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六話

 この世界は身分社会。

 平等なんて言葉もあるけれど、そんなのが言えるのは権力がある者だからこそで、平等っていう言葉が出ること自体が平等じゃないってことだ。

 何が言いたいかと言うと、この世界は前世と同じように身分がある。

 ここでの私は側室の子と言えども王の子。主人公であるクルシュが生まれた事で地位は一つ下がってしまったけれど、それでも王、王妃、クルシュに次いでの四番目の地位。だからこの国で私に背後から声をかけるなんて無礼な真似をする人は家族以外いない。まあ先生は公の場でなければ身分は置いておいて生徒として指導して下さるからあれだけど。つまり、背後から声を掛けるとすればそれは。


「突然失礼。初めまして、小さな姫君」

「はじめまして」


 にこりと笑って振り返る。

 うん。私と同じ立場の人しかいないよね。

 相変わらず腰にずんってくる甘い美声に反応が少しだけ遅れてしまう。

 今夜は三つ編みではなく首元で一つにゆるく結んで、貴族が着るような……うん。貴族とかじゃなくてこの人ってば王族だったわ。藍色のスーツにそのまま朱色の衣を羽織ってる。ああ、相変わらずのイケメン。和洋折衷な格好を多分フツメンがやったら違和感半端ないんだろうけどなあ。ただしイケメンに限るって本当なんだねってどうでも良い事を思ってしまう。


「アザゼル・ヘルンバルと申す。以後お見知りおきを。宜しければ伺っても?」

「はい。ルナティナ・シュバルティア・ラグーンです」


 淑女の礼を取って視線を上にあげると、パチンって悪戯っこな微笑みと一緒にウインクをされる。おお。流石イケメン。嫌味がない。


 ちなみにこの国っていうかこの世界の人間の成人は十六歳。それまでは両親両方の姓を名乗る。成人した時に父か母、どちらかの姓を選ぶっていう面倒なしきたりがあったりする。私としては早い所お父様の姓のラグーンを外してしまいたいんだけど、流石にそれはまだ時期じゃないから出来ない。うーん。お父様の姓を外すだけで私の身に起きる危険度もかなり下がるはずなんだけどなあ。まだ五歳の私が何を言っても、誰かの入れ知恵とか疑われて余計な諍いを招きそうだし難しいんだよね。


「ルナティナ姫はとてもダンスが上手なのですね。思わず声を掛けてしまった。宜しければ一曲私とも如何かな?」

「えっと」


 自国内の貴族であれば私の方が立場が上だし、むしろ有力貴族の子どもの誘いなんてぶっちゃけ断ってもどうとでもなる。でも招待された側の、しかも他国の王族の誘いを断るってのはいろいろとまずい。

 アザゼル自身は断ってもなんとも思わないだろう。むしろ庭園での件があったから正式にお知り合いになりましょうって声を掛けて来てくれたんだろうし。

 うーん、でもなあ。出来れば踊りたくない。長身のアザゼルと踊るって私どれだけ見世物なのよ。身長差ありすぎると本当に辛い。公式設定で百八十センチだったかな。対する私はやっと百センチを超えた所。なんの嫌がらせだ。アザゼルはシフィ先生よりは多少低いけれど、それでもシフィ先生とのダンスでも大変だったのに!


「そういえばこの国は花だけではなく甘味も美味と有名だと聞いているのだが。薔薇のジャムはこの国の特産品。今日の会にも出されているのかな?」


 逡巡した私の内心を綺麗に読みとったのか、さりげなくも強引なエスコートで立食コーナーへとエスコートされる。

 おお! 流石ゲームでは甘いマスクに大人の包容力とかが魅力と騒がれていたキャラなだけあって気付いたら差し出された手を取っちゃってるよ。

 周囲の視線を感じるけれどあまり怖いモノは感じない。

 私が子どもってのも大きな要因かなあ。今のアザゼルは二十歳。二十歳と五歳かあ。これってお兄ちゃんが姪の世話するとかそんな微笑ましく見えたりしないのかしら。これが十年後とかだったら、嫉妬に狂った視線とかでドロドロな展開とか……ああ、あったわ。アザゼルのイベントでは周囲の嫉妬とかは付き物だった。

 でも仕方ないと思う。アザゼルの長兄は国王やってて次男は国王補佐の宰相。アザゼル自身も臣下ではあるけれど王族だし、国をまとめるって重責は少なくてイケメンで中身も良ければ女性が放っておかないよね。


