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十二話

 辺りを照らすのは、真っ赤な丸い月。

 薔薇が咲き誇る庭で、杖をついて立つ、大人のリオンが口を開く。


「僕では貴方様のお傍にいることすら敵わない。僕ではなく、違う誰かを選んでください……そう願ったのですが」


 そう言って傷害を負った自身の足をちらりと見て、悲しそうに微笑むリオン。

 あれ? 今よりもうんと背が高くて格好良い大人のリオン。

 ああ、これはあれだ。ゲームのスチルだ。

 少しずつ主人公に心を開いていくリオンの友情か恋愛かに別れるイベント。

 自分では力不足だから、どうか自分に時間を使わずにもっと他の人を探して下さいっていう、リオンの拒絶。

 これをクリアしたらリオンルートに入るんだ。


 前世の私はどちらかというと腹黒とか敬語キャラとかが好きで、リオンは3番目くらいにチャレンジしたんだったっけ?

 リオンの前にクリアしたキャラが重たすぎて重たすぎて……胃もたれしそうなくらいこってりだったから、今度はって見た目さっぱりそうなリオンにしたんだよね。

 リオンの見た目で言ったら、他のキャラみたいに強引だったり血なまぐさい事にはならないだろうって思ったから。

 まあ……進めていくうちに、ないわーってことの連続だったんだけど。

 でも、リオンは他の攻略キャラよりも優しくて一途だった。

 それはもう、ゲームだから許されるってくらいに。


「この足を失ったのは、僕の力不足によるもの。この件に関しては貴方を怨んではいないんです。はは、本当ですよ。むしろ感謝しているくらいです。そうでなければ、僕は僕の主に出会う事すら出来なかった。ねえ、ルナティナ姫? 僕は僕の主が愛おしくて仕方がないんです。そんな愛おしい主が、貴方を見ると顔を歪めるんです」


 そう言って微笑むリオンの足元には、手枷と足枷をはめられたルナティナ。

 真っ赤なドレスに身を包んで、睨みつけるようにリオンを見上げる。

 でも、ルナティナは口を開かない。

 違う、開けないんだ。

 ルナティナの喉には醜い傷跡。

 声を奪われ魔力封じの枷をはめられて……じわじわとつま先から氷漬けにされていく。

 それでもルナティナは、苦痛に顔を歪めつつも恐怖は絶対に表さない。

 最後のその時までリオンから目を離さない。


「貴方の嫁ぎ先が決まりました。貴方にお似合いな貪欲で醜悪な王です。人形集めが趣味だとか……人形に自由に動ける足は必要ありませんよね?」


 凍っていく両足。

 寒さに身を震わせながらも、やっぱりルナティナは……私は、狂気に笑うリオンから目が離せず、そのままリオンの顔が近づいてきて……。


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 自分の口から自分の声ではないような絶叫が出て、呼吸の仕方を忘れる。

 冷静にならなくちゃって思う自分を裏切るように恐怖心が体を支配して、視界が真っ赤になる。


 ああ、また暴走してしまう。


 そう思うのに止める事が出来なくて、死んだ……と半分いろいろ覚悟を決めたら、誰かに強く抱き寄せられて、何故だかリオンの顔が浮かんで……温かい何かが流れ込んできていろんなモノがぱんっと弾ける。

 体の中で湧き上がっていた熱い塊が一瞬で消えた。

 まだ胸の奥でじわじわと燻っている気がするけど、それでもまだ爆発までには程遠い感覚。


「生きてる」


 手の平には、じっとりとした汗。

 背中もぐっしょりで気持ちが悪い。

 それでも私は、ドクドクと煩い心臓に手を当てて生を実感する。


 見慣れた王城にある私の部屋。

 ほっと一息落ちつく間もなく、誰かに抱き寄せられている状況を思い出し慌てて起きあがろうと分厚い胸板に手を伸ばしたら、体が重たくって変な体制で崩れ落ちてさらに抱きしめられた。


「あれ?」


 手足には沢山の金の腕輪に足輪。

 水晶みたいな透明な石が埋め込まれた装飾品の数々。

 じゃらじゃらとしてて、なんだか成金っぽい格好。

 違う。あれだ。真っ白なワンピース一枚の幼児にこれでもかってくらいに十数個の物をつけるって……人形を着飾らせて遊んでいるよう。


 人形。


 そのワードに思わず心臓が鷲掴みにされる。

 あれは夢。夢だ。だから怖くない。

 でも、現実になるかもしれない夢。

 違う。あれはゲームのイベントではなくて、同人の方……?


