしてくれるけど、それは全部じゃない。五歳を過ぎた位から、ちょくちょく自分でも対応しないといけなくなった。本当は無視してしまいたい。でも貴族だからお付き合いとか大切で、僕はまだ僕自身の力を証明できていないからお父様達に守ってもらうしか出来ない。

 つまり僕はまだ選べる立場じゃない。そんな自分が嫌で早く一人前になりたかった。一人前の騎士に!

 でも、違う。

 騎士になりたかったけど、それって主がいるから騎士になれるんだ。

 主のいない騎士なんて騎士じゃない。

 そう思えたのはルナティナ様に出会えたから。


「もっと頑張らなきゃ」


 そう、ルナティナ様には僕しかいないと思ってもらえるように頑張らないと。でも、どんな風に頑張れば良いんだろう?

 ルナティナ様の側仕えっていう地位を手に入れた姉様が羨ましくて、とにかく僕も早くルナティナ様にお仕えしたくて王様との取引だってしたんだ。一つ間違えれば反逆者。もしくはダクルートスから追われる。

 うん。今思い出すと、かなり怖い事をやったのかもしれない。お母様に叱られた時はちょっとむかってきちゃったけど、今なら素直にごめんなさいが出来るよ。もうしません、は言えないけど。こればっかりは譲っちゃ駄目だと思うから。

 赤絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、少し前の事を思い出す。



 回復したルナティナ様と薔薇園で会ってから次の日、朝一番に王城から呼び出しがあった時はびっくりした。王妃様がいない非公式の謁見だって聞いた時はもっとびっくりした。

 王様と僕とお父様だけの謁見。王妃様がいない。それだけで変な想像をしてしまう。王妃様はルナティナ様と良好な関係を築いている。そういう風に聞いていたけれどこの場にいないってことは、ルナティナ様を邪魔だって考えてるのかなって。多分王様は僕の願いを分かってる。だからこそ、将来のダクルートスを背負う僕を欲しがるだろう王妃様を呼ばなかったのかなって。

 でも、王妃様がいないっていうことが、僕からしたら流石王様って思ってしまうけど、お父様からしたら面白くなかったんだろうなあ。

 黙々と廊下を歩きながら思い出し笑いをしそうになって、慌てて頬を引き締める。時々すれ違う警護の騎士の人達に変な顔してるのを見られるのが恥ずかしくて僕は足を進める。早くお父様に連れて帰ってもらおう。これからしなくてはいけないことも、考えなくちゃいけないこともいっぱいある。お父様はもうこの事については何も言えない。勝負は僕の勝ちだ。


 僕からしたら、僕の力が及ばなくって助けられなかったっていう見方しか出来ないけれど、大人達は違うんだよね。

 側室とはいえ王位継承権を持ってるルナティナ様が魔力暴走を起こして、それが王様の重臣の子を傷つけたっていう醜聞。ルナティナ様が正当な第一位の王位継承者だったらまた違ったみたいだけど、側室の子で、正妃の子が生まれてるってことだけで悪い事を考える大人は多いみたい。そういう感覚は本当に理解できない。理解できなくても、これからは理解できるようにならなくちゃいけないんだけど、うん。とりあえずあれだ。騎士を目指す貴族の子どもが怪我を負いながらもお姫様を守り抜いたって脚色した方が美談になるんだったよね。

 それならそれで別に良い。それでルナティナ様を悪く言ったり消そうとする奴がいなくなるならなおさらだ。


「あれの騎士になりたいと?」

「はい! ルナティナ様だけの騎士になりたいです」


 王様は子ども相手の僕でも、大人としてでなく王様として接してくれた。

 ニコリとも笑わない王様は、仕事中のお父様みたいに格好良くって、何も悪い事をしていないのに、首根っこを掴まれてるみたいなそんな感じになってしまう。

 でも、目を逸らしたら負けだと思ったから逸らさなかった。

 大きな謁見室。

 壇上の上から見下ろしてくる王様の目は怖くて、知らないうちに手にいっぱい汗をかいてた。


「お前の息子は、あれの騎士になりたいと申すのだな」

「まだこれは七歳ですからなあ。まあ身の丈にあった思いでしょうて」


 僕の隣に立つお父様が溜息混じりに言った。

 身の丈にあった思いっていうのがよく分からないけど、反対ではないのかな。

 クルシュ様を選ばなかった事が残念そうだったけど。こればっかりは仕方ないよね。赤ん坊相手に何を感じろっていうの。まあもう、どれだけ素晴らしいお姫様に育ったとしてもルナティナ様に出会った今ではもう無理だけど。


「あれの騎士を私の一存で決める事は出来ない。だが、お前が剣を捧げようとすることを止める権利は王である私とて持ち合わせていない」

「王!!」

「良いではないかナルキよ。懐かしいだろう? リオンは良い剣になる。まあ剣となるかどうかはあれ次第だが……今回の褒美もあるしな。わしは今回限り関与せんよ。それを生かすも潰すも二人次第。まだお前達二人にはいろんな選択肢がある。今回限りは選択肢も権利もお前達のモノだ。だが、次からはそうはいかないだろう。次がないようにせんとなあ」


