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二話

「それでは姫様、そのまま口を開いて……そうですそうです。うん。喉の腫れも治まりましたし、もう大丈夫でしょう」

「はい、ありがとうございます」

「ですが一応念の為、滋養の薬湯はあと二日飲みましょう」

「う……はい」


 寝込んでいる間に随分とお世話になったお医者様にお礼を言う。

 私を取りあげてくれた、王城で古参のおばあちゃん医師。私が生まれた時からの付き合いだから、私的には我儘を言いやすいんだけれど……薬湯かあ。苦いから嫌だって言っても流石にこればっかりは許されないんだろうなあ。


「本日からもう自由になさって良いでしょう。庭園に散歩などされては如何でしょうかな。夕方、というには少しばかり早い時間帯ですが、過ごしやすい気温でしょう」

「はい。スティと一緒に散歩してきます」


 腰かけていたベッドから起き上がって、ドレスの裾をつまんで淑女の礼を取る。

 今日の診断で全快したと言ってもらえるだろうからと、寝まぎではなく普段着……フリフリの白いドレスを着ている。見る分には可愛い。ただ可愛すぎるかもしれない。

 まあ、ルナティナは将来悪女になるだけあって見目は良い方だからおかしくはないんだけれど……少しだけきつめの顔立ちには、フリフリ可愛い系よりもシンプルな方が似合うかもしれない。


「さあスティ! 行こう!」


 本来であれば、医師の方を先に見送るべきなんだろうけれど、そこはまだ子どもだし。うん。これくらいの粗相は許されるよね。

 事実、二人とも仕方ないなって感じで笑ってくれてる。あはは。ずっと寝っぱなしの生活だったんだもの。軟禁と言っても良いよね。熱は下がったのに、なかなか出して貰えないし……つまり、それだけ大事にされてるってことなんだけれど。とにかく今は外の空気が吸いたかった。


「ねえスティ。明日からはシフィ先生の授業始まるのかな?」


 広い王城の廊下を歩きながら、すれ違う衛兵の目礼に目線でのみ応えてスティへ問いかける。

 シフィ先生の授業は厳しいけれど、知識が増えていくっていう実感がすごく感じられて、身について行ってるんだって思えるから楽しい。

 それに、将来絶対役に立つって思えるから、前世でそんなに真面目じゃなかった私でも頑張ろうって思えるんだよね。


「そうですわね。明日の姫様のご予定は王妃様との面会。その後が宰相様との勉強会、そしてドレスの衣装合わせでしょうか。いくつかもう生地はピックアップしておりますので、後は姫様のお好みに合わせて……ですわね」

「面会……そう、だね。楽しみだな!」


 思いっきり引き攣りそうになる表情をなんとか稼働させて笑顔を作る。

 面会。面会ってあれか。主人公とだよね。ま、まあ確かに。私はお姉ちゃんだし? 熱も下がって移す心配もなくなったんだから、会わせるよね、うん。当然だ。

 怪訝そうに向けられたスティの視線に、曖昧に笑って前を向く。


 リオンとのフラグは折れたはず。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

 攻略対象は何人いた? それのフラグはどんなのだった? 

 あれだ。ゲームでのルナティナは主人公を敵対視して隙あらば殺そうとしてた。だから最後はあんな最悪なエンドばかりになっちゃうんだよね。ってことはだよ? このまま攻略者達の不興を買わないように気を付けて、更に主人公と仲良くなってしまえば大丈夫なはず!

 全てのフラグを折り切れたら、優しい人と恋をしよう。

 私はこの国じゃなくって他国に嫁ぐ。私は皇子ではないし、王位継承権を持っているとは言っても王妃様の子ではなく側室の子。自国に残る確率は低い。

 なるべく早く恋をするんだ。社交デビューまでは随分先だけど、それでも私の身分だと夜会とかに出たりもする。そこで優しい、変な性癖を持っていない真面目な人を探すんだ! 王妃様も、この国にとって害のない他国の第三皇子とか政治に関係なさそうな相手だと、さっさと私を厄介払いしたいはずだし賛成してくれるはず! きっとね!