「あ。ありがとうございます」


 ぐるぐるいろんな事を考えていたら、目の前に綺麗にお菓子が盛りつけられたお皿を差し出される。しかも全部一口サイズにカットされてて食べやすいようになってる。いつの間に係の者に指示を出して受け取ったんだろう。

 ありがとう、と口ではなく手をあげて仕草で係の人に伝えるアザゼルに出来た大人だなあって思う。


「このケーキにかかっているジャムも薔薇だろう? 私が住む国もこちらのように花が育ちやすい気候であれば良かったんだが」


 そういってとても上品に食べるアザゼルの姿に思わず目を奪われる。ああもう! なんだかずっとアザゼルに目を奪われてばかりだ! 私が大人の女性じゃなく、ここではまだ子どもで本当に良かった。大人になった私に今みたいなフレンドリーな感じでアザゼルが絡んでくれるかって問われたら絶対にありえないけど、うん。しっかりしろ私。


 タルトにかかっているオレンジ色のジャムは品種改良された薔薇を砂糖で煮込んでつくったもの。どうやって綺麗なままの色を保っているのかはこの国の秘密で、この国の特産品の一つ。かなり日持ちするから、お土産とかで有名だったりする。ちなみに、ラグーン国の薔薇ジャムを使ったお菓子は恋人の両親に会いに行くのに選ばれる手土産ナンバーワンだったりもする。


「あの少年はナルキ殿のお子だったのか」

「え?」

「ほら。姫君の小さな騎士だよ。見えるかい?」


 アザゼルが向ける視線を辿れば、お父様とナルキが話す姿が見えた。長身の二人に隠されているけれど、角度を変えたらリオンの姿がしっかりと見えた。

 開会の挨拶は終わったし、いつの間にか王妃様が退席してお父様だけ壇上から降りて来てる。本当は王たるもの悠然と王座に座っているものなのかもしれないけれど、そこらへんこの国はゆるかったりするんだよね。そうじゃないと乙女ゲーム主人公が動き辛すぎるもの。そこら辺は現実世界になってもきちんと影響されてるのね。

 元冒険者のお父様の性格あってのものかもしれないけど。


「良いかルナティナ。王族の血は確かに尊い。だがそれに胡坐をかいていては傀儡の王となってしまう。お前は早く自分だけの剣と盾を見つけないさい」


 これはまだお父様が普通に私の寝所に来て下さっていた頃、寝物語のように言い続けた言葉。お父様なりにいろいろ心配してくれてるんだよね。


 じっと見ていたらお父様と目が合う。ん? こっちへこい? お父様の意図がいまいち読みとれずにアザゼルに視線を向けてしまう。一応私、これは接待中よね?


「なるほど。姫君の騎士はナルキ殿のお子か。それはさぞ優秀なんだろう。それこそ物語の王子のように。ここはお姫様の感謝のキスで完結するのかな?」


 ぱちんっと私にしか聞こえない声でウインクをするアザゼル。その内容を聞いて納得する。これはあれだ。今回の誘拐事件は隠されてないんだった。隠す方が私がキズものにされたとかの誤解を生みだしやすいし醜聞にもなりやすいから、それならばいっそ隠す事はやめて美談として広めてしまえって動きがあったんだってシフィ先生が言っていたもの。つまりこれはそれの締め? 私があの輪に入って改めてお礼を言ってお父様が褒美をとかって言う流れなのかな。


「あ、りがとうございます」

「どういたしまして。ふふ。私も王と話しがしたかったから丁度良いんだ」


 手に持っていたお皿をすいっとアザゼルが取って下げさせる。そのまま空いた私の手を自然にリードしてお父様達の方へと向かう。自国の貴族達の物言いたげな視線をばしばし感じるけれど、流石にこちらから話しかけていないわけだから、王族二人を相手に話しかけてくる馬鹿はいない。普段だと私から話しかけろっていうオーラをびしばし飛ばされるんだけどアザゼルがいるとかなり楽だなあ。

そんな事を考えていたら、ふいにゾクッて冷たいモノが背中を駆け巡った。


「リオン?」


私の声に反応してリオンが微笑む。花が綻ぶみたいに可愛らしい笑顔なのに、何故か寒気が止まらない。アザゼルが私の目の前に立つ。視界がアザゼルの背中で閉ざされたけれど寒気が少し増した気がした。



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