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五話

 上を見上げれば大きなシャンデリア。下を見下ろせば床は大理石。

 その上に敷かれているのは真っ赤な絨毯。

 けれど中央の部分にのみダンスを踊りやすいようにと滑り止め防止の魔術が施されていて、ふかふかの絨毯のはずなのにそこだけダンスホールのよう。

 壁側は立食形式でいろんな料理が並んでる。いいなあ。あ! 美味しそうなお菓子がある。あれなんだろ? マカロンタワー? おお! クリームたっぷりのケーキもある! 

 いいなあ。立ち居振る舞いとか気にせずに子供らしく食べたい。

 お菓子なんて食べ放題なイメージだったけれど、実際のお姫様はそんなことなかった。まだ五歳なのに肌のお手入れやら体の成長を考えられた食事……お茶の時間はそのままマナーの時間だからばくばく好きなだけお菓子を食べるとか出来ないし。ああ、よだれが出そう。


「ルナティナ」

「はい、お父様」


 ちょっと現実逃避し過ぎていたみたいで、慌てて、でも顔には出さずに笑顔を浮かべて返事をする。危ない危ない。こんな所で馬鹿をやろうものなら役立たずのフラグが立ってしまう。


 勇者が王様に謁見する。

 まさにそんな感じの部屋に今、私はごてごてに飾り立てられて王座の隣に立っていた。

 王座に座るお父様の腕の中には、丁度各国からの使者や自国の有力貴族にお披露目されたばかりの目を瞑った赤ん坊。くるくるの薄紅色の髪。桜色って言った方が良いのかなあ。目も同じ色だったはず。うん。ゲームの主人公と同じ色。

 お父様はこげ茶の髪に私と同じ赤い目。王妃様は金髪青目で割とよくある色。うん。なんでこの二人の遺伝子から薄紅色が出るのかは謎だけれど……こういうのは突っ込んだら負けなんだろうね。


「お前は私の誇りだ。神に愛された王家の花。これからも誇り高くクルシュの手本となるように」

「はい」


 若い頃はお忍びでギルドに冒険者登録して腕を磨いていたらしいお父様は、四十後半となった今でも体はがっしりとしていて、それでもって長身だから本当に威圧感がすごい。

 でも、私に向けるまなざしは幾分か柔らかい。執務中のつり上がった目など向けられようものなら、蛇に睨まれたカエル状態で固まる。むしろ怖すぎて泣く。まあ、私もお父様譲りのつり目なんだけどね。そこはお母様に似たかったな。悪役ポジションだからどうあがいても無理なんだろうけれど、乙女心的にはちょっと垂れ目とか柔らかめな顔に生まれたかった。

 ああほらほら。お父様が滅多に崩さないしかめっ面を和らげるものだから、王妃様の目が笑ってないよ。ひーやめてー。


「ですが本当に無事で良かった。今回の件は心臓が止まるかと思いましたわ」


 妖艶な美女っていうよりも、可憐な妖精の女王様みたいな感じ。可愛い系の美人さん。

 私が薄紫のドレスなら、王妃様はラメ入りのピンクのドレス。二十代後半。それでもこの世界からすればおばさん的な立ち位置になろうかって女性が選ぶにしては幼い色かもしれないけれど、うん。庇護欲をそそる感じだ。目もくりっとして、唇もふっくら。ふわふわした小動物みたいな人……猛禽類にしか私には見えないけれどね。


「心配して下さってありがとうございました。ですが王妃様、物語みたいに素敵な王子様が助けてくれたから大丈夫でした」

「まあ。いつも言っているけれど王妃様だなんて呼ばなくても」

「将来大きくなったら後継ぎはクルシュ姫です。けじめは大事だって先生に習いました!」


 にこっと無邪気な笑顔を意識して顔に貼り付ける。

 誰がお義母様だなんて呼ぶものか。親子の繋がりは薄くなってしまったけれど、私のお母様はただ一人だけ。それにお義母様だなんて呼ぼうものなら、自惚れるなと影からの報復が来そうで怖い。


