三話 天国の階段、その先へ
天音さんに助けられ、学校へと向かう優炎。下足箱から一枚の手紙が舞い降りてくる…
桜吹雪の舞う校舎。柔らかな日差し。誰も居ない生徒玄関。普段、早く登校するわけでもない俺の目には全て が新鮮に映る。さっきまでの別世界に取り残されたではないか、という不安感が身体を纏っている。しかし実際のところは、新学期早々遅刻した新二年生の愚かな姿なのである。
開放された玄関から、自分の下足箱へと向かおうとする一歩手前で、下足棚側面の張り紙に気づく。そうか、進級したから下足箱の場所が変わったのか。ここで、自分の新たなクラスを知る。
「25H…か」
自分のクラスを見つけた後は、同じクラスの知り合いが居ないか、さらりと眼を通し、自分の下駄箱である2501を探す。どうやら、真ん中の下足棚の、一番右上のようだ。自分の出席番号の順番が最初でよかったな、と毎回クラス替えのときに思う。発見が非常に楽なのだ。そそくさと下足箱に向かい、番号を確認して扉を開けた。
一瞬の出来事だった。ひらり、と白い封筒が一枚、中から落ちてきた。すかさずキャッチする。
『綾川君へ』
楷書体のはっきりとした美しい文字で、俺への宛名が書かれている。送り元を確認するが、名前は無い。
新学期早々ラブレターかと一瞬考えたが、スマートフォンの普及を考えると、今時古風だと否定する。それに、運動部のスターや、とびきりのイケメンでもない。クラスでも大衆に分類される自分に、好き好んで送るやつは居ないだろう。考えて、少し悲しくなったが。
裏には封蝋が施されていた。丁寧に開封し、中を開くと驚くべき内容が記述されていた。
「さっきはびっくりしたよね。
綾川くん、キミに入ってほしい団体があるの。
リーダーには私から推薦しておいたから大丈夫。
『天国の階段』って言えば分かるかな? 放課後、その先で待ってるね。
鈴原 天音 」
天音さんからの直筆の手紙だった。そして、封筒がまだ膨らんでいることに気づき、中を見る。まだ何かが入っている。
鍵だ。人差し指ほどの長さの、男の手には小さな、アンティークのような鍵。銀のメッキが施されてるかと思ったが、触ると冷たさを感じた。金属で出来ているようだ。持ち手には、波紋のような彫刻が施され、指先に馴染む。
手紙に書かれた「天国の階段」。そのフレーズには聞き覚えがあった。うちの学校の七不思議のひとつだ。噂によると、この学校の校舎の屋上には、以前から屋上に階段があるというのだ。それは、自殺した生徒が飛び降りの際に、屋上フロアにある、転落防止の段差をよじ登らないで済むように持ちこんだとされていたり、自殺する生徒に協力した生徒が置いたといった説が流れている。しかし実際には屋上は閉まっているため、存在は確認はできず、自殺者がいたという記録もないため、都市伝説の域を抜け出せていない。
一方で、噂は事実だと囁かれることもある。屋上に生徒の幽霊が現れ、階段をのぼるような挙動をしたあと、突然消えるという目撃証言が実際にあったためだ。目撃者はグラウンドで活動する運動部員で、一時期、校内で話題になったのを覚えている。定期的に目撃されて話題に上がってくることが七不思議として風化させていない所以のようだ。
そして記述された「その先で待っている」という表現。文面からすると、その先に天音さんがいることになるが、階段の先は何もない。即ち、地面へ落下してしまうということだ。もし、天音さんが幽霊で、俺を死へと誘っており、今朝経験した一連のものが全て妄想だとすれば納得がいくが、明らかに直筆の手紙があるという時点で幻ではないだろう。結局は実際に行ってみなければ何もわからないということだ。
放課後がやってきた。三階から屋上へ続く階段をのぼる。上った先には、頑丈な鉄扉があり、生徒が屋上フロアに出られないよう、ドアの施錠、さらには南京錠まで取り付けられ、二重のロックがされている…はずだった。なんと、扉に取り付けられていた南京錠は外され、足元に転がっている。
まさか、本当に扉が開いているのか。ポケットの鍵は、明らかに鉄扉の鍵であるはずも、南京錠の鍵でもない。俺はドアに手をかけ、冷たいハンドルを回す。ガチャ、という音と共に、ゆっくりと扉は開いていく。ドアが開くにつれ、斜陽が徐々に額を照らし、視界を妨げる。…開いてしまった。
屋上フロアはゆるやかに風が吹いていた。貯水タンク、そして排気口が遠くに見える。コンクリートばりのフロアで、どこからともなく飛来して根付いた雑草がコンクリートの合間から芽生えていた。
生徒が屋上に出るように作られていないため、転落防止用バリケードは張り巡らされておらず、空が近くに感じられた。開放的な印象が強い。
天音さんはどこだろうか。周囲を見渡したその時だった。それが目に入る。木製の箱馬のような小さな階段。まさか、あれが「天国の階段」なのだろうか。周囲の灰色に生える焦げ茶色のそれは、広大な屋上フロアのなかで、ひときわ違和感を放ち、ぽつりと置かれていた。ちょうど、階段の横幅は一人分で、グラウンドの方へと向かって置かれ、そのまま踏み外せは最後、地上へ真っ逆さまだ。
階段の先には何もなく、飛び降りやすい台でしかない。この先で待っているとは、天音さんはまさか死者だったのだろうか。とにかく、階段に慎重に登って、何か見えないかあたりを見渡してみみよう。階段まで歩み寄り、一段一段の強度を確かめながら上る。しかし、見えるのはサッカー部や他の運動部の練習風景、そして町の遠望、まばゆい夕焼け。何も不自然なものはない。
ポケットから鍵を取り出してみる。これが同封されていたということは、必ずこの「衣天国の階段」上のどこかで使うはずだ。もし、仮にこの階段の先に見えない扉があって、そこの扉を開ける鍵だとしたら。そんな妄想めいた考えを思いつき、俺は階段の上で鍵を目の前に出し、鍵穴に鍵を入れる動作をし、手首を回してみる。
その時だった。鍵を回した瞬間、目の前の大気に亀裂が走り、空間が開けたのだった。嘘だろ。俺は目の前で起こった魔術のような仕掛けに体を震わせた。空間が開けるにつれて、先にはドアがみえてきた。まさか、次元を開く鍵だったとは。ということは、このドアの先に、天音さんが。
そして、階段の先が出現し始め、ドアまで続いた。俺は、目をこすり、幻ではないことを確認する。出現した階段の強度を確認し、覚悟を決める。今朝の秘密がこの先には待っている。
俺は一歩一歩、確実に階段を登り、ふわりとドアに手をかけ、新たな扉を開いた。
準備ができたので、徐々に更新していきます。次回に続きます。