 そう言って笑った王様の目は、お父様が笑った時みたいに優しい目だった。

 ほんのちょっとの間だけ、大人の顔をした王様。子どもを守る側の大人の顔。僕のまわりにいっぱいいる大人と同じ顔。でもすぐに王様の顔に戻って、緊張感が一気に戻って来たんだっけ。

 ふふ。あんまりにも王様の切り替えが早くて、気が抜けちゃってたのか腰が抜けそうになって慌てて踏ん張ったのは内緒だ。うん。お父様にはバレているかもしれないけど、知らないふりをしてくれてるって信じよう。お母様や姉様にバレなければ良いや。それで僕の平和は守られる。

 だいたい、姉様にこんな事が知られちゃったら情けないとかなんとか言われて、また変な特訓が始まっちゃう。そう、今度は狩りだけじゃ済まないかもしれない。姉様との個人対戦とかなら、対戦の回数だけ死ねる自信がある。むしろ死ねる自信しかない。


「あらリオンじゃないの」

「ひ!? あ、はい。姉様」


 出来ればもうしばらく出会いたくなかった。

 咄嗟の事で出てしまった悲鳴を誤魔化すようにえへっと微笑む。あれ、姉様が好きそうな笑顔ってどうだったっけ。


「何気持ち悪い顔しているの。笑うならきちんと笑いなさいな」

「あーはい。ごめんなさい」


 一瞬身構えてしまって、姉様の目が怪しく光った気がしたけど鉄拳は飛んで来なかった。

 そうだよね。ここ一応王城だし。普段みたいなことは出来ないはず。

 なんだ。王城って僕にとって安全地帯だったのか。


 メイド服の姉様。

 白と赤のエプロンドレスに、真っ赤な髪を後ろで一つに束ねてる姉様は……うん。相変わらずだなって思った。

 きっと見えない所に沢山の暗器を隠し持ってるんだろう。僕と違って魔力がほとんどない姉様は、そんなの関係ないくらいに戦いの天才だった。どれだけ有利なハンデを貰っても、あっという間にひっくり返されちゃう。むしろ神様、姉様に魔力の才能まで与えないでいてくれて本当ありがとう! きっと姉様に魔力の才能があったら、姉様の親切心で行われる僕の鍛練は……今以上の地獄だっただろう。

 遠距離から魔術で攻撃してるのに、短剣やら弓やら鎌やらいろんなモノで対処しながら突っ込まれて、氷でガードしても割られてそのままフェードアウトとかよくあることで、なんかもう化け物なんじゃないかっていうくらい強い姉様。というか、ただの武器でどうやって僕の氷魔術を弾いたり砕いたり出来るのか不思議で仕方ないんだけど。うん。姉様だから出来るってので納得してるけどさ。他の人は出来なかったし……姉様怖い。

 僕が姉様に訓練をつけてもらうようになってから、姉様は僕以外とは訓練というか、武術の講義は受けていないはず。つまりもう教わる必要がないってことだ。それでも毎日積み重ねなきゃどんどん出来なくなっていくから、手合わせとかいろいろしてるけど……不思議と相手は僕だけ。相手は他にもいっぱいいるだろうに……うん。今まで姉様の相手をしてた人達がすっごく僕に対して優しくなったとか、僕の事を影で尊い犠牲って呼んでるとか僕は知らない。気付きたくない。


「リオン? なにぼんやりしているの」

「うん。ごめんなさい。もうしないから止めてくれると嬉しいな」


 ざわっと鳥肌が立つと同時に、反射的に練ってしまった魔術構成を静かに解体していく。

 慣れたくないけれど、慣れてしまった姉様の殺気に普段通りの対応をしてしまいそうになる。

 王城って壊したら流石にまずいよね……いろいろ壊れないように防護の魔術は施されてるだろうけど……何かあった時の姉様の鉄拳が怖い。


「ふふ。リオンは賢いわね。わたくし、これから姫様の夜のお世話をしに行くの。今日のドレスを脱ぐお手伝いをしてその次は湯あみ。それから夜の番よ。姫様の日常をお守りしているの。すばらしいでしょう?」

「わーほんとだねー」


 ふふんって笑う姉様に一発入れたくなるけど、それは絶対に入らないし、倍返しじゃ済まないのも経験済み。

 姉様には敵わない。そう体の細胞一つ一つに教え込まれた。でも、今回ばかりは素直に負けを認められない。


「僕がそこに行くまでの間、よろしくね。姉様がいるから僕は安心してルナティナ様だけの剣になれる」


 今だけ。姉様がルナティナ様の全部でいられるのも今だけだ。

 姉様の大好きな顔で笑ったら、姉様は一瞬だけ顔を崩して、それからすぐに面白そうな目で笑った。

 これはあれだ。過去に何度も経験してる、いまからどんなふうに対処するんだろうって無理難題をつきつけた時の姉様の笑い方。

 でも、今日はちょっとだけ優しかった。


「お父様達によろしく。今夜くらい親孝行するのよ」


 ぐしゃって僕の髪をして、姉様が通り過ぎていく。

 いつもみたいに涙目になる手前の力加減。

 メイドの姉様と、騎士の僕。

 立場がかわっても、この距離は変わらない。なんだかそれがくすぐったかった。





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