一話
あれ、これってなんて言うんだっけ。
巷で流行りのよく小説とかであるやつ。
ふと気付いたら、知らない世界に転生していた。
とても上質だと分かる肌触りの良いドレスの数々。
それなのに、一度袖を通したら二度と通さない。
絶えず私の為だけに新しいドレスが用意されているお姫様のような環境。
食べ物も美味しい贅沢な物。食べたい物を食べたいだけ。
メイドと言って良いのかな。沢山のメイドが私についてる。父親は滅多に会えない。というか、会った記憶がない。
違う。前世という物をなんとなく思い出してから、会っていないからわからないのかな。だって私、多分三歳くらいだし。
ふんわりしたドレスは可愛い。
可愛いは正義だ。
でも、三歳でようやく自分の事もそれなりに出来るようになってきたけど、まだまだ大人の援助が必要だっていう時期なのに、主な活動着がドレスってそれはないと思う。
足を出すのは女性としてはしたないとかで、こんなに小さい時から足が隠れるドレスを着せられている。
転ぶなって言う方が無理だよね。
そう、お姫様。
お姫様みたいだなって思ってたら、どうやら本当に私はお姫様だったらしい。
前世の私からしたら、それなりに見慣れた黒に限りなく近いグレー色の髪。
イメージはドレスとかを着た貴族が普通にいる中世風な世界。そんな感じのこの世界では、黒っていう色は特別で神様に愛された子にしか宿らない貴重な色らしい。
だから周囲の大人達は、私がまだ理解出来る頭に成長していないだろうって、本当の三歳児だと思って口々にいろんなことを言う。
そのお陰で私はお姫様だけど王妃様でなく側室の子どもで、王様の子どもは私しかいないから、今のところ私が王位継承権一位を持ってる。でも、王妃様に子どもが生まれたら王位継承権が二位になることとか分かって、自分の置かれている立ち位置を理解することが出来た。
うん。気分はあんまり良いモノじゃなかったけれど、ちょっと感謝。
権力がある者は一夫一妻じゃなくって一夫多妻制も可なこの世界のルールにちょっと受け入れがたいところもあるけれど、それはもう仕方がないよね。王族とかだし、世継問題とかいろいろあるんだろうね。
いろいろ思うところはあったけれど、お父様は国王で忙しくて滅多に会えなくって、お母様は病気で自領に戻って病気療養中とかでお父様以上に会えないらしい。
肉親の情を前世程持てているかって言われたら、持ててるとは断言できない。
顔もあまり思い出せないくらいなんだから、これが乳母とかがいる王族の世界なんだって言われたらそれまでなんだけど……うん。だから、衣住食が贅沢に満たされているこの生活に不満なんかない。
前世の記憶はなんとなくあって、普通の三歳児とはもう言えないんだろうけれど、割とそうでもないのかなって思ったりもしてる。小さくなったのは体だけではないみたいで、気持が三歳児の体にひっぱられているのか涙もろくなっていたり、ちょっとしたことですぐ感情が爆発して周囲に迷惑をかけてしまったりとか。まあ普通の三歳児よりは物分かりが良い方だろうし、あまりメイドさん達の手を煩わせていないって信じたいな、うん。
ひょっとしたらこれから先、お昼のドラマとかでよくあるような権力をめぐってのドロドロした展開が待っているのかなとも思ったけれど、私自身この国を継ぐ気力も能力もないし、そのうち生まれるだろう正妃の子どもと仲良く出来れば良いなーとか、政略結婚とかもそのうちあるのかな、でも今のところどこかと争っているとかは聞かないし、優しい人の所に嫁げたら良いなとか、ちょっとだけ明るい未来を夢見てみたりとか。
とくにどうにかしなきゃって危機感は今のところ感じてなかった。
今の生活に不満なんてない。
前世というか、日本ってところに昔住んでた記憶がうっすらあるけど、前世の両親の顔も、自分の名前もおぼろげで思い出せない。だから私は、今の私をすんなりと受け入れることが出来た。
物心つく頃には前世の記憶があると自覚出来たのだ。人生二週目って思えばいろいろ心の整理もつくものだよね。
ああ、幸せだなあ。
毎日がお姫様扱い。うん。お姫様なんだけどね。
嫌、と言ったらそれこそ無理強いされることのない生活。
前世はよく思い出せないけれど、それなりな人生だったような気がする。むしろどちらかといえばついていない人生だった。だからかな、神様は私を見捨てなかったんだね。
なあんて、そんな風に思っている時もありました。
前世の記憶を思い出し、恵まれていると自覚しての三歳からの幸せな二年間。
そう、五歳の今日、この瞬間までは。
「うわあ……ないわ、ないないないない。うそだあ」
視界いっぱいに咲く、赤、赤、赤。
おびただしい程の赤い花達。
なんか真っ赤な花の間に沢山の肉塊が転がってる気がするけど、そちらにはなるべく意識を向けないようにする。
人の指とか足とかがこなごなにぐちゃぐちゃになっているように見えるけど、意識してしまうと悲鳴を上げるだけでは済まなくって、精神的ダメージがすごすぎていろいろ終わってしまう気がする。
だから私は、一生懸命周りから意識も目線も外して、一人の男の人の背中、というか真っ白な翼に集中する。
まだ一メートルもない私からすると、とても大きく見えるけど多分それほどでもないんだろう。
中肉中背の神官服……複雑な刺繍なんかがされてるから、身分が高い人なのかもしれない。
真っ白ふわふわな髪と、目が赤いのが印象的で、でもでもやっぱり、初めて見る翼についつい視線が行ってしまう。
そして綺麗な見た目に相応しいくらいの柔和な微笑……見た目も男性なんだろうけど可愛らしさ寄りで、こんな状況だっていうのに一瞬恐怖を忘れてしまう。
えーっと。本物だよね? うん。絵本とかで見たし知識としては知ってる。
この世界、私が生まれ変わったスウェンティオールの世界は、人間だけでなくいろんな種族が住んでる世界。
つまり彼は、獣人だ。
天使は物語の中だけの存在だから、彼はきっと鳥か何かの獣人なんだろう。
「無事に帰還出来たものの、出口を間違えてしまったようですねえ……ですが、お陰で良い出会いに巡り逢えたようです」
ぐしゃり。
赤いそれを踏みつけて、こんな状況でなければ見惚れていたであろう綺麗な笑顔を浮かべて、大丈夫ですかと差し伸べられた手を思わず凝視して固まってしまった。
突然現れた彼はなんだか全てが胡散臭い。
それに、突然すぎる出来事にどうしたら良いのかが分からない。助けてもらったお礼を言うのがベストなんだろうけれど、私は思わず一歩下がってしまった。
「おや残念。嫌われてしまいましたか。しかし、面白い魂の色をしていますね。それに随分と妬みを買ってしまう生まれのようだ」
妬み、その言葉に何故か視界がちかちかしだす。
あれ、と思った時には遅かった。
距離を取ったはずなのに、仮面のように感じる笑みを浮かべた男の顔がアップに迫って、そこでぷつりと意識が途切れた。