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七話

「ルナティナの相手をして下さっていたのか。これはまだ公の場にあまり慣れていなくてな」

「いえ。打てば響くとはこのことですね。とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。ナルキ殿もお久しぶりです。合同遠征以来ですよね。貴殿とはまたご一緒したいものです」

「おお! アザゼル殿にそう言って頂けるとは儂もまだまだ現役でいけますかな。次の遠征でも何卒宜しくお願い致しますな」


 合同遠征って何? そんなイベントがあったっけ?

 お父様達の会話に耳を傾けながら前世の記憶を辿ってみる。んーそれらしき物は何一つとして思い出せない。ん? ああ! 攻略対象者のバッドエンドにそう言えばそんなのがあった気がする。どうしてそんな流れになってしまったのか分からないけれど、戦争になっちゃうってのがあった。でもそれとはまた別だろうし。んーアザゼルの国とは同盟を結んでいるからそれのことかなあ。あまり自分自身の前世は覚えていないけど、ゲームに関してだけは自信がある。前世の私はきっとゲーム中心の人間だったんだろう。その私が覚えていないんだからきっと物語自体にはあまり関わってこない内容だったのかもしれない。


 一見、傍から見れば和やかな大人の会話に見えるけど、みんなお腹の中にタヌキをいっぱい飼ってる。いくつか私が知らない単語や言い回しを聞きながら、これが外交の一つかと妙に感心してしまう。

 私は将来王にはならない。でもこの世界でルナティナとして生きていくからにはいずれ必要になるスキルなんだろうな。それが大人になるってことだよね。

 そういえば、こういった風に和やかな中でお互いの探り合いとかクルシュに出来るのかな。ある程度育ったら私みたいにシフィ先生がスパルタで鍛えるんだろうけど……いまいちゲームでのクルシュは庇護欲をそそる真面目な女の子って感じだったから、こういう腹の探り合いは向いてない気がする。

 そんなことを考えながらとりあえず現実に目を向ける。流石にいつまでもアザゼルの背中に隠れているわけにはいかない。なのでお父様寄りの、それでもってそのままアザゼルの斜め後ろに移動する。一番最初にリオンが視界に入って、そのまま上へと移動させるとあまり似ていない父親であるナルキの顔。普段は厳ついとかそんなイメージなんだけど、この時ばかりは世話好きなおじいさんとかそんな感じの柔らかさがあった。なんていうかナルキはリオンの父親の割には脳筋な所があって、体育会系のノリなんだよね。上下関係をとても大切にするけれど、実力主義でもあって下剋上ばっちこーいな人だったはず。見ていて気持ちの良い人だ。


「そしてこちらがナルキ殿のお子かな。今回の件はこちらにも流れて来ておりますよ。とても優秀だと。将来、公式の場で会うのが楽しみです。それで彼は何を望んだんです?」


 本人が目の前にいるのに、リオンを通り越して王に話を振るアザゼル。

 まあ立場的にはそうなっても仕方ないんだけど。でもなんだかなあ。大人同士の会話ってきっちり線引きされていて面白くない。

 それにもっと面白くないのは、アザゼルの問いにこっちの様子を窺っていた貴族達の視線が増えたこと。

 マナーは悪いがついばっと振り返ってみれば、誰とも視線は合わない。誰か鈍そうな人が一人はいても良いでしょうに。もう! 見るなら堂々と見れば良いのに! こういう所は貴族っていう生き物の凄い所なんだろうけど、やっぱり今回の件は秘匿されていないし関わりがないなら単純な野次馬根性で気になるよね。だって私も気になるし。リオンは何を望んだんだろう。


「権利と選択肢だ」

「権利と選択肢?」


 お父様の言葉はとても簡潔で、アザゼルと一緒に思わず首を傾げてしまう。どういうことかとリオンに視線を向けるとにっこりと微笑を向けられあははと笑い返す。そもそもリオンや私にまだ発言は許されていなかったんだとナルキに視線を向け直せば、人の悪い笑みを浮かべるナルキがいた。なんていうかあれだ。お見合いの仲介好きのお節介なあばちゃん的な奴。


「王よ。そろそろリオンの発言を許可して頂けますかな」


 にやにやと笑うナルキに若干の気持ち悪さを感じながら、というかお父様もなんだか楽しそうだね? 何? リオンは一体何を望んだわけ??

 ぐるぐると思考の渦に沈み込んでいたら、許可を得たリオンが一歩私の方に踏み出してきた。条件反射で一歩下がってしまおうとした足を叱咤してなんとか踏みとどまる。態度に出すのは宜しくない。よく耐えた私! 誤魔化すようにへらっと笑みを浮かべたら手を差し出された。


「他の皆様方のように優雅に舞う事は出来ませんが、どうか僕に一時の夢を頂けませんか」


 差し出された手を思わず見つめて、そのままお父様へと視線を移す。これがリオンへのご褒美?

