四話 NEST-ネスト-
天音さんの手紙に記載された「天国の階段」を割り出し、扉を開く優炎。その先に待つものは…
扉の先には、アンティーク調の棚が左右に並び、本が幾重にも積み上げられたデスクとダークブラウンのテーブル。オフィスのように向かい合って並んでいた。中央奥には大窓があり、夕日が差し込んでいる。
目には四人の生徒が映った。俺が入ってから初めて第一声があがる。
「授業終わりから三十分。まぁまぁのタイムね」
左前のデスクに陣取る、ツインテールのつり目の女子生徒が言った。
「まだ衣か…」
右前ソファーにゆったりと足を組んで座り、マグカップを持つメガネの男子生徒俺を一瞥した。
「おっ! ようやく今年度初の後輩か!?」
右奥の机で腕をつく、スポーツ刈りの男子生徒が前のめりに立ち上がり、こっちを見た。
状況が掴めない。戸惑って立ち尽くしていると、中央奥のデスクに座っていたガタイのよい大きな学ランの男子生徒が立ち上がる。身長は二メートル近くあるのではないだろうか。
「君が綾川君、かな」
落ち着きと力強さの調和のとれた低い声に安心感を覚える。俺の名前を知っているということは、天音さんの知り合いだろう。
「は、はい」
「戸惑っているようだね。天音さんから、話は聞いているよ。天音さんは後で顔を出してくれるそうだ。とりあえず、その辺に座ってくれ」
言われた通りに近くの丸椅子についた。
「まず、自己紹介をしよう。俺は、乃南 総一。ここ、NESTの今年度のリーダーだ。部長みたい役職だと思ってくれればいい。で、君から見て左前の子。彼女は桂木 志帆。二年だ」
先ほど最初に声をあげた少し目つきの悪い女子の先輩がカツラギと言うらしい。
「どうも」
桂木先輩は、横目で軽く会釈をする。
「こ、こんにちわ」
俺も合わせて礼をする。
「その目の前が 白鳥 匠。彼も二年だ」
先ほどの黒縁メガネの無機質な表情の男子生徒がシラトリらしい。
「よろしく」
シラトリ先輩は俺の方をちらっと見て、デスクに視線を戻した。
「よろしくおねがします」
「その右、俺から見て左にいるのが、羽刃 陣だ。彼も二年だ」
「よろしくな!」
「よろしくお願いします」
右奥の部屋が開き、湯呑みをトレイに乗せた女子生徒が入ってきて、俺のところにやってくる。
「はい、お茶です。私は窓野さやか。三年生よ。よろしくね」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「なんか、硬いなぁ〜お前」
全員の自己紹介が終わったところで、羽刃が俺のところにふらりと来て、肩をたたく。
「ま、とりあえず何にもわからん状態だし、仕方ないか。リーダー、NESTの説明を」
「ああ。まず、ネストが何かを教えるためには、この話から始めなければならないな。少し、長い話になるがいいかな?」
「時間は大丈夫です」
窓野さんも近くの席に着く。
「君は、”衣"という言葉は何度か聞いているかい?」
「はい。今朝、変な男に追いかけられたんですが、そいつも俺のことを『衣破れになりかけ』とか言ってきました」
「一般人には、何のことだかさっぱりだろうな」
俺は無言でうなづく。
「まず、事実から言っておこう。君は。いや、すべての人間は、見えない衣を纏っている」
「見えない、衣?」
衣と言われても、俺は普通の制服を着ているだけだし、衣を纏っているような感覚もない。俺は自身の体を触ったり、腕を触ったりしてみる。
「残念ながら、普通の人間には見えないし、感じることもないんだ。衣のことを、思いの衣と書いて、思衣と呼ばれている。そして、男が言ったように、君の纏っている衣は切れ目が入り、破れそうになっている」
「それって、ヤバイんですか?」
「まぁ、ヤバイといえばヤバイが、捉え方は人それぞれだ。纏った衣が破れた代償に、人は能力者となることができるからな」
「つまり俺は…」
「そう。能力者の一歩手前、ということになる」
天音さんが男に言ったエッグという言葉も、そう言われれば納得がいく。俺はまだ殻を破り捨てていない、能力者の卵だってことだ。
「普通に考えれば、能力者になった方がいいんじゃないですか?」
「愚直だな」
シラトリ先輩が、ため息まじりに軽蔑するように吐き捨てた。
「ふふ。話を聞いた後もそう思えるかしらね」
カツラギ先輩も、乾いた笑いを浮かべた。
「そうでもないんだぜ、後輩!」羽刃が話に割って入る。「逆にリスクだったりもするんだぜ、能力者ってのも」
「えっ、どういうことですか?」
俺はさらに混乱する。
「まあ、その話を追い追いしていこう。まず、思衣について説明する必要がある」
静寂の中、乃南さんは思衣に関する伝承を語り始めた。
プロローグ 伝承 を経由して五話をごらんください。続きます。