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四話

 一、二、三。

 軽く深呼吸をして、覚悟を決めて後ろを振り向く。

 そこには一生懸命顔に出さないように息を整えようとしてるリオンがいた。追ってきてくれたんだ。額には汗が浮かんでる。いくら春で過ごしやすい季節でも、この庭園を走り回るのは重労働だったんだろうな。ああ、ますますごめんなさいって気持ちが増えていく。


「あの」


 覚悟を決めたはずなのに、一歩踏み出してきたリオンに反射的に下がってしまう。あ、だめ。咄嗟にしてしまったことで、他意はなかったけれどリオンがそれを見てくしゃりと顔を歪めた気がした。


「丁度良かった。姫君はお疲れのようだ。君、メイドを呼んで来てくれるかな」


 私に話しかけてくれた声よりも、少しだけ低い声。

 命令することに慣れきった統治者独特のもの。

 どうしようってただそれだけで動けないでいたら、大きな背中に隠されてリオンが見えなくなる。


「これは……失礼致しました。ですが」

「もう大丈夫です。迎えが来ましたから」


 彼に対して言葉を続けようとしたリオンに被せて、大きな背中から抜け出す。

 彼の身分から考えたら、不興を買ったと捉えられる事はないと思うけれど、リオンが出るより私が出た方が良い。


「大丈夫なのかい?」


 一瞬だけ視線をリオンへと向けて、それから柔らかく目線を私に向ける。

 あー。子どもの喧嘩か何かだと思われたのかな。

 とりあえず気持ちを切り替えて、すっと背筋を伸ばして淑女の礼を取る。

 同じ立場だけれど、今回はこちら側が招いた側。礼を尽くすのが当たり前だろう。


「ここまで連れて来て下さりありがとうございました。私は」

「アザゼル」


 ん? 疑問が素直に顔に現われていたようで、また柔らかく微笑まれる。

 いやいやいや。ここは私が正式に名乗って非礼を詫びる所では?


「見事な庭園だね。流石はラグーンが代々作りあげてきた庭園なだけはある。だからつい、ただのアザゼルとして散策をしたくなった……まあお互いそれは難しい立場だがね。けれど今日は本当にただの散策だったんだよ。だから、また会う機会が正式なはじめましてだろうね」

「ありがとう、ございます」


 言葉の意味をしっかりと噛み砕いて、この出会いをなかったことにしてくれた彼にお礼を言う。 ああ、やっぱり彼は大人だ。前世で何度画面の前で悶えたことか。

 今もきっと、私達の間にある微妙な空気に気付いてリオンを遠ざけようとしてくれた。でも、それじゃ嫌だっていう私の気持ちを汲んでさらにこの出会いを公的なものじゃないようにしてくれた。そうだよね。ここでお互い名乗り合ってしまったらこの出会いが正式な物になってしまうから。

 彼にとってはこの国の姫を助けただけ。でもこちらにとっては、他国から招いた客人に失礼をしてしまったことになる。上に立つ者の行動一つで国の指針が決まっちゃったりするからこういうのって本当に怖い。


 お礼と共に降ろした視線をゆっくりと上げる。大きな背中。出来れば主人公は彼と恋をしてほしいな。バッドエンドにさえ行かなければ、彼との恋愛は砂糖菓子みたいに甘くて素敵な物だから。 もちろん乙女ゲームにありがちな心の闇とかそんなものもあるけれど、大恋愛の障害として良いスパイスになると思う。そういう風に思ってしまうのって不謹慎かもしれないけどそれだけ彼との恋愛イベントは素敵だったから。

 そのまま静かに彼が見えなくなるまで見送った。


「アザゼル・ヘルンバル。砂漠を挟んだ隣国の第三皇子だよ」

「それは」


 たったその一言でリオンは全てを察してくれたんだろう。ぎゅっと手を握り締めて、ばっと勢いよく頭を下げ…って下げなくて良いから! だってまだ子どものリオンが知るはずないもの。貴族教育を受けてるとは言っても流石に他国の第三皇子までは…ああ、でもこの感じだと名前は知ってるっぽい。そうだよね。この世界は写真とかないし、あっても絵姿。王族でもないんだから絵姿集なんてものがあるわけないよね。確認のとりようがない。


