二週後……知っておきたいこと。避妊と堕胎と
二週間。
男にはその意味はわからないだろう。
不安に身をよじる。
誰かに聞いて欲しいが、誰かに言うわけにもいかない。でもおかあさんにはいわなきゃ。
悶々とした日々を過ごす私。もしよく喋る『相棒』がいなければ頭が可笑しくなっていたかもしれない。
いや、既に掃除機と喋れるという時点でおかしいのかもしれないけど。
それでも今日はよかったと思う。よかった。
よかった。この痛みも不快な感触も今は心地よい。
……血。でてる。
「よかったな。澄香。一時はどうなるかと」
緊急避妊は確実ではない。らしい。処置が早くても当たる時はあたる。
「お前みたいにゴムに針穴を開けるヤツもいるが」それは別枠だ。バカ。
「副作用がお前の場合意外ときつかったな」うん。お薬に弱いんだ。
迷惑かけてごめんよ。
健気にフローリングを駆け回る彼をなでてやると。
「私は犬ではない。掃除機だ」ふん。可愛げがない。
でも。凄く感謝している。君はぶれないしね。
「左右には動くぞ。掃除機だからな」意味が違う。
ふはは。ああ。よかったぁ。
「そうだな。こんな形で生まれて来たくはないだろう。
余談だが宗教上や文化、道徳的な理由で避妊や堕胎を許さない国は存在する。
特に犯罪発生率の高かった某合衆国で避妊を認めた後、大幅に治安改善が見込めたというデータもあるぞ」……。
生まれてこないほうが良いのか。生まれたほうが良いのか。
「生まれてくるほうが良いのに決まっている。
統計と言うのは基本的に意図的に抽出するものだからな」
でも、ひとつの結果なんでしょ。
「そもそも避妊を必要とするのは、人間の環境的、心理的な問題が多い」うん。
「澄香。お前はヒキニート状態で子供を産みたいと思うか」絶対ヤダ。
くるくる回る掃除機を見ながら私は珈琲を啜る。
「でも、産む子もいるよね」望まない子でも。
「人間の思想や結論まではわからんが、望まぬ性交渉で産むのは辛いと思うぞ。
そもそも出産、育児の過程で人間の女性の心は不安定なのだ。ここに……」
彼はここで口をつぐんだ。
うん。育てる自信。無い。お金があっても。無いと思う。
新の子供なら、欲しかったけど。
でも、もし、もしだよ。出来ていたら……堕胎さないとダメだよね。
「人間の心が幸いにもない私が言ってやろう。お前には無理だ」うん……どっちも選べそうに無い。
「しかし、お前には育てることは精神的にも経済的にも無理だ」うん。
「一応予備知識として。初期中絶手術の場合は同意書だけで対処可能だ。
十二週以降の中期中絶手術の場合同意書の他に死産届と死胎火葬埋葬許可証が必要になるな。
この場合、埋葬するにあたって火葬する事が前提になるので病院によっては葬儀屋を通じて対処する」目をつぶる。考えたくない。
「あと、例によって付き添いが」お母さん。心配かけてごめんなさい。
「男の側も愛しい女を孕ませた上、堕胎させたとトラウマを抱くタイプは存在するが。
基本的に性交渉ということ自体、酔った勢いで男を連れ込んで肉欲のままに振舞うものではない。澄香。酒は控えろ」お金が無いし、そうしようかな。
「煙草もだ」それは。 無 理 。
彼の排気音と作動音、冷めた珈琲の香り。
身を投げ出したフローリングの冷たさが身体に。心に響く。
「澄香。泣くなとは言わないが。風邪を引くぞ」……。
ねぇ。掃除機さん「なんだ? 」
あんたみたいな彼氏だったら、良かったのにね。
私の名前は昆野 澄香。
ずけずけとモノを言う、嫌で優しい掃除機の言葉が。
珈琲を飲むと解ってしまう女。