一話
妹。
妹が生まれた。
つまりそれは、主人公が登場したということで。
うん。覚悟は出来ていたんだ。出来ていたはず……だったんだけれど、心の方では結構なダメージを食らっていたみたいで、平常心ではいられなかった。
ごほっと咳込みをして、枕元にある水差しを取ろうと起きあがる。
「ああ。姫様、無理をしてはなりませんわ。目線一つでもよこして下されば、あとはわたくしがいたしますから」
「あう……はい」
たぷん、と目の前でメロン……じゃなくて、巨乳が揺れて背に手を添えられる。
腰まであるのかな?
ルビーみたいに綺麗で真っ赤な髪を後ろで一つにまとめた、私の新しいメイド。
くせ毛な私とは違って、髪や目の色こそ私より濃い赤だけれど、市松人形みたいな整った顔立ちで……や、まあ表情豊かな人だけどさ。それに……うん。巨乳だ。
エプロンドレスで隠されているけれど、メイド服がエロく見えてしまうくらいの巨乳の美女。
「スティ、ありがとう」
「いいえ。大分魔法具の数が減りましたわね。この分ですと、そのまま熱が下がれば魔法具も全て外せるかもしれませんわ」
スティにそう言われて、両手首にじゃらりとついている豪勢な魔法具に目を向ける。
両腕に二つずつ。
シフィ先生の爆弾投下からすぐに熱が出て、再び寝込んで五日。
現実逃避するみたいに熱に浮かされて、時々浮かび上がる意識の中で魔法具の重みが減っているのは気付いていたけれど……うん。こうして起きあがってきちんとスティと会話が出来るようになったのも、今日やっとだったりする。
「もう意識がはっきりしているようですし、安心しましたわ。改めまして姫様、スティですわ。よろしくお願いいたします」
「うん。でも、名前……スティだけなの?」
「ええ。私個人が姫様に仕えるのです。ふふ。わたくし、かなりお買い得ですのよ? 素敵な主に育って下さいね」
わたくしってすんなり自分の事を言えるって、かなり育ちの良いお嬢様だよね。
私はそういうのは前世の私が邪魔をして、なんとなく恥ずかしくって……すんなり言えない。
そんなに高熱が出たわけではないけれど、じわじわと上がってくる熱に体力をかなり持っていかれて、一時は危ないかもと騒がれたらしい。うん。ごめんなさい。
国王っていうお仕事がものすごく激務のお父様も、私が寝ている間に何度かお見舞いに来てくれたみたいで、嬉しいけれど申し訳なくなる。
王妃様が出産されたばかりなんだし、私に使う時間があったら是非ともそっちに行ってほしい。来てくれるのは嬉しいけれど、いやいや、ほんと。特に会話の多い親子ではないけれど、前世を全て思い出してそれなりに精神年齢いっちゃってる私からすると、愛されているんだって感じられる関係だ。これが普通に年を取っていたら、そんな風には思えなかったんだろうけれど。うん。だからこそ、王妃様とはぎくしゃくしてしまう。子どもらしく無邪気に笑いかければ良いんだけれど、こう……背中がぞわわーってくる感じの方なんだよね。
「リオンの様子は?」
ふかふかの枕に体重を預けるようにして座って、リオンの様子を尋ねる。
その質問にスティは優しく笑って、大丈夫ですわよと返事をくれる。
「ふふ。姫様はそればかりですわ。わたくしと顔合わせをした時も、開口一番にリオンのことでしたわね」
「う……だって、気になるんだもの」
熱が出て、一番最初に意識がはっきりした時にはこの巨乳であるスティは私付きの侍女になってた。
そりゃ、初めましてとかよろしくお願いしますとかすっとばしてリオンの様子を聞いたのはちょっと失礼だったかなって思う。いやいや、十分失礼だよね。スティからしたらリオンって誰だよってなるし。これから仕えようかって主の第一声が、どこの誰かも知らないのに知ってる前提で尋ねられるとか頭大丈夫ですかってなるはず。でもでも、私のせいで怪我をさせてしまったんだもの。気にしないって方が無理だよね。
その後スティはリオンの事を調べてくれて、もう傷跡も残る事なく完治してるって教えてくれた。うう、それでも実際に会えて確認出来ているわけではないから罪悪感が半端ないんだよ。
