八話
「預かります」
ごめんなさいって言葉を必死に飲み込んで、受け取った剣で怪我をさせないようにリオンの肩にそうっと刃を置く。
私はまだこういった儀式の正式なやりとりを学んでない。
自分だけの騎士とか素敵って憧れた時もあったけど、原作のルナティナとしての人生を歩むつもりなんて毛頭なかったし、さっさとフラグとかそういうのすっ飛ばして他国とかに嫁ぐ気満々だったから正直騎士って無縁の存在だと思ってたんだよね。憧れてはいたけど、騎士を作っちゃうとクルシュと将来面倒事が起こってしまうかもしれない、そう考えてた。
うん。しかし原作でルナティナを氷漬けにしちゃうリオンが私の騎士かあ。なにそれ怖い。
「リオンの進む道に光がありますように。一緒に歩けなくなってしまうその日まで、私は誠実を持ってこの剣を預かります」
本当は相手の名前を入れて、受け入れるとかそんな感じの言葉を言わなきゃ駄目だったはずなんだけど、それはつまり正式にリオンを私の騎士にするってことだ。うん。怖くて絶対無理!
だから脳みそをフル活用して、断りの常套句を失礼がないようにかなり言葉を選んで告げる。
こ、これならきっぱり断るわけじゃないし、王位継承権二位の私は、王家の剣であるダクルートス家の跡取りを完璧に自分の騎士にするんじゃなくて、クルシュが大きくなるまでちょっとお世話になりますとかそんな方向でいけるはず。それに自分で考えた言葉の方が誰かの傀儡となったんじゃなくって私の意思だって周囲は受け取ってくれるよね!
わあ。あざとい。黒いよ私。こんな黒い五歳児本当はいないよ。王族は神の祝福を受けてるとかで精神の成長が早いみたいなことが言われているらしいけど、流石になあ。まあ私は見た目五歳児の中身詐欺だけどさあ。もう。リオンって見る目がないのね。
「ありがとうございます」
どきどきしながら返事を待てば、リオンがふわって笑った。
そしてその言葉に選択肢を間違えずに済んだのだとほっと胸をなでおろす。
えっと、この次ってどうやるんだったっけ。ゲームと同じ仕様で良かったのかな。
あ、でも習ってないはずの私がそれここでやっちゃうと、いろいろ裏で取引があったとか余計な疑い持たれたりしちゃうのかな。動けない……どう動いて良いのか分からない。
「今この瞬間からルナティナ様の騎士として認めて頂けたという事ですよね」
すっと肩に置いた剣を自身の首筋に移動させたリオンが笑いながら、笑いながら!? いやいやいやいや。何やってんのさリオン。これはあれか。私に捧げたから、いらないなら切って捨てろってやつですか!?
「う、うん。だから」
「良かった。ありがとうございます!」
あ、年相応の笑顔。
くしゃって笑ったリオンがそっと丁寧な動作で首筋から剣をすくい上げるようにして口元に持って行く。
何度も見た、見覚えのある光景。
姿も年齢もなにもかも違うけど、私はこの光景を知ってる。美麗イラストで描かれた、主人公に忠誠を誓う騎士のスチル。
スチルに悶えていた昔の自分と今との差に思わず遠い目になってしまっていたら、リオンはそのまま刃に流れる動作で口づけていた。周囲で固唾を吞んで見守っていた野次馬、とくに女性陣からほうっという感嘆のため息が聞こえる。うん。綺麗だね。絵になるよね。リオン格好良いし、ちょっと色気なんかも感じちゃう。ああ、なにこの七歳児。怖い。そもそもこんな七歳児嫌だ。自分の事はこのさい棚に上げちゃおう。
「めでたい事が続いたな! 正式な契約は後日にするとして、ここに一つの主従が生まれた事を祝おう。誠実を持つと答えたルナティナに。また、まだ庇護される側でありながらもダクルートスを継ぐと宣言したリオンに神の加護があらんことを!」
いつの間にかすぐ側まできていたお父様が声高に宣言する。
決して大声を出しているわけでもないのに、その声はしっかりと会場に届いておおっと周囲の貴族が私達に温かい拍手を送る。やばい。なにこれ。なんか大ごとになっていやしないですか!?
「受け入れてもらえて嬉しいです! 僕、頑張りますね!」
リオンのきらきらした笑顔が胃に来るのは私だけでしょうか。
お父様はにこにこしてて、周りの貴族は腹のうちはどうであれ笑顔で祝福の言葉を送ってくる。
そうだよね。この国は実力主義の国。
王族以外は例え貴族であったとしても世襲制ではなく、実力での継承制。つまり親の七光とか威光とかでは優秀な従者は手に入らない。より良い人材が欲しければ、周囲に惚れ込まれるような何かを持ってなきゃ無理。貴族の三男が長男退けて後を継いだり、それなりな地位にいる貴族が良い跡取りに恵まれずに没落とかこの国ではよくあることだ。親に仕えていた従者がそのまま子にも仕えるかといえば、そこはリセットされちゃうわけで引き継ぎなんてものはない。うん。徹底した実力主義の国。その国で経緯はどうであれ私はダクルートス家の跡取りであり、ダクルートスを継ぐと宣言した将来有能なリオンを手に入れた事になる。
うわー! うわー! 取り消したい! 王妃様がこれを知ったらと思うと今から胃が痛い。
早く私だけの王子様を見つけて嫁ぎ逃げしなきゃ!
「あ」
無意識にきりりと痛み出した胃に手を当てていたら、そんなに遠くない位置にいるアザゼルと目が合った。初めにお父様達と会話をしていた位置とは大分移動して、ダンスホールのぎりぎり外。ナルキと一緒に私達を見てたのかな。
なんとなく可哀そうな者を見るような目で周囲に合わせるように拍手を送るアザゼルに、ちょっぴり泣きたくなったのは秘密だ。