 基本、王妃様とのやりとりにお父様は介入しない。傍観を決め込まれているのかもしれないけれど、多分いろいろ立ちまわりとか観察されている気がする。父としては心配してくれていると信じたいけれど、王としては私がどこまで使えるのか見定めなければいけない。だからこれは仕方のない事。前世の私だったら絶対理解したくなかっただろうけれど、王女としての教育を受けている今なら素直に受け入れられる。お父様がきちんと王として立たれているから国が機能する。上が崩れれば国が崩壊する。だからこそ優先されるのは親子の情よりも王としての判断。うん。理解は出来るけれど感情はやっぱり別でちょっと寂しい。


「しかし、ダクルートス家の嫡子はとても優秀なのね。流石だわ」

「ナルキが育て上げている子だからな。あそこは姉弟共に優秀だ」

「将来が楽しみですわ。ナルキのように国を支える重臣となるでしょうね」


 夫婦の会話になったっぽいので、そっと黙礼をして席を外す。

 主人公であるクルシュのお披露目や王の言葉が終わり、階下を見下ろせばパーティが始まっていた。中央では色鮮やかにドレスがくるくる回ってきらびやかで楽しいけれど、今からあそこに降りなければいけないのかって思うと少しだけ胃が痛くなる。


「シフィ先生」


 お父様達への挨拶が終わったシフィ先生と目が合って、ほっと息を吐く。

 そのままこっちへと来てくれるシフィ先生に、将来の事を考えたらあまり頼っては駄目なんだって分かっているはずなのに安心してしまう自分にちょっと落ち込む。

 大丈夫。私が道を踏み外したりしなければシフィ先生は怖い人にならない。うん。出来ればクルシュには絶対にシフィ先生を選んで欲しくない。シフィ先生が敵にまわるとか無理過ぎる。回避出来る気がしない。


「よろしければ一曲如何ですか? もうすぐ曲がかわります」

「はい!」


 差し出された手を取って階下へと降りれば、丁度アップテンポからゆっくりな曲調に変わる。

 子どもの私にも踊りやすいゆっくりめの曲。

 シフィ先生にリードを任せてくるくるとダンスフロアをまわっていく。


「シフィ先生、ありがとうございます」

「いえ。姫君もこれから微妙な立場ですしね。自国の者はやめておきなさい。話す程度に留めると良いでしょう」

「はい」


 あまり唇を動かさずに、柔らかい笑顔だけを張り付けて言うシフィ先生にお礼を告げる。

 一番最初に踊る人っていうのは、貴族社会では割と重要だったりする。

 大体は親族もしくは婚約者と踊るものだけれど、そうじゃない場合はこれから親しくしますよってアピールになる。つまり、政略結婚相手になるかもしれませんって奴だ。

 うん。心配ありがとうございます。ぱっと見てみる限り確かに社交デビュー前の子どももいるけど今回は挨拶のみに留めておくつもりだったし大丈夫。

 話すとすれば他国の外交官とかかなあ。まだ子どもの私に向こうがどこまで相手にしてくれるかわからないけどね。


「先生が一番最初で嬉しかったです。ありがとうございました」


 曲が終わってお辞儀と一緒にお礼を言う。

 もし私が断り切れず誰かと踊る事になっても、大人の思惑は絡められないだろう。

 もしそうなってしまったら、多少面倒だけれどいろんな人と踊れば良い。

 沢山踊ってその他大勢にしてしまえば貴族間の均衡は保たれるはず。一番最初はこの国の宰相である先生だし、これで大丈夫。


 先生はまだ何か言いたそうにしていたけれど、それなりに注目を集めている私達に集まる視線の前に断念したみたいだ。

 多分私のこれからのこの場での行動での注意とかそんなものなんだろう。

 だから私は大丈夫ですよって伝わるように笑って頷いた。

 貴族間のバランスを崩すつもりもないし、反王妃派の貴族に担ぎあげられるつもりもない。これは多分、クルシュが三歳になって魔力測定をするまでは表立っては動かないだろうけどね。

 まだクルシュが私より優秀なのかそうでないのか分からないもの……私は知ってるけど。


 淑女の礼を取り、先生と別れる。

 このまま料理のコーナーに行って腹ごしらえしつつ全体を見渡そう。そう思って、無邪気にお菓子に目線を奪われる子どもっていうのを割と本気でしながら向かっていたら名前を呼ばれた。

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