お父様は私をじっと見つめるだけで何も言わない。それがなんとなく居心地が悪くて、私はリオンの手を取った。そっと乗せたリオンの手は、手袋越しなのに固く感じる。それだけ鍛えてるって事だよね。


「よろしくお願いします」


 お父様やナルキ、アザゼルに黙礼をしてリオンについて行く。

 うう、貴族達の視線が痛い。心配しなくても将来有望なリオンと私がくっつく事はないし、私がダクルートス家の後ろ盾を得て馬鹿やらかすとかもあり得ない。声を大にして言いたい。でも本当にそんな事をやった日にはクルシュが成長する前にいろいろと私の人生が終わってしまう。


「あれ? リオン?」


 すぐに踊りの輪の中に入るのかと思えば、リオンは近づくだけ近づいて止まってしまった。不思議に思って見上げれば、さっきの微笑みよりも年相応な笑顔が浮かんでる。

 こう、わんこがご褒美を貰えて嬉しくて仕方ないみたいな無邪気な笑顔。やっぱり武芸の家の生まれだし、お姫様とダンスとかに憧れるお年頃なのかなあ。

 私、側室の子だけど一応お姫様だし。クルシュのスペアだし、まだそれなりに利用価値はあるし。リオンにとってもまだ損な存在ではないから良かった。


「僕と踊るのは、気が乗りませんでしたか?」

「え?」

「行きましょう」


 曲が終わって次の曲への序奏が始まる。シフィ先生と踊った曲よりもかなりアップテンポでリオンの足を踏まないよう本当にすっごく気をつけながらくるくる回る。てかあれだ! なんか誤解させた!?


「リオン、リオン」

「はい」

「リオンと踊るの楽しいよ! でも、これがお礼なの?」


 出来ればずっとリオンと目を合わせて何を考えているのかきちんと聞きたかったけど、踊りの振り付け的にそれは難しいから粗相にならない範囲でリオンに視線を向ける。


「僕との話を覚えていますか?」

「うん。贈り物の話でしょう?」


 踊る事がリオンからの贈り物になるのかっていうと違うよね。

 わけがわからない。

 リオンはただ笑うだけで私をくるくる回す。踊っている周りがなんとなく気を使って距離を開けていてくれる分もあるけれど、リオンのリードは上手でちょっと姿勢が崩れてもすぐに立て直してくれるから安心して大胆に踊れる。てか本当に七歳? 王族はその血筋から精神が育つのが早いとは言われてるけど、リオンは普通の貴族。これがゲーム補正って奴なのかな。


「この先ルナティナ様と一緒に踊れる栄誉は貰えないでしょうから、これは僕の我儘です」


 どういうことだと尋ねようとしたら、最後にもう一回ぐるんと回されて口を開くタイミングを失う。回っている一瞬に面白そうにこっちを見るアザゼルと目が合った気がしたけど、すぐにリオンに向き直ってお互いに一礼をする。1分もない曲だったけれど、あれだけくるくる回されると流石に辛い。


「ルナティナ様、贈り物を受け取って下さる約束でしたよね」

「はい?」


 息を整えて姿勢を正せば、ホールのど真ん中で跪くリオンがいた。はい? え? 右膝をついて左足は立てて頭を下げられる。これはあれだ。まさにお姫様に騎士が傅く乙女漫画によくある光景。いやいやいや、この場合は乙女ゲーム??


「リオン、なにを」


 わけがわからなくて一歩踏み出せば剣を向けられた。

 腰にお飾りで差されていた宝飾のようの綺麗な剣。向けられたというか、リオンが剣の刃を持って柄を私の方に向けてるから、これは剣を差し出されているの?


「終生、僕の剣をルナティナ様に」


 リオンの言葉に周囲がざわめく。意味が分からなくて、というか理解したくなくて誰か助けてとリオンから視線を外そうとしたら、ぐいっと剣を更に前に出されてつい受け取ってしまう。

 おお! 受け取っちゃったよ! 返品……できないよね。わあ、わあ、私の馬鹿!

 そもそもなんで? なんでなんで? こうじゃない。こんなストーリーは違う! だって私はルナティナよ!?


「この命尽きてもリオン・ダクルートスとしての自分を永久に捧げさせて下さい」

「ご、ごめ」


 ごめんなさい。

 そう答えようとしたらリオンの目に捕まった。あれだ。蛇に睨まれたカエル。 まさにそれだ。怖い! 怖い怖いよリオン! てかなに本当に暴走しちゃってるのさ! リオンが仕えるのは私ではなくて主人公でしょう!? これか? これが世に言う悪堕ち!? リオンが私についてそのまま悪の道へ真っ逆さま。それを大きくなった主人公が救うってフラグかこれ!?

 剣を受け取ったままだらだらと冷や汗を流す私に、リオンはさらに頭を下げる。


「守るという約束は完全には果たされませんでした。今度は、必ず守り抜きます」


 約束。その言葉にリオンとの約束を思い出す。賊から逃げるのに守るって言ったあれか!?

 脳筋だ! 間違いなくナルキの息子! 脳筋だよ残念な子だよリオン!

 しかもあれか! 贈り物ってリオン自身!? 嬉しくもなんともないよ!? これはなんとしても断って…って、断ったら私、王の覚えめでたき重臣の跡取りの面目丸つぶれとかになるのかな?! 将来に対する死亡フラグここで立ててしまうの!?


 死にたくない!

 ただ、ただそれだけの思いで私は口を開いた。


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