「風が気持ち良いね!」


 廊下を渡り切って開けた場に出ると、そこはもう庭園だ。

 色とりどりの薔薇に囲まれた幻想的な庭。紫とか青い薔薇なんかも普通に咲いてる。前世での世界では、遺伝子配合的に無理な色だったんだっけ? まあ私が死んでしまったあとに成功しているのかもしれないけれど。


 ラグーン国の特産品の一つが薔薇だったりする。

 薔薇と染料の輸出が世界上位。海にも面しているし、国をぐるりと囲む森の先は砂漠地帯なだけあって、あまり他国に攻められる心配のない国。

 どうして森の先に砂漠が広がっているのかとか、そこら辺は詳しくは知らないけれど、創造主がそういう風に創ったんだからそうなんだって、誰も検証しようとしないらしい。

 砂漠に緑を広げようって活動もないしね。うーん。国からしたら砂漠があるから、他国よりも自国の方を警戒出来るわけだし、成り上がりの国らしいと言えばそうなのかもしれない。


 薔薇庭園と呼ぶに相応しい庭園をとくにあてもなく、気が向いた方へ歩く。

 王城にある庭園だけあって、ものすごく広い。

 初代のラグーン国の王は女王で、その女王の趣味だったんだとか。何よりも花を愛した女王は城の至る所に花を植えまくったらしい。この庭園も女王の趣味の名残というか……悪ふざけの名残というか。


 一言で言うと、迷路だ。

 薔薇の迷路。

 毎年新人の何人かは確実に迷う。というか遭難する。それくらいに広い。

 年に三回、国を守る騎士が二チームに別れてこの庭園で馬に乗って模擬戦が行えてしまうくらいの広さ。

 私も全ては把握していないけれど、スティがいるから帰りは任せていれば大丈夫。そんな思いから、普段なら行く事のない奥へと気付いたら進んでいた。


「姫様、随分と奥に来てしまいましたわ。そろそろ」

「姫様?」


 スティの声に振り返れば、私が進んでいた方向から野太い声で呼ばれる。

 目礼の形をとったスティに内心では慌てて、けれど日々の英才教育の賜物か……顔には出さずに私はゆっくりと振り向いて、笑みの形を口元に浮かべれる。


「おおやはり姫様か。もうお身体は宜しいのか」

「ナルキ。はい。今日お医者様に許可をいただけました」

「それは良かったですな。まったく。儂がお側におれば賊などあっという間に懲らしめてやったものを……よく耐えられましたな」


 熊みたいな大柄の体を丸めて、私の視線に合わせてくしゃりと笑う。

 真っ赤な髪に真っ赤な目。見た目通りこと戦闘になれば苛烈なまでの戦い振りで、赤がとてもよく似合う、この国最高位の武将。

 王の双剣の一人、ナルキ・ダクルートス。

 中途半端に前世の記憶があった頃は、素直に向けられる優しさが信じられなくて、王妃派じゃないかと疑いもしたけれど、今となってはもうそんなことはない。

 この人の主はお父様ただ一人。

 だから大丈夫。お父様が私を厭われない限りは、この人が私を消そうとすることはない。それに、似ても似つかないけれど、彼はリオンの父親だ。

 リオンのフラグは折ったからナルキに将来追い詰められる心配もないし、今は純粋に私を心配してくれているのだと素直に受け取れる。私はそっと肩の力を抜いて微笑んだ。


「私一人じゃ、駄目でした。でも」

「お父様?」


 リオンが助けてくれたから、そう続けようとした言葉は生まれず、曲がり角から突然現れた彼を認識すると同時にひゅっと喉が鳴った。

 顎までのショートボブのサラサラの銀の髪。海みたいに深い青の目。

 私の所為で大怪我をしてしまったリオン。でも、どこにも傷跡は見られなくてほっとした。

ずっと会いたかった。会って、お礼を言って、怪我をさせたことを謝って……。


「おお、すまんな。姫様の声が聞こえたものだからお前を置いて進んでしまったな。姫様、ご存知でしょうが儂の息子のリオンです。今回は儂の教育が行き届いておらず誠に申し訳ない。もっと厳しく育てるので」


 右手を胸に当てて目礼。

 騎士の礼を取るリオンから目が離せなくて、でもナルキの言葉は頭に入ってこなくて素通りしていく。

 会えたら言いたい事がいっぱいあった。なのに、今はリオンの目を見るのが怖い。

 その目に映る色を見てしまう事が怖くて、でも自分からは逸らせなくて……目礼から姿勢を正したリオンと目が合う。そこには、真っ青に酷く頼りなげに映る私がいて、いたたまれなくなった。


「あ、の。私、もう戻らなくては。失礼します」


 身に染みついたお陰で、ぎこちないながらも淑女の礼を取る。ただただこの場から離れたかった。

 形ばかりの礼をとってそのままくるりと後ろを向き、声をかけられる前に走り出す。

 どうしよう、どうしよう。

 後ろからスティの声が聞こえたけれど、止まる事が出来ない。

 ただただ、今はリオンのあの目に映るのが、すごく嫌だった。


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