うちの奥さんの風呂の後が壊滅的に汚い件 かふぇ&るんばっ アフター
「新ッ おっ かっ えっ りっ」「ただいま。澄香」
僕の名は『新真』。
緊急救命病棟に勤務している内科医見習いだ。
こちらの女性はぼくの妻、澄香。
「へへへへっ 新が帰ってくるから腕によりをかけたんだよ~!」
一〇年近い同棲と些細だが深刻な口喧嘩による別れを経て色々あって結婚したぼくらは概ね幸せといえるんだけど。
「新ッ おかえりッ 」台所から別の若い女性の声。
「遅い。新。寄り道か」貧乏医者にそんな余裕はないよ。
何故か二人っきりの甘い夫婦生活のハズが、この二人? のお蔭で大いに違うものとなっている。
ふわりと香る珈琲の香り、甘く優しい音楽の愉悦。
一人目(?)はぼくの相棒。珈琲メーカー。エスプレッソマシンも兼ねている。
彼女は一七歳の女子高生を自称しているが、ぼく等が出会ってから何年経っても一七歳女子高生のままだ。
もうひとり(?)は彼女の相棒。ロボット掃除機。
ここで誤解が無いように言っておくがぼくらの頭がおかしいわけでも、この家だけ科学が異常に発達して無機物に人間並みの感情があるわけでもない。
まぁ、その理由を述べるとSF以上に変な理由であるのだけど。
「澄香。掃除機さん。あと『君』も新じゃなくて名前で呼んでくれよ」
「呼びやすい」「だにょね。澄香」「私は澄香が呼んでいるままにしているだけだが」
簡単に言うと彼女、新澄香(旧姓:紺野澄香)には『ツクモガミの声が聞こえる』力があるらしい。
そしてぼく、新真には『無機物の機能を拡張する』異能の力がある。
だからと言って役に立つかというとはなはだ疑問で。
「新ッ 新ッ 今日のニュースみたっ?!」「やかましい珈琲メーカーだな。大人しくしろ」「掃除機に言われたくないわよッ」
「新。ほら」新妻の入れたご飯を口に含み、ゆっくりと噛みしめる。帰宅と言ってもほとんど寝る暇もなく職場に戻るだけだが。
「あなた。ごはん? おふろ? ねる? それともわたし?」ニシシと冗談を言う新妻。
普通に考えたらそれなりにほほえましいのだけど、この家ではそうじゃない。
「あああああっ?! 澄香ッ 卑怯よッ 今夜は私と甘い夜を過ごすのよッ」「貴様は珈琲メーカーだ。苦い夜にしかならない」「じゃ、芳醇な時間を過ごすのよッ」「いや、三時間しかいれない」「じゃ、三時間でいいからッ」
「久しぶりにお風呂に入りたい。なかなか入れなくて、この季節辛いんだ」「解っていますって! ちゃあんと用意していますッ」同棲時代の昔と違って気遣い上手になった新妻を得て幸せ。
「私の指導の成果だな」
静かに近寄る機械音。
足元のロボット掃除機が挑発的につぶやく姿を見て少し複雑な気分になる。
汗でべたつく服を脱ぎ、ネクタイを外し、シャツを脱いで。
……風呂場にはビール缶が散乱。
「澄香。また風呂場で呑んだんだな」
辞めろと言っているんだけどなぁ。
「なんか、カビ生えているし」
思わず磨き粉で磨いてしまう。
「む。蛇口が白くなっている」
呑み残しのビールを廃棄前の歯ブラシにつけて磨く。
湯船の中は何故か脂が入っている。何をしたんだろう。
この香りはオリーブオイルかな?
白いものがいっぱい浮いている。これは垢じゃないよね。なんか別のだ。
「ひょっとして風呂の中で化粧を落としていない?」
ぼくはため息をつくと二時間かかりで風呂の掃除をして、それから入浴をした。
「だって人間の汚れのほとんどは水溶性で、石鹸なんて普段使わなくていいって掃除機さんが昔ッ?!」「だからといって風呂の湯船で化粧落としをするなッ!?」
足元の掃除機とキーキー口喧嘩をする彼女。
「やっぱ新は私が一番よね」湯気をぽっぽと吐き出している珈琲メーカーをぽんぽんと手でいたわり、ぼくはまた職場に向かうのであった。
(かふぇ&るんばっ♪ 外伝 おしまい)