 ぐるぐると考え過ぎてわからなくなる。

 でも、ここは現実だからどう転ぶかは分からない。

 バッドエンドだらけのルナティナだけれど、そうならない可能性もあるはず。


「   」


 音にならない掠れた声でそっと名前を呼ぶ。

 思い浮かぶのは、夢に出てきた怖い大人のリオンではなくて、私を助けてくれた優しいリオン。

 魔力暴走を起こした私に、自分の魔力を流し込んで相殺して押さえつけてくれた。

 瞬間、真っ赤に染まった記憶がフラッシュバックして、慌てて自分の腕に爪を立てて震えを抑え込む。

 そうしていたら、それまで側で背を優しく撫でるのみに留めていた誰かが私の頭を優しく撫でた。良い子、良い子という風に。


「流石は王の娘。そう、そのまま落ちつきなさい。そうですね。胸の内にある気持ちの悪いモノを全部箱に入れて鍵をかける。そのまま鎖でぐるぐる巻きにするイメージでしょうか」


 嫌な物を全部。

 ドキドキ煩い心臓に手を当てて、言われた通りをイメージする。

 目を閉じれば、自分の心臓の音と、何故か感じるリオンの気配。

そう! リオン! 私の所為で沢山怪我をさせてしまった優しい少年!


「リオン! リオンは?! いっぱい怪我したの! 私のせいで!」

「ダクルートス家の長男ですか? 落ちつきなさい。彼は無事ですよ。魔力枯渇になりかけていましたが、四日眠り続けた姫君と違って意識は二日で戻っています。日常生活に支障はありません」

「あの、怪我いっぱいして、焼けちゃって」

「落ちついてください。姫君を救ったあの少年は、今はもうすっかり元気です。傷一つ残っていませんよ」


 耳に心地よい重低音の声。

 その声が届けてくれたその内容に、ほっと胸をなでおろす。

 ゲームでは無残な限りにルナティナを追い詰めているけれど、今の時点では私を教え導いてくれる厳しくも優しい人。

 重たい体をゆっくりと起こして見上げる。

 物心ついた時から側で見守って慈しんでくれている彼を見てほっと落ちつくけれど、前世を思い出した今となってはこれからの事を思って気持はすぐに沈んでしまう。


 腰まである濃い藍色の髪を無造作に後ろに一つでまとめ、銀フレームの眼鏡をかけた見た目は華奢な印象を受けるエルフ。

 とんがり耳が特徴で、見た目二十代後半の……でも実際は確か三百歳越えのこの国の宰相。

 ゲームでは主人公の盾となり、その知識の深さで戦わず策略のみで相手を滅ぼした。

 その落とされる相手はもちろんルナティナなんだけれど。

 宰相ルートでのルナティナの結末は全て処刑エンド。

 他の攻略者だったら、どのルートにも幽閉や追放があるのに、この宰相だけはそれがない。

 主人公かルナティナ、どちらかの死しかない。


 シフィージェ・ブラッディ


 攻略対象者の一人で、不機嫌だったり仏頂面の基本立ち絵が好みどんぴしゃで、前世で私が好きだったキャラの一人。

 ちなみに、彼のベストエンドでのルナティナは、とてもあっさりと死ぬ。

 それはもう、気持ち良いくらいにあっさりバッサリとやられるのだ。

 足掻く事すら許されない。それくらいに、してやられる。

 まあ、幼少期から知ってるし、ルナティナや主人公の教育係でもあったことからロリコンエンドとか紫計画とかいろいろ好き勝手にネット上で言われまくっていたけれど……うん。まあ生まれた時から手塩にかけて育てるというか見守ってきたわけだし……同じように手塩にかけて育てた姉はどんどん道を踏み外していくんだから、他の誰でもない自分の手でっていう思いもあったんじゃないかっていう説とか、いろんな見方があって、それがまた同人の方で幅広く広がっていったんだけれど……今はそうじゃなくって。


「おや、まだ日中ですし温かいはずですが……病み上がりですしね。春とはいえ寒いようならば、温かいお茶でも如何ですか」

「うー。シフィ先生、それってお茶のおべんきょ?」


 私はこれでも今のところ王位継承権第一位で、そうそう自分がお茶を入れることなんてない。

 それでも、貴族社会ってのはいろいろと面倒で、身分が高い者が開く茶会……もてなす側にまわる時に、実際に入れるのはメイドであったとしても、本来ならありえないだろうけれど、メイドのミスに気付けるように。自分で指示を出せるように、いろいろ知っておかなきゃいけない事が沢山ある。女性である私はそういったことがこれからの人生について回るから、これもまた王族の英才教育の一つではあるんだろうけれど……正直、優雅にお茶してお勉強の気分でもないんだけどな。