「立場が上の方の命を断るなんて、僕は大変な失礼をしてしまうところだったんですね……ルナティナ様、助けて下さりありがとうございました」

「あああうう、うん。あの、私も謝らないといけなくて、その、その、ごめんなさい!」


 勢いよく頭をがばっと下げる。よく磨かれたリオンの革靴だけを見つめて、そのまま一気にまくしたてる。


「私の所為でいっぱい怪我をさせてしまってごめんなさい! でも助けてくれてありがとう! あの、お礼とか謝ったりとかしたかったんだけど怒ってるかなとかいろいろ考えちゃって……本当はお見舞いにも行きたかったんだけどでも行けなくて、だから」

「ルナティナ様」


 ごめんなさいと続けようとした口は、ひゅっと呼吸音だけになって声を失う。顔! 顔が!

 頭を下げていた私をリオンが見上げている。

 整えられているとは言ってもむき出しの地面には違いなくて。そんな所に躊躇なく膝をついたリオンが私の顔を覗き込むようにして更にしゃがんできた。


「あ、あのあの。服! 服が汚れちゃ」

「構いません。ルナティナ様。あの場ではあれが最善でした。あれがルナティナ様の最善だったんです。謝らなくてはいけないのは僕の方です。僕がもっと強ければルナティナ様を危険にさらすことはなかった。守ると誓ったのにその誓いを果たせなかった! 攻められるべきは僕です!」


 そう言って頭を下げるリオンに一瞬思考が固まる。

 最善って何。最善って。子どものリオンに私は何を言わせているんだろう。なんだかすっごく自分が情けなくなってきて、視界が歪んでくる。リオンの顔もくしゃっと歪んだ。


「ごめんなさい。そんな顔をさせたいんじゃないんです。お会いしてもう一度チャンスを頂きたかったんです。もう一度守らせて下さいと……ですがそんな資格はルナティナ様を守れなかった僕にはないですよね」

「そんなことない!」


 うじうじしているリオンが見ていられなくて深く考えずに反射的に答えてしまう。答えて、鮮やかに笑ったリオンになんとなく背筋が凍った。あれ? あれ? もう一度守るってどういうこと?


「あの」

「もうすぐ第二王女様のお披露目会がありますよね」


 軽く膝についた土を払って立ち上がるリオンを見つめる。

 ああ、リオンはダクルートスの跡取りだし当然出席するんだった。でも、それが何か関係あるの? 


「贈り物をさせて下さい。今回の誘拐の件は隠されていません。ルナティナ様の快気祝いも含まれているのだとお父様から聞きました」

「そうなの? でも」

「僕はルナティナ様の謝罪を受け入れます。今でも僕が悪かったと思ってますが……でも、それだと何も変わらないでしょう。だから、僕は受け入れる。そしてルナティナ様は贈り物を受け取る。これで良しにしませんか?」


 これはあれだろうか? リオンも貴族だし。貴族流の謝罪ってこと?

 貴族っていうのは贈り物が好きだ。好きっていうか、権力とか珍しい品物を手に入れる人脈を自慢するとかそういった意味でだ。本当は政治的にもっと違った意味合いがあるんだけれど、まだそこまでは深く習ってない。でも貴族にとって贈り物は友好の印みたいなもので、贈り物の価値によって私は貴方をこれだけ信用しています、大事にしていますってものにもなるらしい。

 私の立場からしたらもっぱら受け取る側だけれど、おいそれと受け取って貴族間の力関係が変化しても駄目だから直接受け取ることはない。


「リオンはそれで良いの?」

「それが良いんです」


 リオンは将来主人公の取り巻きの一人になる。これは多分変わらない未来のはず。それはそれで仕方ないことなんだけど、ちょっと嫌だなって思ってしまった自分の心にそっと蓋をして、私は頷いた。

 バッドフラグは回避出来たと思うけど、何が起こるか分からない。贈り物一つ受け取ることで、私がダクルートス家を大事に思っていると周囲が認識出来るならそれで良いかもしれない。あとはもっと大きくなったら、主人公の周りにハーレムとか攻略対象が絞られたりとかがする前に他国に嫁ごう。それが絶対平和だ。


「ありがとうございます」


 だからあれだよね。よこしまな気持ちでいるからリオンの笑顔がなんか嫌な感じに輝いて見えるんだよね。うん。きっと気の所為に違いない。

 どちらからともなく笑い合って、何気なしに差し出されたリオンの手をとって再び私は庭園の中に戻った。




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