「今回の姫様の誘拐の件は秘されておりませんから、堂々とリオンを呼び出してはどうでしょう? 姫様が直接声をかける。それだけで名誉なことなのです。良い褒美になると思いますわ」
「ん……でも、助けてもらったのに呼び出すのはちょっと。だから、手紙を書こうかな」
私個人が王の双剣の一つと名高いダクルートス家の嫡子を呼び出す。
それって、あまりよろしくないことだと思うんだよね。
純粋にお礼を言いたいからだとしても、権力を使うってことだし。主人公が生まれた今、私の立場って結構微妙だし、王妃派の貴族の人達は、危険因子はなるべく排除したいだろうし……どこがどうなって、父である王の権力を笠に着て、父の剣であるダクルートス家を顎で使うとか、下に見てるとか捉えられても、それはそれで死亡フラグ立ちそうだし……。
まあそういうのもあるけれど、助けてもらった側がお礼言うから来いよとかってなんかヤなんだよなあ。私の方がリオンより身分が上だから、仕方ないって言われればそうなんだろうけれど、こういうのに慣れていったら駄目な気がする。
「ふふ。そうですか。そうですわね……姫様はまっすぐですわね」
艶やかに笑うスティに、心の中でそっと安堵のため息を吐く。
なんとなく、いろいろ試されている気がした。
ゲームではスティっていう侍女は出てこなかったけど……うん。シフィ先生の紹介からだから、殺されるとかそこら辺は心配していないけれど、なんて言うだろう。品定めされてる感じ。
五歳になって、シフィ先生の元での勉強が始まって、気付いたというか学んだことがある。
私をただ単に駒とか飾りとして欲する人ほど甘い言葉で誘ってくるし、沢山褒めてくれる。でも、そうじゃない人達……まあ、王妃様派で私の存在が邪魔だと考える人が多いんだけれど、それでも厳しい言葉を掛けて来たり、今のスティみたいにいじわるな質問をそれとなくしてくる人達。将来自分の上に立つ可能性を考えて、見定めてる……のかな。
「手紙を書くのでしたら、宰相様に見て頂くのがよろしいかと」
「うん。次の勉強の時間でお願いしてみる」
「ああ、ですが宰相様は今、ご多忙でしたわね。姫様の全快はまだ先でしょうから大丈夫だとは思いますが」
「ごたぼー?」
「出産祝いと申しましょうか。近々、盛大なパーティが開かれるのです。他国の者も参りますから……ああそうですわ。リオンもダクルートス家の嫡子。きっと参加するでしょう。その時に元気な姿を見る事が出来ますわね」
「パーティ」
主人公……妹の誕生を祝う会。
思い出されるのは、憎々しげに主人公を睨みつけるゲームでのルナティナ。
あれはそう。最後のクライマックスまであとちょっとっていうところ。本当の敵がルナティナだって主人公が気付いて、相対した時だ。
お姉さまはどうしてそんなに私を嫌うの?
心底不思議そうに、悲しそうに尋ねてたっけ。なんというか、愛されて育ったんだなあ、察してやれよ主人公って思った気がする。
その言葉に、本当にルナティナは忌々しそうに顔を歪めて主人公を殺そうと最後の力を振り絞って魔力を練るんだけど、主人公の選んだ騎士に防がれてしまうんだよね。
その時に、私の居場所はないのだと絶望の色を浮かべるルナティナの回想シーンみたいなのが入る。こう、見ていてちょっときゅーって胸が締め付けられてしまう感じの回想シーン。
「パーティは来月ですし、まずは体調を整える事を第一と致しましょう。そうそう、それから、起きあがれるようになったら大急ぎでドレスも仕立てなくてはなりませんわ!」
「げ」
その二つとない髪に合うドレスを仕立てなくては!
そう高らかに宣言するスティに冷や汗が止まらない。パーティには強制参加。それは分かる。仕方ないと思う。でもドレスの採寸。あれは頂けない。
「あのね、持ってるお気に入りのドレスを」
「新しいモノを作る、それに意味があるのですわ。宜しいですか? 姫様は王に愛されているのです。素直に自分の好みのドレスを作って貰えば良いのですわ」
あ、なんかスティが優しい。
でも、ドレスの採寸とか苦行でしかないんだよ。
じっとしていられないお年頃の子どもには特に。
私は、笑顔を貼りつけつつもそっと心の中で溜息をついた。