 不満なのが顔に出てたんだと思う。眼鏡の奥の緑色の目が、にいって柔らかく笑った。


「勉強も大事ですが、しばらくは体を整える事を一番に考えましょう。まずは、その魔法具の数を減らす事を目標にしましょうね」

「まほーぐ?」


 まだまだ体が幼い所為か、話し方もいまいちだし、感情が結構表に出やすかったりする。

 だからその……最近はないけれど、ほんのちょっと前。といっても、三歳とか四歳だった時に無駄に豪華なベッドに世界地図を描いちゃったりとか……あの時は本気でへこんだ。

 いやいや、そんな恥ずかしい過去は置いておいて……うん。小さいこの時期だったら普通だよね。例え精神年齢的にはアウトでも、実際はそれが許される年齢なんだし!


「姫君?」

「あ、は、はい! あのあの、まほーぐってこのじゃらじゃらついてるこれ?」

「はい。魔法具、ですよ」

「魔法具」

「そう、その発音です。一度魔力暴走をしてしまうと、体力をかなり奪われますからね。体力が低下すると暴走が起こりやすくなるので、魔力吸収の魔石で作られた魔法具で姫君の魔力を吸い取っているんですよ」

「えーっと、このじゃらじゃらしたのが、痛いのから守ってくれるの?」


 にこり、と微笑まれて、にこっと笑い返す。

 普段の授業だと子ども向けに本当に分かりやすく噛み砕いて説明してくれるけど、シフィ先生は魔術関係になると大人だろうが子どもだろうが扱いが同じになる……というか、こっちもうっかり素で返してしまいそうになるから注意が必要なんだよね。


 今だからこそ分かる。

 この成り上がりの国に二百数十年君臨し、王を支える知恵の剣。

 王を守るダクルートス家と合わせて、王の双剣だとか呼ばれてたりもするシフィ先生。

 いやいや、そうじゃなくて。


 表情筋なにそれ、な感じで彫刻のように美しい彼の表情はしかめっ面か無表情の二つしかない。

 まあそれは表の顔というか仕事用の顔で、小さいモノが大好きな彼は小動物とか子どもとかの前だとすっごく優しい顔になる。今のところ、主人公は生まれてないし、その優しい顔は私が独占しちゃってるはず。

 うん。美形なだけに、私にだけ向けてくれる優しい顔とかそれはそれで美味しいし、彼の隠された一面に前世の私は何度胸やら鼻を押さえて悶えた事か。

 やばい。思わず今世でもやってしまうかもしれない。体は五歳でも心は……げふん、げふん。

 でも実際どうなんだろう。中身が私なんだし、これから折れるフラグは片っ端から折っていったらゲームみたいなルートにならないと思うけれど。


 眉を寄せてうんうん唸っていたら、違う事を恐れているのかと勘違いされたのか、そっと頭を撫でられる。

 普段は私の立ち位置もあって、公の場では出来ないけれど、それでも勉強の時間とかでいろいろ行き詰まった時に落ちつきなさいってしてくれる。両親とのこんな感じの触れあいがほぼない私からしたら、くすぐったいけれど嬉しくて、もやもやしてた思いがいつもどこかに飛んでっちゃう。

 

「安心して下さい。姫君を攫った賊は、きちんと捕えましたから」


 その言葉に、どこかでまだ力んでいたのか、ほっと体の力が緩む。

 うん。でもそうだよね。私これでも王族だし、流石に国を挙げて捕まえに来てくれるよね。


「そうそう。今回の件もあったので、今以上に武芸に秀でた姫君専属のメイドをつける事にしました。もう二度とあのような目には合わせません。妹君も生まれた事ですしね。今まで以上に安全に気をつけなければ」

「え?」

「おめでとうございます。姉君になられましたよ」


妹が生まれた。

つまりこの世界の主人公。


「いもーと」

「そう。弟でなく妹です。姫君が眠られている間に……今朝ですね。落ちついたら会えると思いますよ」


ゲームの主人公とルナティナとの年齢差は五歳。

私が今五歳だから、それは分かっていた事で。でも。それでも。

ああ、やっぱりゲームの世界なんだなって思う気持ちよりも先に、私だけに向けてくれていたシフィ先生の笑顔が、これからは主人公にも向くんだなって思ったら、実の親よりも多くの時間を一緒に過ごしていただけあって寂しくて、ちくりと心が痛んだ。






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