有性の物体K……毛じらみ
痒い。なんだこれは。
昨夜の日本酒がまだ身体に残っているのか頭がぼぅっとする。
股間をぼりぼり掻く私に彼の声が告げた。
「頭を掻くとうつるぞ」
なにが?
私は足元で尻尾をパタパタさせて小うるさく言う掃除機を睨む。
「というか、若い娘が股間を掻くな」
痒いもん。猛烈に。
そのままボサボサであろう頭に手を伸ば……。
「やめんか。澄香。毛じらみがうつるぞ」
へ??
知らざあ言って聞かせやしょう 浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の、種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の夜働き、以前を言やあ江ノ島で「それは白波五人男だ」うむ。
で。白波だかなんだか知らないけど、それが何か?
そう告げる私を尻目に彼は部屋のあちこちをパタパタと尻尾を動かしながら駆け回りつつ呟く。
私は珈琲のカップを傾け、その香りと苦味に心を……。
「毛じらみだ」
けじらみ……。毛じらみィッ!!?
毛じらみって性病じゃないっ?!
「寄生虫だ」
余計悪いわっ?!
「普通は一ヵ月後に発覚する。お前は運がいい」
じゃかましいっ?! あのチャラ男ッ? 否ッ?! チャラ汚ッ?! 許さんッ?!
私の蹴りの届かない距離で尻尾をパタパタさせながら埃を吸う彼は冷たく告げた。
「逆持ち帰りしたのはお前だろうが。しかも何度も何度も」
ッ?!
「再現してやろうか。『……』」
やめんか一八禁ッ?!
縮地ダッシュで踏みつけた私に彼は告げる。
「精密機械を踏むな」
うるさい。
で、どうすればいいの。
教えろ教えなさい?!
「お前は教わる態度というものがないぞ」
う る さ い 。
「基本的に湿疹や炎症などは起きないが、黒いほくろみたいなものがあれば疑うといい。
爪で擦るとカニみたいな姿のものが落ちる。大きさは一ミリくらいだな」
……いるっ? いるよっ?!
「股間や脇ならいいが、頭や眉やまつげに寄生すると目をやられる」
うげ?!
「お前のように尻周りまで剛毛が覆っている場合尻も危ないな」
変なこと言うなっ?!
思わず蹴りを何度も彼に入れる私だが、彼を壊すと後々困る。
続き。なんとかしろ。
「……聞く態度か。まぁいいが。あと口は髭が無い限り大丈夫だ」
……無駄知識ね。
「何度も何度も」
うっさいっ?! 余計なこというと窓から投げるッ!?
「下着にケジラミの糞。見た目は黒い点々のしみがつくことがある」
うげげ。お気に入りだったのに。
「同時感染も疑え。
性器クラミジア感染症
HIV感染症
性器ヘルペス
口唇ヘルペス
淋病(淋菌感染症)
尖圭コンジローマ(ヒトパピローマウイルス)
性器カンジダ症
梅毒
これらが一斉にかかることもある」
どんなチャンチャンよ。
「ちなみに温泉や浴槽の循環器の調子が悪いときもカンジタはうつる。再発が怖いぞ。
あとペルペスは厳密にはウィルス性の皮膚病でな。何度も再発する」
面倒すぎるんですけど。
かつ。かつ。掃除機が何処かに引っかかっている。あ。コードからまってる。
「うむ。パチンコなら大当たりだ」
嬉しくないッ?! なんとかしろっ?!
なんとか掃除機に絡まったコードをとってやる私に彼は告げる。
「スミスリンというのが、薬局で売っているが」
それだ?!
「一番いいことは剃ることだな」
へ??!
不気味な沈黙。
「剃れ」
……。
「剃れというに」
……この。
この。セクハラ掃除機があっっ?! 私の蹴りが彼に炸裂した。
ひとしきり周囲に当り散らした私は、ひっくり返った彼に問う。他には?! と。
「剃るのが一番楽だ。澄香のように尻まで剛毛……投げるなッ?! 壊れるッ?!」
危うくマンションの窓から彼を投げそうになった私は辛うじて正気を取り戻した。
「鼻毛カッターが千円ほどであるから、ソレを使い捨てれば」
なるほど。でもそれって剃れないでしょ?
「あとはガムテープだな。痛いが痒いよりはましだ」
ううううううう。
「病院いって、シャンプーとリンスもらってこないとダメだな」
恥ずかしいんですが……。
逡巡する私に彼は恐ろしいことを告げる。
「ちなみに、バルサンは効かないからな。業者を呼ぶとトンでもない額を請求されるのだが」
……。
「下着は全部廃棄。布団もだが、熱風乾燥機にかけながらあとからスミスリンパウダーをかけて掃除機という手も」
あんた掃除機でしょうが。
「というか、おとこってサイテー?!」
あんたが言うなっ?! 私の台詞だっ?!
「とりあえず、また皮膚科だな」
ううう。サイアクすぎる。
私の名前は昆野 澄香。
セクハラな掃除機の言葉が、珈琲を飲むとわかる女。